血湧き肉踊る
動作が不自然だと思ったので、書き直しました。
大方そんなことを考えながら、俺はスカートの留め金を留めた。
↓
大方そんなことを考えながら、俺はパンツを上げる。
ギト王国。
この世界有数の魔術国家であり、最も多くの大魔術師を排出してきた魔術大国である。
この国には、排出された大魔術師の中でも、空前絶後と呼ばれた大魔術師が居る。名を、フローレス・マクトリカという。
彼女はこの国で最も多くの武勲を受勲した。
その中で最も有名なものが、『新魔術開発勲章』である。
これは、名前の通り新しい魔術体系を作り上げたり、即国家戦力になりうる魔法兵器を作り上げた者にのみ与えられる勲章である。
フローレスは、この後者の行いによって、その章を得ることができた。
その、魔法兵器というのが、今彼女の目の前にある宝珠である。
宝珠とは、魔物から採れる魔核と呼ばれる部位を、特殊な魔法式によって、そこから得られる膨大な魔力を、自らに得ることを可能とした道具である。
この開発によって、ギト王国での魔術体系は大きな変化を見せた。
ロットは教科書を閉じると、ペコリとお辞儀をして席についた。
「はい、ありがとうございます。続き読んでくれる人は居ますか~?」
教卓の前で、魔法科の初等部教諭がクラスメイトに声をかける。
依然として騒々しい教室内の生徒らは、一向に彼女の質問に答えようとはしていない。
小学校あるあるといえば、あるあるかもしれない。
少なくとも、俺がいた世界での小学校はそんなものだった。
ロットは机に頬杖をつきながら、落ち着きがないクラスだとため息をつく。
黒板に書いてあることは既に書き写した。教諭──エレオノーラ・マクトルクのポイントや注意も、ほぼすべてメモしている。
……ノート提出の点数は、多分問題ないだろう。
ロットは欠伸をすると、ぐいっと伸びをした。
エレオノーラ先生は、騒ぐ生徒たちに静かにしなさいと注意を飛ばしている。
そんななか俺の考えていることと言ったら、今日はおばあちゃん──先ほど教科書にも出てきたフローレス・マクトリカのところへ行かなければならないという事だった。
おばあちゃんは、向こうの世界にいた時の祖母より格段に厳しかった。でも、時々見せる真剣な眼差しや、微笑む笑顔が、何よりもの楽しさだった。
口調──前まで一人称は、前からの慣れで俺と言っていたのだが、せめて人前では私と言いなさいと正したのも、彼女だったか。
懐かしいことを振り返りながら、俺はもう一度挙手をした。
すると、同時にもう一人の生徒が手をあげた。
彼はこれでもかというくらいに手を挙げていたためか、俺の方にはどうやら気づかないらしい。
先生は彼を指定すると、また教卓の前へ戻っていった。
魔法科の授業が終わり、ようやく二時限目が終わったと俺はうーんと伸びをする。
最近は良く眠れないせいか、欠伸や伸びをする回数が増えている気がする。
「ロットちゃん!なにしてるの?」
隣の席の娘だっただろうか。
名前を覚えるのはあまり得意ではなかったが……はて、誰だったか。
「宝珠の調整。俺……私の推測が正しければ、多分ここの変数を弄ればさらに使いやすくなるかなって」
「すいそく?」
あー、そっか。小学生には難しかったか。
ついつい難しい単語を使ってしまったことに反省しながら、俺は彼女に何でもないよと言った。
「ふ~ん。へんなの!」
笑いながらその場を去る女児。
自分から聞いておいてへんなの!だってさ。やっぱり、小学生は小学生だな。
俺は笑顔でばいばーいと手を振って、それを後にする。
やっぱり同じレベルの人間とじゃないと、話しにくいもんなんだな。
改めてそう実感した俺だった。
宝珠を調整し終え、次の授業の準備を済ませる。
「あと5分か」
(時間はあるし、トイレでも済ませておくか)
俺は席をたつと、教室を後にする。
