白蛇
……誘拐?
は?いつの間に?
え?いつから?
いったい、どうなってるんだ?
「カネヒト、服を持っきて。このままだとダメになっちゃうわ」
「御意」
武者はノブヒトの指示を聞くと、その場を離れていく。
「……」
「あれ、まだ状況を理解できてないみたいね?」
ノブヒト──黒い長髪を背中に流した、古風な日本人のような赴きのその女は、ニヤリと笑みを浮かべた。
呆気にとられて、何も反応できない。
「無理もないわ。龍人は本来、一等クラスの魔物だもの。ねぇ、もしかして貴女が、噂のアルト・ヘクセなのかしら?」
思考がうまく働かない今は、容易に情報を与えるべきではない。
そう、俺の本能が叫んでいるにも関わらず、俺の口は勝手に言葉を紡いだ。
「その通りです」
どういうことだ?
なぜ、勝手に口が開いて……。
まさか……!?
「やっぱり、貴女なのね!お会いできて光栄だわ!」
そこで、俺は初めて彼女の纏う、異様なオーラに気がついた。
魔力とも、ロンとも、神気とも違う、歪なエネルギー。
彼女が言葉を紡ぐ度、そのエネルギーは何かの意思を持ったように揺れる。
「こちらこそ、光栄です」
思ってもない言葉が、次々と口から溢れ出る。
自分の意思での制御が利かない。
何かの魔法かと疑ったが、これはどうやらそうではないらしい。
言ってみれば、これは呪術と呼ばれる類いの技術だ。
纏っているオーラは、恐らく行動操作系の付与効果をもった香水による影響。
以前、カギネに教えてもらったことがある。
魔力とは正反対のエネルギーである霊力を、ある特定の植物や動物の骨や死骸なんかと混ぜ合わせると、呪具といって、呪術の媒体となるアイテムを作成できる、と。
この香水はおそらく呪具だ。
臭いによる行動操作を行う呪具。
そこまで看破できれば、対処は可能だ。
「──とか言うわけないだろうが」
思考加速を使って思案したアクトを実行に移し、俺はノブヒトに言い返した。
「はぁ……。もういいわ。飽きた!この娘嫌い!カネヒト!撤収!」
……はい?
いや、ちょっと待て。意味がよくわからないんだが?
何がどうなって、こんなことになってんの?
目の前でなぜかぷんすか怒っているノブヒトを目の前に、混乱する俺。
えーっと。
これまでのことを整理してみようか。
まず、俺はこっそり水泳の練習をするために、あの川まで来た。
そしたらメープルが乱入してきて、遊ぶことになった。
するとなぜかメープルが流されて滝から落下。
目が覚めると龍人さんの巣窟にいました。
そして、俺はその人に風呂に入れと言われて、ついでに疲労しているであろうメープルを彼に預け、寝かせてあげることに。
それで、気がついたらなぜか変な所にいて、ノブヒトが誘拐宣言。
……意味がわからん。
結局この人何がしたいんだ?
「すまんな、アルト・ヘクセ殿。領主殿は気まぐれなのだ」
頭を抱えていると、カネヒトと呼ばれた武者が、こちらに事情説明をしてきた。
なんでも、この人が言うには俺がアルト・ヘクセみたいな魔法を使ったという新聞記事を目にして、ちょっかいかけたらなんだか面白そうという下らない理由で俺たちを保護?していた龍人の巣窟を襲撃し、横取りしたのだとか。
しかし、あまりにも呆気なかったものだから、興が逸れて飽きた、と。
「なんだ、それ……」
いや、ホントになんだよそれ!?
面白半分で襲撃された龍人が報われないな、本当に!!
