お嬢様の身代わりで修道院に行くことになった私
初っ端から下品な内容です、ご容赦下さい。
元々没落貴族の娘であった私には本家や主筋の家それとも王宮に働きに出るか、誰かの愛人になるか、娼館に売り飛ばされるくらいしか選ぶものはありませんでした。
あの人の愛人になれたのなら幸せだったでしょう。
しかし、現実は厳しいものです。
確かに初めは主筋の家で働いていました。
幼い私がお嬢様付きとなって働くことで我が家は多少の便宜を図って貰えましたが、我が家の窮状はそれでは焼け石に水。
年頃になると私は娼館に売り飛ばされました。
あの人と愛し合いながらも、実家の都合で引き裂かれたと言っても過言ではありません。
すべては家を継ぐ兄の為、幼い弟妹の為。
兄は兄で頑張ってくれたんですよ?
若いツバメになって、お金持ちの未亡人や有閑マダムから大量の貢物をせしめていました。
その前は変態オヤジの家に行儀見習いとして預けられていました。
それでも私が娼館に身を売らなければいけないほど、我が家は傾いていたのです。
幼い弟妹も私が働きに出た歳になると働きに出ました。
主筋の家で再会した時は抱き合って喜んだほどです。
それほど、我が家は傾いていました。
元凶は祖父と父と叔父叔母のギャンブル狂い。
質素な生活をしていれば我が家は子どもたちが働きに出る必要などありませんでした。
しかし、身の丈に合わない豪奢な生活を好み、ギャンブルに走った彼らのおかげで私たち兄弟は幼い頃から働き詰めの生活です。
借金を作り続ける本人たちではなく、何故、私たち兄弟がこのような目に合うのかわかりません。
それに従兄弟たちは更に悲惨でした。
幼くしてどこかに貰われていきました。
兄と同じ変態オヤジの下にいた従兄弟もいたそうです。
わかっていることは現在では皆、居所がわからないということだけ。
ああ、私の話が長くなりましたね。
これからお話したいのは、娼館に売り飛ばされた私が何故、修道院にいるのかということです。
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娼館暮らしにも慣れた頃、あの人がお客として来たんです。
セドリックも主筋に雇われる身。
我が家の窮状を助ける手立てもなければ、職場恋愛に走れるほど無責任な人ではありませんでした。
それに売られてきた私を訪ねても買いにも来たこともありません。
私は驚くしかありませんでした。
弟妹たちは私のような目に遭っていないか、同僚たちのこととか知りたいことはたくさんありました。
セドリックが結婚したのか、どうかも。
でも、敢えて主筋の家の人々のことを尋ねました。
「お嬢様や旦那様、奥様や若様はお変わりないのでしょうか?」
「ああ。お身体には支障はない。実は俺がここに来たのもお嬢様のことがあったからだ」
「お嬢様が? 私の可愛いお嬢様に何があったというのですか?」
「お嬢様が婚約していた相手と親しくしていた娘に嫌がらせをしたと王族から名指しされ、修道院に終生幽閉されることが決まったんだ」
「そんな?! そんな馬鹿なことがありますか? 他人の婚約者に手を出しておいて、嫌がらせの一つや二つされないほうがおかしいじゃないですか!!」
私は憤慨しました。
「ああ。おかしい。おかしすぎる。何と言っても、お嬢様自身、やっていないことばかりだったそうだ。それを若様まで一緒になって糾弾したとか・・・」
「あのお嬢様思いの若様までが?! ――一体、何がどうなっているんでしょう? 旦那様は事実の確認をなされたのでしょうか?!」
「調査をする暇もなく、明日、王宮からの馬車で修道院に送られるそうだ」
「そんな馬鹿な?! そんなことがまかり通って良い筈がありません! お嬢様がそんな目に遭うなんて、ひどすぎます! 若様もお嬢様を糾弾した王族ももげてしまえばいい!!」
「ちょっ、フロリアナ!」
セドリックは焦って、私を止めようとしますが私は止まりません。
止まりませんよ。
私の可愛いお嬢様を・・・!!!
