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Phantom thieves  作者: 鮫田鎮元斎
第四章 イヌネコ合戦
38/80

STEP35 欲しいなら盗んでみな

☆☆☆


 ネロとサラは拳骨を喰らった。


「言いたいことはいろいろあるけど後回しだ。まず解決しなきゃいけないことがある」


 エミリアはジャンプしている猫の彫刻、跳び上がる猫を二人に見せた。


「きれいな彫刻ですね」

「本当にエミリアさんが盗んだんですか?」

「ああ、もちろんそうさ……ちょっとした取引のためにね」


 自称、有名な怪盗の顔が頭をよぎり思い切り舌打ちをした。

 これを渡したところで本来の目的をあきらめるはずもないだろう。いやそもそも論として本物は存在していなかったわけだが。


「で、こいつを渡さなきゃならないんだけど……ボクは渡したくない」

「ならどうするんです? 大方、さっきのお節介となんか関係あるんでしょ?」

「うん、そうなんだけど……」

「なら、逃げましょう。煽るだけ煽って」


 こういった交渉が苦手ではないサラが提案した。


「どうせ、その人はその彫刻もほしがっているのなら、その気持ちを煽ってあげればエミリアさんの思惑はしっかりと成し遂げられますよ。そして本気で逃げ続ければ追いかけたくもなりますよね?」

「でもさ、ボクそういうのあんまり得意じゃ」

「俺たち三人のうちじゃ一番だよ」

「むうーなんか釈然としない」
















☆☆☆


 シャルリアは美術館襲撃の記事を読んでエミリアの接触を待ちわびていた。

 まさか、死んでいるはずの人間に出会えるとは思っていなかった。彼女の活躍が知られていたのは約100年ほど前。生きているのが不思議なくらい長生きだ。


「いつになったら、届けてくれるのかしらね」


 もちろん、それを手に入れたら次は“ここ掘れにゃんにゃん”と“招き犬”だ。彫刻コレクションの中でもその二つはひと際目立ち、癒しをくれるだろう。一体どのような姿なのだろう、きっと想像もできないくらい素晴らしい姿に違いない。


【データを照合、シャルリア・グレイの所有物であると確認ができました】

『あ、あーもしもし聞こえてるかい?』

「ようやく、お出ましね。待ちくたびれたわ」


 彼女の端末からエミリアの声が聞こえてきた。


『えっと、ね。まーいろいろと言いたいことはあるんだけど、君に渡すはずだった“跳び上がる猫”さ、渡さないことにしたんだ』

「は……?」

『いやー改めてこれ見てたらさ、意外と綺麗なもんだよね。味があるというかさ、手放したくないんだよね』

「な……あんた、興味ないんじゃなかったのかしら?」

『んーそれは置いておいて、欲しいならボクから盗んでみなよ。ちなみに、諦めて初心に帰ったところでもう遅いかもな。ミアキス全体を敵に回すことになるだろうよ』

「なっ!? 冗談じゃないわよ!? どうしてそんなことしなきゃいけないのよ!?」

『君だって怪盗を名乗るならわかるだろ? 欲しいなら、その手で盗み取ればいいだけなのさ。無理やり盗むは強盗、自分の手を汚さず盗むは三流、普通に盗むは二流、困難な状況で盗むは一流。君はどれかなぁ~?』


