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4.ライビンの預かりもの

 ちょっと前のことを話そう。すったもんだがあって、自作の大壺に自分の下半身を突っ込んでしまって脱け出せなくなってしまったことだ。その場に友人二人が居合わせていたのだが、知らん振りして帰ってしまうという、なんとも冷たい行動をとりやがった。小便も漏れそうで仕方なかったが、運よく家の者が駆けつけてくれて無事助かった。そのときに壺は割れてしまったけれどこれでいいんだ。もうあのようなみじめな思いはしたくない。

 朝五時、それはライビンがいつも起床する時間です。彼は夜露に濡れた窓を開けて、涼やかな空気を浴びながら大きく伸びをしました。見っともない寝ぼけた顔をして「ああ……そしてまぶしい朝日が肌を差す」などと誰かに語るわけでもなく独り言を言いました。

 そんなライビンは五分間ほど日光浴をしてから、ある部屋の前へ移動しました。そこへ到着したライビンはゆっくりと目線を上げますと、一際大きなドアがそびえ立っていました。その奥からは周囲の物音をすべて飲み込まんばかりの重い気配があります。ライビンはちょっぴり武者震いしました。用意しておいたドッグフードを片手にし、ドアを開ける準備をしました。ドアの左端にはライビンと同じ背の高さのドアノブがあり、ドアを押し開けるたびに、冷たく、重く、錆付いた音が響きわたります。ライビンはもう少しだけドアを開け、真っ暗な部屋に一言問いかけました。


「おーい、朝ごはーん」


 ほんの少し間があったのち、部屋の中央床の辺りからクモの巣状のヒビがはいり、そこの隙間から得体の知れない生物がにゅるりと現れました。その大きな生物はまるでクマの頭部だけがゼリー状になった姿です。この生物はライビンに何故自分を呼び起こしたのか尋ねました。意外な場所から出てきた生物を見てしまって、ライビンは暫らく放心していましたが、お前のために朝飯持ってきたぞと偉そうに答えました。すると生物は顔を緩めて、「本当! 僕嬉しぃ~っ」と大声で叫びました。ライビンはその隙をついて静かに部屋のドアを閉め、生物の体格の割にはさびしい朝食をドア前にぽつりと置いておきました。

 ライビンがいない事に気が付いた生物は次にエサへ目をうつすと、このような量のエサではすぐに息絶えてしまうのでもっと山盛りと欲しかったのですが、それ以前に小型犬用のエサ入れに四分の一の量のエサ、というのがどうにも納得がいきませんでした。


「ちっと少なすぎねーか、こんちくしょ!!!」


 一気に怒りがこみ上げ、生物は貴重なエサをぶん投げました。それだけでは怒りは収まらず、壁に体当たりするなどの八つ当たりをしました。実を言うとライビンはこの一部始終をドア越しで傍聴していました。しかしライビンはこのような八つ当たりを聴きたくて盗み聞きしていたわけではなく、久しぶりに自ら腕を振るった料理を食べてくれるかどうか知りたかっただけなのです。家人にも評判の腕前ですが、気取って量を減らしてしまったのがいけなかったのかなと、ライビンは思っていました。


「今度会ったらタダじゃ済ませねーぞ」


 急に重低音の振動が響き渡りました。ライビンはだからヤなんだよ預かり物はと、体を恐怖で震わせながら反抗しました。そしてひっそりとその場を離れようとしました。


「どーしたの、浮かない表情して。何だったら僕が君を慰めて、癒してあ・げ・る」


 イヌペンがエロ親父のような目つきと、おんなのこっぽい喋り方でライビンにそっと言いました。イヌペンの登場によって、その場の空気が止まりました。間があけると、ライビンはヤンキー顔負けのにらみつけをして答えてあげました。


「何で許可なくオレんちにあがってんだぁ? あーん?! 不法侵入で訴えっぞ」


 ライビンの大迫力の演技にイヌペンは圧倒されてしまいました。しかしイヌペンは、ちゃんとした理由があってライビンの家へ上がりこんでいたのです。


「この前のお返し。ライビンも勝手にオレんちに侵入したでしょ」


 ライビンはさきほどのにらみつけで姿勢を崩し、そのままごてっと前方へ倒れてしまいました。ライビンは横着して自力で起き上がろうとせず、イヌペンに助けを求めましたが、肝心のイヌペンはいつのまにか姿を消していたのです。




 イヌペンはあの生物の住むドアの前に居ました。ドアの中央には「ぺろのへあ」と書かれた表札がぶらさがっていました。イヌペンは直感的にぺろの部屋へ侵入してみました。すると、ぺろは未だに怒りに燃えていて地団駄していました。イヌペンを発見したぺろは、暴れ体勢のままじりじりとイヌペンの方向へ近づいていきました。イヌペンはぺろを気遣うかのようにちょんっとその体に触れました。しかし、すぐにぺろに踏み返されてしまいました。相当の体重を持つぺろに踏み潰されたのにもかかわらず、イヌペンは痛い顔をひとつもせずに、


