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Phantom thieves  作者: 鮫田鎮元斎
第一章 とりかえばや、とりかえばや
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STEP5 悲劇のオヒメサマ

「ぅうんいい香り」


 一通り下見を終えたエミリアは近くのカフェで一服していた。


 コーヒーという飲み物は大昔からずっと親しまれている数少ない食品だ。

 移住期の頃、地球の植物は殆ど絶滅していたそうだからこれが飲めるのは奇跡といってもいいのかもしれない。


「どれどれ味は――!?」


 恐ろしく苦い。わずかに酸味があるもののひどく苦い。


「こんなん飲めたもんじゃないな」


 カップを置くとさっき見た内容を反芻させる。


 敷地に入る門は一つ、正門だけ。

 城内への入り口は二ヶ所、見学者が入る正面玄関と関係者のみ入ることができる裏口。

 その気になれば抜け道を探すこともできるかもしれないが生憎とそんな時間はない。

 式場は多分謁見の間、広さ的には十分だ。


 侵入経路を検討してみる。

 まず入場券を手に入れれば敷地内に入れる、がこれはパスが無ければ買えない。それにこの時期では売ってるはずもない。

 次に城内に入れるのは参列者とその付添人。変装すればいいかもしれないがそう簡単に入れ替われるものでもない。お話のように上手くいくわけでもない。

 となると嘘吐きのようにもなるが金庫から直接奪う……いや、それじゃつまらない。金庫破りなど朝飯前だがそれは強盗の仕事であり怪盗のすることではない。


「まいったな……」


 苦い顔でコーヒーを啜る。苦みが表情をより一層苦くさせる。

 カップを置いた瞬間に扉が開け放たれ、顔を隠すようにローブを纏った女性が駆け込んでくる。

 エミリアは何かきな臭い物をその女性から感じ取った。


「お客様、ご注文は?」


 鈍いのか、店主は注文を取ろうとしている。


「いえ……そういうつもりでは」


 続けて黒服の一団――多分軍の精鋭部隊だろう――が入ってくる。


「全員動くな!」


 と、言っても店内にはエミリアと店主と例の女性以外の客はいない。


「サラ王女、探しましたよ」


 成程、その女性が例のお姫様ということか。


「そう何度も抜け出されても困ります。さ、帰りましょう」


 黒服(A)がサラの腕を掴む。


「いやっ……離して!」


 彼女は抜け出そうともがきだす。


「うっ! 相変わらず力が強い……」


 黒服(A)が羽交い絞めにしようとしているが本気の抵抗で難航しているようだ。


 エミリアは冷静に考える。

 ここで王女に恩を売っておけば盗みがしやすくなるかもしれない。

 となれば助けるしかない。


「こらこら、せっかくいい体してんだから」


 エミリアは軽く黒服(A)の腕を捻りあげる。そしてサラとの間に割り込む。


「ッ貴様! 軍務執行妨害でとっああああっぐ!」


 軽く力を込めただけで黒服(A)が痛みで悲鳴を上げる。


「今すぐその手を離せ! さもなくば撃つぞ!!」


 黒服(B~E)に銃を向けられる。


「え、いいの?」


 エミリアは彼らを薙ぎ払うように手を放す。黒服(A)が吹っ飛んで壁に叩きつけられる。

 風圧で残りの連中の目がふさがれる。


「さ、姫。こっちですよ」

「えっ?」

「訳は後で聞きますから」


 サラの手を取ると出口から飛び出した。



















「うん、この辺まで来れば大丈夫だな」


 逃走用に見繕っておいた路地へ逃げ込み一息つく。


「あっ……あのっ……いっ、たい…………どちらっ、さま?」


 普段運動してないのかサラの息は上がってしまっている。

 それにしてはあまり太っていない。女性の割に体脂肪率が低そうだ。

 髪を短くして服装を変えれば男として通せそうだ。


「通りすがりの怪盗さんでーす♪」

「……は?」

「まーボクが何者かなんてどーでもいいな。キミはどうして逃げていたのさ?」

「それ、は……」


 サラはどうしてか口ごもってしまう。


「言いにくいことならいいさ。とにかく今は逃げる方が重要だ」


 エミリアは小型の衣装ケースを渡す。


「これに着替えて」

「えっ!?」

「ばっ……声でかいって。あのな、そんな服着てたら自分が何者かを言ってるようなもんだ」


 ローブの下は高そうなドレス。確かにただの庶民でないとバレそうだ。


「気にすんな、ボクこう見えても女だからさ」


 顔の変装を解いて素顔を見せる。


「で、でも……お外で着替えるのは」

「あのな、どういう事情か知らないけど――逃げたいなら恥とプライドは捨てろ」

「っ……でも」

「返事は?」

「…………はい」


 観念したのか大人しく服を脱ぎ始める。

 やはり裸を見せるのが恥ずかしいのかローブでしっかりと体を隠している。


「……これ、どうやて使えば?」

「ボタンを押せば出てくるから」


 その脇でエミリアも変装をし直す。

 二人での逃走に適した格好にならなければいけないからだ。それに顔も割れてるはずだ。

 イメージは女好きなチャラ男。


「あっ……おわり、ました」


 サラは羞恥で頬を染めていた。

 生足がしっかり見える短い丈のフリルのスカート、ガーターベルト付のストッキングで色っぽさが高かった。貧乳なのは残念だったが、胸を大胆に露出させたシャツは妙なかわいらしさを感じる。


