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Phantom thieves  作者: 鮫田鎮元斎
第六章 デンジャラスクルーズ
59/80

STEP56 スリルと興奮と

もっと長くなりました。シリーズ最長。

☆☆☆


 首に巻きつくロープが緊張感を掻き立てる。死までの長さは100ミリ――10センチしかない。

 サラはゆっくり息を吸い込み、亡き母への祈りをささげた。が、頭の中で母の説教を受けたので慌てて追いやった。


「さて、もう一度ルールをおさらいしようか」


 こざっぱりとした青年が、コードマスター。

 想像していたより美形だった。

 

「今からやるのはジョーカー込みのワイルドポーカー。賭け金は死までの距離。毎回使用するトランプのセットは変更する。全部で5セットの中から負けた方が選ぶ」

「……仕込みは、もちろんないですよね?」

「全部新品を使う。信用できないならそっちで用意してもらってもいいんだぜ」

「随分な自信ですね」

「ああ、俺様には最高の運があるんでな。どうする? 席だってもう一度選びなおしたっていんだぜ?」

「っ結構です!」


 サラはもう一度席に深く座りなおした。

 何か仕掛けがあるようでもなさそうだ。


「それじゃあ、始めようか。さ、好きな方を選びな」


 誘導する様子もない。つまり本当に仕掛けはなさそうだ。模様を見ても何かがあるようにも見えない。

 あえてど真ん中の、黒いトランプセットを選ぶ。

 それを横からデビーが奪い取り、自分でカットを始める。


「私が配ります。あなたがやってはイカサマをしそうなので」

「おいおい! 信用してくれよ! 俺様はスリルを楽しむために命を張ってんだ! 必勝の手なんて白ける真似すっかよ!」


 その言葉を信用するほど、二人とも甘い人間ではなかった。

 なめらかな手さばきで札を配っていく。

 サラは自分の手を確認する。ハートの2と4、7にクラブの8スペードの9だ。ノーペアではあるが、上手く入ればハートのフラッシュ、7,8,9の絡んだストレートにもなる強い手札だが、ノーペアになるリスクも同様に高い。


「まず、アンティは1ミリ。俺様が払う。さ、乗る(コール)上乗せ(レイズ)、もしくは降りるか」

「――全賭け(オールイン)

「!?」


 コードマスターはもちろん、周りの人間も驚いたようにざわめく。

 熱くなって全部賭けてしまうことは間々ある。しかし、いきなり全部はよほど自信がないとできない芸当だ。負ければそこで終了だからだ。

 だが、現状サラの手はできていない。できるであろう手役も必勝ではない。


「けっ……白けるぜ……降りる(フォールド)、だ」


 場代としてかけられた1ミリがサラの所に加算される。


「自信、あるんじゃないんですか? ご自慢の運も大したことが無いのですね」


 サラのあおりに、彼は苛立ったように札の端を引っ掻いている。


「けっ! 運も絶対じゃないんだ。さすがにあれは勝てねぇよ」


 とぼやいた彼の手はすでにツーペア――スペード、ハートのKにハート、ダイヤの8、そしてスペードのAの手役だった。初手からできる役としては無くはないが、本当の初戦から出せる役ではない。

 自慢の強運とやらも、どうやら本物とみて間違いはなさそうだ。


「次は、これだ」


 赤のセットを選んだ。内訳は赤が3セット、黒が2セットだ。

 手際よく、収納とカットを終え、再び配られる。

 

「今度は俺様の番だ――」


 
















 数度の対戦が終わり、すべてのトランプが勝負に使用された。

 両者ともに一進一退の攻防を繰り広げてきた。

 サラは時折ハッタリをきかせ、不利な手札で勝ちを拾っている。対するコードマスターは自慢の強運で強い役を出し、追随を許さなかった。


「お強いんですね……」


 彼女は内心焦っていた。

 だんだん、ハッタリが効かなくなってきているのだ。

 それどころか、サラがいい手の時に限って、勝負に乗ってこなくなっている。どんなに煽ろうとも、冷静に判断してきている。


「それはお互い様だ。久々に楽しませてもらってるぜ」

「いい気なものですね……!」


 椅子の後ろにある機械が動くたびに冷汗が噴き出す。

 ロープが少し張るだけで背筋が凍る。


「どうだ? この辺で終わりにして、ベットの上での勝負をしないか?」

「……あの、私こう見えても男ですけど」

「俺様は一向に構わないぜ?」


 ……より一層、負けられなくなった。















 


