STEP52 母親
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『電波干渉地帯を脱しました。通信機器を使用することができます――』
ネロは甲板の上で通信を行うことにした。万が一、盗聴されていたら厄介なことになるからだ。
「M.I.C.、サラは今どこにいる?」
【1145室に位置情報があります。ですがこの部屋は……予約者不明です。つまり、最も危険な人物である可能性が高いです】
「だが、コードマスターである可能性もあるだろ?」
【はい。ですが、その可能性は低いかと】
同時に、サラとの連絡が取れないかやってみたが、繋がらない。
つまり、例の部屋は通信を遮断できる構造なのだろう。
「……アスール社の情報を調べてくれないか?」
【承知しました】
名前の通り、惑星アスールはアスール社の所有惑星である。
所有しているしている以上、法の範囲でなら何でもしてもいいが、破れば連盟政府から所有権の取り消しがあるはずだ。
そしてあの社長、やってはいけないこともやっていそうだ。
【完了しました。アスール社は連盟暦――】
「ああ、その辺の情報はいい。もっと、こう……裏の事情とかを教えてほしい」
【信憑性の低い情報ですが、アスール社は多岐にわたった事業展開をしています。小売業から兵器産業、サービス業、金融業など、どれもトップクラスの業績を誇っています。その働き手は、どれも奴隷のような処遇であるとか】
「そんなの――」
【はい、違法です。それと――その人員はカジノの債務者が使われているそうです。死に至る支払いを免除する代わりに】
「死に至る支払い……?」
【裏カジノでは、命を金に換えることができるのだとか】
「それは――」
「――――ぅえええっ!」
話を中断させる音量での嘔吐する音が聞こえた。
見れば、黒いベールを纏い、これまた黒いイブニングドレスを着た黒髪の女性が、船のへりに身を乗り出すようにして嘔吐している。顔の赤みから、船酔いではなく酒の飲み過ぎであると思われる。
「続きは後でしよう」
【かしこまりました】
ネロは彼女の元へ歩み寄り、背中をさすってあげる。
「大丈夫ですか?」
「……きもちわるい……」
うわごとのように呟いたのち、再び胃の中身を吐き出す。ほとんどが液体で、やはり酒の飲みすぎなようだ。
「……うっ、もう、だい、じょう、ぶ……」
彼女が顔をあげ、ネロの顔をじっと見つめる。
「どうか、しましたか?」
「っ……! どうしてーー?」
彼女の目が急に鋭くなり、ネロは殺気を感じて飛びのく。
真っ黒な日傘が顎をかすめる。
「っはぁっ……何者だ、あんた?」
「……私の名はシヴァ――」
――あなたの、母親。
時が止まったような気がした。
ネロにも、育ての親とは別に生みの親がいる。生物学上の、血のつながった親だ。
その人物は、彼を捨てている。生まれて間もない、右も左もわからない子供を。
どんな理由があったにせよ、許せることではない。
「あんたが……母親……っ?」
「……我が子に、永遠の安らぎを」
日傘の先端が発射されそれと繋がるロープがネロの首に巻きつく。
それに触ろうとするが、細すぎて指が引っかからない。
苦しさや、死への恐怖よりも先に、怒りが沸き上がった。
この女が、自分を捨てた。
捨てられていなければ、別の人生もあったかもしれない。
今の生活に不満はないが、現れないでほしかった。
しかも、自分を殺しに来た。
ならば――敵だ。
相手がだれであろうと、関係はない。
体の奥底から力が沸き上がった。
世界の、ありとあらゆる部分に、自分の手が届くように感じる。
「ふ……ざけるなッッ!!」
突如、前方からの圧迫感に襲われる。
惑星の自転を急減速させたことにより、慣性の法則が発揮されたのだ。
そして、前方からの荒波が甲板を洗う。
紐が緩んだのでそれを解いて脱する。
「ふざけんなよ……なんで、何で今頃…………?」
ネロの長い前髪を雫が伝っていく。
それが彼の涙とともに滴り落ちる。
「何で命狙ってくるのか知らない……っでも、どうして今なんだ!?」
エミリアは一人、敵地に取り残され、サラは危険人物と一緒にいる可能性があり、気が気ではない。
今、自分一人の事に、構っている余裕などない。
「頼むから……もう現れないでくれ…………っ」
大きく打ち上げられた波が、雨のように甲板へ降り注いだ。
彼は消えるように船室へと逃れていった。
☆☆☆
シヴァは震える手で日傘を握っていた。
「……はぁっ……っぐっっ!?」
初めて人を殺めた時のように吐き気がこみ上げてきた。
慌てて口を押さえ、膝をつく。
視界がぐらつき、意識が朦朧とする。
「……なんで――っ!?」
手の震えが止まらない。
これまで多くの人を殺してきた。誰であろうとかまわず、依頼されるままに。
それが故郷のしきたりであったから。
彼女の故郷では実力こそすべて。力のない者は死ぬことしかできない。
実の親でさえ、隙あらば命を奪うのが慣例だ。
そこに、愛など存在しない。
感情など、彼女の種族にとっては最も不要である要素の一つだ。
無我の境地に常に至り続け、最高のパフォーマンスを発揮し続ける。彼女の祖先は日常的にそれを行ってきた結果、進化の過程で感情を捨て去っていたはずだった
しかし、どんな進化にも例外がある。
シヴァは、他の者とは違い、感情があった。
誰もが躊躇いなく殺しをするのを見て、疑問に思っていた。
なぜ殺すのか? そうする必要はあるのか、と。
「……私は、まだ――やれる……っ!」
それを無視し続けていてもいずれは綻びる。
伝説の暗殺者が前線から姿を消したのは、殺しを行うことができなくなったからだ。
どんな大義名分を作ったとしても、上手く体が動かないのだ。
「……私は、まだ……っ!」
大きな波が、彼女のベールを奪い去っていった。




