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7.自分だけのうた

「『詩を書きたい 心安らぐひとときを またこれからも味わいたい』」


 コトッ……。居間のテーブルに落ち着くイヌペンは静かに息をついて、ペンを置きました。そして、自分の書いた短文を「良い」と、自分で誉めてあげました。

 イヌペンは、自分の書いた詩や唄はイヌペンファイルと呼称する冊子へ綴じています。気に入らなかった作品や日常のメモのようなものまで収録しており、今回も当たり前のようにさきほどの短文を綴じました。綴じおわったファイルを背後に放り投げ、イヌペンは間も置かずに次の作品をつくり始めました。

 そこに立派な成鳥になったピーコがぬっとイヌペンの後方に通りかかりました。ピーコは乱雑に置かれたイヌペンファイルに気付くと、ちょっぴりミーハーな気分になって、そのファイルを手に取りopenしました。


(まっぴるま? 詩の題名っぽいわね……なんなのかしら?)


 その後のページをめくっても、イヌペンがこれまで歌ってきた詩が入っていました。それらの題は次のようなものでした。「あるく」、「からだ」、「たそがれ」、「いぢめっこ」、「サボン」、そしてさきほどの「詩を書きたい」です。ファイルに夢中なピーコの手元が突然かげりました。ぱっと顔をあげてみますと、前のめりになってピーコをにらむイヌペンがいたのです。ピーコはお茶目になってごまかそうとしました。


「うふっ」


「『うふっ』じゃねーって! おれの詩を勝手に読むな」


 怒ったイヌペンはそう言うや否や、ピーコからファイルを取り上げて別の部屋に行ってしまいました。ピーコは少し罰の悪そうな表情をして周りを見渡していると、イヌペンファイルからこぼれ落ちた詩のメモを床の上から見つけました。興味津々でそのメモを拾い上げ、さっそく読んでみました。


題・ピーコ


あるー日ーとぼけた面した変な人がーやってきてー


ターマゴーを5個くれたぁー


oh~~~それがピーコとの出会いで~


ピーコは丈夫に育っちゃったよーラララー


ピーコはかわいいねー


つい最近~いっきに成長して~ますますぅー強く美し~く~頭はいいけっどーねー


ときどき考えすぎてプシュ~~~~~~


プシュプシュプス~ チャンチャン



(あたしの詩? 育っちゃったってどーゆー意味よ……誉めているのだか悪く言っているのだか、わけわかんないわね。しかも最後のプシューって何?)


 ピーコが複雑な気持ちになっているところへ、ゆるやかな風の吹き込む窓からひらりと一枚のチラシが舞い込みます。ピーコはすかさず窓の外へ目を向けると、郵便屋の鳩さんが飛び去っているのを確認しました。チラシには「(うた)コンテスト出展者募集」という内容が書かれていたので、これを報告すべく、ピーコはイヌペンのいる部屋へ行きました。


「おとーさん。これに出てみなよ」


「詩の……コンテスト……?! なになに……詩をひとつ持参して、その場で朗読発表して会場で優秀作品を決めます、と」


 イヌペンはピーコからチラシを受け取ると、書かれてある内容と賞品を見て鼻息を荒くしました。


「この優勝賞品は……!」


「お父さん!!」


 イヌペンの言葉をピーコは遮って言いました。


「賞品にこだわらないで、まずは良い詩をつくろうよ。ねっ?」


 そう言いながら実のところピーコはこんなことを思っていたのです。


(どーせ優勝なんて無理なんだから……。それよりもこういう機会を利用して誰かに詩を聴いてもらうことが大事なんじゃない? 自分だけで楽しむようじゃあもったいないよ)


 そう言い聞かされたイヌペンは、「そうだねっ」とはっきりと合点しました。そして、早速イヌペンは頭を地面におしつける逆さまのポーズを取り、作詞をはじめました。


「うーんうーんうーんうーん……ん!!」


 イヌペンはまもなくしてのどをつまらせた様な声をあげます。


「もう詩が閃いたの!? おとーさん!」


 ピーコは当然に驚きました。集中したいイヌペンはひっくり返ったままの姿勢で、ピーコに静かにするよう言いました。静寂を取り戻した部屋は一瞬に緊張したところで、イヌペンはばね玩具のスリンキーのごとく滑らかかつ優雅に体を起こしました。一通り落ち着いたとみたピーコはもう一度尋ねました。


