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Phantom thieves  作者: 鮫田鎮元斎
第六章 デンジャラスクルーズ
57/80

STEP54 生まれた理由

☆☆☆


【マスター……】

「っいい加減にしろッ!」


 通信機を入れるや否や、M.I.C.の声が聞こえネロは思わず怒鳴りつけた。


【人の心配よりもまずご自分の心配をされては?】

「なっ……」

【確かにエミリア氏もサラ氏も現在危機的状況にあることは容易に推測できます。しかし、それと同じくらいマスターも窮地に陥っていると思われます】


 その通りだ。彼は今、生みの親から命を狙われているのだから。


【現在私の収集している情報から推察するに、マスターは現実逃避されているのではないでしょうか?】

「俺が……逃げている?」

【それ以外の表現がありましたらご教授願いたいものです】

「なにを、言ってるんだよ……」

【マスターは命を狙われました。しかし反撃もしなかった。実の親と聞かされてしまったならば仕方のないことでしょう。ですがその後は? 反撃せずとも情報を手に入れることも可能だったでしょう。なぜそれをしなかったのですか?】

「それは……」


 何もせずに去ったのは事実だ。

 あの場で攻撃を行うことは困難でも、問い詰めることならできたはずだ。

 お前は本当に母親なのか、なぜ殺そうとしているのか。

 接近戦なら、そう簡単に不覚は取らない。逃げるよりは問答を行った方が有益だった。M.I.C.はそういっているのだ。


「……知るのが怖かった…………俺が、本当は生まれることを望まれなかったかもしれないって、言われるのが」


 捨てられていたからなんとなく察してはいた。だが、そうではない可能性も信じていた。もしかしたらなんらかの事故で脱出ポッドに乗せられて漂流していたとか、誰かに誘拐された結果だったとか。

 自分が要らない存在として産み落とされたのでなく、望まれてこの世に誕生したのだと、信じたかったのだ。

 真相を聞けば希望は無くなってしまう。


「お前に何が分かる……? お前は望まれて生まれてきたんだ。そんなお前には……」

【どうして理由が必要なのでしょうか。この世に生まれ落ちた、それではいけないのですか?】

「……要らない、って言われたことあるのかよ?」

【マスターにも、無いはずです】

「……直接的には、な」


 機械は正論しか言わない。感情的になりがちなネロとは相性が悪かった。


【不確定なことで悲観的になった所で時間の無駄です】

「忘れたか……? 今は俺一人の問題に構っている暇は」

【あの思慮深いサラ氏が何もせずに消息を絶つとは思えません。つまり、マスターがどうあがこうと状況は変わりません。ならば――ご自身の問題に向き合ってみるべきかと】


 酷なことを言うAIだ。

 お前は何もできないのだから自分のことに集中しろ、ということか。


「っ――! おいM.I.C.! あの女の情報をよこせっ!」


 やってやろうじゃないか。たとえどんな結果になろうとも。

















☆☆☆


 その赤子は泣かなかった。

 生まれ落ちたその瞬間、普通の赤子は鳴き声を――産声を上げるものだ。呼吸をしたことの証として、今生まれたことを母に知らせるために。

 だがその赤子は声をあげなかった。

 声をあげると、余計な酸素を使用してしまうからだ。

 

 生まれて1分で這うことができるようになり、隣で横たわる女性と関係のあることが分かった。

 虫の息の女性は、我が子を目にした瞬間、優しい笑みを浮かべたが、赤子はその意味を理解していなかった。

 この者はもう長くはない。しかし、栄養を得ねば自分は死ぬ。


 赤子は彼女の胸元をまさぐり、乳を啜った。すべてを吸い尽くすまでじっくりと。

 すぐに死ぬというのなら、その前に奪うしかない。生まれて間もない赤子はそれを本能的に悟ったのだ。

 母親の方も、我が子を生かすために己のすべてを捧げて息を引き取った。


 この世に生を受けてから一時間、自らの足で歩けるようになった赤子は、母親の衣服をはぎ取り、それを身にまといより生存に適した場所を求めた。

 母親がやってきた経路を追って、長方形のような設備を見つけ出し、その中に入り込んだ。すでに誕生してから1日が経とうとしていた。

 中で見かける動かぬ肉塊は栄養にならないと判断し、そこで限界を迎え眠りにつく。


 目を覚まし、半永久的に生産を続けるプラントを発見し、そこで自分の糧となる食料を採取し、知識を吸収していった。そこに感情などなく、ただ本能が生き残れと命じているから、それに従っているのだ。

 

 3年が経ち、一般的な子供が無邪気に遊び、両親のぬくもりを享受しているなか、彼女はただ機械のように生き残っていた。地獄のような環境で、生きる以外には何もできない中、ただひたすら生存のために策を巡らせた。

 かつて施設に存在していた肉塊は除去し、それが身に着けていたものを自分用に作り替えた。自分を生んだ女の元へ向かってみたが、砂に埋もれていて見つからなかった。


 生きるのに必要最低限の酸素、最低限の温度、陽の光。

 生命など彼女以外には存在せず、機械が生み出す食料で命をつないでいる状態。

 さみしいとも、悲しいとも、辛いとも感じることはなく。

 時折、外に出ては星空を見上げた。

 煌々と輝き、遠くからその存在を主張している星たち。

 わざわざ危険な外に出てまで見るものではない。

 だが、気が付けば星空を眺めるのが習慣となり、いつしかこんな感情を抱くようになっていた。


 ――あの、キラキラが欲しい。


 彼女が生まれて初めて抱いた感情だった。


 その数年後、とある連盟の調査船がやむを得ない理由でその惑星に降り立った。かつての流刑地ではあったが、最低限の設備が存在していたからだ。

 彼女は初めて自分以外の“ニンゲン”に出会った。

 ニンゲンたちは彼女を見て驚き、名を尋ねた。

 母親からそれを授からなかった彼女は身の回りの持ち物を探り、母の衣服に記された名を名乗った。

 エミリア、と。











 

 高級な櫛が白銀の髪を梳いていく。

 真っ白な肌は丁寧に手入れがされ、しっとりとした質感が保たれている。

 芸術作品を仕上げるがごとく、丁寧にメイクアップがされ、その美しさをさらに完成へと近づけていた。


「準備はいいね?」


 エミリアが静かにうなずくと、身なりを整えてくれていたお付きの者達が下がっていく。


「はい、お兄様……」


 議長、マラクはアタッシュケースのロックを解除する。

 古臭い羊皮紙の束、炎が滞留しているかのような揺らぎのある紡錘形の宝石、炎をかたどったペンダント――そして純銀のゴブレット。

 彼はゴブレットを取ると、エミリアの前の台にそっと置く。


「これで君はより一層、完成に近づく……」


 懐から試験管の中身をゴブレットにそそぐ。

 ありとあらゆる種族から採取した血液である。


「さ、飲むんだ……」


 このゴブレット、名を“禁じられた聖杯”という。これを通して血を摂取すると、それのDNA情報が対象の体に書き加えられ、人工的な進化をもたらすのだ。

 もちろん、秘宝の一つだ。


「はい」


 エミリアは元々、長大な寿命など持っていない。ウン百年も生きることは本質的には不可能だ。鎧骨格も本来は体を支える以外のことはできない。 

 すべてはこの聖杯で与えられた力だ。

 

 純銀の淵に、薄い紅の乗った唇が触れ、中身をゆっくりと体内に注ぎ込んでいく。

 じんわりと体が熱くなり、彼女の体内を書き換えていく。


「全ては、お兄様の為に」


 彼女の紅い瞳が、より一層赤く輝いた。

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