STEP45 私の妹
☆☆☆
「“定時報告、本艦は異常なし”」
『了解。引き続き警戒にあたれ』
エミリアはマイクのスイッチを切る。変声術でそれっぽい声を作って返事をしたが、誤魔化せているかどうか。声紋の診断をされれば一発でバレる。
それにしても、この戦艦は不自然な点が多い。
不審死をしている遺体、なぜか1つない救命ボート。
極めつけは謎の書置き。
『早く来い』
それのみが書かれている。十中八九、ラズワルドが残したと思われる。
「準備はいいか?」
「問題は無い」
甲板の上に立つセイレーンに問いかけると、頼もしい返事がきた。
持ってきたガラクタに不具合はない。ステルススーツの着心地は……微妙だが悪くはない。
ヘルメットをかぶり、カメラのスイッチを入れる。バッテリー残量と外の景色が映し出される。
「よーし、それじゃぁ、行きますか!」
海岸線の向こうに、軍の施設が見える。あそこのどこかに“アポロンの炎”が眠っているはずだ。
エミリアはガラクタの中からサイコロ状の物体――電磁パルスを取り出し、スイッチを入れた。起爆は15秒後。思い切り陸に向かって投げ入れた。
有効範囲は半径約500メートル。範囲内のすべての電子機器が破壊されてしまうため、よほど肩が強くないと使いこなせないため、使用されなくなってしまった兵器だ。
数秒間の放電が終わるとすぐに、セイレーンが岸へ飛び降りる。
どんなに技術が進歩しようとも、従来の拳銃や刀剣類が廃れない理由。それは、整備さえ怠らなければ最も信用できる武器となるからだ。
電子武器を機能不全にされた兵士たちは、セイレーンの攻撃に後手を取らされてしまっている。
が、さすがは特殊部隊。緊急用の武器も用意されている。
それに紛れて侵入する。
火事場泥棒のようで気が引けるが、相手は特殊部隊。手段を選んではいられない。
ステルスモードを有効にし、開きかけの扉から侵入する。
目指すは指令室。施設を押えてしまえば、たとえここにアポロンの炎が無かったとしても次までの拠点にできる。
角に隠れ、増援に見つからないようやり過ごす。
が、そう何度もやっていては時間が無くなってしまう。
ホルスターからスタンニードルを取り出す。
高電圧の針を敵に発射し、気絶させる武器だ。これは自分へ向けて放電されるリスクが高く、実用には至らなかったものだ。
エミリアの目が敵を捕らえた瞬間、引き金を引く。
地面に突き刺さってしまうが、そこから放電され、確実に敵を気絶させる。
「っ……あと81秒か」
兵士の端末を奪い、指令室の位置を特定する。
「――動くなっ!」
「知るか」
神の手で下向きの長荷重で兵士を無力化。時間がない。
階段を駆け上がり、指令室にたどり着く。
「……時間切れ、か。あっぶね…………」
メットを脱ぎ捨て入口をうかがう。
扉が焼け落ちていて存在していない。
「……?」
慎重に中へ滑り込む。乱闘の形跡が残っている。
「お師匠様が先に、来ていたのか……?」
背筋に悪寒が走る。
長年の経験が危険を予知していた。
今すぐ逃げ出さないとやばい。
なにかやばいものが、近くに。
「――待っていたよ、エミリア……」
「ッ!?」
体中の力が抜けた気がした。
声の力だけで心が支配される。
「お、にい……さま……」
どこにでもいそうな紳士的な顔。なのに強烈な存在感を持つ瞳の輝き。
100年以上あっていないのに、記憶の中の姿と寸分たがわない。まるで時間に取り残されているかのように。唯一変わった所があるとすれば、スーツの襟に付いた連盟の紋章。そこ以外は何も変わっていない。
「さあ、私にもっと、その姿を見せておくれ……成長した、君の姿を、ね……」
「はい……」
どうして会いたくないと思っていたのだろう?
どうしてあの性格異常者や暴力師匠と同じ扱いにしていたんだろうか?
こんなにも優しくて、私のことを思ってくれている、大切な人を。
――どうして、嫌っていたのだろう……?
