表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

中野宗助 エピソード1

彼が目を覚ますと、世界は変わりつつあった。

焼ける建物。鼻を衝く刺激臭。轟音。

耳が痛くなる羽音。散乱した肉片。

おびただしい量の血液。はるかかなたの閃光。

立とうとしても動かない腐食した両足。

自分のものではないように思える右手。

そして、歩く死体。

光景は戦場のごとく変わっていった。

もう何もわからない。

薄れゆく視界の中に、彼はただ走馬灯を見ていた。

幼かった頃の思い出、学生時代……そして、


 豊見市 豊見総合病院


そこは真っ白の壁に覆われ、鬱陶しくなるようほど複雑な機械、

真新しいコンピュータ、

テーブルの上には乱雑した書類。ドイツ語。

目を疑いたくもなる、

頭痛に悩まされそうな景色だ。


にしても、閑古鳥が鳴くように静かである。

何人か人はいるのだが、

みな決戦にでも行くかのように、

ヒョウが獲物を狩るかの如く、静かだった。

表札には、レントゲン室の文字。

つまり、そこはレントゲン室であった。

人が行きかい、明るいころは混雑していた。

そして、人がいなくなり、

窓の外は、黒一色になった。

時たま映り込む月明かりが黒とマッチし心地よい。

今宵は何かが起きそうだ。


すると、静寂が訪れていたレントゲン室に突如声が響き渡った。

「あの……!」

「あの、先輩。これ、どう思いますか?」

いかにも誠実そうな白衣の青年が新聞の一記事をその先輩に見せた。

「もう!一歳しか変わらないんだから、名前で呼んでよね!」

同じく白衣の少女が強気に言った。

「でも、恥ずかしくて……」

「それよりも、何?」

ハキハキと少女は答える。

「あ。これ、これ何ですが……」

「急患でーす!」

ナースの叫び声が気弱な青年の声を遮った。

「また今度ね。中野君。」

中野というらしい白衣の青年は、なんとも悲しげな表情であった。


しばらく中野はイスに座っていた。

時折、貧乏ゆすりをする足を変えては、座っていた。

とても静かだった。睡魔に襲われやすい静寂。

中野も眠そうに座っていた。

20分ほどたっただろうか、物音が聞こえてきた。

キュルキュル、キュルキュル

そんな音に交じり、急ぎ足な足音も聞こえてくる。

それは車輪の音と靴音であった。

それを聞いた中野は、立ち上がり、目の前で小さく手をたたいた。

「よし、がんばるぞ……」

小声で、かつ不安そうな表情ながらも、その声はシャンとしていた。


ベッドの上には30~40代だろうか、

決して若いとは言えない屈強な男性が横たわっていた。

少し浅黒い肌に対し、右足は嫌に不自然だった。

色は青に変わりつつあった。つまり、腐敗しているのだった。

腐敗している右足からは黄色い汁。血。膿。

目をつむりたくなる右足だった。

見ているだけで恐ろしい連想ゲームが止まらない。

鼻にひどく攻撃的な腐臭。患者の右足から臭っている。

数時間も嗅ぐと頭のねじがなくなってしまいそうな悪臭だった。

まさにゾンビ。患者の右足はゾンビそのもののようだった。

しかし、中野はそんな患者の惨状を見ると、真剣な顔つきになった。

中野にとってはただの仕事。それが彼の信条だ。

中野は眉毛をキリリとさせた。

「どこを怪我しているんですか。」

事務的に聞いた。

「え……ええと、右足です。」

一緒にいたナースは真っ青な顔で答えた。。

「ググ……!ギギ……!」

患者は痛みか腐臭か、うめき声をあげた。

中野は中野らしくない焦燥を感じた。

「これは仕事だ」と思い、中野は気を引き締めた。

中野はすぐさまレントゲン写真を撮る準備をした。

「グググ……!ギギギ……!」

その間にも患者は叫んでいる。

「もう少し、もう少しです。患者様……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