 ふざけるのも大概にしてほしい。相手が警戒しきっている場所へ盗みに入るなど正気ではない。そんな馬鹿なことをするのは狂った人間だ。


「っいいの? そんなこと言って、あなたの大事なコレクションも奪っちゃうわよ?」

『えー? 無理無理、君にそんなこと出来っこないから。ま、やれるもんならやってみなよ。ボクはいつでも待ってるからさ』

【通信を強制切断します】

「あ、ちょっ!」


 慌てて端末を操作したが、何の反応もなければ痕跡すら残っていない。


「欲しいなら盗んでみろ、ですって? やってやろうじゃないの」


 シャルリアは信頼できる情報屋に連絡をした。

 人をおちょくった報いは受けてもらおう。


















☆☆☆


「――こんなもんかな? M.I.C.これどっかにしまっといて」

【厳重に保管しなくてよいのですか?】

「ん? どーでもいいよ、そんな木の塊。やっぱボクには良さがわからないね」


 どっかに捨てそうだったのをネロが慌てて拾い上げる。

 これでも芸術作品なのだ。壊してしまってはよくない。


「じゃ、俺の部屋に飾っときます」

「ん、好きにしな」


 船は元の航路に戻り、本来の目的地へと向かう。

 そのはずだった。


「……っ」

「サラちゃん?」

「おい、どうした」


 サラの腕がだらりと垂れ下がる。口は半開きのまま、涎が垂れている。目は光を失って、何もとらえていない。


「……血」


 かすれた声だった。

 今にも途切れそうなか細く切ない響きだった。


【バイタルサインに異常が見られます】

「見りゃわかるって」


 エミリアは戦闘態勢に入るが、どこまで本気を出せばいいのか図りかねていた。


「…………もっと、血を!」


 とびかかってきたのを腕をクロスさせて受け止めた。重い、こんなに強かっただろうか? 踏ん張るが少しずつ押されている。

 サラの足が振り上げられた。顔をそらして躱す。つま先が顎をかすめる。バランスが崩れて押し倒されてしまった。


「血……血…………血ぃっ」

「おい正気に戻れって!」


 彼女の歯がエミリアの喉を食い破ろうと動く。必死に抑えるが抑えきれない。きっと、リミッターが外れて普段以上の力が出ているに違いない。


「っ!」

「ここで、あってるよな?」


 ネロが彼女の首筋に注射器を押し当てている。


【鎮静剤を投与しました。しばらくは大人しくなるはずです……理論上】

「助かったよ、結構危なかった」


 崩れ落ちるように眠りについたサラを押しのけて起き上がった。襲われただけあって扱いがぞんざいだ。


「ふぅ……原因は何となく検討がついてる――――ブラディオニキスだ」

「言われてみれば、あれ盗んでからおかしくなりましたもんね」


 船の食料が底を尽きる寸前にまで食事を続けるほどの異常な食欲。食べても食べても満腹を訴えることっはなかった。


「M.I.C.進路変更だ」

【どちらにいたしましょうか?】

「惑星、ユグドラシル。次の秘宝“アポロンの炎”がある星だ」

























☆☆☆


「あは♡ すごい……すごいよ!」


 女は暗い実験室で気味の悪い笑みを浮かべていた。

 画面にはDNAの解析結果、そして連盟政府に保存されているエミリアの全データ。


「あなた、本当に“生きる”ことしかできないんだね! すごいね! ここまで進化した“人間”は初めて見たよ!」


 エミリアの髪は白く、瞳は赤い――これは色素が完全に失われているからだ。


 それだけではなかった。


 その五感は生きることを楽しむためではなく、生きるために必要なものしかとらえない。

 その眼は赤外線や放射線を感知することができても、芸術作品のわずかな機微を感知できない。

 その耳は高音から低音まで幅広く捉えることができても、美しい音色をとらえることができない。

 その味覚は摂取できないものを区別できても、美味な食事を味わうことができない。


 全ては、生き残るために必要な機能のみを備え持っている。

 逆に言えばそれ以外はない。

 生きることしか、できない。

 人生の快楽のほとんどを、味わうことができないのだ。


「私とおんなじだね……私と、おんなじ」


 不意に、左胸に鋭い痛みが走る。

 見ると、細長い針が突き出ていた。彼女は左の二本の手でそれを抑えた。


「この件から、手を引け。H-58724」

「失礼だね。私にはヴィタって名前があるんだよ」


 ――それに、私の心臓はそこじゃない。

 彼女は心の中で付け加えた。

 素早く針が引き抜かれ、背骨の中心付近――ちょうど背中のくぼんだ付近に針があてがわれる。


「これは、警告だ。すぐにそのデータを、消せ」

「あは……面白い冗談だね、議長殿…………」


 針の千端が薄皮を貫いた。背筋を血が伝っていくのがわかる。

 確実に、その奥の心臓を破壊する気だ。


「消すから、ちゃんと消して一切合切忘れる。誓います」

「それで、いい」


 ヴィタはデータを消去しながらそれを脳裏に焼き付ける。故郷の環境変化のパターンを記憶するよりはずっと簡単なことだ。


「二度と、手を出すな」

「んぐ……」


 口にカプセル型の小型爆弾を詰め込まれた。

 吐き出そうとする前に起爆された。

 顎が吹き飛び血が噴き出した。

 当の本人は居なくなっていた。

 

「あう……っ! あーあ。こんなことされたら、余計気になる」


 傷ついた部分はたちまち回復した。

 彼女の出身は流刑星“ヘルヘイム” 未知の動植物と渡り合うために超人的な再生能力を持っていた。


「なんで議長殿は止めるんだろう……調べてあげるわ」


 ひび割れて使い物にならなくなった眼鏡を捨てると、その下から真っ赤な瞳が現れた。獰猛で、狡猾な知性を宿す、捕食者の目だった。






 

 



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