STEP13 唯一の天敵
「ひゃぁぁぁっ!」
かわいらしい悲鳴が響く。
エミリアは新聞(電子版)の閲覧を止め、ネロは瞑想を解いた。
「また、ですかね?」
あきれた顔のネロ。
「また、だろうな。きっと」
エミリアは苦笑いしている。
「しっかしビビりすぎだよな。この狭い宇宙で特定の相手と出くわす確率なんか極端に低いってのに」
例の事件から数日、サラは防犯対策に勤しんでいた。いつ何時、賊と出くわすのではないかという恐怖にかられて。
「で、どうします?」
「んーまかせた」
「はいはい、任されましたよ……」
ネロは気だるそうに立ち上がると、悲鳴の発生源へ向かった。
☆☆☆
散乱する工具。
張り巡らされかけたワイヤー達。
そして――がんじがらめになったサラ。
「ぁうぅぅ……」
ワイヤーを振りほどこうともがいているが余計に絡まってしまっている。
「……何やってんだよ」
簀巻き状態になっている彼女(念のため言っておくが本当は男である)を冷たく見下ろすネロ。
「うぅ……ネ、ネロさん…………助けてくださいぃ…………………」
哀れな小動物を彷彿とさせるが、何度も言うように中身は男である。
ドジっ子に見えるが機械関連の知識ならば専門家にも引けを取らない。
「もう一度聞こうか、お前は一体何をやってたんだ?」
「え、えっと……ワイヤートラップを作ろうと思って」
「理由は?」
「無防備だからですっ!! 規格外のエミリアさんならともかく常識人っぽいネロさんまで警戒しなさすぎですよ!」
サラは釣りたての魚のようにビチビチと跳ねる。
「いや……うちの船に攻撃して無事でいられる奴なんて、そうはいないだろ?」
「はぁ…………油断してますね」
彼女はあきれて盛大なため息をついた。
そしてきっ、とネロをにらむ。
「誰にだって天敵はいるでしょう!?」
「……そうか?」
「ええそうです! エミリアさんにだって苦手な人の一人や二人、いるはずですっ!」
「あのな、あの人を一般人の尺度で測っちゃ――――」
数瞬だが、重力がなくなる。
これは加重を行っているGドライブが、ワープ航法を行うために全プロセスを動力に集中させることで生じる現象である。
「すまん、何でもない。行くぞ!」
「ちょっ先に――きゃっ」
☆☆☆
メインデッキでは、エミリアが自分専用に(している)ソファで震えていた。
珍しく頭を抱え、うずくまりながら。
例え敵地のど真ん中にいようとも、不敵に笑っていられる頑丈なメンタルを持つ彼女が。
テストで悪い点を取り叱られている子供のように震えていた。
「な、なにがあったんです……?」
そんな異常事態に、ネロは顔を青くしている。
彼にとってはかつてないほどの緊急事態なのだ。
「さ、さぁ……皆目見当もつかな――んにゃ!」
真っ赤な目を泳がせまくりながらも虚勢を張り、足を組んでふんぞり返ろうとした結果ソファごとひっくりかえってしまう。
ワイヤー巻のまま運ばれてきていたサラも目を丸くしている。
「嘘、だろ……? ここまで恐れさせる相手が、この宇宙に存在したのか……!」
「し、失敬だな……ボクにもこの宇宙で会いたくない人間が3人ほどいる」
「じゃあなぜ黙ってたんです?」
「会わない予定だったのさ……全力で避けてたし。この際だから教えてやる」
倒れたままのソファに腰かけたエミリアは、乱れた髪を整えるようにかきあげて口を開く。
「まず今の連盟議会の議長、あとボクのお師匠様――そしてさっき接触してきた連盟特別捜査官の男だ」
「前2人はわかりますけど……」
「そもそも特別捜査官って何者なのですか?」
サラはワイヤーをほどいてもらいながら尋ねた。
「まぁ、知らないのも無理はないか――――」
連盟特別捜査官とは、法の範囲内での捜査では逮捕できない、もしくは裁くことのできない犯罪を取り締まるため、議会の厳粛なうんちゃらかんたら。
要するに法の穴を上手にくぐりぬけている犯罪者を取り締まることができる選ばれし捜査官のことである。
「――――通称、宇宙最高の頭脳。連盟外の人間がなることが多いかな」
「ひぇぇぇ……」
「つっても、俺らみたいなのに絡んでくる暇人はいないけどな」
「え?」
「奴らが追うのはあくまで法の範囲内にいる人間だけだ。つまり加盟していない連中はよほどのことがない限り狙われないんだ」
「はぁ……おどかさないでください」
「狙われるとしたら軍の特殊部隊だな」
「そちらのほうが危険ではないですか!?」
とか話しているうちにワープが終了する。
「っしゃー! 逃げ切ったぜ!」
エミリアのテンションが復活した。
しかし、
『やあ! 会いたかったよエミリア!!』
爽やかな声が響いた。
いつの間にか通信コンソールのスイッチが入れられていた。
「っ私の組んだ防衛プログラムを突破するなんて!」
サラの瞳に怒りの炎が宿る。
エミリアの血の気が引く。
程なくして画面にイケメンスマイルの男性が映る。
ネロの眉がわずかに動いた。
「サラちゃん! もいっかいGドライブを――――」
ガコンッ! と何かが接触する。
「ちょっ! やりたい放題されちゃってますけど!?」
「す、すぐに防衛システムを」
「んなもんあるわけないって知っているでしょう!?」
「……ごめんな、サラちゃん」
エミリアのライフはもう0だった。
『待っててくれエミリア! 今すぐ会いに行くよ!!』
「お前が待て、まず名前と用件を言え」
唯一冷静さを保っていたネロが男の侵入を食い止めようとする。
『ふっ……未来の妻に会うのに理由が必要かい?』
「は……?」
『申し遅れた。僕は連盟特別捜査官のエージェント、フレデリック・ソーン。エミリアの婚約者さ』
さすがのネロも、沈黙せざるをえなかった。




