STEP11 イッツ・ショウタイム
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――――結婚式前日
ネロは迷ったふりで城の最深部、立ち入り禁止と言われている場所の付近へとやって来ていた。
ゆっくりと、角から頭を出す。向かい合うように扉がある。
何の変哲もない方の前に見張りがついていた。
これは怪しい、大当たりだろう。
「――ここで何をしてるのかな?」
「きゃっ!」
聞き覚えのある声だった。
おそるおそる振り返ると、ネロを女だと勘違いした部隊長が部下を引き連れているのが見える。
「す、すみません……迷ってしまって」
「ほう、なぜ?」
「わ、私っ……まだ入ったばっかりで、方向音痴だから」
「ふむ」
背筋を冷や汗が伝う。
まずい、これはバレたかもしれない。
緊張で体を強ばらせると、
「仕方の無い女だ。おい、案内してやれ」
「はっ!」
ほっ、と胸を撫で下ろす。
「この先は将軍の部屋がある。二度と近づくな」
「は、はぃ……申し訳ありません」
難を逃れたが、窮地に変わりはない。
監禁場所は将軍の部屋の前。
自分の目に届く範囲に置いておく。成程、将軍にも知恵は働くようだ。厄介な悪知恵が。
☆☆☆
「っ……見つかった」
サラはキーボードを叩く手を止める。
ファイル名は“採掘に有用な爆薬について”
怪しくもない名前だが、それがなぜ軍のサーバーに存在している。採掘事業は軍の管轄外だ。
素早くダウンロードして――勿論、痕跡を残さないよう配慮して――展開する。
「これは…………?」
画面上には無数のデータ、設計図、報告書。
それらで埋め尽くされる。
丁寧に読み取って、理解しようとして、ハッとする。
小型の特殊爆弾。それも装飾品に偽装した、諜報関係の人物が使いそうな。
「……エミリアさん、将軍の狙いが、わかりました」
『手短に教えて、今取り込み中』
「式の参列者に爆弾を渡すつもりです。宝飾品に偽装した」
『……うわぉ』
「どうしましょう……?」
『何とかする、だからサラちゃんも次の準備をしてほしいんだ』
「はいっ」
サラは目を閉じ、ゆっくり息を吸い込んだ。
やれる、私にもやれる。
そう自分に言い聞かせ、自分が言うべきセリフを反芻した。
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「ふぅ……」
サラ王女として必要なものを作ったエミリアはホッとしてため息をついた。
よりによって人前にいるタイミングで通信が入ったのだ。バレないように会話をするのは骨が折れた。
まさか、将軍がそんな大それた事をするとは。子悪党のような子悪党みたいな計画かと思ったら、まさかの要人暗殺、か脅迫か。
起爆スイッチを握っているのは将軍だろうし、困ったものだ。
「ま、本業に支障が出なきゃ良いけど――もしもしネロくん応答しなさい」
『……何の用です?』
「首尾は?」
『最悪、だ。兵隊に道案内されてる』
「わかった、何とかしてやる」
そう告げると、エミリアはドレスを脱ぎ捨てる。ちなみに部屋で一人きりだから問題はない。
あらかじめ作っておいた“抜け穴”から天井の隠し通路へ入り込む。
「……ふっ…………流石にザル警備ですねぇ」
どこの世界に自分の家の隅々まで完全警備する人間がいるだろう? 下手すれば自分がひっかかってお仕舞いである。
蛇のようにするすると移動していき、例の部屋の真上にやって来た。
念のため、ハズレではないか耳をすませて確認する。
人数は1、立った時の足音から体脂肪率は高め、つまり女性の可能性が高い。
静かに、天井板を外す。
「大当たり♡」
「っ誰だ?」
サラとよく似た顔立ちの、男性用の服を着た人物がいた。
「通りすがりの怪盗さ」
エミリアは人差し指を唇に当て、静かに、と諭す。
「キミの妹――ってか弟だけど、を助けにいこう」
「えっ?」
「早く、捕まって」
☆☆☆
――――結婚式当日
「おい、異常はないな?」
「はっ! 不振人物の報告はございません」
「そうか、ご苦労」
部下は敬礼をし、立ち去っていく。
将軍は頬が緩むのを押さえられなかった。
遂に計画が成就する。
長年の夢がようやく叶うのだ!
