STEP16 二人の出会い
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『あと十分で天候設定は雨に変更されます。外にいる方は気を付けてください。30%の確率で落雷する設定になっています……繰り返します――――』
一方的な天気変更のアナウンスにネロは思わず舌打ちをした。
時間の設定は夜だから、一雨降られたら寒いに決まってる。
大きく舌打ちしたネロは、雨をしのげる場所を探そうと辺りを見回していたところ、裏路地のもめ事を発見してしまった。
無視しようかと思ったが、よく見ると彼と同じくらいの年齢の少女が数人の屈強な男に襲われそうになっている構図だと気づく。
そんな状況を無視できるほど彼は非情な人間ではなかった。
「おいお前ら! そんなとこで何してる?」
いかつい顔の、金髪リーゼントの男がネロをにらみつける。
「ぁあん? んだお前」
「みねぇ顔だなぁ?」
仲間と思われる重力を無視したツンツン頭の男がネロの方へ歩み寄ってくる。左右に(無駄に)揺れながらの不良歩きだ。
「おい……ここらは俺らのナワバリなんだよ。なめたマネしてっとシメるぞ」
「知るか。その子を離せよ」
「はぁ? なんだお前、あいつの知り合いかよ?」
当の少女はチンピラの仲間によって壁に追われたままうつむいたままだった。
「はっはははっ! こいつぁいいや、お前も一緒に犯ってやるよ」
ツンツン頭がネロの顎をくい、と持ち上げる。
「……お前、何か勘違いしてないか?」
「ぐっ」
ネロのアイアンクローが相手の頭を締め上げていく。彼のほうが身長が低いせいかそのまま持ち上げることはできなかったが。
「俺にそういう趣味は――――ないッ!」
そのままその頭を地面に叩き付けた。冗談のように亀裂が地面に走る。
「お、おい……なんなんだよおまえ!」
スキンヘッドの男がおびえて後ずさりする。
「っそうだこれで」
金髪リーゼントが仲間のデブ男が抱えていた漆黒の剣を引き抜き、スキンヘッドのほうは白銀の剣を引き抜く。が、持つのが精一杯なようで腕が震えている。
「――――っ死ねや!」
「っらぁ!」
お世辞にも速いとは言えないぐらいの走りで斬りかかってくるチンピラ二人。
ネロはあきれてため息をつくと、迫ってくる二振りの剣をそれぞれの手で白羽取りした。
「……終わりか?」
軽く手をひねっただけでチンピラ二人は剣を手放してしまう。
「ぅ……」
「こ、この辺にしといてやるっ!」
どこかで聞いたことのある捨て台詞を残しながら気絶した仲間を見捨てて逃げていく。
「ったく……」
ネロは路地の入口に捨てられていた鞘に剣を納め、少女の様子をうかがった。黒いワンピースに膝まである編み上げのブーツ、肩まで伸びた薄紫色の髪と同じ色のマフラー。人形のような可愛らしさがあり、やましい心を持った人間が手を出したくなるのもわかる。
彼女は不意に顔をあげ、興味なさそうな目でネロを見返した。
「…………それ、返して」
「お礼もなしか」
彼女は剣を受け取ると背でクロスするように背負った。
「……お礼?」
「っあのな……お前、襲われていたよな?」
「……だから、何?」
「あのままだったら」
「……それは私の運命ではない。だから私は助けられた」
「俺が来なかったらどうしてたつもりだ?」
「……別の誰かが私を助けた、それだけ」
少女は無感情な目でネロを見つめ続けていた。
「お前……そう都合よくいくもんか」
「……運命とは、神々の記した書物のようなもの」
ネロは知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。
「すべての人間はそれに従って生きるに過ぎない」
一歩、少女が詰め寄った。思わずネロは一歩下がる。
「私はその書物を見ることができる」
一歩踏み込む、一歩下がる。
「だから、運命を知っている。そしてあなたに問いたい」
さらに一歩、そこでネロはもう後ろに下がれないことに気付く。
「……あなたは何者なの?」
「どういう、意味だ」
「――シビラの書にあなたの存在はなかった」
少女は無垢な瞳でネロを見つめる。
「あなたは運命には存在しないはずの人間。存在するはずが、ないの」
「っ俺、は……」
ネロが答えに困っていると、少女が背の剣へと手を伸ばした。
「……私はそれを知りたい」
ほとんど反射的にその斬撃を避けた。
こいつは強い。彼は本能的にそれを察した。
「何しやがる……」
転がって距離を取ったが、それでもなお射程範囲から逃れられたように思えない。
少女は先に抜いていた漆黒の剣を逆手に持ち、もう片方の白銀の剣も引き抜く。
「……こっちがヨミで」
漆黒の剣先が地面を削る。
「こっちがエド」
白銀の刀身に雨粒が落ちてくる。
「あなたを試す、剣の名よ」
それを皮切りに大雨が降り始め、二人の体を容赦なく濡らしていった。
☆☆☆
――――どこかのホテル
「わぁ……本当に降ってきましたね」
外の大雨にサラが驚いていた。と、その瞬間に雷鳴が轟いた。
「きゃっ!」
「……ここの天候制御システムは健在、ってことか」
エミリアは酒瓶を手につかみ蓋をもぎ取った。
「前に来たことがあったんですか?」
「昔の話さ……飲むか?」
瓶に直接口をつけてそれを飲み、サラにも勧めたが断られてしまう。
「……昔、サラちゃんが生まれるよりもずっと昔の話さ。ボクは大怪盗って呼ばれるくらい有名人だった」
「今でもそうじゃありませんか」
「昔ほどじゃないさ。そん時はボクはすっっっっっごく調子に乗ってて、この世で盗めないものはない、って思っていたんだ」
再び酒を喉に流し込む。
「で、そんな奴は大抵痛い目見るってオチが待っててさ。ボクはある獲物を盗めずに、最愛の相棒を失った……」
エミリアの赤い瞳から涙がこぼれる。
「ボクは死ぬほど後悔した。いや、死のうと思ってた」
それを誤魔化すように酒をあおる。
「そう思ってさまよっていたら、空から赤ん坊が降ってきたんだ」
「ふぇっ?」
「んだよ……よくあることだろ?」
「いやないですってそんなこと」
「とーにーかーく! 降ってきたんだよ、ちょうど、ボクのところに、な」
彼女の顔は真っ赤になっていた。
「もしかして、それが……」
「そうだ、その赤ん坊がネロだ」
「じゃ……ネロさんがいなかったら」
「さぁねぇ……」
それだけつぶやくとエミリアは寝込んでしまった。
サラはエミリアの肩に毛布を掛ける。
「ネロさん……あなたは、一体…………?」
大きな雷鳴が轟いた。
ご都合主義? なにそれ、おいしいの?