 勝負が動いたのは、それから30分後だった。


「――フォーカード、だ」


 各スートの3にスペードのA。かなりの好手だ。


「さ、見せてくれ」

「っ……フルハウス、です」


 スペード、ダイヤ、ハートのKとクラブ、ダイヤの8。勝負手といってもいい役だ。

 サラはずっと強気で賭けていたが、ある程度の法則を決めて行っていた。

 明らかに負けそうな手の時は大きく賭け、勝てそうな手の時は小刻みで。

 相手も読みの名人なら、気付かせるように。

 だが、それを見てもなお彼は下りなかった。

 それもそのはず、かなり強い手役だったからだ。


「じゃ、約束通り」


 一際大きな駆動音が響く。今回失ったのは8センチ――80ミリだ。残りは僅か18ミリのみ。


「っく……!」


 首を鷲掴みされている感覚に陥り、危うく骨が折れそうになるのをこらえる。そして背もたれに頭を打ち付けてしまう。


「くくっ……降参するなら早めがいいぜ?」


 彼はおかしそうにトランプの端を引っ掻いている。ずっと勝負の時はそうしているようだ。サラは、そこに引っかかりを覚える。

 苛立ったときのくせなら、分かる。

 だが、どうしてそうでないときも引っ掻くのだろう?

 が、それが確信に至るまでは必勝の手を使うわけにはいかない。


「つぎ……左から三番目、赤い物を……」

「厳しいのなら、私が変わります。所有物に死なれては困るので」

「大丈夫です、まだ……」


 引っ掻けば、傷が生まれる。なら――こうすれば疑念が晴れる。

 サラも彼にならって、同じ場所を引っ掻いた。

 少し、焦ったような顔をしていた。


「さ、勝負するか? 降りちまってもいいんだぜ?」

「…………」


 ハートの2,5,9,Q,Kのフラッシュ。勝てそうではあるが、冷静に札を観察してみる。どれも角に特徴的な傷がついているのが分かる。彼はこれで相手の手をはかっていたのだ。イカサマとは言い切れないし、何より立証できない。

 じっくりと相手の手を札を観察してみる。同じ傷跡の札が三枚、スリーカードかフラッシュの可能性もある。


「……っコール」


 ボタンを押す手が震えた。1ミリとはいえ、確実に死へと近づくのだから。

 気付かれぬよう、KとQの傷をわからないように上書きしておいた。


「2枚チェンジ」

「……このままで」


 札が入れ替わるも、傷のダブりは変わらない。つまり、スリーカードか。


「――15ミリ……っレイズ」

「! おい……えらく強気だな」

「なりふり構ってる場合ではないので……」


 読み通り、スリーカードならフラッシュの方が強い。

 勝てる見込みはある。


「にしては、全部賭けない冷静さはあるんだな」

「まだ、死にたくはないので……」

「へへっ……乗ったぜ。コールだ」


 そう言って公開されたのは、クラブ以外の5とスペードの2――そしてジョーカー。

 フォーカードだ。


「ぁっ……!」


 首が殆ど締まっている。ほとんど背もたれから頭を動かせない。

 ジョーカーがあることをすっかり失念していた。もう後がなくなってきてしまった。


「あの……」


 こうなったら、仕掛けていくしかない。

 デビーを呼んで、耳打ちをした。


「――――――」

「っあくまで、勝負を下りない気ですね?」

「お願いします……」

「なんだ、作戦会議か? それともイカサマの仕込みか?」

「……神頼みです」


 ロープを引いて気道を確保する。なんとしても、準備が整うまで、この間隔は維持しなくては。


「次も、同じのでお願いします」

「へぇ……」






 そこからサラは、とことん勝負を降り続け、負けもせず、勝ちもせずを繰り返していた。その間も、使用するトランプは固定し、傷を書き換えて妨害をしていた。

 一気につまらない対戦になってしまったせいか、見ている人もまばらになっていく。


「けっ! 死ぬのが怖くてビビってんのか!? 勝負する気ないなら帰れ!」

「……ずっと、気になっていたんです」


 サラは自分の手札にジョーカーが来たことを確認し、疑問をぶつける。


「この機械、ゼロより下がありますよね?」

「ああ、あるな」

「つまり、私の掛け金はもっと増やせるってことですよね……? ずっとそれが気になっていまして」


 コードマスターは困ったように頭を掻いて言った。

 

