STEP56 スリルと興奮と
もっと長くなりました。シリーズ最長。
☆☆☆
首に巻きつくロープが緊張感を掻き立てる。死までの長さは100ミリ――10センチしかない。
サラはゆっくり息を吸い込み、亡き母への祈りをささげた。が、頭の中で母の説教を受けたので慌てて追いやった。
「さて、もう一度ルールをおさらいしようか」
こざっぱりとした青年が、コードマスター。
想像していたより美形だった。
「今からやるのはジョーカー込みのワイルドポーカー。賭け金は死までの距離。毎回使用するトランプのセットは変更する。全部で5セットの中から負けた方が選ぶ」
「……仕込みは、もちろんないですよね?」
「全部新品を使う。信用できないならそっちで用意してもらってもいいんだぜ」
「随分な自信ですね」
「ああ、俺様には最高の運があるんでな。どうする? 席だってもう一度選びなおしたっていんだぜ?」
「っ結構です!」
サラはもう一度席に深く座りなおした。
何か仕掛けがあるようでもなさそうだ。
「それじゃあ、始めようか。さ、好きな方を選びな」
誘導する様子もない。つまり本当に仕掛けはなさそうだ。模様を見ても何かがあるようにも見えない。
あえてど真ん中の、黒いトランプセットを選ぶ。
それを横からデビーが奪い取り、自分でカットを始める。
「私が配ります。あなたがやってはイカサマをしそうなので」
「おいおい! 信用してくれよ! 俺様はスリルを楽しむために命を張ってんだ! 必勝の手なんて白ける真似すっかよ!」
その言葉を信用するほど、二人とも甘い人間ではなかった。
なめらかな手さばきで札を配っていく。
サラは自分の手を確認する。ハートの2と4、7にクラブの8スペードの9だ。ノーペアではあるが、上手く入ればハートのフラッシュ、7,8,9の絡んだストレートにもなる強い手札だが、ノーペアになるリスクも同様に高い。
「まず、アンティは1ミリ。俺様が払う。さ、乗るか上乗せ、もしくは降りるか」
「――全賭け」
「!?」
コードマスターはもちろん、周りの人間も驚いたようにざわめく。
熱くなって全部賭けてしまうことは間々ある。しかし、いきなり全部はよほど自信がないとできない芸当だ。負ければそこで終了だからだ。
だが、現状サラの手はできていない。できるであろう手役も必勝ではない。
「けっ……白けるぜ……降りる、だ」
場代としてかけられた1ミリがサラの所に加算される。
「自信、あるんじゃないんですか? ご自慢の運も大したことが無いのですね」
サラのあおりに、彼は苛立ったように札の端を引っ掻いている。
「けっ! 運も絶対じゃないんだ。さすがにあれは勝てねぇよ」
とぼやいた彼の手はすでにツーペア――スペード、ハートのKにハート、ダイヤの8、そしてスペードのAの手役だった。初手からできる役としては無くはないが、本当の初戦から出せる役ではない。
自慢の強運とやらも、どうやら本物とみて間違いはなさそうだ。
「次は、これだ」
赤のセットを選んだ。内訳は赤が3セット、黒が2セットだ。
手際よく、収納とカットを終え、再び配られる。
「今度は俺様の番だ――」
数度の対戦が終わり、すべてのトランプが勝負に使用された。
両者ともに一進一退の攻防を繰り広げてきた。
サラは時折ハッタリをきかせ、不利な手札で勝ちを拾っている。対するコードマスターは自慢の強運で強い役を出し、追随を許さなかった。
「お強いんですね……」
彼女は内心焦っていた。
だんだん、ハッタリが効かなくなってきているのだ。
それどころか、サラがいい手の時に限って、勝負に乗ってこなくなっている。どんなに煽ろうとも、冷静に判断してきている。
「それはお互い様だ。久々に楽しませてもらってるぜ」
「いい気なものですね……!」
椅子の後ろにある機械が動くたびに冷汗が噴き出す。
ロープが少し張るだけで背筋が凍る。
「どうだ? この辺で終わりにして、ベットの上での勝負をしないか?」
「……あの、私こう見えても男ですけど」
「俺様は一向に構わないぜ?」
……より一層、負けられなくなった。
勝負が動いたのは、それから30分後だった。
「――フォーカード、だ」
各スートの3にスペードのA。かなりの好手だ。
「さ、見せてくれ」
「っ……フルハウス、です」
スペード、ダイヤ、ハートのKとクラブ、ダイヤの8。勝負手といってもいい役だ。
サラはずっと強気で賭けていたが、ある程度の法則を決めて行っていた。
明らかに負けそうな手の時は大きく賭け、勝てそうな手の時は小刻みで。
相手も読みの名人なら、気付かせるように。
だが、それを見てもなお彼は下りなかった。
それもそのはず、かなり強い手役だったからだ。
「じゃ、約束通り」
一際大きな駆動音が響く。今回失ったのは8センチ――80ミリだ。残りは僅か18ミリのみ。
「っく……!」
首を鷲掴みされている感覚に陥り、危うく骨が折れそうになるのをこらえる。そして背もたれに頭を打ち付けてしまう。
「くくっ……降参するなら早めがいいぜ?」
彼はおかしそうにトランプの端を引っ掻いている。ずっと勝負の時はそうしているようだ。サラは、そこに引っかかりを覚える。
苛立ったときのくせなら、分かる。
だが、どうしてそうでないときも引っ掻くのだろう?
