失策
──ピピッ
小さな電子音が鼓膜を打った。
「んん……」
眠気で朦朧としながらも、その音が部屋の電子錠のロックが解除された音だと気がつく。
(……そうか。俺、あのまま寝てしまったのか)
徐々にはっきりしていく意識の隙間に、隣で寝息をたてる、幼い少女の寝顔が映った。
「ジョン・エインズワース。時間だ」
……誰だ?
頭に響く、男性の声に、思い当たる人間がいない。
そういえば、昨日アブルが、部下が俺と交代して、白の畔まで来るように言っていたな……。
「わかった……今行く」
俺は気だるい体を起こすと、ゆらりと立ち上がった。
そして俺は、眠けの取れないまま、その部屋を後にするのだった。
廊下を渡りながら、俺は白の畔が何を指し示すのか考えた。
おそらく暗号か何かだろうということは理解できたが、一番先に思い付いたのは、ロットが造った塩原だった。
(いや、まさかな)
白の畔へ来いというのは、ロットが塩原を造る前だ。
つまり、その白の畔という場所の候補から、あの海岸は除外される。
なら、残るは何か。
(……しらみ潰しにするか)
候補は二つあった。
一つは近くの森にある、王の泉の畔。
もうひとつは漁師ギルド、ポセイズヴァイツの近く。
ここから近いのは漁師ギルドの方。ということで、俺はまずそちらから探すことにした。
──結論から言おう。
俺が向かった双方どちらにも、アブルの姿は見えなかった。
遅刻しているのか、それとも場所を外したのか。
……場所が違う?
いや、そんなわけはない。
だって、あれは……。いや、確かめてみよう。こうなったら自棄糞だ。
俺はそう結論をつけて、あの塩原へと向かった。
誰もいない海岸。
やはり、ここに居るわけがなかったか。
そう思った頃、俺はふと、どのくらいロットから離れていただろうかと思い始めた。
それを考えると、なんだか恐ろしくなって、俺は急いでホテルへと向かった。
──バダン!
ホテルに入ると、何人か人が倒れているのが見えた。
「くそっ!」
それでもまだ希望を捨てきれず、俺は最上階へと向かった。
しかし、そこにはもう誰もいなかった。
「……!」
だんだんと自分の不甲斐なさに腹が立ってくる。
握り締めた拳から血が流れ、滴り落ちた。
俺は急いで連絡用の水晶玉を取り出すと、ニュラへ事情を連絡した。
──ジョン・エインズワース。
彼の人生は、没落貴族のエインズワース家に産まれたところから始まった。
幼少期には父らと共に魔法道具の作り方などを勉強して育ち、十八の頃から探偵業を始める。
そんな中、とある情報が耳をついた。
フローレス・マクトリカが人狼に殺された。
それを聞いたとき、彼は不思議だった。
あのフローレスがたった一頭の人狼に敗北するはずがない。では、なぜ彼女は死んだのか。
気になった彼は、色々と調べることにした。
結果、わかったのは当時、彼女の家に侵入していたのはやはり人狼だけではなかったということだった。
どうやらもう一人いたようで、それは彪型のノスポール帝国の獣人らしい。
そんなことを調べている最中、とある人物にこんなことを聞かされた。
「私は、マクトリカ家に就いている執事のアグトリカ・デネロスと言います。ところで、貴方はエインズワース家の人とお見受けしますが?」
その初老の男性は、片腕が義手に替わっていた。
彼は、当時英雄の弔い合戦に参加した一人のようで、アグトリカはその時、あるものを守護するために、人狼とは別のものと戦っていたという。
「それは?」
「彪の獣人でした」
曰く、その獣人にエインズワース家から代々預かっていた秘術の在処が記された手記を奪われてしまったという。
その秘術というのが、屍霊の祭壇と呼ばれている儀式魔法であった。
アグトリカが言うには、あれを奪われたことは、非常に不味いことだ。何故ならばあれは、死者を傀儡として操り、感染させることで自分の兵を集める魔術だからだという。
そこでジョンは、アグトリカにその彪の獣人から手記を取り返してほしい。できることなら殺害してほしいと依頼を受けたのだ。
そうして彼は、武偵から傭兵に転職して、その獣人を追ってノスポール帝国へと渡ることになった。
ノスポールに向かったジョンは、その彪の情報を集めた。
結果、彼は元魔導犯罪テロ組織の一員であることがわかった。
ジョンはそのテロ組織が次にテロを起こす機会を見計らって、そのテロ組織からあの男の情報を引き出そうと考えた。
しかし、運が悪かったのかよかったのか、そこでジョンは、一人の女とであった。
あの獣人の愛人である。
彼はその人から彪の居場所を吐かせ、同時にテロ組織を壊滅に追いやると、逃げるようにしてその場所へと向かった。
向かった場所は、既にもぬけの殻だった。
しかし、振り出しに戻ってしまったかと言えばそうではなかった。
ジョンはその場にあるものから、彼がギト王国へ向かったことを知った。
彼は帰国すると、また彪の居場所を探った。
そして、彼は漸く彪の居所をつかんだ。
つかんだのは、面白いことにウルバーン帝国との戦争中だった。
上空からホーミング弾の様な的確な射撃を回避しながら地下へと逃げ込む彪の姿を見たジョンは、彼を追いかけることになった。
──しかし。
後はご覧の有り様だ。
俺は勅命を遵守できなかったことを理由に、ヴァイツスネイク現国王の采配で無期懲役を言い渡された。
……正直、助かったと安堵していた。
今回の出来事で、俺がどんな人間か、自分で再確認もできた。
俺が今日まで生きてこれたのは、単に運が良かった話。
そう頭の中で思ったとき、胸の奥底でチクリと何かが突き刺した。
(……ロット隊長は、無事だろうか?)
そんなことを考える資格なんてない筈なのに、わかっているのに、考えてしまう。
あの人に限って、死ぬことはまずあり得ないだろう。
あの常識はずれなアレが。
「……」
気がつけば、彼女の無事を考える毎日が続いた。
そんなある日。俺に仮釈放の話が持ちかけられた。
次回、逆襲の戦火




