Kidnapping
“古代の魔女”。
その再誕を告げる記事を目にして、ノブヒトはニヤリと口許に笑みを浮かべる。
「アルト・ヘクセ、ねぇ……」
そんな彼の表情に何を思ったのか、彼女の側近が怪訝な顔をした。
「どうかなさいましたか、領主殿?」
「いや、何でもないわ。……いや、ちょっと待て。これはもしかして……」
何か思案顔をするノブヒト。
そして何を思ったのか、彼女はそれに何かを伝えると、側近は礼をしてその場を走り去っていった。
あれは側近とは名ばかりの、彼女の使い走りなのだ。
どうせ居なくても、彼女の力をもってすれば、一等クラスの魔物などとるに足らないのだから。
形式上いるだけだし、いなくてもいいだろう。
「ああ、面白くなりそうだわ……」
そんな笑みを浮かべて、北の島国の領主、ノブヒトは呟くのであった。
カギネの抜き打ちテストから1ヶ月が経った。
今ではロンの扱いもそれなりのものになってきており、改編魔法によるロンの生成までできるようになっていた。
もはや俺は無尽蔵なエネルギーを習得したも等しいのである。
現在は、ロンを使ったバグ技(キャンセル技)の練習中である。
これがなかなか難しく、タイミングがシビア過ぎて、十回に一度成功するかしないか程度なのである。
それでも、エルフビーストが普通は百から二百年かけて修得するものを、これほどの早さで覚えていっているというのは、もはや異常な速度であった。
今やミッドさんもそんな俺に諦めを覚えて、俺ならそれぐらいできるだろという認識を持ち始めていた。
そんな中、メープルと俺の関係はますます奥へのめり込んでいくことになった。
毎日一緒にお風呂にはいるのは当然。毎日同じ布団で寝て、シーツを濡らす。
そして俺が毎回改編魔法で元に戻すのだ。
今では昼間からやることなんてザラである。
お陰で人避けの結界を使えるようになった。
元より、結界魔法というものは存在する。
元来は神聖な領域と俗物の領域を隔てるものだったが、今ではこんな風に防音結界や人避けの結界など、広範囲にわたる指定した対象を中に入れない防御魔法として確立している。
俺が使える結界魔法は、防音結界と人避けの結界。それから断熱結界の三つである。
断熱結界は冷たいものでも弾くことができる。
冬場にはもってこいだ。
だが、現在は八月。冬ではなく夏だ。
冷房なんてないこの世界では、断熱結界は本当に優れものだと思う。
体に纏えば、熱耐性だって得られるわけだしな。
日焼けや火傷の心配がないのがラッキーである。
というわけで、俺は今。
以前来たことがある滝にやって来ていた。
着ているものは、当然水着。
しかし、この場にいるのは俺一人だけ。
え?メープルは誘わなかったのかって?
だって、誘ったら絶対ユリユリなシーンが多発して、R18になりかねないじゃん。
……そんな冗談はさておき。
俺は実は、泳げないのである。
嬉しいことに、岸の近くは水深が浅いので、泳ぐ練習にはもってこいなのだ。
「……」
準備運動を終え、水に足をつける。
「冷たっ!?」
おいおい。なんだよこれ、冷たすぎるだろ!?
確か、ロンを感じとる云々の修行の時は三月だったよな?
冬場でこんな冷たいところで滝に打たれたら、絶対に死ねる自信がある。
危なかった……。
あのままメープルが助け船出さなかったら、今頃俺はあの世をさ迷っていたに違いない。
悪寒を感じて、俺は身震いした。
「ま、まずは水に慣れるところから始めるか……」
俺は水面に手をつけて、水の流れを読み取る。
滝からかなり離れたところだというのに、流れがちょっと速い。
水を掬って、体にかける。
少しずつ水の温度に体をならしていき、水に再度足をつけた。
水に体をつけて、水流に流されないように足を踏ん張ってみる。
「……」
やっぱり、一人で来たことは失敗だったかな。
そう思ったとき、俺の頭上に影が射した。
「!?」
「ロットちゃーん!」
バシャン!と音をたてて、二人は水中で倒れる。
「メープル!?」
「もう!一人で水遊びなんてずるいよ!私も混ぜて!」
言いながら、俺の体をまさぐるメープル。
「これは遊んでるわけじゃないんだけど……」
「えー?じゃあ何してたの?」
……言えるわけない。
泳げないからってこっそり練習していたなんて言えない……!
「えーっと……」
どう説明しようか?
……無理だな。ぜんぜん思い付かない。
仕方ない、遊ぶとしよう!