「興が削がれるから言わなかったが、こいつはゼロまで行っても即死するわけじゃない。運が良ければ助かる可能性がある、が――リミッターを外せばそうもいかない。酷ければ首が千切れる」


 蘇生は不能。まさに命を賭けたギャンブルとなるわけだ。


「が、互いの合意がなきゃできない。俺様だって、相手の首を千切っちまったら寝覚めがわりぃからな」

「……やりましょう、それで」

「あん? ちゃんと聞いて――」

「そうしなきゃ、逆転できませんから」


 彼は呆れたようにサラを見つめ、噴き出した。


「いいね、ようやく楽しくなってきた!」

「でしたら――次は右から2番目の、赤で」


 ここでようやく変更をした。

 その瞬間、動揺が見て取れた。


「もう、仕込みは忘れてしまいましたか?」

「何の話か分からないが、いつ使ったやつか、覚えてるぜ」

「もし、並びが変わっていなければ、の話ですよね?」


 サラは降り続けるようになるまえ、3っつ頼んだ。そのうちの一つがこれだ。


『――勝負が終わるたびにトランプの並びを変えてください』


 そして傷を変更することで相手の妨害を徹底した。そうすることによって、少しでも仕込みをぼかさせるために。より勝負のギャンブル性を増させるために。

 でも自分はしっかりと位置を覚えておいている。選んだのは、最後の勝負でフォーカードが出たセットだ。

 仕舞い方の癖を見て、二人の手札は下の方にまとめられているはずだ。


「リミッターを外せば、あとどれだけかけられますか?」

「追加で、20センチだ」

「なら、5ミリレイズ」


 サラの手札は各スートの3、ダイヤの8。

 ショットガンシャッフルを行っているデビーのカット方法では、ほとんどの札が確実に交互となるようにカードが来る。そこから通常の切り方に戻る。旧アジア式のいわゆるかるた切り。上手くやると混ざりきらないのが特徴だ。


『――下にあった札が最終的に上に持ってくるように混ぜてください』


 これが二つ目の頼み。イカサマと呼ばれても仕方のない芸当だ。


「……ツッ、コール、だ」


 彼は必死になって何かを思い出そうとしている。自分の付けた傷がどれかが判然としないのだろう。そのためにずっと同じセットを使い、傷を上書きし続け、忘れさせようとしていたのだ。


「なら、1枚交換です」

「……2枚」


 マークは3つ一致、スリーカードかフラッシュか。

 交換でやってきたのは――予定通り。


「あの……この辺で手打ちにしませんか?」

「……は?」

「ここでやめにして、互いの欲しい物を手に入れる。それで終わりに――」


「ッざけるな!!」


 コードマスターは怒りでテーブルを叩きつけた。

 

「お前は俺をバカにしてるのか? 今ここで――こんなにもスリルのあるところで止めちまったら台無しだろうが! 一歩間違えれば死ぬ、そんな興奮を! いま味あわなきゃ損だろうが!」

「分かりました……なら、後悔しないでくださいね――30ミリ、レイズ」

「追加、30ミリ」

「100ミリになるようにレイズ」


 ここまで来れば、数分後サラの首はもげているかもしれない。

 だが、必勝に近い策を選んでいる。イカサマだが、看破のされにくい、3つめの頼み。


「……結構、攻めてくるんだな――50ミリ、レイズ」


 どうしてここまで強気になれる? 本当に自分の手役は――勝っているのだろうか?

 もし同じ役であった場合、数字の低いサラは確実に不利だ。


「いいんですか……? そんなに賭けて――20ミリ」


 累計170ミリ。


「10」


 180ミリ。


「っ5」


 185ミリ。


「限界か……? なら――20ミリ」


 205ミリ、サラの限界値を越えた。つまり、これより先は全部賭け――オールインで応じるしかない。

 勝ちの確証を得られていない中で、決断しなくてはならない。

 体の奥底が沸騰してしまいそうで、ふわふわとして、目の前が見えなくなっていく。


「……オールイン、です」

「後悔は、無いな?」

「……はい」

「負けたらお前の首が千切れても支払いは実行されるぞ、いいな?」

「っわかってます!」


 コードマスターは自分の札を順番に公開していった。

 