☆☆☆
セイレーンは港の制圧を終えると違和感に気付く。
他のエリアからの援軍が来ないのだ。
仮にも、連盟軍の特殊部隊が襲撃されているというのに、何もしてこないのは妙だ。
罠の可能性がある。手伝っている以上、それを伝えに行かねばならない。
エミリアが通ってきたと思われるルートをたどっていく。
侵入に気付かれたかもしれないのに、人っ子一人いない。むしろ、気付かれているからこそいないのか。
毒ガスの散布を警戒しながら進んでいくと、人の気配がした。
「…………最初から、そういう運命だった?」
振り返ると、彼女を捕らえようとたくらむ議長――マラクがそこにいた。
その隣には、血の滲んだ純白のドレスを身にまとったエミリアがいる。華奢な見た目にそぐわない、大型の電子銃を構え、銃口は自分に向けられている。
「初めから、私の計画通りに進んでいる……できるね、エミリア?」
「はい……お兄様」
電子銃は、この宇宙で最速の武器だ。レーザーを発射し、音もなく標的を始末する。
威力は他に劣るが、躱せないことが最大の利点だ。
「……っ?」
セイレーンは咄嗟に左胸を押え、気付く。
心臓を確かに射抜かれたのに、生きている。
体がいつものように動かせる。目も耳も、いつも通りに感覚を捉えられている。
「……なぜ?」
この幸運を逃す手はない。
剣を抜き放ち、構える。避けれなくとも、外れる。
「もう一度、今度は足を狙うんだ」
「はい……」
大きく踏み込んだ。先程まで膝のあった所をレーザーがかすめる。
「……しろやぎさんからおてがみついた――」
気付くと、いつもの歌を歌っていた。
どうして、歌ってしまうのだろう?
静かな方が、断然暗殺はしやすいのに。
「……くろやぎさんたらよまずにたべた――」
銃身を斬り落とし、バックステップする。
二丁目を出す気配はない。
「……あなたの運命に、従うつもりはない」
セイレーンは、踵を返して通路を引き返していった。
☆☆☆
「――ひゃっ! ね、ネロさん……もう少し優しく……」
「自業自得、だ」
傷に消毒液をふりかけられ、サラは悲鳴を上げる。
精密検査の後、体に異常は見られなかった。
【ブラディオニキスは沈静化しており、現在は未知の放射線を放っておりません】
「なら、よかった」
ネロは形見の入った袋に手をやる。念の為、首から下げている。
思えば、これに触れてから、おかしなことが起こったのだ。
未来視のような、不思議な映像。幼い日のサラ(当時はレン)と出会った世界。そして――自分の力。
指に包帯を巻いてやりつつ、力への干渉を試みた。
「……どうかしました?」
「いや、何でもない」
あの感覚は起きず、失敗に終わる。
【マスター、エミリア氏にはなんと説明しましょうか? コレクションルームは現在、セキュリティ不在の状態ですが】
「それなら、私が責任をもって対処します!」
責任を感じているのか、サラは自ら名乗り出た。
「なぁM.I.C.、俺たちはこれからどうするべきだと思う?」
【どういう意味でしょう? エミリア氏からは待機を命じられていますが】
「こいつが元に戻った以上、待っている必要もない。相手が特殊部隊である以上、頭数は多いにこしたことはない」
本来、ネロが残った理由は、サラの暴走を抑えるため。
その心配がない以上、加勢に行きたいのが彼の本音である。
【当初、エミリア氏の目的地は惑星アスール。氏の周辺情報を探索したところ、どうやら“コードマスター”なる人物を探していたようで】
「こ、コードマスターさんですかっ!?」
サラが興奮して声を荒げた。
「知っているのか?」
「伝説のハッカーです! ありとあらゆるセキュリティーを突破し、噂では難攻不落といわれた政府のシステムにもアクセスしたことがあると言われているんですっ!」
つまり、本来エミリアは厳重な警戒網を突破するためにハッカーを探していたのだ。
政府のシステムをも破ることができる、優秀なハッカーを。
「M.I.C.、進路を惑星アスールに変更してくれ。そのコードマスターってのに会いに行くぞ」
【承知いたしました】
一段落したところで、サラが言った。
「ネロさん。これからは私の事、ちゃんと名前で呼んでくださいね?」
「どうしてだ?」
「言いましたよね、私の事を認めてくれるって」
「……わかったよ、サラ」
ネロは顔を赤くしながら言うのだった。
☆☆☆
――どこかの惑星
男は仕事を終え書斎に戻ると、椅子が背を向けているのに気付く。
「誰だ?」
「――永い、夢を見た」
椅子が回り、座っていた人物の顔が月明かりに照らされる。
長い黒髪で、目鼻立ちの整った女性。愁いを帯びた目は、見るものを悲しく感じさせるようだった。
「皆が幸せに過ごしている、世界の夢を」
男はズボンに挟んである護身用の拳銃に手を伸ばす。
「……だが、夢は夢だった」
「っぐ……!?」
抜こうとした瞬間、首に強い圧迫感を感じた。
そしてゆっくりと、体が浮かび上がる。
「貴方に、永遠の安らぎを……」
「うっ!」
もがいていた男の動きが止まった。
力が抜け、崩れ落ちた。
女は男の元へ歩み寄り、開いたままの目をそっと、閉じさせた。
「――っあなた!」
男の妻が騒ぎを聞きつけ駆け付けた。
女性は入ってきたときと同じように、窓へ歩み寄った。
「っこの人殺しめっ!」
夫を殺された女は、涙まじりにののしる。
それを気にも留めず、彼女はこういった。
「貴女に、良き苦しみがあらんことを――」
そして、黒いベールを身にまとうと、空へと消えていった。
しばらくエミリアが出てこなくなる予定