「……わかった。一緒に遊ぼうか!」
俺たちは場所を変えて、滝の方へ歩いていく。
外は暑いので、当然水中を歩くことにした。
歩いている内に、水の抵抗を受け流す方法を思いつき、試行してみると、簡単に水中を歩けるようになった。
胸ほどの高さまであったのが、まるで嘘のようだ。
「ロットちゃん!置いていかないでよー!」
しまった。つい調子にのって、遠くまで行ってしまった。
「ごめー……え?」
ふと、後ろを振り替えって返事をしようとすると、遠くに流されていくメープルの姿が見えた。
「メープル!」
暑いのに、寒気が走った。
俺は人為飛行を使って、メープルのところまで飛んでいく。
「メープル掴まって!」
空中から手を伸ばし、彼女の手をつかもうとした、その時。
「ん、あっ!?」
急に速度が増し、かと思えば、メープルは勢いよく下へ落下を始めた。
「くそっ!」
掠める指先。
頭が真っ白になり、思考が鈍る。
「うわぁぁぁぁあああ!」
滝から落下し、崖にぶつかって跳ねる。
一瞬、赤いものが飛び散った風に見える。
「メープル!?」
遅れて耳にとどく、ごつんと鈍い音。
頭が混乱し、とにかくその手をつかまなければという強迫観念に押し潰される。
飛翔の速度をあげ、彼女にてを伸ばす。
「くそったれ!」
視界に映る、銀色の犬耳の少女の目は閉じていた。
おそらくさっきので気絶したんだろう。
そのまま上から掴むのでは相手に怪我をさせかねない。
横から掠めるように救出すれば……!
その時、俺の体から一気に何かが抜け落ちる感覚がした。
魔力の消費量が、補給を上回ったのだ。
「っ!?」
制空権が消え、突如不安定になる体。
届かない指先。
そして、直後俺はとある案が思い浮かんだ。
時間がない。
さっさと試行しなければ!
加速された意識の中、俺は直接ロンを操って、それをロケットのブースターのように噴出した。
「届けぇ!」
出力が強すぎたのか、目からは血が溢れていた。
しかし、俺は気にせずにその手を掴んだ。
「とった!」
そして、俺はメープルと上下を入れ換える。
直後、轟音を残して俺の意識は途切れた。
目が覚めた。
どうやら助かったようだ。
暗く、静かな場所だ。
洞窟か何かだろうか?
耳を澄ませば、水の波打つ音が聞こえる。
「く……っ」
頭が割れるように痛い。
ロンを使いすぎたか。
龍骨を流れるロンの総量を確認してみると、最大値の八割が削られている。
もしHPの総量が100なら、今はだいたい20くらいしか残ってない。
ゲームならポーションとかで回復させるんだが、残念ながらここにはそんなものはないし、魔力だってほとんど底をついて回復させるだけのエネルギーは残っていなかった。
よくもまぁ、あんな高さから落ちて死ななかったな。
ふと、自嘲気味な笑いを出そうとして、俺はとあることを思い出した。
「そうだ、メープルは!?」
頭がガンガンと痛むことも無視して、俺は周囲を見渡した。
しかし、光はなく、そこに誰がいるかなんてわかりはしなかった。
(そうだ、ロンを可視化すれば!)
俺は、流れるロンに意識を集中した。
そして、自分のとなりに彼女が居ることを察知した。
同時に、奥の方で、何体かの生き物がこちらの様子をうかがっていることも把握する。
俺は、残りわずかな魔力を指先に集めて、光を灯す。
すると、隣には頭から血を流しているメープルが、前方には、人型の蜥蜴のような生き物がいた。
(リザードマン!?)
リザードマン。
五等クラスの魔物だ。ゲームで言えば中盤くらいに出てくる雑魚キャラだが、魔法の使えない上、体力も消耗している今なら、あいつらに勝てる確率は低い。
……まずったなぁ。
どういう流れでこんなところに居るかわかんないけど、逃げなきゃ死ぬ……いや、そもそも逃げられるのか?
そんなことを考えていると、さらに奥の方から、何者かの気配がした。
魔力やロンの総量からして、こいつらのボスか何かだろう。
……死んだ。
これは、確実に死んだ。
そう思ったとき、それは俺たちに向けて、喋りかけてきた。
「あ、目が覚めた?」
「!?」
それは、松明を片手に、こちらに近寄ってきて、そばにしゃがんだ。
「む、そんなに警戒しなくてもいいのに」
ドラゴニュートか?
