試練
湯船に浸かりながら、俺は天井を見上げた。
特殊な加工を施された石の壁に、湯気が結露している。
外からは鈴虫の鳴く声が聞こえてきており、客室に備え付けられた風呂場は静かで、風情があった。
和洋折衷な中世文化特有の、独特な空気。
それは面白いことに違和感なくマッチしている。
……明日はとうとう、実践訓練の日だ。
カギネさんとの訓練で、体力と敏捷性には自信がある。
持久力なら、“持久力補助増強魔法”でほぼ無尽蔵に足るし、敏捷性もカギネさんに教えてもらった“身体能力強化魔方Ⅱ”があるから、なんとかなりそうだ。
まだ“多重思考演算魔法”の完成は遠いけど、今日の資料漁りでなんとかヒントを得られた気がする。
言ってしまえば“改編魔法”の応用なのだ。
魔力で擬似的な脳を概念的に作成できれば、片方で相手の行動を予測して結果を演算し、片方は戦闘に集中することができるかも知れない。
一つの脳で処理できる情報は、地球に存在する最高のマシンでも四十分はかかるそうだ。
二つあればこの二倍の処理を短時間で効率的に可能だろう。
新しい魔法を開発するのはワクワクする。
心が踊るとは、たぶんこういうことを言うのだ。
──コンコンコン。
すると突如、浴室の扉をノックする音が聞こえた。
“魔力反射の法”を用いて扉の向こうを透視すると、そこには銀髪のケモミミ少女がバスタオル姿で立っていた。
犬耳に犬尻尾。全部目を見張るようなきれいな銀色で、肌は白く、瞳は紫色をしていた。
切れ長の瞳孔には爛々と光輝いており、とてもきれいだった。
たしか、彼女はジーナさんの従妹だったか。
エルフよりワービーストの血が濃いため、獣人よりの容姿をしている。
「どうしたんですか?」
一応、確認のために彼女に問いかけてみた。
俺は今こそ外観は可憐な金髪ロリだが、心はロリコン紳士だ。
そんな俺が、俺と一緒に風呂に入りたいと、バスタオル姿で、しかもケモミミ幼女が頼んできたら、もう紳士を装うふりなんてできなくなってしまう。
尋ねると、ケモミミ幼女──確か、名前はメープルと言ってたか──が、幼女特有の甘い声でこう言い放った。
「えっと、一緒にお風呂でもどうかな……って」
喜んで!と、思わず叫びそうになったが、ここは紳士だ。俺は心の中で猛り狂う猛獣の首を絞めて、声を殺す。
「いいですよ」
ここで風呂から上がるところだったなんて余計なことを言うヘマはしない。
幼女の体を舐め回すまで、俺は絶対に上がらないでおこう。
……いや、相手が犬系なだけに、舐め回されるのはこちらだろうか。
俺はそう答えると、防御魔法の応用で浴室の扉を開けた。
するとそこにいたのは、驚いた顔を見せるメープルの姿があった。
「す、すごいよロットちゃん!それどうやったの!?」
瞬時にキラキラした笑顔に変わる彼女を見て、俺の猛獣は飛び去っていく。
探求心溢れる子供の前には、そんな淫獣など入る隙もない。
「防御魔法の応用だよ」
「防御魔法!?あれが!?」
俺はそんな彼女の様子に頷いて、使い方を伝授した。
しかしどうやら、多方向に防御魔法を展開することが以外にも難しかったらしく、これはまず多方向の展開から練習する必要があるようだ。
俺の場合はすんなり同時に展開できたけど……。
やっぱり、いくらエルフの血を引いているとはいえ、難しいらしい。
そもそもこの世界には、防御壁を攻撃に転用する発想がなかったらしく、それを利用して見えざる手を構成するなんて、頭にはなかったそうだ。
これは、習得するまで時間がかかりそうだ。
閑話休題。
その後、俺たちは互いの体を洗いっこ(無論、すでに俺も体を洗っていたがせっかくなので、幼女に体を洗ってもらうことにした)した。
メープルはときどき変な声をあげていたので、洗っているこっちもそれなりに楽しかった。
