STEP58 空白の存在
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――――???年前
――きら、きら、ひかる……おそらのほしよ♪
悪臭の立ち込めるゴミ捨て場で、少女は独り歌っていた。
月は一つもない惑星だったが、星空は綺麗だった。
――まばたきしては……みんなをみてる♪
丁寧に、剣にこびりついた血を洗い流す。
ゴミに埋もれていて判然としないが、かつて人だったものがそこにはあった。
きれいに二等分され、急所を突かれて息絶えている。それらに目もくれず、彼女は“相棒”の手入れをしていた。
――きら、きら、ひかる……おそらのほしよ♪
「……上手な、歌」
「――挑戦なら、今日は受けないぞ」
夜なのに日傘を差している女性が、どこからともなく現れた。
「……私はシヴァ。あなたは?」
「セイレーン」
「……本当の、名は?」
「知ってて聞いたのか……ネリーだ」
ネリーは血を拭いていた布切れを放り捨て、切っ先を相手に向けた。
「用件は?」
「……仲間に、なってほしい」
大きく踏み込んだ勢いで突きを放とうとしたが、その手前で動きを止める。その後で喉元に錐が突き付けられてることに気付く。
見れば、日傘の身が消え、それが錐となっていることが分かる。
「ハッ! あたしの近くに来て、寝首でもかこうってのか?」
虚勢をはるも、力量差があるのを感じ取ってしまった。弾道ミサイルと輪ゴム鉄砲くらい実力が違う。次の瞬間に、命が刈り取られていることもありうる。恐怖で腰が抜けそうになるのを必死でこらえていた。
「……私は独りしかいない」
「…………当たり前だろ」
「……だから、仲間が欲しい……私の、目的のため」
シヴァは錐を下し、くるりと背を向けた。まるで、襲われるのを気にしていないように。
脚に力を込め、もう一振りの相棒に手をかけ、距離を詰めた。
――横からの圧力を感じ取り、咄嗟に受け身を取ってゴミ山に突っ込む。
みぞおちを踏みつけられ、身動きが取れない。何より苦しくて息ができない。
「ぅっ……神の、手か……最新兵器を、よく手に入れたもんだ」
「…………」
この状況を逆転させ、逃げる手を考える。
だが、できないことが想像できてしまう。
「わかった、降参だ……」
「……ありがとう」
相手との格が違いすぎる。
今のところは、だが。
「っ忘れんなよ! いつか、あんたの首を取ってやるからな!」
「……威勢のいい男の子、私は嫌いじゃない」
「――あたしは女だッ!」
☆☆☆
――――現在
「んっ……」
頭をぶつけたことにより、ネロは目を覚ます。どうやら気付かぬうちに寝てしまっていたようだ。
バイタルサインのモニターには変化がない。
M.I.C.の手際は名医に匹敵するほどで、意識が戻らない事を除けば元通りだった。
「なぁM.I.C.」
【どうされましたか?】
「“ネリー”って人のことを調べてほしい」
【ヒット数が多すぎます。もう少し詳細な条件を】
「なら“セイレーン”もセット、だ」
しばらく間が空いた。
【該当はございません】
「ない、のか……?」
【はい】
「なら……母さん、“シヴァ・カムイ”との組み合わせは?」
【それも、ございません】
なら、あの夢は何だったのだろうか?
ネリーという少女の夢。まるで自分が彼女そのものになったかのような錯覚もあった。
「じゃあ、“セイレーン”で調べてほしい」
【一件のみ、ヒットしました】
「俺たちを襲ったやつを除いて、だ」
【はい。都市伝説のような噂なのですが、いわく――古代の民謡を口ずさむ始末屋、の名だと】
「――それなら私も聞いたことがあります」
突如、医務室にデビーが侵入してくる。下着にバスタオル姿の風呂上りスタイルで。
「服を着てくれ……目のやり場に困る」
「……まさか、あなたは男性?」
「皆まで言わせるな」
「そうですか」
と、言いつつ服を着るつもりは無いようだ。
「それで、さっきの話は本当なのか?」
「ええ……」
『――クルーズ船を襲った犯人は、連盟政府指定犯罪者のエミリア』
「彼女はすでに、議長殿の手にかかっていると考えていいでしょう」
「洗脳、ってことか……?」
「それは知りません。ですが人心掌握は彼の十八番ですから」
あの、エミリアに限って人に支配されるとも思えない。が、昔言っていた天敵の最後の一人が連盟議会の現議長。それを考えると……。
「最悪、だな……」
【マスター、進路を変更しますか?】
「いや、このままでいい……」
目指すのは惑星ユグドラシル。エミリアが囚われようと、そこにはラズワルドとアポロンの炎があるはずだ。方やエミリアの師匠、方やありとあらゆる病を治せる秘宝。
「なあ、あんた、まだ連盟の特別捜査官なんだろ?」
「今のところは、ですけど」
「それなら、いい……そういや――聞いたことがあるって言うのは」
彼女が入ってきたときに言った、聞いたことがあると。情報の少ない“ネリー”なる人物も、知っているかもしれない。
「どれの話ですか?」
「古代の民謡を口ずさむ始末屋、の話だ」
「裏の界隈では有名です。そこのポンコツAIは知らないでしょうが」
ぶちっ、という音が聞こえた気がした。
「教えてくれてもいいか?」
「……いいでしょう。乗せてくれたお礼です。ですが――」
デビーは盛大にくしゃみをして言った。
「服を着させてください。湯冷めしました」
☆☆☆
背筋が凍えた。そして体が動かない。
頭を打ちぬかれたはずだ。まだ息を吸うことができている以上、生かされているのか……。
目をゆっくり開いてみた。光が強く、目に痛みが走る。どうやら椅子に座らされているようだ。
恐る恐る頭に触れてみる。傷一つなく、手術跡もない。
「目が、覚めたみたいですね。サラ王女」
「議長、さん」
ずっと前から変わらない姿。艶のある黒髪のオールバック。彫の深い穏やかな表情。不老不死と言われても信じてしまいそうだ。
「そう、固くならないで。あなたに危害を加えるつもりはありませんよ」
傷を跡形もなく無くしたのは彼のはずだ。
つまり、理由もなく助けているはずはない。
「1つ、聞きたいことがありまして……なに、ちょっとした雑談ですよ」
じっと、目を覗きこまれる。その奥に、吸い込まれていきそうだった。
心の底から、彼に従ってしまいたくなるかのような――
「“ブラディオニキスはどこにある?”」
「それは……」
言ってはいけない。命を張ってまで守ろうとした情報なのに、口がひとりでに動いてしまう。
「船の、中に――」
「ありがとう。素直で、助かるよ」
ああ、言ってしまった。
どうしてだろう、逆らえない。言葉の一つ一つに強制力があるかのようだ。
このままでは、ネロが危ないッ!
☆☆☆
「あなたの思い通りにはさせないよ……」
その瞬間、連盟政府の全ネットワークシステムがダウンした。