 ――スペードの10,J,Q,K,Aのロイヤルストレートフラッシュ。


 通常なら勝ち目のない、最強の手役。

 だが、それよりも強い役が、1つだけ存在している。


「っ……!」


 あと一歩、間違えれば負けていた。

 よかった――これで、勝ち。


 ――各スートの3に、ジョーカー、ワイルドポーカーにおける最強の役、ファイブカード。


「私の、勝ちですね……」

「ははっ……っっははははははっ! やられたぜ……俺様としたことが、こんな初歩的なイカサマに気付かねえなんてな!」


『―― 一番上にあるカードを、交換の時に渡してください』


 三つ目のお願いがこれだ。無論、それは前のセットに含まれていたジョーカーだ。

 それを隠し持っておいてもらい、交換の際に確実にジョーカーを手に入れたのだ。


「ジョーカーの枚数、決まってないですよね? イカサマだというなら、証明してくれませんか?」

「まさか! イカサマは見抜けなかった方が馬鹿なのさ! 正真正銘、俺様の人生3度目の敗北だ!」

「3度……?」

「さ、敗者には敗者の責任ってもんがある――じゃあな!」


 支払い執行のボタンを押した。リミッターを外した時は自動で行われないようだ。

 彼は堂々と負けを認め、機械にロープが巻き取られ、死の瞬間を待っていた。


「ぐっ!?」


 ギリギリ、とロープが食い込んでいく。

 が――ブチリ、と切れてしまった。


「ぁぐ……っはぁっ……へへ、運がいいぜ……」


 席に一切の仕込みは無かったはずだ。だが、ロープは千切れてしまった。もし、リミッターを外さずにやっていれば、そうはならなかったかもしれない。


「はぁ……いつ、気付いた?」

「……最初に大負けした時です」



 サラは札を引っ掻くという行為に目を付けた。何気ない行為の一つだが、イカサマを疑わせるのには十分な動きだ。

 傷をつけ、札を認識するのは、ポーカーに限らずほかのゲームでも行われたりする。だがこれはそれを対策するために5セット使う――と、見せかけているのではないか、と踏んだ。


「私が傷に触れたとき、あなたは焦った。だから、私は札をすべてできると思ったのですが――失敗しまして……」

「そんなことはどうでもいい、それで?」

「あなたの運は確かにいいかもしれません、偶然にロープが切れるのですから。でも、運は絶対でない。だから混乱させ、惑わせ、私はズルで確実に勝てるように状況を整え、勝負に挑んだ」


 忘れる、よりも覚えてそうで――のほうがより集中が乱れ、注意力が散漫となる。

 そこを突いた。


「勝てて、よかったです――いてっ!」


 安心していたら、頭を叩かれた。


「後で覚えておきなさい……」

「か、勝てたんだから――ったたたすいません!」


 デビーはその態度が気に入らなかったのか何度も頭をはたく。

 


「――いやはや! 素晴らしい勝負だった!」


 いつの間にか集まってきていたギャラリーの中から、黒服に守られて現れたのは――クルーズ船の所有者であるスティーブ・アスール14世。

 にこやかに拍手をしながら現れた。

 勝負に勝ったサラをリクルートしに来たか、もしくは負けたコードマスターを引き取りに来たか。


「いいものを見させ」


 不意に、社長の動きが止まり、前のめりになって倒れた。

 彼だけでなく、その周りの人々も、糸が切れた人形のように崩れ落ちていく。

 サラは慌てて首のロープを外すも、後頭部に銃を突きつけられて固まった。


「――ブラディオニキスはどこですか?」


 その人物が、この虐殺をやってのけたというのか……!

 気付かれぬように船に侵入し、殺気を隠して対象に近づき、音もなく殺した。


「なっ……」

「それと、不良捜査官のデビー・ドロシー。今すぐ降伏しなければあなたの所有物を破壊します」

「……わかった」


 暴発の対策があだとなり、動きを封じられてしまっている。


「もう一度聞きます、ブラディオニキスはどこですか?」

「あなたなら……知ってるはずですよ――エミリアさんッ!」


 返り血で穢れた純白のワンピースが揺らめく。 


「この船はあと1時間で沈没するでしょう。早く答えなさい――さもなくば、痛めつけてでも聞き出します」


 サラは黙って首を振る





 その瞬間、襲撃者は静かに引き金を引いた。


 








 乾いた音が、カジノエリアに響き渡った。






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