が、それが確信に至るまでは必勝の手を使うわけにはいかない。
「つぎ……左から三番目、赤い物を……」
「厳しいのなら、私が変わります。所有物に死なれては困るので」
「大丈夫です、まだ……」
引っ掻けば、傷が生まれる。なら――こうすれば疑念が晴れる。
サラも彼にならって、同じ場所を引っ掻いた。
少し、焦ったような顔をしていた。
「さ、勝負するか? 降りちまってもいいんだぜ?」
「…………」
ハートの2,5,9,Q,Kのフラッシュ。勝てそうではあるが、冷静に札を観察してみる。どれも角に特徴的な傷がついているのが分かる。彼はこれで相手の手をはかっていたのだ。イカサマとは言い切れないし、何より立証できない。
じっくりと相手の手を札を観察してみる。同じ傷跡の札が三枚、スリーカードかフラッシュの可能性もある。
「……っコール」
ボタンを押す手が震えた。1ミリとはいえ、確実に死へと近づくのだから。
気付かれぬよう、KとQの傷をわからないように上書きしておいた。
「2枚チェンジ」
「……このままで」
札が入れ替わるも、傷のダブりは変わらない。つまり、スリーカードか。
「――15ミリ……っレイズ」
「! おい……えらく強気だな」
「なりふり構ってる場合ではないので……」
読み通り、スリーカードならフラッシュの方が強い。
勝てる見込みはある。
「にしては、全部賭けない冷静さはあるんだな」
「まだ、死にたくはないので……」
「へへっ……乗ったぜ。コールだ」
そう言って公開されたのは、クラブ以外の5とスペードの2――そしてジョーカー。
フォーカードだ。
「ぁっ……!」
首が殆ど締まっている。ほとんど背もたれから頭を動かせない。
ジョーカーがあることをすっかり失念していた。もう後がなくなってきてしまった。
「あの……」
こうなったら、仕掛けていくしかない。
デビーを呼んで、耳打ちをした。
「――――――」
「っあくまで、勝負を下りない気ですね?」
「お願いします……」
「なんだ、作戦会議か? それともイカサマの仕込みか?」
「……神頼みです」
ロープを引いて気道を確保する。なんとしても、準備が整うまで、この間隔は維持しなくては。
「次も、同じのでお願いします」
「へぇ……」
そこからサラは、とことん勝負を降り続け、負けもせず、勝ちもせずを繰り返していた。その間も、使用するトランプは固定し、傷を書き換えて妨害をしていた。
一気につまらない対戦になってしまったせいか、見ている人もまばらになっていく。
「けっ! 死ぬのが怖くてビビってんのか!? 勝負する気ないなら帰れ!」
「……ずっと、気になっていたんです」
サラは自分の手札にジョーカーが来たことを確認し、疑問をぶつける。
「この機械、ゼロより下がありますよね?」
「ああ、あるな」
「つまり、私の掛け金はもっと増やせるってことですよね……? ずっとそれが気になっていまして」
コードマスターは困ったように頭を掻いて言った。
「興が削がれるから言わなかったが、こいつはゼロまで行っても即死するわけじゃない。運が良ければ助かる可能性がある、が――リミッターを外せばそうもいかない。酷ければ首が千切れる」
