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大魔術師ロットの魔法  作者: 記角麒麟
屍霊の襲来
20/82

偶然

「──で、その功績を認められて、君はニュラ一等特級魔導武官のお眼鏡にかなったというわけだ」


 クルードが説明を終えると、ふぅと一息をついて腰をねじった。


「ずっとその態勢でいると凝るでしょう?もうそろそろ再現は完了していると思いますし、動いていいですよ」


「その、ずっと思ってたんですけど、その再現って何なんですか?」


 俺がそう尋ねると、彼はピタリと動きを止めた。

 先刻、彼は『現代の治癒魔法での完全な治療は未だ不可能』と言っていた。


 俺の記憶が正しいなら、治癒魔法とは魔力を使って肉体を再生する魔法だと聞いている。

 そのメカニズムは公にはされておらず、医務官として国に勤めている人間、それも上位の人物しか知られていないらしい。


「……これは、我が娘であるロットには、絶対に言わないでくださいね?」


 クルードはそう前置きをすると、治癒魔法の真実を話始めた。


 ──治癒魔法とは、簡単に説明すれば、魔力によって欠損部位を補完する魔法なのです。

 その仕組みは意外と単純で、魔力により遺伝子情報を読み取り、それと欠損前のイデアを照合させ、魔力素子によって再現された仮の肉体を欠損した部位に補完する。

 それが、先ほど再現という言葉を用いた理由なのです。


 ……実は、一度この魔法を、娘に使ったことがありまして。

 緊急事態でしたので、なんとも言えませんが。

 その日、ロットは私の母の家を訪れておりまして。しかし、もうお分かりでしょうが、娘は母に扮したウェアウルフと遭遇してしまい、脳の一部。正確には、魔力中枢と呼ばれる、思念によって魔力の流れを制御したり、溜め込んだりする部位を欠損しました。

 それは、命に関わる問題だったので、即座にヒール・オールを行使しました。


 先程説明した通り、治癒魔法とは、魔力素子による肉体情報の再現と補完によるもの。

 それによって、何らかの障害が生じているかもしれない。

 ですが、それを知ったのは、その魔法を施した後でして。


 ……ですから、この事はなるべく、娘には話したくないのです。貴方は、今後娘を支える存在になるでしょうから、今話しておきましたけれども……。


 そして、貴方も同様です。

 貴方は、片足と片腕。それから耳にもダメージを受けていました。

 今回初めて調合に成功した霊薬を投与しましたが、この先はエインズワース家の方が得意分野でしょう。

 霊薬とは、薬品で魔法式を再現し、魔法とほぼ同等の結果を及ぼす薬品ですから、当然、その部位に関して何か障害が発生している可能性があります。


 クルードは話を終えると、一息ついて、こちらをうかがった。


「……まぁ、後遺症があるのは辛いかもしれないですけど、無いよりはましですよ、クルードさん」


「そう言ってもらえると助かります」


 そういうと、彼は少し思案した顔つきになり、しばらくするとはっと顔をあげて話を再開させた。


「そうだ!図々しいかもしれませんが、もし元の体と何か違う違和感を感じたりしたなら、教えていただけないでしょうか?医務官として、依頼を提出します」


 ……まあ、それくらいならいいか?

 その程度の考えで、俺はクルードの依頼を受諾する胸を伝えた。


 すると、彼は礼を述べて、これは前金だと自動拳銃のような形をしたデバイスを差し出してきた。


「これは?」


「現在、技術開発部門で開発している、魔法を無力化する音波を発生させる特化型宝珠です。治癒魔法の効果を無力化させる目処は立っていないので、貴方が使っても問題ないはずですよ」


 俺はホルスターを受けとると、それを左脇に収納して上着を羽織った。


「……準備、できた?」


「はい。大丈夫です」


 相変わらず感情が読み取れない淡々とした音声で問うてくるニュラさんにそう返事をすると、座っていたベッドから腰をあげた。


「……それじゃ、着いてきて」


 そうして俺は、彼女の言うままについてその部屋を退出するのであった。




















 コツ、コツ、コツと、人気の少ない廊下を無言で進む。

 目の前の少女──といっても、彼の上官なのだが──は、それでも気にせずに前へと進む。


 視界に映る、彼女の白銀の頭頂部。


(ヤバい……)


 サイズ的に、今すぐ後ろから抱き締めたい気持ちに駈られるが、そこは理性で圧し殺す。


(それにしても、どこへ向かっているのだろうか?)