いや、それにしては人語を話しているのはおかしい。
「龍人……?」
ドラゴニュート。
出世型と呼ばれる魔物の一種であるリザードマンの進化した姿。さらに成長すると、龍人と、ほぼ亜人族に近い存在になり、最終的にはドラゴンになるとされている。
竜車に使われているドラゴンはレッサードラゴンと呼ばれていて、蜥蜴の延長線のような生き物なので、正確には進化した場合のドラゴンとは別種である。
「正解!よくわかったね!」
拍手をして、こちらを見下ろす。
「ボクの名前はルナ。そこのトカゲはボクのペットでね?川岸に落ちていたのを拾ってきたんだよ」
ルナはそう言うと、リザードマンを下がらせた。
「すまないけど、ボクは回復系が苦手でね。そっちの娘はどうにもできないんだ」
「……」
「なに、まだ警戒してるの?」
龍人は、そこらの亜人より魔物に近い。
けど……。
「いえ。何でもありません」
もうかなり魔力も回復したし。
俺はメープルのロンを回復させ、同時に外傷も治癒すると、次に自分のロンも回復させる。
「わぉ、すごいねキミ!こんなに小さな子供なのに!」
彼は大袈裟にそう言うと、何か思案するような顔をして、俺の肩に両手を置いた。
「そうだ。もうすぐ夕食だし、食べていきなよ!あ、その前に体が冷えるからお風呂を貸そう」
彼はそう言うと、奥から一頭だけリザードマンを呼んで指示を出した。
「そっちの娘はどうする?なんなら客室を貸すけど」
「では、お言葉に甘えて」
今の俺に、この状況をどうこうできる力はない。
ここはおとなしく従った方が身のためだ。
俺はそう答えると、ルナに指示されたリザードマンについていくことにした。
「ゴユルリト」
片言の人語を話して、それはその場を去っていく。
歩いている間に、大分魔力も回復した。
ロンも全快したし……。
俺はさてと呟くと、とりあえずお言葉に甘えて風呂にでも浸かることにしよう。
今はそれ以外何もできないし。
え?呑気?
呑気ってお前さぁ?
そんなこと言うなら、他にいい案でも思い付くのか?
魔力がある程度回復したなら、脱走すればいい?
バカか。
メープルはどうすんだよ。
たしか客室に連れていかれたんだっけ?
なに?救出して逃げる?
無理だな。
龍人の簡単なステータスはある程度見たけど、あの魔力量は俺の最大値を余裕で越えている。
ざっと二、三倍は上だ。
そんな相手は、敵に回すより仲間にした方がいいだろ?
できるの?
無理。
正直に言って無理だ。
では、なぜそんなことを?
やかましいわ!
頭の中で問答を繰り返す。
勝負して勝てるわけはない。
なら、あちらから逃がしてくれるように頼むしか、今のところは方法がない。
そうさせてくれるためにも、言葉に乗るしか思い付かない。
俺は水着を脱ぐと、浴室に足を踏み入れた。
──ガガン!
「!?」
その瞬間、今まで扉だったものが壁に変わる。
「え!?ちょ、待てよ!?」
がらりと空間の雰囲気が変わる。
おそらく、転移系の魔法だろう。
部屋ごと空間を入れ換えたのか……。
俺はとりあえず改編魔法を用いてジャージを生成し、身に付けることにする。
次に、魔力反射の法を用いて透視を試行。
どうやら、岩壁の中に閉じ込められたらしい。
俺は、呼吸を浅くして、壁に手を触れる。
恐ろしいほど冷静だ。
人は、信じられない事象に直面したとき、驚くほど冷静になるとは本当らしい。
そもそも、転移系のトラップなら、試験で一人でダンジョンに潜ったときも出会している。
あのときは、ダンジョンそのものの魔力をくらい尽くすというチートで脱出できた。
今回も同様の方法で、と思うのだが、場所が場所なだけに、そんな無茶はできない。
下手すれば崩壊して押し潰される。
ので、魔力喰いを使うのは却下。
穴を掘って出る?
それしかなさそうだな。
俺は、手を触れている壁を魔力に改変し、続いて魔力喰いを使って吸収する。
「……っ」
一気に酸素が薄くなった。
俺は次に、改編魔法で魔力を空気に変換する。
単純な酸素だと、濃度が高くなりすぎて最悪死ぬ可能性があるからな。
俺はそうやって地道に穴を掘り続けた。
「はっ!?」
目が覚めた。
(夢落ち……?)
見知らぬ天井。
ごつごつした、洞窟の天井だ。
明かりは、上から吊るされた蝋燭だけだった。
「んっ……」
声がして、俺はそちらを向く。
するとそこには、布団の中でメープルが眠っていた。
……どういうことだ?
いったい、何がどうなって──。
すると、その奥の方で、一人の鎧武者がこちらを見つめているのが見えた。
そう、鎧騎士ではなく武者だ。
日本の時代劇とかに出てくるアレだ。
「領主殿、目が覚めたようですぞ?」
武者がその隣の暖炉でくつろいでいる、黒い髪の少女に報告する。
「わかったわ」
霞む視界。
何かで邪魔でもされているのか。
そんなことを考えることすらできなくなっていた。
「私の名前はノブヒト。君たちを誘拐したわ」
……へ?
次回、白蛇
魔法解説。
フィールドエクスチェンジ:空間転移系の魔法。高等罠魔法に分類。指定した空間同士を入れ替える罠を生成する。
罠魔法:トラップマジック。ダンジョンなど、建造物型の魔物が体内で防衛の為に用いる、魔法機構の一種。これを利用した転移門という魔法道具が存在するが、それを造れるものは少ない。