「着てたのは?」


 差し出された服をびりびりに引き裂き一部をポケットに仕舞う。


「じゃ腕組んで」


 恐々と腕を絡めさせる。が、これでは不自然だ。


「もっと体を密着させて」

「む、無理ですっ!」

「早く」

「~~~~~~っ」


 体中が真っ赤になってるんじゃなかろうかというくらいサラの赤面がひどくなる。

 しかし傍から見ればイチャイチャしている男女に見えるはずだ。


「あれ? キミ意外と背あるねぇ」


 エミリアの身長は168ある。サラも同じくらいだった。


「ぁっ……早く行きましょう」

「ん、そだな」


 自然な流れで通りに出る。黒服の仲間と思われる連中が色々と嗅ぎまわっているようだ。

 だがこちらに目を向ける者はいない。

 エミリアはすれ違う人のポケットに服の切れ端を入れていく。鼻の利く者の察知を回避するためだ。

 手持ちがすべて無くなるまで続けた後身を隠せる場所を探した。


























☆☆☆


 ネロは軍団を蹴散らすと目立たない場所の、パスを要求されない宿屋に逃げ込んでいた。そして日課の瞑想をしていた。

 自分の感覚に集中、外の様子に目もくれずただひたすら集中する。心を無にするのではなく究極の集中。頭の指令と体の動きのズレをなくしていく。無駄な思考で反応を遅れさせないように。



『冗談よしとけ』



 集中が乱れた。将軍を斃すといった自分の言葉への返答。弱いと思われている自分。


「っふぅ……」


 深呼吸してリラックス状態を作る。

 駄目だ、集中。強いか弱いかじゃない、ただ己の最善を尽くすだけだ。

 どんな相手でも負けるときは負ける。

 だから最善を尽くすしかない。


「――――だーれだ♡」


 背後を取ってきた襲撃者にヘッドバットを喰らわせる。


「おふっ……」

「よくここがわかりましたね」


 ため息をついて問いかける。


「そりゃネロ君の思考パターンを読めば楽勝さ」


 襲撃者はもちろんエミリアだった。


「で、そこの連れは?」

「サラ・オルタンス・カリナン王女って言えばピンとくる?」


 紹介されてぺこりとお辞儀をしたサラ。


「…………はぁ、遂に人攫いですか」

「んにゃ。んなことしねーって。追われてたから助けただけさ」

「成程……なら」


 ネロが窓際まで走っていくと侵入者に回し蹴りを放った。


「追っ手は撒いといてくださいよ!」


 三つ揃えのスーツを着た侵入者はそれを前腕でブロックする。


「ありゃま、どーしてバレたのさ?」


 エミリアはあくまで加勢するつもりはないらしく、呑気に変装を解いている。

 侵入者が一歩引きネロはそれを追撃する。


「おーい大丈夫?」

「聞く間があるなら助けろッ!」


 敵も手練れなのかネロは苦戦している。


「えーどーしよっかなー?」


 エミリアはわざとらしく聞き返している。

 が、それにツッコむ余裕が無いようだ。


「……………………」


 やれやれと肩をすくめたエミリアは二人の間に割って入る。


「はい、そこまでー。おじさんもいい年なんだから暴れなさんな」

「! 私はそんな年じゃ――」

「お静かに」


 彼女に口を押えられて侵入者は言葉を出せない。


「あっ……トラさん?」


 じっくりとその顔を見たサラが驚きの声を上げる。


「知り合い?」 

「私の……執事です」


 エミリアの問いかけにサラが答える。一先ず戦いが止まった。

















「バトラ・シャイアー、28歳。出身ミアキス、移住年度、統一暦5808年。職業、宮廷使用人……本物の執事サマって訳ね」

「私は嘘をつかない。なぜ疑う?」

「疑いすぎて損はないって師匠に教わってね。はい、ありがとね」


 彼にパスを返しつつエミリアは更に問いかける。


「どうしてここが分かったのさ?」

「匂いだ。姫が最後に立ち寄った喫茶店の香りを頼りに」

「……犬か」

「よく言われる」


 サラは完全に委縮してしまっている。


「姫、次からは私に知らせてからにしてください」

「ぁ……はい…………申し訳ございません」

「あなたに何かあったら、私は亡き国王様に殺されてしまいます」

「ならあの男との結婚もやめさせてくださいなっ!!」

「それは……」

「本当に私の事を想ってるなら……見逃してっ」


 涙を流しながらサラが言う。

 ネロの差し出したティシュで盛大に鼻をかんでいる。


「なっさけないオヒメサマだな」


 エミリアが吐き捨てるように言った。


「お兄様の敵が結婚してくれるってんだろ? なら寝首を掻き放題じゃん」

「おねっ……兄様はまだ生きてますっ!」

「だったら色仕掛けで助けてあげればいいさ。ボクが教えてあげよっか?」

「うっ……そういうことは」


 なぜか狼狽え始める。サラは恥ずかしそうに爪を噛んでいる。


「そういうことはッ! ……できないんです」

「どうして? プライドくらい捨てときなよ」

「でもっ……」

「出来るだろ?」

「そのくらいにしておいた方が」


 今にも泣きそうなサラを見かねたネロが止めに入った時だった。







「軍の者だ! ここを開けろッ!!」








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