ジョン・エインズワース
──ジョン・エインズワース。
最後のエインズワース領領主、ベイン・エインズワースの曾々孫に当たる、元貴族。
最近までは探偵業を営んでおり、その後十年の探偵生活を捨て、傭兵に転職。
先のウルバーンとの戦争とも呼べぬ殲滅戦──後に魔女の再誕と呼称されるようになる──に参加し、その後行方不明となる。
探偵時代は、武装探偵──略称武偵──として、各地方の民警と共に、数多くの連続強盗事件、および殺害事件の解決に協力し、その後の傭兵としての三年間の功績──主に二年前のノスポール帝国で起きたテロ事件を単独で制圧した──を持つ。
……ギト王国治部省に所属する精鋭諜報部隊が得られたのは、たったそれだけだった。
「それで、こいつがご依頼のジョン・エインズワースかい?」
長めの銀髪に金色の三白眼。深緑色の外套を纏ったその内側には、炭で輝きを消した、複数の宝珠。
アブルである。
彼は、痛みで気絶したのであろうジョンをストレージ・改(生物の収納不可の欠点を改良し、生物を持ち運び可能とした収納魔法)へと投げ入れた。
「そのようですね」
そんな彼に首肯するのは、また同じ服装の黒髪の女性。
彼と同じように大量の宝珠を所持しているわけではないが、見た目の服装は同じである。
彼女は懐から緑色の液体が入っているシリンダーを取り出すと、その中身を一滴だけ、足元の血痕に落とした。
すると、その血痕は緑色の光の粒子となり、分解されていく。
他に飛び散っているところがないか、共に来ていた諜報員たちと痕跡の消去活動に移る。
ここに残っているのは、諜報部隊の中でも戦闘に不向きな人たちである。
戦闘タイプはごく少数を残して、あの大男の追跡を行っていた。
「さて、さっさとずらかることにしようかな」
アブルはそう告げると、掌を空中に翳した。
それに倣うようにして、他のメンバーたちも彼の掌に手を重ねた。
「並列演算宝珠起動──罠魔法、転移」
すると、彼の掌を中心に、空間が渦を描いた。
そして、その渦はアブルと、それに触れていた諜報員たち全員を巻き込んで、その場から姿を消した。
彼らが通った跡には、何も残らなかった。
「──っは!?」
見慣れない天井。
白いタイル張りの天井からは、白熱電球の灯りが吊るされている。
「ここは……痛っ!」
起き上がろうとして、身体中の激痛に顔をしかめる。
(無くなった脚が復活している!?)
上体を起こして、視界に入った自分の脚を眺めて、おそらくあのとき誰かが助けに来てくれたのだろうと覚る。
部位欠損の治癒となると、かなり高位の治癒術士だ。
(いったい、誰がこんなことを……)
と、その時。向こうの方で扉が開く音がした。
「目が覚めたようだね」
そう言って、入ってくる男。
白衣の姿に、メガネをかけた、四十前半くらいの男性だった。
「貴方は……たしか、クルード・マクトリカさん、ですよね?」
「よくご存じで。ジョン・エインズワースさん」
彼はそう答えると、近くの椅子に腰を下ろした。
「自己紹介は必要ないみたいですね。貴方が治してくれたんですか?」
「いえ、再現しただけですよ。残念ながら、現代の治癒魔法による完全な治療は、未だ不可能なものでね」
「……どういうことです?」
そんなとき、再びその扉を開けて中に入ってくるものがいた。
「……生きてる。……成功?」
淡々と、クルードに話しかけているのは、銀髪の美少女。歳はまだ十代というところか。
だというのに、その格好は軍服を身に纏い、あまつさえ強者のオーラを醸し出していた。
「いや、まだわからないですね。なんせ、アレを投与した患者は歴史上、有史以来彼一人ですから」
「……そう」
「あの、彼女は?」
ジョンは何か置いていかれているような感じがして、二人に話しかけた。
「彼女の名前はニュラ。ギト王国軍所属、一等特級魔導武官だよ」
「……今日から、君の上司。……よろしく」
……上司?
上司ってことは、俺が軍に所属させられるってことか?
「あの、上司って……?」
そう尋ねると、ニュラさんは無表情な顔を少しだけ綻ばせて、こう答えた。
「……君は、今日から、対災害指定魔獣討伐小隊第三部隊。……通称ジズに編成されることに、決まっている」
「……え?」
まて。
そんな部隊聞いたことがないぞ?
ということは、新しく、少なくともここ三年以内にできた部隊ということか?
それに、対災害指定魔獣討伐小隊って……それ、軍の精鋭部隊が担当する部隊じゃなかったか?
「……感激、してる?」
「してません!ていうか、なんでこんな、一端の傭兵がそんな精鋭部隊に編成されなくてはならないんです!?」
叫んだ喉が少し痛い。
「……興奮、しちゃダメ」
そう叫んだ俺の唇に、そっと人差し指を押し付けるニュラ。
(……やべ、ちょっと可愛いって思ってしまった……)
俺は落ち着きを取り戻すと、彼女の手を押しやった。
「……クルード、説明」
ニュラに促されて、彼はうんと頷くと説明を開始した。
ずるり、と下水道の壁にもたれ掛かり、肩で息を吐く。
彪の獣人は肩の傷に手を触れると、舌打ちをして耳を済ませた。
バシャバシャバシャと、水を跳ねる足音が遠退いていく。
──なんとか撒けたようだ。
そう安堵して、男は更に奥へと足を向けた。
レンガが交互に積み重ねられた壁の一角。
男はそれに手を触れると、ストレージから先程の男の脚の断面を取り出した。
(たしか、この辺りだったか……)
壁の一角。
そこに彼の血を十字に塗りつけた。
その血液は紫色に淡く光り、壁に門を形成する。
──エインズワース家の秘術。
あの男を使ってマクトリカ家から盗んだ、その情報が正しければ。
(もうすぐだ)
彼はニヤリと笑みを浮かべると、その門を潜っていった。
次回、偶然
魔法解説。
ストレージ・改:生物を収納できない欠点を改良したストレージの魔法。高等魔法に分類。