言っておくが、これは犯罪ではない。ちゃんと合法な手段を用いているのだ。
幼女同士で洗いっこしたときに、こっそりそのなだらかな平地とも言える丘を弄くったり、あんなところやこんなところをヌメヌメにしても、別に問題はないのだ。
「ここがええんか?ここがええんか?グヒヒヒヒ」
「ロットちゃん、くすぐったいよぉ……」
なんだかおっさんめいた口調であんなことをしても、こんなことをしても、メープルは気づくことはない。
むしろ、洗いっこを交代したとき、メープルもノリノリで俺と同じことをして来てくれたのだから。
「このっ!やりかえししてやるぅ!」
「あっ、ちょっとメープル……そこはにゃっ!?」
でも、ちょっと荒々しくて、弄くるというよりはこちょこちょされてるみたいだったけど。
一瞬、指が変なところに入ったために、あらぬ声を出してしまいはしたが、お相子さまだ。
しかし、それにしてもこの耳と尻尾。
水に濡れて湿ってはいるが、その感触はとても気持ちがよかった。
尻尾も可愛く愛でてあげると、ちゃんと気持ちよさそうや表情で答えてくれるものだからありがたい。
……え?何の話って?
そりゃ、洗いっこの話だよ。
別に合法ロリの百合的なエッチなシーンの描写はできないからね。
お互いに泡まみれになって、顔が火照ってくる。
お湯で泡を流して、この体なら二人余裕で浸かれる浴槽に浸る。
お互い息があがって、ちょっとエロかった。
「……ねえ、ロットちゃん」
「何、メープル?」
少し間が空く。
あんなに大暴れしても、下の階や外に音が漏れなかったのは、魔力で音の波を相殺する防音結界を張っていたのが理由だ。
途中で誰か乱入されては、楽しみが失せるからな。
そこは用意周到なロットであった。
俺は、メープルの返答を待つ。
やがて、赤面しているメープルの顔が、本気の表情に切り替わった。
「……今日、一緒に寝ても……いいかな?」
「……」
言った後からテレが這い上がってきたのか、少し目線を下にずらすメープル。
正直言って、滅茶苦茶かわいい。
「もちろんだよ、メープル!」
俺はそう答えて、彼女に抱きついたのであった。
その日の夜、俺たちは二度風呂に入るほど楽しんだのであった。
翌朝、朝食の席にて。
俺とメープルは敢えて目を避けていた。
「……」
「……」
昨晩のことを、正気に戻っていざ思い返してみると、結構恥ずかしくて、目を会わせることができなかったのだ。
そんな様子を見て変に思ったのか、ジーナさんがこちらを見つめてきた。
(そ、そんな見つめないでくださいよジーナさん……)
俺は心の中でそう願いながら、チラリとメープルの方を伺う。
「!」
「!」
視線が合った。
即座にプイと、両者ともに目線をずらす。
それに何か思ったのか、ジーナさんがため息をついてこう言った。
「ロットちゃん、メープル。昨日何があったのかは知りませんが、喧嘩はダメですよ?」
どうやらジーナさんは俺たちが喧嘩したのだと思ったようだ。
とんだ勘違い。
しかし、そのお陰で昨日の事はばれずにすみそうである。
俺とメープルは互いを見ると、うんと頷きあって、話を合わせることにした。
「ごめんね、メープル」
「こっちこそごめんね、ロットちゃん」
これで、どうにかごまかせるな。
しかし、メープルの顔が赤い。
これはまた、今夜も昨日の続きが始まる予感がする……!
「はい、いいこいいこ。さ、ご飯を食べたら少し休憩して、二人とも訓練場に向かう支度をしてくださいね?」
ジーナはそう告げると、さっさと朝食を済ませて台所へと向かっていった。
ふぅ……。
先ずは一安心かな。
そう息を吐くと、ふとメープルがこちらを見て頬を膨らませていた。
え……何?俺何かやらかしたか!?