その為の結婚であり、まぁ好みでないのには少々目をつぶろう。
彼は、仕方ないとはいえ新婦の控え室へ挨拶にいく。数時間後には立場が逆転するとはいえ、蔑ろにしては角が立つ。
「サラ姫、いらっしゃいますかな?」
「……入れ」
いつもと口調が違うな、と思いつつ室内に入る。
「ほぅ……」
将軍は思わずため息をもらした。
ウェディングドレス姿のサラがあまりにも美しかったからだ。
傷ひとつ無い白い肌によく似合う純白のドレス。ヴェールのせいでよく見えないが、毅然とした眼差しには、思わず惚れてしまいそうだった。肩にかかる程度のピンクブロンドの髪は、今日の為にセットしたのか綺麗に整っている。
「お似合いですな、姫」
「……心にも無いことを」
「そんなことはございません。これは式の楽しみも増えましたな」
ひとしきり、お世辞を言って、退室する。
将軍の計画が動き出すときが、来た。
部下は手はず通り、警備という名目で武器を式場内に持ち込み待機している。
参列者には特製の宝石爆弾を配っている。
全ては順調に進んだまま、式が始まる。
謁見の間を改造して作った会場には多くの椅子が設置されており、その大部分が埋まっている状態だった。
玉座のあるべき場所には祭壇があり、その前にいるはずの聖職者は、家族のいないサラの付き添いの為に席を外している。
サラがやって来た。
少々ペースが早いのが気になったが腕を取り、歩みを進める。
大慌てで祭壇へ駆けていった聖職者の男は慌てすぎて転けそうになっていた。参列者に失笑されていた。
将軍は思わず舌打ちをした。しっかりしろ、と口が動いた。
「――これより、婚約の儀をはじめます」
――お決まりの愛の誓い、さっさと終われ。
書類があればいい。婚約し、自分が王家の一員となった証である、証書があれば。
「――それでは、お二方のご署名をお願いします」
来た。ようやく、これでようやく王族になれるっ!
将軍は力強い筆跡でサインをし、サラもそのあとにする。
最後に、聖職者が書類の不備を確認し――何故かペンを動かしているのが気になるが――これで
「――それでは、サラ王女より声明を頂きたく存じます」
サラはくるりと参列者の方へ向き、高らかに宣言した。
「我々と、大臣達の承認を持って――」
待て、なぜここで大臣達が……?
「私、サラ・オルタンス・カリナンは前王より位を譲り受け、即位することをここに宣言するッ!」
一体何が起こっているッ!?
「そしてこの瞬間を持って、デーク・タイター将軍より現在の地位、役職、並びに軍の統率権を剥奪するッ!」
私の隣にいるのは一体何者なのだ……っ!?
「……残念だったな、将軍。いや、元将軍」
サラに化けた何者かはヴェールを捲り素顔を晒した。
「うっ……レン、王子…………?」
琥珀色の瞳に、整った目鼻立ち。双子なのにあまり似ていない鋭い目つき。
よく見えなかった! 本物のサラは翡翠色の目で、目つきも少しおっとりとした感じだ!
「いや、私こそが本物のサラだ」
ポカーンとしていた参列者達がざわつき始めた。
「どういう意味だっ……?」
「わたっ――僕が本物のレンだって事ですッ!!」
聖職者の男が叫んで顔を剥ぐ――いや、マスクを取り素顔を露にする。
翡翠色の瞳と、長めのピンクブロンドの髪、羞恥で頬を染める表情。
ずっとサラ王女として接していた人物と瓜二つだ!
「一体――何が起こっているのだッ!!!?」
「――え~でしたらお答えいたしましょう」
祭壇の裏からひょこっと顔が飛び出た。
真っ白いポニーテール、真っ赤な瞳、白い肌。
真っ黒なスーツがそれらを際立たせていた。
「お前は……っ!」
将軍は思わず息を飲んだ。
「Buenas noches!
お集まりの皆様、ワタクシ、通りすがりの怪盗のエミリアでございます」
彼女はとても楽しそうに笑った。