毎回、間違えて男子トイレに入りかけるが、今回は間違えることなく女子トイレに入ることができた。
個室に入り、便座に腰を掛ける。
やっぱり、この国最新式の水洗トイレといっても、日本のウォシュレットのような技術には到底及ばないな。
それに、便座冷たいし。
そんなことを考えていると、個室の外で男女の言い合う声が聞こえてきた。
どうやら女子便所に男子が入ってきたみたいだ。
「へーんたい!へーんたい!」
「ち、ちげぇよ!まちがってはいっちゃったんだよ!」
「うっそだ~!きょーだってずっと、ロットちゃんみてたじゃん!」
「み、みてねぇし!」
「ロットちゃんがトイレにはいったのみて、ついてきちゃったの~?」
「ち、ちげぇよ!バーカ!」
「バカっていったほ~がバカなんです~!このバーカ!」
「あ!いまバカっていった!」
扉越しに聞こえてくる小学生たちの口喧嘩に、俺はやれやれと首を振った。
これは、誰かが仲裁するまで続きそうだ。
それに、このままでは女の子の方が泣き出すかもしれない。
そんなことになったら面倒だな~。
大方そんなことを考えながら、俺はパンツを上げる。
この制服のスカートも慣れれば楽なもんだな。
ノブを回して、排出物を流す。
取り付けられていた蛇口から手を洗って、そっと外を覗いた。
「バカっていったほうがバカっていったほうがバカなんですよ~だ!」
あ~。幼稚園児のころよく言ってたな~、そのフレーズ。
いや、まったくもって懐かしい。
と、軽い気持ちで除いていると、それにキレたのか。男児のほうが拳を握りしめた。
(あ、これ泣くパターンだ)
俺は急いで扉を開けると、例の男女との間に立った。
「ろ、ロットちゃん……!」
男子の方が、え?という顔でこちらを見た。
身長は同じくらいか。まぁ、小学生なんてそんなものだよな。
「喧嘩はいけないことって、教わらなかった?」
「し、してねぇし!」
「でも、しようとしたよね?殴られる方も痛いけど、殴る方も痛いんだよ?」
俺は、優しく悟らせるように叱咤した。
「……ごめんなさい」
「いいよ」
彼は、その女の子に頭を下げて謝罪した。
素直に謝れるとは。この年にしてはなかなか素直だな。
小さい子に注意をするときは、怒鳴ってはいけない。暴力も使ってはいけない。同じ目線で、同じ立場で、優しく問いかけるように言うことがポイントだ。
ここ、大事。
しゅんと俯く彼に、俺はよし、上手くいったと心の中でガッツポーズを決めた。
よしよしと頭を撫でて、その両肩を掴んで回れ右をさせる。
「わかったならよし。さ、早く行きなさい」
背中を最後に優しくとんとんと叩いて、前進を促し仲裁完了。
ちなみに、これが効くのは小さいうちだけで、逆に成長してくるとふざけるなとか、なめんなとか言って反発してくるので注意しましょう。
「ありがとう、ロットちゃん」
「うん。困ったときはお互い様ね」
俺は、彼女に優しく微笑んで、その場をあとにした。
教室に戻ってくると、さっきの男の子が弄られていた。
まぁ、それも罰だろうと俺は流して、自分の席へと戻る。
ここからでも聞こえてくるが、彼も彼で笑って答えているらしい。心配する余地無しだな。
ほっと胸を撫で下ろし、国語のノートを開く。
まだ時間は2分ある。
今のうちに予習復習を済ませておこうという算段だ。
そういう考えで開いたのだったが……。
「今時の小学生って、結構マセてる子多いよなぁ……。まぁ、俺も他人から見ればそうだろうけど」
ノートを開くと、そこには汚い字で『ロットちゃんへ』と書かれた封筒が挟まれていた。
多分彼だろう。
と、なると、現在進行形で弄られている理由はこれもか……。
まったく、ほほえましい奴だ。
三時限目の開始を告げるチャイムが鳴った。
俺は封筒をこっそりと机の中に入れる。
「はいはい、みんな席について~」
初等部国語教諭が、手を叩いてクラスメイトに着席を急く。
