STEP9 明かされる秘密
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――――潜入1日目――――
「――貴女が臨時で雇われた子ね?」
「はい、リリア・オルガノです」
「いいですか、オルガノさん。私は新人だからと甘やかすような事はしませんからね」
「はい、わかりました!」
「では――ここから、ここまでの区画を掃除してきたください」
「はいっ!」
ネロは“リリア・オルガノ”という偽名で働くこととなった。身分証明のパスも偽造なのだがばれることはなかった。
そしてメイド長は無茶ぶりのように広い区画の清掃を命じてきた。
道具一式を持ったネロは指定された場所へ向かう。長い渡り廊下だ。
帰りに迷った体で探索をするつもりだがまずは仕事をしているふりをしなくてはならない。
彼は耳に手をやり、通信機のスイッチを入れる。
「――潜入成功、仕事を終え次第“迷子”になる」
迷子、は探索を示す暗号だ。
『りょーかい、ボクも“鳥かご”に無事入れた』
入れ替わりは成功、というわけだ。
『私も準備が出来たら“収穫”を始めますっ!』
彼らがなぜ暗号を使って会話をするか?
エミリアの趣味である。
「わかった、終わったらこっちに――」
「オルガノさん」
「っひゃいっ!」
ネロは慌ててスイッチから手を離す。
通信が切断される。小声で話していたから会話を聞かれてはいないだろう。
「窓拭きもお願いしますね」
「わかりましたっ!」
メイド長が去っていきホッとしたのも束の間、彼女が突然振り返ったので彼は身を固くする。
「あと、髪が邪魔なら――」
近づいてきて、ヘアゴムを渡してくれる。
「これで結んでおきなさい」
今現在、ネロの髪は肩にかかる程度の長さだ。因みに通常時はそれより長い。
耳に手をやっていたから、髪を耳にかけているように見えたのだろう。
「す、すいません……ありがとうございます」
「他にも仕事はあります。なるべく早く終わらせるように」
「はいっ!」
一人きりになると、髪を後ろで結び掃除を開始した。
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「っ放して!」
サラに化けたエミリアはわざと軍に捕まり、王宮へと連行されることとなった。
大人しく捕まるのも変に思われるだろうからそれなりの抵抗をするふりをしていた。しかし、ふりとはいえ彼女の迫真の演技は騙せないものはいない(無論例外は存在する)
「心配しましたぞ、サラ姫」
「っ心にもないことを……」
「そんなことはありませんよ、今はまだ」
サラが戻ってきたと思い込んでいる将軍は余裕の笑みを浮かべている。
「このような事は今後しないでいただきたいものですな」
「っ…………」
エミリアは悔しそうにしているような素振りを見せた。
「部屋にお連れしろ」
「はっ!」
将軍の部下に引っ張られ、サラの部屋と思われる場所へ運ばれていく。
「入り口は我々が見張っておりますので、何かご用の際はお申し付けください」
と、告げられドアが閉められる。
「……ひゅ~1日中監視するおつもりですか」
エミリアは将軍の用心深さに脱帽する。
「ま、構わないけどさ……」
部屋を見渡すと何か変な感じがした。
スカートの中に隠してあった端末を取り出し、部屋のスキャンを行う。
「この部屋に抜け道はない、わけでもないか」
王宮にありがちな“秘密の抜け道”を探してみると、ベットの下に妙な反応を見つける。
「……ふぅん」
――盗聴器だ。
「プライベートの侵害ですよー!」
思い切りそれを踏み潰す。
小声の呟きだから聞こえてはいないかもしれないが、念のため誤魔化す準備はしておく。
「さーて、こっちの仕事も始めるか」
天蓋付きの豪華なベットに寝そべると、端末から情報システムにアクセスした。
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――――潜入3日目――――
案外バレないものだ、とサラは思う。
彼女は模範的な庶民服に身を包み、人相が分からないよう口を布で覆って町を歩く。
数時間に及ぶエミリアの一般人レッスンのお陰でどこにでもいる町娘風の振る舞いを身に付けていた。
何かの折りに自分の声を聞いたことがある人も多いはずなのに、全く気付かれない。
軍の人間に声をかけられるが、それは喉を害しているなら薬を飲んだ方がいい、とか言ったアドバイスをもらう程度だった。
今日も食料を買いに来ていたのだが、違和感を覚えていた。
物価が高すぎるのだ。
それも信じられないくらい。
元より輸入の食料が多く、他の惑星よりは相場が高いと聞いていたが想像を絶する値段であった。
「ご主人、パンを1つ下さいな」
「毎度あり……ったくようやく売れたよ」
パン屋の主人はホッとしたようにため息をついた。
「でしたら値を下げたらよろしいのでは?」
「んなことしたら売れても赤字だよ……全く、軍の連中はひでぇことしやがるぜ」
「軍が……何かしたのですか?」
サラは極めて自然に訪ねた。
「そうか、嬢ちゃん他所の人が……ま、大きな声で言えねぇ事だけどよ、軍の奴ら、食料を独り占めにしてんのさ。ろくに仕事しないくせによ」
「まぁ……それは昔からなの?」
少し棒読みになってしまったが主人は気にせず続けた。
「いいや、今の王様が退位させられて、将軍が実権を握ってからさ。ったくこっちは商売上がったりだ!」
その話を聞いて、サラは表情を変えないようにするのが精一杯だった。
『――ん、なるほどね。だからあの時の食事が不味かったのか』
「あの時?」
『こっちの話だよ。他に新しい情報はある?』
「特には……でも気になる事がいくつかあるので調べてみます」
『ん、じゃ引き続き頼むよ』
サラはヘッドセットを外し通信を終了させる。
今日も収穫が少なかった。
役に立とうと思う気持ちが空回りしている状態だ。
それでも不思議と楽しかった。物心ついた頃から普通でない生活をしてきたせいか、年相応の遊びをしていなかったからかもしれない。
服を脱ぎ去り、バスルームへ入る。
昔から鏡が嫌いだった。
特に、全身を映すことができる姿見は最も嫌悪していた。
自分の醜い体をまざまざと見せつけてくるそれが本当に嫌いだった。
温かいお湯がじんわりと体を暖めてくれる。
血流が活発になり体の違和感が大きくなっていく。心で思い描く自分と現実の自分との差。
「――入っても、いいか?」
ネロの声だ。どうやら、一旦帰ってきたようだ。
部屋に入っても誰もいないからトイレか、シャワーを浴びているかと判断し、結論として後者だとしたのだろう。
「ええ、構いませんよ」
ここでサラは大きな過ちを犯した。シャワー室と洗面所の仕切りをするのを忘れていたこと。そしてリラックスし過ぎて注意力が散漫になっていたということ。
「ぁっ……」
気付いたのはドアが開けられた時だった。
慌てて体を隠すが時すでに遅し。
「…………」
しっかりと裸体を見られてしまっていた。
「………………なぁ」
沈黙を破ったのはネロの方だった。
「お前…………男なのか?」
顔を真っ赤にしながら、サラはそれを肯定した。




