STEP15 機械仕掛けの理想郷
真の理想郷、とはどのようなものだろうか?
万人が平等に暮らせる世界? はたまた争いのない平和な世界か?
――惑星、エクスマキナ。
この星の住人はそれを調和に求めた。
徹底した機械化により惑星環境をコントロールすることにしたのだ。
その結果、気候は一年中温暖となり雨は決められた日にしか降らない。
労働のすべては機械が担っており人様は悠々自適に暮らしている。
とある格付け会社の”移住したい惑星ランキング”の上位に毎年食い込んでいる素晴らしい惑星なのである。
――あの事件が起こるまでは、だが。
10年ほど前、惑星の環境を司っていたプログラムが暴走したのだ。
それ以来、星は連盟政府の管轄下に入り、巨大な実験場と化してしまったのだ。
☆☆☆
「相変わらず趣味の悪い野郎だな」
エミリアは運ばれてきた豪勢な食事にため息を漏らす。
「いい趣味、と言ってくれ。君のためにずっと計画し続けてきたんだからね」
彼女は安い、早い、うまいの三つを体現したような料理が好きだった。
そう、こんな無駄に豪華な食事は好きではないのだ。
様々な手法をこらして華を持たせている料理が。
うまいことに違いはないが。
「で、お前もわかっているだろ? ボクがただ食事をしに来ているだけではないってくらいな」
「ここはふざけて答えたほうがいいかい? それとも真面目に答えるか……」
「ふざけるようなら帰る」
「仕方ない、ならば単刀直入に言おう。連盟の特別捜査官、僕の仲間にならないか?」
彼女は予想だにしていなかった提案に顔をしかめる。
「本気で言ってるのか? ……ボクは、そういったタチの悪い冗談が嫌いだぜ」
「今度、老齢の方が引退することになってね。捜査官の席が一つ空くのさ。エミリア、君なら実力も経歴も十分だ」
「ふざけんな……」
「互いにメリットのある話じゃないか。僕は君と一緒にいる機会が増えるし――――」
”あれ”の情報だって手に入れやすくなるんじゃないか?
「馬鹿言え、そう簡単に最高機密が手に入るとでも」
「特別捜査官の立場は複雑でね。議会の上層部にしか知らされない情報でも任務のためなら手に入れることができるんだ」
「っ……」
「君も、群れるようになったからには、昔ほどの危険を冒すことができなくなった。そうなんじゃないか?」
エミリアは何とかして断る理由を見つけようとしたのだが、どうにも見つからなかった。
☆☆☆
一方その頃、別のテーブルでは……。
「おいしーいっ!」
エミリアとの同席を拒否されてしまったネロとサラが食事をしていた。
どれもこれも二人の好物ばかりで妙に恐ろしい。
まるで、自分たちのことなどすべてお見通しだとでもいうように。
すべてを疑いの目で見てしまうのだ。
「あれ? どうかしたんですか、ネロさん」
「いや……なんでもない」
料理にフォークを突き刺したまま固まってしまっていたネロを心配してサラが声をかける。
「あ、毒殺の心配ですか? なら大丈夫だと思いますよ」
「そういうことじゃなくて、こんな敵地のど真ん中じゃのんきに食事する気分になれないってことだ」
彼女は気づいていないようだが、このレストランの従業員は全員そっち方面の仕事をしているような人間ばかりだ。
料理を出すとき、何気なく歩いているとき、接客をしているとき。
何気ない動作の端々に”隙のなさ”が見え隠れしている。
おそらく、一度命令を受ければそれを遂行するような、そんな連中なのだろう。
「え……?」
「よく見ろ。ここの店員、明らかに一般人とは違う」
「あの、ネロさん。こ の 星って全部無法地帯だって知らないんですか?」
サラの言う通り、エクスマキナには法律や決まりごとが一切ない。
連盟政府がこの星を支配するようになったとき、法のない世界では人間がどのように生活することになるのかを調べるためにあえてそうしたのだ。
「つまり、自分の身は自分で守れ。だからこそ店員さんは常に警戒しているんですよ」
「っ、でも……もしそうじゃなかったら?」
「もし仮に、私たちが襲われることになっても、彼にはメリットがありませんよ。
確かにエミリアさんはあの人のことを苦手、天敵だって思っているかもしれませんけど、我を忘れてしまえばそんなことお構いなしになりますよね?
エミリアさんが暴走する”引き金”として真っ先に挙げられるのが私たちです。私たちに何かあればエミリアさんはほぼ間違いなく”キレ”ます。
たとえあちらの方々に対抗手段があるのだとしても、それでエミリアさんを鎮圧するまでにどれだけの時間がかかるのか、私にだって想像できます。
だからエミリアさんが無事である限り私たちも無事である。ということになりませんか?」
と彼女は自分たちが無事である理由、をずらっと挙げて見せた。
正直引くくらいしゃべっていた。
「そんなにうまくいくわけ――」
「ネロさんはエミリアさんのことを信じられないんですか?」
そんなことを言われてしまっては何も言い返せない。
「……俺は、信じてる。だが………俺は今まであの人がおびえる姿ってもんを見たことがなかった。だから、怖いんだ。もし万が一のことがあったらって思うと」
「――――ネロくんに心配されるとは、ボクも年かな?」
ぽん、とエミリアが優しくネロの肩に手を置いた。
「あ、エミリアさん」
「話は終わった、帰ろう」
そういったエミリアの表情は、いつものように落ち着いていた。
☆☆☆
「悪い、しばらく一人にしてほしい」
店を出てしばらく歩いていると、ネロがそう漏らした。
そして返事も待たぬまま来た方向へ引き返していく。
「あ、まっ――」
追いかけようとしたサラをエミリアが手で制した。
「そっとしといてやろうぜ」
「でも……」
「いいんだ、ネロのことはボクが一番よくわかってる……たぶん」
「なんで言い切れるんですか!?」
「だって――――」
――――ネロを育てたの、ボクだからさ。