蘇生は不能。まさに命を賭けたギャンブルとなるわけだ。
「が、互いの合意がなきゃできない。俺様だって、相手の首を千切っちまったら寝覚めがわりぃからな」
「……やりましょう、それで」
「あん? ちゃんと聞いて――」
「そうしなきゃ、逆転できませんから」
彼は呆れたようにサラを見つめ、噴き出した。
「いいね、ようやく楽しくなってきた!」
「でしたら――次は右から2番目の、赤で」
ここでようやく変更をした。
その瞬間、動揺が見て取れた。
「もう、仕込みは忘れてしまいましたか?」
「何の話か分からないが、いつ使ったやつか、覚えてるぜ」
「もし、並びが変わっていなければ、の話ですよね?」
サラは降り続けるようになるまえ、3っつ頼んだ。そのうちの一つがこれだ。
『――勝負が終わるたびにトランプの並びを変えてください』
そして傷を変更することで相手の妨害を徹底した。そうすることによって、少しでも仕込みをぼかさせるために。より勝負のギャンブル性を増させるために。
でも自分はしっかりと位置を覚えておいている。選んだのは、最後の勝負でフォーカードが出たセットだ。
仕舞い方の癖を見て、二人の手札は下の方にまとめられているはずだ。
「リミッターを外せば、あとどれだけかけられますか?」
「追加で、20センチだ」
「なら、5ミリレイズ」
サラの手札は各スートの3、ダイヤの8。
ショットガンシャッフルを行っているデビーのカット方法では、ほとんどの札が確実に交互となるようにカードが来る。そこから通常の切り方に戻る。旧アジア式のいわゆるかるた切り。上手くやると混ざりきらないのが特徴だ。
『――下にあった札が最終的に上に持ってくるように混ぜてください』
これが二つ目の頼み。イカサマと呼ばれても仕方のない芸当だ。
「……ツッ、コール、だ」
彼は必死になって何かを思い出そうとしている。自分の付けた傷がどれかが判然としないのだろう。そのためにずっと同じセットを使い、傷を上書きし続け、忘れさせようとしていたのだ。
「なら、1枚交換です」
「……2枚」
マークは3つ一致、スリーカードかフラッシュか。
交換でやってきたのは――予定通り。
「あの……この辺で手打ちにしませんか?」
「……は?」
「ここでやめにして、互いの欲しい物を手に入れる。それで終わりに――」
「ッざけるな!!」
コードマスターは怒りでテーブルを叩きつけた。
「お前は俺をバカにしてるのか? 今ここで――こんなにもスリルのあるところで止めちまったら台無しだろうが! 一歩間違えれば死ぬ、そんな興奮を! いま味あわなきゃ損だろうが!」
「分かりました……なら、後悔しないでくださいね――30ミリ、レイズ」
「追加、30ミリ」
「100ミリになるようにレイズ」
ここまで来れば、数分後サラの首はもげているかもしれない。
だが、必勝に近い策を選んでいる。イカサマだが、看破のされにくい、3つめの頼み。
「……結構、攻めてくるんだな――50ミリ、レイズ」
どうしてここまで強気になれる? 本当に自分の手役は――勝っているのだろうか?