しかし、考えてもわからないものは仕方ない。かといって直接尋ねるのも無粋。
なら、ここは敢えてスルーして……あー、でもなぁ……。
そんな変な葛藤に頭を抱えつつ、俺はさっさと朝食を平らげて、割り当てられた客室へと引き返していった。
部屋に戻り、昨日ジーナさんの夫であるミッドさんからもらった、訓練用のジャージに着替える。
着るとぴったりと体に張り付き、体のラインがよく見える。
無論、俺は幼女なので、そこまで大人の艶かしさというものは無かったが、これはこれで少し……うん。
昨日、ちらっとミッドさんが着ていたのを見かけたけど、あの人めっちゃ腹筋割れているのが見えてビックリしたなぁ。
俺はそんな回想をしながら着替え終えると、魔力でこのジャージのデータを読み取る。
いつか換装魔法を習得するために、これには練習台になってもらうのだ。
俺は読み込みだけ済ませると、データを確認することを後回しにして、体を動かす。
準備運動を終えると、俺は訓練場へ向かった。
訓練場に到着すると、既に二人は到着していた。
「おはようございます、ミッドさん」
「おう、おはようロットちゃん。それじゃ、全員揃ったところで、訓練を始めようと思う」
そう言って、彼はこちらを見た。
そして、何か言いたげな表情で少し悩んだ後、俺にこう告げた。
「……が、しかし。ロットちゃんはエルフビーストではなく人間、それも子供で女だから、普段よりレベルを人間が耐えられるところまで落として、最初の基礎から教えようと思う。メープルも、一応復習と思って、あとは加減を覚えるつもりでついてくるように」
彼はそう言うと、訓練、もとい授業を開始した。
「我々が使う武術体系は、我々の祖であるワービーストが使っていた、龍と呼ばれるエネルギーを自在にコントロールするもので、これから教えるのはその内の一つである仙流と呼ばれるものだ」
──龍とは、魔力が精霊の生み出すエネルギーとするなら、これは自身の生命力をエネルギー化したものである。
我々が祖、獣人族の中でもワービーストは、特に生命力の高い種で、数々の民族間戦争をこのエネルギー、ロンを操ることによって制してきた。
ロンとは、別名気と呼ばれるもので、生命体であるならば誰にでも流れている。
これを操るためには、まず体内に流れるロンを感じとることができなければならない。
「──というわけで、ロットちゃん。君には今日一日中、瞑想してもらう。だが、ただ瞑想するだけでは修行にならない。というわけで、これだ」
そう言って連れてこられたのが、ごうごうと鳴り響く滝だった。
「君には今日から、体内の気を感じ取れるようになるまで、ここで瞑想していてもらう。無論、魔力による意識の制御は禁止だ。何、耐えられそうになければ俺が救出してやる」
……は?
いやいやいやいや。
何これ、拷問なの?
魔力を使っちゃいけません!?
「無茶言わないでくださいよ!?いくらなんでも死んでしまいます!」
「だから、危なくなったら俺が何とかするっつったろう?俺を信じろ!」
「いやいやいやいやいや!会ったばかりの人の、何を信じろっつうんですか!?」
叫びつつも、俺は今も水飛沫弾ける滝を見つめた。
「……なんだ、その態度は!それが教えてもらう人に対する態度か!」
「それにしても限度があるよ!?私の年齢考えてよ!生まれて八年しかたってないんだよ!?」
俺の必死な抗議に、むぅと唸るミッド。
「師匠、それならまずはただ瞑想することから始めてみてはどうです?」
ナイスフォロー、メープル!
後でいっぱい可愛がってやろう!
「まぁ、そうだな。人間は脆弱な生き物だし、そうするか」
メープルが言ってくれなければ、俺は今ごろ死んでいただろう。
ありがとう、メープル!
次回、体内の龍を感じとりました。
魔法解説。
魔力反射の法:透過性のある魔力を放出し、その反射によって視覚情報を得る魔法。
見えざる手:インビジブルから派生した魔法。超高等魔法に分類。
防音結界:防御魔法の上位互換である、結界魔法の一種。指定した空間の外壁に、音の波を相殺する空気振動波を発生させることで、外部に音が漏れることを防ぐ。高等魔法に分類。




