5.サボンのおやじ
「あああーーーーーー!!!」
「あああーーーーーー!!!」
「あああーーーーーー!!!」
イヌペンとサボンとサボンの父がそれぞれ驚いたように叫びました。
「って、夢か……」
イヌペンは夢から目覚めたはずなのに、「あああ」とどこからか聞こえてきます。
「ギブ……ギブ……」
助けを訴える声が聞こえてきますが、まだ寝ぼけ眼のイヌペンには理解できませんでした。実はイヌペンのお尻の下にピーコという名のニワトリの雛が下敷きになっていたのです。ピーコはひょんなことからイヌペン家族の一員として数日前から生活しています。
「ああ~すかしっぺ」
イヌペンはおならをしてとても気持ち良さそうです。その尻の下にいるピーコは舌を出して、今にも窒息しそうな様子でした。そして悲劇は二度起こります。
「今日の二回目だ!」
ちょっぴり顔を赤らめてイヌペンは言い、連続のおならをピーコへ目がけて吹きかけました。
「あ、ピーコおっはよー! どこー?」
ベッドから飛び降りて振り向くと、ピーコがベッドに横たわっています。イヌペンはさきほどの状況を思い出し、「ビーゴー!! (悪気はないんだぞ! スキンシッペなだけだぞ!)」と涙声で叫びながらピーコへ飛び込みました。しかし勢い余ってピーコを飛び越えて、先の窓に衝突してしまいました。その窓の外において、イヌペンはいいものを見つけました。それはサボンのお父さんが、「はー」とかため息をつきながらトコトコ歩いている姿です。
サボン父は道端に落ちているお札に気付いたような素振りをみせました。挙動不審に周囲を確認し、自分のちょびひげをお札まで伸ばしました。お札をつかむとサッとひげを引き戻して、それをひげごと体の中に回収しちゃいました。その行動はまさに一瞬です。始終観察していたイヌペンはひげの有用性にひたすら感動していました。ピーコのことなどすっかり忘れて、サボン父の秘密を探ることに決めました。
イヌペンは急いで家を飛び出し、「サボンのとーちゃーん!」と叫びました。
「お。イヌペン君じゃないか。久しぶりやん」
サボン父は友達口調で言いました。イヌペンも友達口調で、「うん」と言い切りました。
「そのヒゲさわらせて~」
「ダメよ」
しかしサボン父の忠告を無視して、イヌペンはひげをつかみました。サボン父はそんなイヌペンに対して口をきゅっと固く結び、キッとにらみました。それでもイヌペンは知らん振りしまくって、つかんだひげをぐいっと引っ張りました。
「しぇいっ!!」
掛け声にも力が入ります。引っ張ったひげは何メートルも伸びました。サボン父はあきれ顔で言いました。
「こらこらっ! イヌペン君、私のヒゲをおもちゃにするでないっ!」
そう叫んだときに、ピンと張っていたサボン父のひげがにょろっと弛むと、父は「あ゛っ」と声をもらしました。イヌペンは引っ張り飽きて後ろへ振り返ると、スケルトンになっているサボン父がいました。ガラス窓のように向こう側の様子もうかがえるほどの透明度です。イヌペンは得体の知れないものを見るような眼をしながらサボン父に近づきました。
「あーん? なんで……透明に?」
透明なセミの抜け殻のようになったサボン父の体内の足元に、さきほど拾ったお札が一枚落ちていました。イヌペンは意味がわからず、「あのー……もしもーし」と呼びかけました。一歩踏み出したときに、「いてっ」と小さな声が聞こえましたがイヌペンには聞こえていませんでした。
「ぃよう、イヌペン!」
「お、サボン! いーところに来た!!」
イヌペンが言い終わらないうちに、サボンはスケルトンになっている父親に気付きました。
「おめーの父ちゃん、動かねーぞ」
他人事のように言うイヌペンに対し、サボンはどけと怒鳴り飛ばして、サボン父に近寄りました。イヌペンは素直に驚きながらも、「あんだ!? 無視しやがってえええ!」とひとりに怒りました。
「おぅぃやずぅぃ~~……変わり果てちまったなぁ」
サボンはむせび泣いて言いました。
「大切なヒゲもなくなっちまっ……」
そこまで言いかけるとサボンはあることに気付きました。イヌペンが長いひげをボールのようにまとめていることです。サボンは下から懐中電灯を当てたような表情で「こら……」とへなへな声で言ったものなので、イヌペンは思わず、「……はい」と言っちゃいました。
「これっ!!」
力一杯にサボンは言うと同時に、ひげを持つイヌペンのかわいい手を叩きました。ひげの塊はふわりと宙に浮きました。
「よくもおれの親父のことを……!!!」
「おれのおもちゃ!!!」
そして二人は宙に浮いたひげ塊を先に取ってやらんと、すばやく跳躍しました。しかし二人ともうまく行かず、頭をぶつけ合ってしまいました。ひげはその間に落ちていくのですが、その真下には都合よく上を向いて大口であくびをする体の大きな「丸いひと」がいました。
ひげは予想通り、丸いひとの口の中にゴールインしました。丸いひとはあくびをし終わると、何事もなかったかのようにすたすたと歩き去ろうとします。
「ちょっとまてー!」
「なにさ」
サボンに呼び止められた丸いひとは、振り向いてそういいました。「口をあけれ」とサボンに命じられると素直に口をあけました。そこにはあと1センチメートルでのどの奥に行ってしまう場所に、ひげが引っかかっています。それをみたサボンはなりふり構わず丸いひとの口へ飛び込み、ひげを引っ張り出しました。
「ふえーん、なにするのさーっ」
丸いひとは涙目で訴えました。その時どこからか声が聞こえます。
「もうやめろ。私は平気だ。……下」
そう聞こえたのでサボンは足下を確認しました。そこには手のひらサイズのミニサボン父が突っ立っています。
「おや……じ?」
「そ」
サボンは父が生きていたことに感動しましたが、すぐに冷静になって言いました。
「もとにもどれよ」
「よし。じゃあそのヒゲを、私の本体の鼻の穴からいれてくれ」
「つーことで丸いひと、もう一回口をあけれ」
「ええーん。やめるんじゃなかったのおー」
数分後、丸いひとの口からひげをすべて取り出しました。丸いひとにはもう用がないので、イヌペンはだるそうに言いました。
「もういーよ。しっしっ!」
「『しっしっ』って……そんなこというなよ……」
そう丸いひとはいい残して、泣きながら去って行きました。
ひげを本体に詰め終えたサボン父の体は、スケルトンから元の肌つやへ戻りました。サボンは次にどうするのと、父に聞きました。
「私を口の中へいれる。鼻からでもOK」
そういい終えると、サボンを伝って自ら本体の口の中へと入りました。こうして復活したサボン父とサボンは、ひしと抱き合いました。
「あら。ヒゲがたるんでるな」
気がかりなことをサボン父はつぶやいたのでサボンは心配しましたが、父が微笑んだのでほんの少し安心しました。
イヌペンは今回の事件でサボン父のことを少し理解できたようでした。でもピーコのことを理解できるのはまだ先のようです。