STEP10 ハイリスク・ハイリターン
サラは着替えを終えてからも、恥ずかしさで顔を真っ赤にしたままだった。
「……どうした、具合でも悪いのか?」
ネロがシャワーを浴び終え出てくる。
黒のタンクトップに短パン。彼女――紛らわしいがこのままにしておこう――は咄嗟に顔を背ける。
「…………」
「あ、これ。まかないでもらったんだが食べるか?」
「……いえ」
恥ずかしい。
きっと軽蔑してるだろう。こんなことをしている自分を。男なのに女性のように振る舞う自分を蔑んだ目で見ているはずだ。
「ん……風邪引いたのか?」
ネロが額に触れてくる。
ビクッと、彼女の体がすくんだ。
「……36.7℃か、微熱ってとこか」
「な、何でわかるんですか……?」
「え?」
「どうして不思議そうにしてるんですか!?」
「わかるだろ、普通」
「普通じゃないですっ!」
「そうか。とりあえず薬飲んどけよ、慣れない生活で体調も崩れてるだろうし、な」
と、棚を探す。
その後ろ姿を見ていて、サラは不思議に思った。
どうして彼は普通に接してくれるのだろうか。
どうして嫌わないのだろうか?
「あの……ネロ、さん」
「ん、どうした」
「私のことどう思いました……?」
「どうって、言われてもな」
ネロは頭を掻きながら振り返る。風邪薬を発見したのか手に箱を持っている。
「別に、って感じだ」
「どうしてです……私は、男、なのに女のように振る舞って、いたのに」
「だからなんだよ。珍しいことか?」
「そうじゃないですか……普通の男の人はもっと強くて、立派な方ばかりです。私のように、なよなよとした……女みたいな…………っ!」
「そんなに悪いことか? お前にもしっかりとした芯の強いとこがある。後ろめたい事なんて無い」
「……でも、女装なんて」
「変態みたい、か?」
顔が熱くなる。
その通りだ。幼いころからずっと言われてきたこと。
厳格な父親が何度も何度も何度も、刷り込むように教え込んできた。
『男のくせに女の格好をしているのはおかしいのだ。民はそういった人間を〝変態”と呼んで蔑むのだ。お前はそうじゃないだろう? 男らしく普通に振る舞いなさい』
サラはゆっくりと首を縦に動かす。
恥ずかしい。穴があったら入ってずっと隠れていたい。
「……アンナ・Z・ミーニャって知ってるか?」
「ええ、確か美人で有名な女優さん、ですよね」
前に(こっそり)見ていたドラマの主演だった。視聴率は良くないが、彼女の演技はとても高く評価されており、サラもファンの一人になってしまっていた。
「あの人、元は男だ」
「ええっ!?」
「知らなかったのか……。デビューした当時はまだ男で、始めは女装をして活動してたらしい」
「えっ……それって」
「ああ、お前と同じだ――って別に性転換をしろって意味じゃないからな、勘違いするなよ? 俺が言いたいのは、考えが古すぎってことだ」
衝撃の事実をうまく処理できていないサラに、ネロはゆっくりと語りかける。
「大昔……連盟の暦が生まれるよりずっと前は、はっきりとした〝多数派“ってのがあって〝少数派”はよく差別をされていた、らしい」
肌の色が違う、人種が違う、住んでる環境が違う、同性を愛している、奇行が目立つ、etc......
ある程度大きな集団において他と違うことは容易に〝弾かれる”対象となりえた。
「でも、今は違うだろ? 普通と違うからって差別していたらキリがない。だから堂々としてろよ、とやかくいう奴なんていないんだからな」
涙が出てきた。自分を肯定してもらえたことがうれしくて仕方がなかった。
「ありがとう……ございます…………っどうして、でしょう……これ以外に、ことばが、おもいつきません……っ」
「何で泣くんだ? 俺は一般論を述べただけだ。たいしたことはしてない」
「そんなこと、ないです」
『っくしゅん!』
二人の耳に変な音が入り込んできた。
『う~誰かボクの悪口言ってるのかな……』
「いつから聞いてんですか……?」
サラが端末の画面を点けると、彼女の変装をしたエミリアが映し出される。
『うーん、ネロくんが〝お前、男だったのか”って言ったあたりからかな?』
「全部聞いてたのかよッ! なら声をかけろ恥ずかしいだろ……ッ」
ネロがサラから端末をひったくり、画面の向こうにいるエミリアを睨みつける。
みし、みし、とそれがきしんでいく。
『まー落ちつけよ、それよりいい作戦を思いついたんだ。リスクは高いけど、上手くいけば絶対に成功するとっておきの秘策さ』
と、エミリアはネロの怒りをそらす意味も込めてとっておきの秘策を教える。
『な、いい作戦だろ?』
「でもそれには、オヒメサマの兄を」
『姉、だろ、サラちゃん?』
「なっ……どうしてそのことを…………」
『んー根拠はいくつかあるけど、キミがまだ王族であることってのがあるな。もし男兄弟がいるならキミは勘当されてるよな、ここの法律上は』
「……っそうですね」
『あと一回だけお兄様というべき所でお姉様と言いそうになったこと、かな』
「そうだったのか……全然気付かなかった」
『ネロくんは鈍感ですねぇ……ボクはサラちゃんがホントは男の娘だっていち早く気づいてたんだぜ』
「うぅ……気付かれてないと思っていた私が馬鹿でした…………きっと皆様気付いて」
「いや、それはないから」
『で、サラちゃんのお姉サマの居場所には心当たりがあるんだ、ネロくん救出よろしくな』
「了解です」
『ん、よろしい。そしてサラちゃん、今まで以上に重要な役どころだから、頑張ってな』
「はいっ!」
サラは涙をぬぐって元気よく答える。
作戦はいよいよ大詰めである。