さて、いつ封筒を開けようかな……。
──四時限目の算数が終わり、俺はさてと鞄から弁当箱を取り出した。
この国の料理は和食に近い。和食と洋食の中間の和食寄り8割といったところか。
結構美味しい料理も多い。
例えばよくおばあちゃんが作ってくれる魚の塩焼きなんかもそうだ。
この国は海洋に面した場所にあるため、漁業も盛んで、それゆえに魚料理なんかは日本と同じくらいバリエーションがある。
比較的温暖な気候で、湿度もそこそこ高めで四季もあるため稲作も盛んだ。
主食は米か麺類で東西に別れる。
因みに海に面しているのは南東である。
「ロットちゃんのおべんとーごうか~!」
後ろの席の女の子が、身を乗り出して俺の弁当箱を覗いた。
「おばあちゃんに教えてもらったんだ。これ全部私の手作りだよ」
「すご~い!ロットちゃんりょーりできるんだ~!」
はしゃぐ彼女に、そこまで凄いことかなと俺は首をかしげた。
たまたま祖母が料理得意だったし、自分も作ってみたかったからって理由で教えてもらってたんだが……。
まぁ、それもそうか。
俺だってこっちに来る前は、コンビニ弁当だったしな……凄いっちゃ凄いのかもな。
彼女はまたくるね~と言ってその場を後にした。
俺は普段弁当は一人で食べる。というか、一緒に食べるような友達がいない。
別に嫌われているわけではないのだろうが、俺にはそんな友達がいなかった。
……まぁ、相手は小学生だしな。
俺は気を取り直して、自分作の弁当を口にした。
「……不味い……」
見た目は綺麗にできるが、味は日本の時のそれとは比べてかなり落ちるものがあるな……。おばあちゃんも凄いが、俺の腕もまだまだといったところだろうな。
「ごちそうさま」
完食すると、俺はさてと例の封筒の中身を見ることにした。
そこで俺は、そういえばと過去の苦い思い出を思い出した。
──そう、あれはたしか小学四年生の時だ。同じクラスの女子に、好きな娘がいた。そこで俺は、ある時思いきってラブレターを出して、好きだということを告白したんだ。
しかし当時、俺は好きだということを伝えた後、何がどうなるのか知らなかった。そのため、付き合ってくださいという超重要な決まり文句を書かずに、彼女に渡してしまったことがあった。
確か代わりに書いたのは、あなたはどうですか?という相思相愛を確認する文句だったか。
この手紙も、そうでなければ良いけど。
クスリと笑って、俺はその封を開けた。
(どれどれ……ふむ。『ほーかご、たいくかんうらにきてください』か……)
たいくかん、ねぇ。俺も昔はよく間違えたな……。体育館なのに、体育館って言ってたの。
ほんと懐かしいな……。
けどまぁ、用事があるから行けないんだけどね。
俺は心の中で小さくごめんねと詫びてから、鞄の中に放り込んだ。
放課後。
俺は、学校帰りにいつもと同じ茶葉と、おばあちゃんの好きなお茶菓子を購入した。
おばあちゃんは緑茶か抹茶が好きで、屋敷でも自分専用の茶室を持っているくらいお茶が好きらしい。
その影響か、俺もお茶と言えば抹茶か緑茶だった。
俺は、そのまま家へ向かわず郊外にある森へと向かった。
森ではカラスが鳴き、東の空へと跳んでいく。
この国では、鶏と同じくカラスも食べる。
といっても、食べるために育てたカラスは高級品なので、俺のような金銭的裕福なところでしか食べることはできない。
一度だけおばあちゃんに食べさせてもらったことがあったが、鶏と言われて食べれば、全く違いはわからなかった。
何て言うか、ささみみたいな感じだったな。
飛び去る黒い影を見ながら、俺はふとそう思った。
──ぐぅぅ。
ふと、腹の虫が鳴く音がした。
食べ物のことを考えていたから、少し腹が減ってきたんだろう。
全く、食いしんぼうだな、俺は。
こうなったら駆け足でおばあちゃんの家へ向かおう。
俺はそう決めると、足早に林道を走り抜けた。