「どうしたの? 詩ができたとか」


「ちがうよ」


「んじゃ、なんのためっ?!」


「気晴らし。」


 予想外のイヌペンの返事に少しイライラしているピーコをよそに、イヌペンはふと浮かんだ一文を読み上げてみました。



題・きばらし


僕は一息ついたよ……張りつめた緊張をほぐすために。


ふうっと息をつけぱイヤなことも吹っ飛ぶよ


ふっとぶよーohー



「どう?」


 イヌペンは期待をこめたように目をキラキラさせてピーコにきいてみました。


「いや、どうって言われても……。正直言ってつまんない」


 イヌペンはキラキラさせていた目をウルウルにかえてみせました。


「ちゅまんないって言ったあー!!!」


 口をとがらせ、だだをこねるように言った後、次には拗ねる様子で「あっそ。」と言い放ち、ゴロリと床へ不貞寝しました。そのようなイヌペンの様子を受け、ピーコは慌てて取り繕います。


「あっ……やっぱりよっ、よかったってばーほんと!!」


「えっマジ」


 イヌペンは軽々と起き上がりました。これでピーコはようやく察することができたのです。


(とんでもねぇ気分屋だーっ!!!)


 気分をすっかりよくしたイヌペンはすぐさま詩をひらめき、さらさらさらっとメモへ書きなぐり、これでどうだと言わんばかりにピーコへ突き出しました。



題・じいちゃん


おじーちゃん おじーちゃん


僕の大好きなおじーちゃん


いつもあったかいほっぺたで


気持ちいい夢が見られたよ


ありがとう ありがとう


僕もおじーちゃんみたいになって


みんなを いっぱい いーっぱい


喜ばせるよ~~~!! ……



「いいんでない?」


 ピーコは「おじいちゃんの詩か」と感心しつつ、イヌペンのおじいちゃんって居たんだっけという疑問点は胸にしまっておきました。


「よしっ! これをコンテストに出すぞー!」



 コンテスト発表会当日、イヌペンは気合い十二分に今日を迎えました。村の会場で号砲の花火が天高く打ち上げられている中、大会を取り仕切る司会者が登壇しました。


「さあ! ついにやってまいりました! 第3回、詩コンテスト大会! 参加者の皆さま、いい詩をコンテストへご応募されたかと思います! 本日の司会は私、ニコラスがせん越ながらつとめさせていただきます!! 晴天に恵まれた本大会は過去最高の来場者数であります! これは一体どういうことなのでしょうか? 審査員のピカリンさん!!」


 猿顔のニコラスは、はげ頭のピカリンさんに唐突に問いかけました。


「うーん。多分ものずきがいるのかなぁ……」


「あっ、そういう当たり前のことは聞いていないです」


 ニコラスはあさっての方角をながめ、鼻をほじりながら雑に対応していると、この隙をついたイヌペンが壇上に駆けあがり、「はーい、こんちはーっ! ぼくの詩に一票いれてね!」と媚を売るような態度をとりました。


「だめっ!! 勝手にそんなことしちゃ!」


 やや集中力の欠けているニコラスでもさすがにそれに気づいて注意を呼びかけます。このとき、会場のどこからか「ひとのこと言えるか!」という野次や、「ピカリンさんは心が乙女なんだからやさしくしてあげてよ!」のような声があり、ニコラスに冷遇され少し涙目になっているピカリンはきもちだけ擁護されたようです。


 そんなこともありながらもコンテストは開幕しました。詩を発表する順番は受付順になっており、当のイヌペンは一番最後でした。トップバッターの名前が司会者から読み上げられます。


「エントリー1番、ソボンさんの『息子』です」


 引き締まった表情で登壇するサボン父はポシェットから詩を取り出すと、きょろきょろと会場を見渡し始めました。どうやら連れてきた息子のサボンを探しているようなのですが、彼は恥ずかしがって隠れているようなのでまったく見当たりません。しびれをきらしたソボンは、「むすこーっ! おまえが見ていなくても、ワシはおまえを見ているからなーっ!」と勝手に言い放ち、会場から大きな笑いがわき起りました。ピーコは会場のどこかにいるであろうサボンへ同情の念を抱く一方、へらへらしている隣のイヌペンを見てため息をついてしまいました。