「だって、そうじゃありませんか! あの愛らしいお嬢様を修道院に終生幽閉だなんて・・・。婚約破棄で色ボケから自由の身にしてくださるだけで充分じゃないですか!」
「フロリアナ。誰が聞いているかわからないからそれは心の中に仕舞っておいてくれ」
「セドリックは悔しくないんですか?!」
「俺だって悔しいさ。だから、お前のところに来たんだろ、フロリアナ?」
「どういうことですか?」
「今のお嬢様はお前と背格好が似ている。それに元々、お前とお嬢様は髪の色が似ているだろう?」
「ええ。後ろから見れば姉妹と間違われることもありましたね。まさか、私が修道院へ身代わりに行くのですか?!」
「ああ。今回のことを旦那様に相談された時にお前なら適任だと思ったんだ。それにお前もこんなところにいつまでも居たくない筈だ」
ここから逃げ出せるならそうしています。
逃げ出したら、兄弟たちに迷惑がかかるからここにいるだけです。
兄弟がなければ、娼館に売り払われる前に旦那様にお縋りして実家と縁を切って頂いたと思います。
「当然です。こんなところには一瞬たりとも居たくありません。お嬢様の身代わりの話もこんな身の上になっていなくても引き受けましたけど、今の私にとっては好都合です」
「すまない、フロリアナ」
セドリックはいつかと同じように頭を下げます。
そう、実家の都合で私が娼館に身を売らなければいけないことを話した時も、苦渋を舐めたような顔で私の不遇を一緒に耐えてようとしてくれました。
「気にしないでください。――ところでセドリック。娼館に来て娼婦と話だけをするのは頭のおかしな人間だと思われるんですよ? いいんですか?」
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と、まあ、色々あって、思い出だけを抱えて修道院にいるわけです。
それにしても旦那様がセドリックを遣って、私を身代わりにしたのは正解でした。
セドリックに連れられて主筋の家に戻った私は、翌朝、お嬢様のふりをして項垂れて王宮から遣わされた馬車に乗り込みました。
馬車が郊外に出て、人気のない場所に来たと思ったら護衛の騎士たちに襲われたんです。
私はそれを生業にしたのでそういうお客だと思えば平気でしたが、純真無垢なお嬢様だったら耐えられなかったと思います。
私が娼館に売り飛ばされたのもこの日の為だったとしか思えません。
まさに運命です。
お嬢様をお助けする為に必要なことだったのです。
こってり締め上げて聞き出したところ、お嬢様を糾弾した王族はお嬢様を修道院に幽閉するだけでは飽きたらず、身も心もボロボロにしたかったらしいです。ろくでもない性格ですね。
もげろ!!!
もげてしまえ!!!
と、私は都に思念を送り、馬車を修道院に向かわせました。
そして次の街で、私の兄弟たちにこの襲撃事件を旦那様にお知らせするように念を押した手紙を書いて出しました。何人にも出したので、一人くらいの手には届くと信じて。
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「で、どうして、セドリック、あなたがここにいるんですか?」
「迎えに来たんだ、フロリアナ!」
「迎え?!」
またもやお嬢様の身に何か遭ったのではないかと私は恐れずにはいられません。
修道院に送っていないのが発覚したとか!
主筋の家は、旦那様とお嬢様、それに奥様は大丈夫なんでしょうか?
バカ様が入っていないのはどうしてかって?
バカ様はどうでもいいです。
ええ。
もう、どうでもいいです。
「お嬢様の無実が確認された上に、修道院への護送の件が発覚して都は大騒ぎだよ!」
「???」
「お前が兄弟たちに出した手紙がスキャンダラスな噂好きたちの手に渡って、庶民から貴族まで皆が修道院の護送に下した卑劣な命令を知らない人間はいないくらいだ。そんな命令を下した人物の言うことが正しいと誰が思う? お嬢様の件は正式に調査され、濡れ衣が晴れたんだ!」
お嬢様のふりをしているので手紙はお嬢様の名前で出したんですが、どうやら手紙泥棒に遭い、巡り巡って好事家に買い取られたようです。
情報を確実に旦那様の下に届けたかっただけなのに、そんなことになっているとは思ってもみませんでした。
「セドリック、それは本当ですか?! ああ、やった! お嬢様はこれで本当に自由の身なのね!!」
私はセドリックの齎した知らせ狂喜乱舞していました。
こんなに嬉しかったことはありま・・・ゲフン、ゲフン。ありましたけど、思わず飛び跳ねてセドリックに抱きついてしまったくらいです。
「そうだよ。だから、お前をここに迎えに来たんだ。お前はもう、修道院にいる必要はないからな」
よかった、よかった・・・と心が浮ついた私はセドリックの言葉でふと疑問を感じました。
「でも、私はどこに行ったらいいんでしょう? 娼館から身請けはして頂いたものの、主筋の家に戻れるような身ではありませんし・・・」
元娼婦ですからね。
ただの没落貴族の娘であれば戻れましたが、娼婦として何年も暮らしてきましたからね。
「俺のところに来たらいい。今回のことで旦那様が俺と所帯を持てるように取り計らってくれたから」
「本当に?! 嘘じゃないですよね、セドリック?!」
こうして私とセドリックは幸せを掴んだんです。
え?
お嬢様は?
お嬢様も良い人を見つけて幸せになりましたよ。
え?
私の送った思念はどうなったかって?
もげたかどうかは知りません。
そんなことわかるわけないじゃないですか。
でも、そうですね。
国の重鎮の家では親戚から養子を取るのが流行ったそうです。
そんなものが流行るなんて、何が遭ったんでしょうね?
あと、お嬢様のご子息がバカ様の跡を継がれるそうです。
本当に何が遭ったのかはわかりませんが、お伽話にあった身分の高い殿方だけが罹る病にでも罹ったのかもしれませんね。
その病?
もげるんです。