おばあちゃんの住む屋敷に着いて、俺は思いがけずその足を止めてしまった。
「なん……だよ、これは……」
いつも綺麗に手入れされていた花壇は、何か巨大なハンマーで押し潰されたように粉々だった。
屋敷の窓ガラスは所々破砕しており、地面にはその破片が飛び散っている。
おそらく中から割れたんだろう。
屋敷の扉は壊れており、片方がかろうじて繋がっているだけだった。
まるで廃墟──いや、お化け屋敷だ。
「そ、そうだおばあちゃんは!?」
ここまで激しく壊されてるんだ。きっとおばあちゃんだって本気で戦ったに違いない。
そんな相手が来たんだ。
おばあちゃんが生きている可能性は、あの年齢も考慮すれば限りなく低いに違いない。
俺は我を忘れて、屋敷の中へと飛び込んだ。
「おばあちゃん!おばあちゃん!どこ!?居たら返事して!」
叫び声が、無情に廊下を木霊した。
きっと重症で動けないに違いない。
廊下を走り、部屋を片っ端から開け放ち、確認していく。
しかし、そのどこにもいない。
ベッドルームにも、茶室にも、温室にもいない。
俺はリビングの扉をバン!と開け放った。
「おや、どうしたんだい?」
そこには、優雅に紅茶を嗜んでいるフローレスの姿があった。
「おばあちゃん!」
紅茶を飲んでいる最中にも関わらず、俺は彼女へと抱きついた。いつもなら、飲んでいる最中に抱きつくなと叱るはずなのに、今日に限って優しく俺の背中を撫でた。
ふと、違和感。
「おやおや、学校で何かあったのかい?ほれ、そこに座りなさい。美味しい肉とジュースをご馳走してあげよう」
フローレスはそう言うと、席をたってどこかへと消えた。
──このとき、俺はまだその違和感の正体には気づいていなかった。
やがて、おばあちゃんは皿の上に、よく焼かれた香ばしい香りのする肉と、真っ赤な液体の入ったワイングラスを差し出した。
「ほら、食べなさい。昨日手に入った高級の牛肉なんだよ」
肉をすすめる彼女に、俺はへぇそうなんだ~と、特に気にすることなくそれを口に入れた。
確かに、牛肉のような感じがした。だけど、豚って言われても鶏って言われても信じそうな食感だった。
少し塩っぽいけど、それがなかなかにマッチしていて……。
そして、俺は横に置かれたワイングラスに手をかけて、やっとその違和感に気がついた。
……これはジュースなんかじゃない!血液だ!
フローレスとの高等魔術の訓練で何回も見たからわかる。これは血液だ。それも、人間の。
そこで、目の前の老婆が啜っているものに対して、さらに疑惑が出てきた。
──おばあちゃんは、紅茶は飲まない。なのに今は飲んでいる。
そのとき、俺の中で何かが閃いた。
最悪の予想が閃いた。
わなわなと震える手。
とたんに吐き気がしてくる。
「う、う……お、おぇぇぇぇ……」
俺が食べたのは牛肉なんかじゃない。
そもそも、この国には牛を食べる習慣はない。
俺が、俺が食べたこの肉ってまさか──!
「おやおや、口に合わなかったかね?君の、大事な大事な──」
「うわぁぁぁぁぁぁぁああああ!」
聞いたことがある。
アメリカのとある男性が、人間がどんな味、食感なのか知りたくて、自分の筋肉細胞から同じ成分の肉を作り出したことがあると。
曰く、人肉の食感は、たしか、8割が牛、1割が鶏、もう、1割が豚のような食感がした。味は、少し塩味が効いていて、焼くと香ばしい匂いがした──と。
叫び散らす俺を見下ろして、老婆の姿をした何者かが、あ避けるように笑った。
ニィ──とひきつらせた口角。その口の隙間からは、刺々しい牙が皆見える
「うそ……だろ……?おばあちゃん……どうして……こんな……」
そう。
今しがた俺が口にした肉は、牛ではなく。
再び口を開いて、何者かは再度口にした。
「──大事な大事な、君のおばあさんの味は?」
──俺の祖母、フローレス・マクトリカの肉だったのだ。
次回、新しき童話