閑話 正月遊び
正月。
それは、特に新年の祝いをする、この三が日の期間のことを言う。
世界中では、さまざまな正月の遊びがある。
例えばデンマークでは、お皿を隣家のドアに投げつける、なんていう物騒な遊びをしている。
記憶が正しいなら、そのお皿を多く投げつけられた家はラッキーだと思われる、とかなんだとか。
投げつけた瞬間、がちゃりとドアが開いて、中から人が出てきたら多分、大怪我をするだろう。
ドイツなら、溶かした鉛を、水を張ったボールの中に流し込んで、その形で今年の運勢を占う、何てものもあったか。
こんな話をしているのには、少し理由がある。
時は少し巻き戻るが、これは昨年の正月の話だ。
その頃、俺はまだメープルたちのところに居たんだけど、その時にエルフビーストの正月の過ごし方、というのを教えてもらった。
エルフビーストは、その種族特性上、エルフの正月と、ワービーストの正月の習慣が組合わさったような祭りをして過ごす。
依然見せてもらった剣舞もその一つで、正月ではもっと派手な剣舞をするのだ。
使うのは、錫杖のような長い杖の先端に、刃物を取り付けたような祭具『八錠』と、巨大な斧の形をした『九暁』と呼ばれるものだ。
ワービーストの正月祭りでは、これらを持った、八錠グループと九暁グループに別れて、模擬合戦をするのだが、ここにエルフの正月祭りである、クルクルと回転しながら踊る、転舞が組み合わされることで、エルフビーストの祭りは出来上がる。
内容は、八錠をもった人たちが、九暁を持った人たちと転舞を踊る。
躍りながら剣を交えるのだ。
これは、相手が目を回して倒れるまで続く。
そんな説明を受けながら、俺は森の開けた場所で転舞を踊る人たちを眺めていた。
「ロットちゃんも一緒に踊ろうよ!」
「いや、踊り方解らないし」
メープルがコマリと呼ばれる衣装を身につけて、俺の方へと駆けてくる。
その手には、その体躯に似合わない大きな八錠と九暁が握られていた。
「私がエスコートしてあげるからさ!一緒に踊ろうよ!」
「……そこまで言うなら。俺もちょっと、やってみたかったし」
俺はそう答えると、メープルから八錠とコマリを受け取った。
コマリの形は、少しアオザイに似ている。
アオザイと違うのは、その上から革製の胸当てを着けるところだ。
色合いと柄も、八錠と九暁では全然違う。
八錠のコマリは、金をベースに、白い彼岸花の様な模様が裾に見えるのに対して、九暁のコマリは、銀をベースに、黄色い桜の花に似た植物が描かれている。
「あ、ロットちゃんコマリの着方わかる?」
「ゴメン、わからない」
「じゃあ、私が着せてあげるよ!」
メープルはそう言うと、俺を人目のつかないところへと連れていった。
そして、ものの数分で着付けを終わらせてくれた。
「わぁ!ロットちゃんかわいい!」
「そ、そうか?なんか、脚の方がスースーして落ち着かないんだが」
なんか、このズボン風通しが良すぎて、履いているのに履いてないみたいな、変な感じになるな。
あと、ちょっと寒い。
「慣れれば平気!さ、行こ!」
彼女はそう言うと、俺の手を引いて、皆が踊っている中へと入っていった。
俺がそこへ入ると、時が止まったかのように全員転舞を中断して、こちらに注目した。
……やっぱり、おかしかったかな?
そう思った矢先、一人の男性が歓声をあげた。
「か、かわいい!」
すると、それを皮切りに大勢の人が歓声を浴びせることになった。
「すごい!ここまで完璧にこれを着こなせる人がいたなんて!」
「コマリはきっと、君のためにあるだよ!きっと!」
「いいね!何着ても似合うなんて、羨ましすぎるよ!」
「ロットちゃん、かわいい!世界一だ!」
「こら!浮気は許さないよ、このスケベ親父!」
「うっ、そ、そんなことしねぇって!」
「なら、あの子は世界一じゃないね?」
「はい。あなたの次にかわいいです」
「よろしい」
なんか、途中浮気未遂みたいな話が聞こえてきたけど、大丈夫だろうか?
かわいいって、罪なのね?
「ね?かわいいって言ったでしょ?」
「そ、そうだな……」
ちょっと引いたけど。
俺は苦笑いで返すと、心の中にため息を押し込んだ。
けど、気分が良いのには違いはない、かな。
俺は、深呼吸すると、元の表情に戻した。
「さ、私がエスコートしてあげる!一緒に踊ろっ!」
「うん!」
そして、それから俺は、メープルにエスコートされながら、エルフビースト式の転舞を踊るのだった。
その様は、まるで天使の様だった。
後にそれが、まさかあんな厄災を運んでくることになるとは、とても思ってもいなかったわけだが。
長い転舞の後、慣れない回転に酔っていた俺は、メープルの助けを借りて、広場の片隅にあるベンチで、少し休んでいた。
「ロットちゃん、お疲れ様~」
「うん、お疲れ」
俺はメープルの肩に寄り添うようにして、未だ収まらない目眩に耐えていた。
「私、お水持ってくるよ」
「ありがとう、助かる」
喉もからからだし、それはありがたい。
彼女に礼を言うと、メープルの去っていく足音を聞きながら、俺はベンチの上で少し横になることにした。
「ふぅ……。きっついなぁ……」
思ったより体力を使うんだな、剣舞って。
にしても、八錠ってあんなに重いのか……。
みんな、軽々振ってるものだから軽いのかと思ってたけど、あの分だと九暁は相当なんだろうなぁ。
そんなことを思っていると、こちらに近づく足音が聞こえてきた。
「やぁ、楽しかったかい?エルフビーストのお祭りは」
俺は、その聞き覚えのある声音に、うっすらと開いた目で声の主を見た。
「なんだ、アブルか……」
「その分だと、まだ大丈夫そうだね?」
俺は上体を起こすと、彼の三白眼を睨み、言った。
「何が大丈夫だ。ぜんぜんイケてないっつぅの。てか、そもそもなんでお前がここにいるんだよ?仕事ならお断りだぞ?」
「そうかっかしない。せっかく綺麗になってるのに、怒ると台無しだよ?」
「うっせ」
俺はそう言葉を吐いた。
「そうかい?なら本音を言わせてもらうよ。君は今すごく不細工な面をしている」
「ムカつくから止めろ」
「はいはい」
彼はそう言うと、席をたってその場を後にした。
……本当、何しに来たんだよ、あいつ。
しばらくすると、コップに水を入れて、メープルが帰ってきた。
「おかえり、メープル」
「ただいま~!遅くなってゴメンね?はい、お水」
「ありがと」
俺はそれを受けとると、すぐにそれを飲み干した。
「さっき話してたのって、誰?」
「あぁ、俺の先生?みたいな人」
俺がそう答えると、彼女はどこか安心したような顔になった。
「ふーん、そっかぁ。よかった!」
よかったって、何が?
何がよかったんだ?
しかし、俺は追求することなく、その話題は早々にお終いにした。
それから俺たちは、体力が回復すると、ふたり揃って家へ帰るのだった。
次回、向き合う決意