もし同じ役であった場合、数字の低いサラは確実に不利だ。
「いいんですか……? そんなに賭けて――20ミリ」
累計170ミリ。
「10」
180ミリ。
「っ5」
185ミリ。
「限界か……? なら――20ミリ」
205ミリ、サラの限界値を越えた。つまり、これより先は全部賭け――オールインで応じるしかない。
勝ちの確証を得られていない中で、決断しなくてはならない。
体の奥底が沸騰してしまいそうで、ふわふわとして、目の前が見えなくなっていく。
「……オールイン、です」
「後悔は、無いな?」
「……はい」
「負けたらお前の首が千切れても支払いは実行されるぞ、いいな?」
「っわかってます!」
コードマスターは自分の札を順番に公開していった。
――スペードの10,J,Q,K,Aのロイヤルストレートフラッシュ。
通常なら勝ち目のない、最強の手役。
だが、それよりも強い役が、1つだけ存在している。
「っ……!」
あと一歩、間違えれば負けていた。
よかった――これで、勝ち。
――各スートの3に、ジョーカー、ワイルドポーカーにおける最強の役、ファイブカード。
「私の、勝ちですね……」
「ははっ……っっははははははっ! やられたぜ……俺様としたことが、こんな初歩的なイカサマに気付かねえなんてな!」
『―― 一番上にあるカードを、交換の時に渡してください』
三つ目のお願いがこれだ。無論、それは前のセットに含まれていたジョーカーだ。
それを隠し持っておいてもらい、交換の際に確実にジョーカーを手に入れたのだ。
「ジョーカーの枚数、決まってないですよね? イカサマだというなら、証明してくれませんか?」
「まさか! イカサマは見抜けなかった方が馬鹿なのさ! 正真正銘、俺様の人生3度目の敗北だ!」
「3度……?」
「さ、敗者には敗者の責任ってもんがある――じゃあな!」
支払い執行のボタンを押した。リミッターを外した時は自動で行われないようだ。
彼は堂々と負けを認め、機械にロープが巻き取られ、死の瞬間を待っていた。
「ぐっ!?」
ギリギリ、とロープが食い込んでいく。
が――ブチリ、と切れてしまった。
「ぁぐ……っはぁっ……へへ、運がいいぜ……」
席に一切の仕込みは無かったはずだ。だが、ロープは千切れてしまった。もし、リミッターを外さずにやっていれば、そうはならなかったかもしれない。
「はぁ……いつ、気付いた?」
「……最初に大負けした時です」
サラは札を引っ掻くという行為に目を付けた。何気ない行為の一つだが、イカサマを疑わせるのには十分な動きだ。
傷をつけ、札を認識するのは、ポーカーに限らずほかのゲームでも行われたりする。だがこれはそれを対策するために5セット使う――と、見せかけているのではないか、と踏んだ。
「私が傷に触れたとき、あなたは焦った。だから、私は札をすべてできると思ったのですが――失敗しまして……」
「そんなことはどうでもいい、それで?」
「あなたの運は確かにいいかもしれません、偶然にロープが切れるのですから。でも、運は絶対でない。だから混乱させ、惑わせ、私はズルで確実に勝てるように状況を整え、勝負に挑んだ」
忘れる、よりも覚えてそうで――のほうがより集中が乱れ、注意力が散漫となる。
そこを突いた。
「勝てて、よかったです――いてっ!」
安心していたら、頭を叩かれた。
「後で覚えておきなさい……」
「か、勝てたんだから――ったたたすいません!」
デビーはその態度が気に入らなかったのか何度も頭をはたく。
「――いやはや! 素晴らしい勝負だった!」
いつの間にか集まってきていたギャラリーの中から、黒服に守られて現れたのは――クルーズ船の所有者であるスティーブ・アスール14世。
にこやかに拍手をしながら現れた。
勝負に勝ったサラをリクルートしに来たか、もしくは負けたコードマスターを引き取りに来たか。
「いいものを見させ」
不意に、社長の動きが止まり、前のめりになって倒れた。
彼だけでなく、その周りの人々も、糸が切れた人形のように崩れ落ちていく。
サラは慌てて首のロープを外すも、後頭部に銃を突きつけられて固まった。
「――ブラディオニキスはどこですか?」
その人物が、この虐殺をやってのけたというのか……!
気付かれぬように船に侵入し、殺気を隠して対象に近づき、音もなく殺した。
「なっ……」
「それと、不良捜査官のデビー・ドロシー。今すぐ降伏しなければあなたの所有物を破壊します」
「……わかった」
暴発の対策があだとなり、動きを封じられてしまっている。
「もう一度聞きます、ブラディオニキスはどこですか?」
「あなたなら……知ってるはずですよ――エミリアさんッ!」
返り血で穢れた純白のワンピースが揺らめく。
「この船はあと1時間で沈没するでしょう。早く答えなさい――さもなくば、痛めつけてでも聞き出します」
サラは黙って首を振る
その瞬間、襲撃者は静かに引き金を引いた。
乾いた音が、カジノエリアに響き渡った。