 そんな疑問を傍らに、しばらく着いていくと、とある部屋の前で彼女は足を止めた。


「……着いた」


「あの、ニュラさん。今から何をするつもりなんですか?」


 彼女は何を思ったのか、そんな俺に対して彼女は振り向き様に回し蹴りを放ってきた。


 すんでのところで顔面を防ぐジョン。

 あと一瞬反応が遅れていれば、俺は向こうのガラス窓を突き破って地上に墜落していただろう。


 それでも、高が四階からなら死ぬことはないんだが……危なかった。

 何が危ないかと言えば、落下ダメージではなく、その蹴りの威力のすさまじさだ。

 あれは、象をも軽く屠れる威力だ。


 ……それはともかく、勢いで捲れ上がった軍服のスカートから、くまさんパンツがチラリと見えている。


 くまさんパンツ……。

 それは、幼女や精神年齢の幼い、いわば子供キャラの特典である。

 くまの他にも、犬や猫など、さまざまなキャラクターが描かれることも多く、この柄にはその人物の深層真理的なものが含まれていると考えられる。


 例えば猫ならクールだが根は甘えん坊、犬なら忠実で甘えん坊とか。


(……かわいいな)


 見た目とのあまりのギャップに、微笑ましく思ってしまう変態の姿が、そこにはあった。


「……///」


 そっと足を下ろして、スカートの裾を押さえる上官。


「ニュラさんって、意外と……」


「──うるさいの、嫌い」


 趣味が子供なんですね?と言おうとすると、彼女は少し頬を紅潮させて頬を膨らませた。


 いや~、眼福眼福。いいものを見れましたね!


 ──じゃなくて!


 いくら自分より年下で美少女だからといって、しかし相手は上官だ。

 こんな事を考えているだなんて知られたら、死ぬだけじゃ許してもらえないかもしれない。


 俺は誠心誠意の謝罪を済ませると、未だ顔の赤い彼女について、その場をあとにした。


 ──一方ニュラの頭の中は


(きょ、今日のはたまたま。そう、たまたま、偶然、今日はくまさんパンツだったの。そうよ。あの蹴りは彼の瞬発力を試しだたけだもん。けっして、いきなり話しかけられてビックリしたとか、絶対そういう訳じゃないんだから!)


 ──という、誰に向けてか定かにない言い分けで一杯になっていたのだが、ジョンがそれを知ることは無いだろう。



















 部屋に入ると、大きなクローゼットやハンガーラックがところ狭しと並べられており、様々なサイズの衣装が吊るされていた。


「……脱いで」


「え?」


 そして、中に入るなり、彼女はそんなことを口にした。


「……」


 何も言わずに、こちらの出方を伺う銀髪の少女。


 ほんのりと期待。

 しかし、悲しいかな。

 元々探偵だった彼の推理スキルが、その言わずもの裏に隠された真意を読み取ってしまう。


「……脱がないなら、私が脱がす?」


「!?」


 予想外の相手の出方に面食らうジョン。


(いや、それはさすがに不味いだろ……!)


「わ、わかりましたって!脱ぎます!脱ぎますから!」


 冗談なのだろうけど、そう言うことを言うのはやめておいた方がいいと思うな……という感想が思い浮かんだが、即座にそれを否だと改めた。

 なぜなら、彼女の力なら、殆どの人は敵じゃないだろうからな。


 ……最初に見せたあの蹴り。


 半ば音速に達しようという速度だったのだ。

 魔法、おそらく体魔力法によって、慣性とか衝撃とか色々制御していたんだろうけど、その気になれば俺は一瞬で肉片と化するだろう。


 俺は急いで上着とホルスターを外して、上半身を晒した。


 そこで初めて、俺はクルードが投与したという霊薬の凄さに気がつく。


 普通の治癒魔法や魔法薬なら傷跡が残ってもおかしくなかった肩の傷が、跡も残さず完璧に癒えている。

 他の切り傷の跡も完璧に無くなっていた。


(これが、霊薬の力か……)


 なんだか、恐怖すらするな。


 そんな感傷に浸っていると、ふと、目の端にひとりでに宙を歩く巻き尺が映った。


「!?」


 な、なんだ、これは!?


 絶句するジョン。

 しかし、そんなことはどうでもいいのか、ニュラはそれを手に取るとありがとうと、宙に目を向けて感謝を述べていた。


 混乱。


 俺は、自分の脳が正常なのか、これほどまでに疑ったことがなかった。


「……何?」


 淡々と、先程までと変わらぬ口調で質問する銀髪の美少女。

 その声の裏には、絶対聞くなよ?と念を押すかのような、何か言い知れないものを孕んでいた。


(聞けるわけないよな……)


 今までそういった相手とも話をしてきたが、彼女は今までのそれとは質が違った。


 何か、得たいの知れない威圧を感じる。


 魔法を詠唱する素振りすら見せなかったということは、無詠唱なのか、それとも持ち前のスキルなのか。

 それは解らなかったが、俺はとりあえず何でもないと答えるしかできなかった。

 次回、深淵の水銀


 魔法解説。


 体魔力法:体に元から纏っている魔力に命令を与えることで、物理的行動の余波を制御する魔法。中等魔法に分類。

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