STEP36 危険な存在
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【鎮静剤、投与完了しました。念のため身体の拘束も行っております】
「ふぃ~助かったぜ」
運悪く、エミリアが見張っているときに“発作”が起きたため鎮圧せざるを得なくなった。
もう限界だった。
少しずつ、薬が効かなくなってきている。薬剤耐性ができてきており、かといって投与する量を増やせば命にかかわる。
「バイタルは?」
【不安定です。特に、エミリア氏が同席している場合は】
「はぅ……サラちゃんも、って冗談言ってる場合じゃないね。精密検査の結果はどうだったのさ?」
【完全に正常です。未知のウイルスに感染したという可能性はなくなりました】
と、なると一つ目の説――ブラディオニキスによる影響しか考えられない。
しかし、それだと“形見”が機能していないという証拠にもなる。
死んだ相棒が残したこれは、秘法を制御できる……はずだ。少なくとも、一部分の効果は発揮されるはずなのだ。
「目的地までは、あとどのくらい?」
【もう間もなく通常航行に変更したのち、レーダーにかからないルートの探索に移ります】
「ん、わかった」
惑星、ユグドラシルは宇宙の中で最も危険な――関係者以外には危険な場所である。
そこには、連盟軍の特殊部隊が駐屯している。
まともな人間ならば、まず近づかない軍事施設なのだから……。
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「破壊、したらどうだ?」
「却下だ。そしたら苦労してとった意味がないだろ」
「なら、封印すればいいんじゃないか? シェルターかなんかに入れておけば」
【それは不可能です。ブラディオニキスより発せられる電磁波はいかなる素材も貫通します。ゆえに理論上封印はできないのです】
あれも駄目、これも駄目。
ネロが上げていく“解決策”はどれもこれも採用されない。
「なら、どうすればいい!? これでまた、秘法を盗めば、今度は」
「問題ない。“アポロンの炎”はありとあらゆる病気やけがを治す効果がある……って言われているんだ」
「その効果を使うためには犠牲が必要なんだろっ!?」
ネロの拳が床を叩く。
誰の犠牲も必要とせずに使える秘宝など存在しない。
大なり小なり、犠牲を要求してくるものなのだ。
「そんなもののために……誰かを失わなくちゃ、ならないのか?」
「……ボクは、そんなつもり」
警告音が鳴った。それは侵入者の合図だった。
【メンテナンス用の通路に侵入者。重量は推定47kg体長およそ156,7cm】
「どこの誰かは知らないけど、ボクの船に侵入するような輩はひどい目に――」
『誰が、誰を、どうすると?』
音もなく侵入者が現れた。
報告の通り、小柄な男性――むしろ少年といったほうがしっくりとくる見た目だ。だが長めの前髪の奥には知的な輝きを灯す瞳があった。
「ぅ……なんで…………?」
エミリアはその少年を知っていた。というより少年ではないことを知っていた。
思わず膝が地面に付き、体が過去の出来事を思い出し震えだす。
「その分だと、元気にやっておるようじゃのぉ……エミリアよ」
「お、お師匠様……来ていただけるなら先に」
「言ったら逃げるじゃろ、ん?」
「う……そんなこと――嘘です逃げちゃいます!」
彼女は少年 (?)に背後を奪われいとも簡単にチョークスリーパーを仕掛けられ、本音を吐き出す。
普段ではありえない状況と、直前の“お師匠様”というフレーズから全てを察した上でネロは、少年 (ではなさそうだ)に問いかけた。
「あなたは一体、何者なんですか?」
「ん? ワシの名はラズワルド、この馬鹿を育てた宇宙最強の怪盗じゃよ」
弟子は師匠に似るのかもしれない。ネロはなぜかそう思った。
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今から6000年ほど前、G-ドライブの原型となる動力機関が誕生する。理論上の到達可能点はおよそ10000光年先、それも燃料を限界まで使い果たした結果であり無人機による実験の結果でもあった。
当時、地球の惑星環境は最悪そのもの。木々はほとんど死に絶え、利用可能な水源はほとんど使い果たし、海面上昇に伴う陸地の減少、天候は予測不可能なまでに荒れていた。
それゆえ、人類に残された時間は僅かしかなかった。ゆえに、手段を選んでいる時間はなかった。
それの有人での実験を行ったのだ。危険性を重々承知の上で。
数光年だけでもいい、人類が避難できる惑星に到達するまで動作すればいい。
調査には勇気ある宇宙飛行士が選ばれた。まずは3人、物資を搭載しかつ搭乗できる限界の人数だった。
もちろん失敗した。船長からノイズ交じりの通信を受け取り、消息が途絶えた。
研究者たちは悲しむと同時に、ほくそ笑んでいた。危険な実験を行えるようになった、と。
彼らには“人類を救うため”という魔法の言葉があった。そしてこの実験が前例を作ってしまった。
こうして数々の非道な実験が行われ、その中で生まれた動力機関がG-ドライブなのである。
「――――その、3人の宇宙飛行士の一人がワシじゃ」
「いや嘘でしょ……第一、子供が宇宙飛行士になれるわけがないし」
「ほう? 言うではないか。ワシのどこが子供であると」
「ふぐっ!?」
ひと際強い締めで気絶してしまったエミリアの上に腰掛け、それこそ大人のようにため息をついてみせるラズワルド。
「どの辺が子供だというのか……ダンディで、ワイルドなこのワシを」
「全体的に……いや、何でもない。仮に、その話が本当であるとすればあなたは6000年近く生きているってことになる」
「うむ、その通り。連盟がどのようにして宇宙を支配していったのかも知っておるぞ」
信じられない。ネロは信じられな過ぎて頭を抱えた。
数百年ならまだしも、6000年はありえない。生物として死んでおくべき年数だろう。
だが、それを可能にするかもしれないものの存在を、彼は知っている
「まさか、秘宝……?」
「ほう、知っておったか。ワシが生きていられるのはこいつのおかげじゃよ」
取り出されたのは炎のようなルビー。紡錘形で、中を炎が対流していた。
「名を、“フェニックスライト”という。生きとし生けるもの全てを生かし続けることのできる力をもっておる」
「だが、デメリットはあるんだろ? あなたも、それのせいで苦しめられているはずだ」
「ああそうじゃ。今日来たのも、お前らに警告するためじゃ」
ラズワルドは静かにこう告げた。
「秘宝には手を出すな。もし出してしまったなら、破壊しろ」
その言葉は、ネロの胸に深く突き刺さった。