「ご免なさいですむとは思ってない。だが……その……許してやってくれ」
なんだか申し訳なさそうな表情で、そう言ってくるカネヒト。
「……お前、苦労してんだな?」
「ありがとうございます」
「ん、なんで感謝してるのかわからないけど、事情説明のために着いてきてもらうからな?」
「え!?なんでよ!」
いや、何でもくそもないだろう。
何言ってんの、この人。
「あー……じゃあ、呪術の使い方教えてくれるなら見逃してもいいよ」
霊力ってのが何なのか知りたいし、呪術も使えるようになれば、戦術の幅も広がる。
そう思っての提案だったのだ。
「わかったわ。基本しか教えられないけどいいわね?」
すると、なんとあっさり教えてくれることになったのだった。
それから、呪術の基礎を理解するのには、それほど時間は必要なかった。
何でも、以心伝心という名前の魔法道具によって、知識を一瞬で脳内に送り込んだらしい。
それによって、色々なことがわかった。
霊力というのは、魔力エネルギーのエネルギー核と呼ばれる部分の荷電子という場所が、全く反対の性質を持つことによって作り出される。
霊力は人の意思で作り出すことはできないため、本来は魔法道具である加速器に魔力を流し込むことで精製するらしい。
しかし、そこは俺だ。
改編魔法があれば、知っている情報からあらゆるものを作り出すことができる。
つまり、魔力を魔法によって霊力に変換できる訳だ。
呪具の作り方は、何か魔女が大鍋で何か怪しげなものを造り出す様に似ていた。
まぁ、これも改編魔法でちゃっちゃと造れるし、情報だけあれば問題ない。
それから、俺はメープルを背負って、カネヒトに案内されながら外に出たのだった。
「どこに行っていたんですか!」
「す、すみません……」
おぶさっている途中で目が覚めたメープルの手を引いて家に帰ってくると、開口一番にジーナさんに怒られた。
「まったく、あまりにも遅いものですから捜索隊を出すところだったんですよ!?自分が子供だってことを理解しているんですか?」
あ、完全に忘れてた。
そうだよな。俺、今年端もいかない小さな女の子なんだよな……。
「ごめんなさい」
「……貴女もですよ、メープル?いくらミッド君に稽古をつけてもらっているとはいえ、まだ未熟なんですから」
ため息ひとつ、そうメープルにも注意を飛ばすジーナさんの尻尾は元気なく垂れていた。
いつもの力強さがなくなっていることを鑑みるに、メープルのことは本当に心配したようだ。
「ごめんなさい」
……誘拐のことは、メープルも眠っていて気がついてないみたいだし、言わないでおこう。
それから、俺たちは食事を摂り風呂に入った後、そのままいつもの夜の運動会もせずに眠るのであった。
ギト王国の王は聡慧であった。
それはまるで、全ての隠し事が自ら空気中を飛んできて、その頭の中に入り込んでいるかのような。
──それもそのはず。
それは全くその通りで、それは比喩でも何でもなく、事実そうなのであるから。
百代目ギト王国国王、ヴァイツスネイク・ゼルベノフ・アウローラ・ギト・エイブラハムには、この魔法が存在する世界で所有するものが極めて少ないとされるギフト持ちなのだ。
そのギフトとは、あらゆる隠し事を無効とし、隠蔽された事実を直接的に知覚するというものだった。
名は《聡慧なる鬼耳》。
あらゆる秘密を知る、ソロモンの七十二柱の九柱目の悪魔の名前である。
ヴァイツスネイクの代になってから、ギト王国は更に栄えることになった。
今まで地に埋もれていたマクトリカ家から、フローレスという逸材を引き出したのもこの能力のお陰である。
ヴァイツスネイクは、初め彼女を目にした時、パイモンの言葉を信じることができなかった。
何故ならば、当時のフローレスの年齢は12歳だったのだから。
パイモンは王にこう言った。
いずれ彼女は、この魔術社会に居なくてはならない重要な人物になる、と。
曖昧な情報。
しかし、それがパイモンなのだ。
こいつは、いつだって曖昧な事しか告げてはくれない。
それに、こいつの発動には条件があるのも不都合の要因なのだ。
その条件を知るものは一人としていない。
ただ、王その人を除いて。
彼がこのパイモンに気がついたのは、幼少の頃、中庭に迷い混んできた白蛇に噛まれたことが切っ掛けだった──。
次回、ニュラの理不尽な怒気




