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Phantom thieves  作者: 鮫田鎮元斎
第六章 デンジャラスクルーズ
55/80

STEP52 母親

☆☆☆


『電波干渉地帯を脱しました。通信機器を使用することができます――』


 ネロは甲板の上で通信を行うことにした。万が一、盗聴されていたら厄介なことになるからだ。


「M.I.C.、サラは今どこにいる?」

【1145室に位置情報があります。ですがこの部屋は……予約者不明です。つまり、最も危険な人物である可能性が高いです】

「だが、コードマスターである可能性もあるだろ?」

【はい。ですが、その可能性は低いかと】


 同時に、サラとの連絡が取れないかやってみたが、繋がらない。

 つまり、例の部屋は通信を遮断できる構造なのだろう。


「……アスール社の情報を調べてくれないか?」

【承知しました】


 名前の通り、惑星アスールはアスール社の所有惑星である。

 所有しているしている以上、法の範囲でなら何でもしてもいいが、破れば連盟政府から所有権の取り消しがあるはずだ。

 そしてあの社長、やってはいけないこともやっていそうだ。


【完了しました。アスール社は連盟暦――】

「ああ、その辺の情報はいい。もっと、こう……裏の事情とかを教えてほしい」

【信憑性の低い情報ですが、アスール社は多岐にわたった事業展開をしています。小売業から兵器産業、サービス業、金融業など、どれもトップクラスの業績を誇っています。その働き手は、どれも奴隷のような処遇であるとか】

「そんなの――」

【はい、違法です。それと――その人員はカジノの債務者が使われているそうです。死に至る支払いを免除する代わりに】

「死に至る支払い……?」

【裏カジノでは、命を金に換えることができるのだとか】

「それは――」


「――――ぅえええっ!」


 話を中断させる音量での嘔吐する音が聞こえた。

 見れば、黒いベールを纏い、これまた黒いイブニングドレスを着た黒髪の女性が、船のへりに身を乗り出すようにして嘔吐している。顔の赤みから、船酔いではなく酒の飲み過ぎであると思われる。


「続きは後でしよう」

【かしこまりました】


 ネロは彼女の元へ歩み寄り、背中をさすってあげる。


「大丈夫ですか?」

「……きもちわるい……」


 うわごとのように呟いたのち、再び胃の中身を吐き出す。ほとんどが液体で、やはり酒の飲みすぎなようだ。


「……うっ、もう、だい、じょう、ぶ……」


 彼女が顔をあげ、ネロの顔をじっと見つめる。

 

「どうか、しましたか?」

「っ……! どうしてーー?」


 彼女の目が急に鋭くなり、ネロは殺気を感じて飛びのく。

 真っ黒な日傘が顎をかすめる。


「っはぁっ……何者だ、あんた?」

「……私の名はシヴァ――」


 ――あなたの、母親。




 時が止まったような気がした。

 ネロにも、育ての親とは別に生みの親がいる。生物学上の、血のつながった親だ。

 その人物は、彼を捨てている。生まれて間もない、右も左もわからない子供を。

 どんな理由があったにせよ、許せることではない。


「あんたが……母親……っ?」

「……我が子に、永遠の安らぎを」


 日傘の先端が発射されそれと繋がるロープがネロの首に巻きつく。

 それに触ろうとするが、細すぎて指が引っかからない。

 苦しさや、死への恐怖よりも先に、怒りが沸き上がった。


 この女が、自分を捨てた。

 捨てられていなければ、別の人生もあったかもしれない。

 今の生活に不満はないが、現れないでほしかった。

 しかも、自分を殺しに来た。

 ならば――敵だ。

 相手がだれであろうと、関係はない。


 体の奥底から力が沸き上がった。

 世界の、ありとあらゆる部分に、自分の手が届くように感じる。


「ふ……ざけるなッッ!!」


 突如、前方からの圧迫感に襲われる。

 惑星の自転を急減速させたことにより、慣性の法則が発揮されたのだ。

 そして、前方からの荒波が甲板を洗う。

 紐が緩んだのでそれを解いて脱する。


「ふざけんなよ……なんで、何で今頃…………?」


 ネロの長い前髪を雫が伝っていく。

 それが彼の涙とともに滴り落ちる。


「何で命狙ってくるのか知らない……っでも、どうして今なんだ!?」


 エミリアは一人、敵地に取り残され、サラは危険人物と一緒にいる可能性があり、気が気ではない。

 今、自分一人の事に、構っている余裕などない。

 

「頼むから……もう現れないでくれ…………っ」


 大きく打ち上げられた波が、雨のように甲板へ降り注いだ。

 彼は消えるように船室へと逃れていった。



















☆☆☆


 シヴァは震える手で日傘を握っていた。

 

「……はぁっ……っぐっっ!?」


 初めて人を殺めた時のように吐き気がこみ上げてきた。

 慌てて口を押さえ、膝をつく。

 視界がぐらつき、意識が朦朧とする。


「……なんで――っ!?」


 手の震えが止まらない。

 これまで多くの人を殺してきた。誰であろうとかまわず、依頼されるままに。

 それが故郷のしきたりであったから。


 彼女の故郷では実力こそすべて。力のない者は死ぬことしかできない。

 実の親でさえ、隙あらば命を奪うのが慣例だ。

 そこに、愛など存在しない。

 感情など、彼女の種族にとっては最も不要である要素の一つだ。

 無我の境地に常に至り続け、最高のパフォーマンスを発揮し続ける。彼女の祖先は日常的にそれを行ってきた結果、進化の過程で感情を捨て去っていたはずだった


 しかし、どんな進化にも例外がある。


 シヴァは、他の者とは違い、感情があった。

 誰もが躊躇いなく殺しをするのを見て、疑問に思っていた。

 なぜ殺すのか? そうする必要はあるのか、と。

 

「……私は、まだ――やれる……っ!」


 それを無視し続けていてもいずれは綻びる。

 伝説の暗殺者が前線から姿を消したのは、殺しを行うことができなくなったからだ。

 どんな大義名分を作ったとしても、上手く体が動かないのだ。


「……私は、まだ……っ!」


 大きな波が、彼女のベールを奪い去っていった。




 

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