 そしてソボンの朗読が無事おわり、とうとうイヌペンの出番がやってきます。


「最後のエントリー者の作品は、イヌペン君の『じいちゃん』です! どうぞ!」


 まずかわいい笑顔をつくってあいそを存分に振りまいたイヌペンは、嵐のような拍手に包まれてゆっくりと舞台に上がりました。


「どうぞ!!」


 早く帰りたいニコラスはせかす様に再度言いました。イヌペンはそれで内心少し腹をたたせながらも、笑顔のままに定位置に着きました。


「えと……『じいちゃん』……」


 イヌペンは思った以上に緊張して朗読をはじめました。「頑張れ、お父さん」と、心の中で叫んだピーコの応援が通じたのか、その後イヌペンはスラスラと読みあげるようになりました。そして最後の一文にさしかかります。


「みんなをいっぱい、いーっぱい、喜ばせるよー!!!!!」


 イヌペンが読み終わったと思ったピーコが、ほっとしたその直後です。


「なんて嘘。」


 イヌペンはきっぱり発言しました。客席の方は即座にしんと静まり返り、イヌペンが舞台から降り去ったとき、息を吹き返したようにどよめきと小さな拍手が起こった程度です。

 席に戻ったイヌペンはピーコに、「よっ」と平然と声をかけました。


「『よ』、じゃねーーーーーーーーーーーーーーーーよ!」


ピーコは場所をわきまえずに怒鳴りました。


「何だよそんなに怒って」


 イヌペンはきょとんとして言いました。


「何って……せっかくいい詩だったのに、さいごのさいごで『なんて嘘』だなんて言っちゃうんだから」


「だって書いてあるし」


「えっ!?」


 ピーコは慌ててイヌペンの詩が書かれてある紙を取り上げ、確認しました。イヌペンが言った通りに、詩の一番最後の行に「なんて嘘」と、とってもちいっちゃく書かれてあったのです。イヌペンは「いくら想像上のおじいちゃんを題材にしたとはいえ、ひとに嘘をつくのは嫌いだから明記したんだよ」と釈明しました。ピーコはもう返す言葉もありませんでした。

 しばらくして結果発表が始まったものの、努力賞も佳作もイヌペンの名前は呼ばれずに、とうとう最優秀賞の発表になってしまいました。


「最優秀賞は、ソボンさんの作品、『息子』です!!!」


 サボン父は「いやいや、どーもどーも」と照れて、あたたかい拍手の中受賞しました。イヌペンは自信に満ちあふれた態度が崩壊して呆然と突っ立ち、それをみたピーコは当然の報いと思いながらも、ためし読みしたときにそれに気がついていれば結果が違ったかもと後悔しました。


「しかし! 今回はなんと特別賞があります! それはイヌペン君の作品『じいちゃん』です!!」


 突然のニコラスの発言に会場はざわめきます。ピーコは自分のことのように驚くも、当の本人がいまだ心ここにあらずだったので、声をかけて教えてあげました。


「イヌペン君? 居ないの?」


 ニコラスは端的に言いました。


「え? オレ呼ばれてんの?」


「そう! 君!!」


「おめでとう。なんか新しい味わいの詩らしいので、審査員特別賞です! どうして、あんなものつくれたんでしょうか?」


「しょーひん、ねぇー賞品は?」


 ニコラスの質問を無視してイヌペンはききました。


「奇をてらった単なる賞品目当てだったんですねぇ。しかし、残念ながら特別賞の賞品は……」


「ねーの?」


「いや。ある!」


 イヌペンは、「えっ! 何?!」と目を輝かせると、ニコラスはいたずらそうにニヤリと笑い、次にピカリンさんがすくと立ち上がってイヌペンのいる場所へ駆け出しました。


「賞品はピカリンさんのキスです」


「わたしはかわいいの大好きなのよぉ~! んぶぅ~でゅ!!」


「ぎゃああああああ!!!」


 ふいをつかれてほほにキスされてしまったイヌペンは涙目になって、爆笑につつまれた会場内で逃げ回りました。イヌペンは逃げ回っているうちに隠れ潜んでいたサボンといつの間にか合流して、サボン父やピカリン共々みんな仲良く追いかけっこをして余興の的となったのです。その後イヌペンはしばらく絶筆しました。

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