「君。落ち着いて。わけを言ってごらん」


 と、落ち着いた優しい声でいいました。ぺろはさっきまでの行動とは打って変わって急におとなしくなり、泣きながら事情を語りました。


「……偽の主人が、めし、くれないんです」


 この事情は当然深刻だとイヌペンは感じました。


「ぺろ。ちょっと待ってて」


 イヌペンはそう言い残して、ぺろの部屋を去っていきました。



 しばらく経ったでしょうか、イヌペンはぺろの部屋へと戻りました。ライビンの家の食料庫からスルメを失敬してきたのです。ぺろに差し出すとおいしそうに食べてくれました。まるで自分の手料理だと言わんばかりに「どう?」と、ぺろに尋ねました。


「量は少ないけど、なんだかお腹がいっぱいになったよ!」


 ぺろはご満悦でした。はっはっと息を切らしながらイヌペンの小さな手をつかみ上げ、「主人になって!」と、お願いしました。イヌペンは快く承諾しました。

 その頃、ライビンはいまだに転んだ状態から変化がありませんでした。一度寝そべってしまうと、わがままボディをもつ彼にとって起き上がるということはとても面倒くさいイベントに過ぎません。起き上がるための手立てを尽くしきった彼にはあきらめムード一色になりました。それでも偶然に体が横に揺れると、年に一回の奇跡が舞い降りたのか、起き上がれそうな雰囲気になりました。


「お!」


 舞い上がった口調で喜びを表しましたが、べしっという鈍い音がするとともにライビンの体は宙に浮きました。


(ん? 何だ? すごいスピードで360度の景色が見えるけど……。あ。ああ。オレは回ってんのか。それも空中。イヌペンとぺろがものすごいスピードで走ってんな。イヌペンのやろう、ぺろを勝手に外へだしやがったな!)


 豪快にぺろに跳ね飛ばされたライビンは、着地がうまくいかず転んでしまいました。


「っつーかイヌペン! ぺろを部屋の外へだしてどうする気だぁーっ!?」


 口を大きく開け、体をゆすりながら叫びました。


「もらう」


 予想もしなかったイヌペンの答えがライビンの耳に飛び込みました。


「そいつはっ、ある人から預かったっ、大切なペットなんだぜ~」


「知るかボケ」


 焦るライビンをよそに、イヌペンはぺろを連れて家の外へ楽しそうに駆けていきました。




 イヌペンとぺろは敷地内で走り回りました。


(外で走り回るのたのしいなあ。なんでぼくは毎日部屋の中へ閉じ込められてしまうんだろう)


 暫らく経ったとき、ぺろは何を思ったのかいきなり立ち止まりました。ぺろをつなぐリードを持ったイヌペンは急に止まれずに、ぺろの体にぶつかってしまいました。イヌペンは「どーしたん?」といいながら起き上がると、ぺろの姿がこつぜんと消失していました。


「ぺろ!? ぺ……ろ……? どこいっ――」


 イヌペンは周囲を見渡して、その視点のとまった先には怒り爆発のライビンが遠くに映っていました。それがだんだんと大きくなり、イヌペンの真正面にそびえ立ちました。イヌペンはやってしまったという気持ちを隠しきれずに「はは」と言い、ライビンも「はは!」と半ギレで言いました。


「ははは……」


「ははは、じゃない!!!」


 ライビンは地面の土ぼこりが全部なくなってしまうくらいのため息をこぼしました。そして威厳をとくとみせつけるように、絶叫しました。


「あれ、偉い人から預かっているペットなんだぞ!」


 ライビンはイヌペンの頭に思いきり二段アイスクリームをつけました。

 そこにぺろの本当の飼い主が現れました。「おや!?」といいながら近づいてきます。最悪なタイミングで現れたぺろの飼い主に、ライビンは顔を引きつらせてわななきました。モアイ像のような顔つきの飼い主なので近づきがたい存在にも思えますが、イヌペンは穏やかな心の持ち主なのかなと勝手に思っていました。


「まさか……その表情からみると、なんかぺろにヤバいことがあったんかい!?」


 飼い主は目玉をぎょろりとさせて言いました。


「やだなぁもおー。そんなことあるわけないでしょう!」


「嘘つき」


 ライビンにとっての痛恨の言葉がイヌペンから言われてしまいました。飼い主はすかさずイヌペンに理由を問いただし、それにイヌペンは答えます。


「こいつぺろを逃がしたのに、『そんなことない』って言ってる!」


 イヌペンはライビンを指さして罵倒しました。逃がした張本人のイヌペンに強く出られるはずのライビンは、なぜか自己嫌悪や責任感を感じてしまいました。真っ青になってゆくライビンをよそに、イヌペンはしてやったりと胸のうちで喜んでいました。飼い主は体を震わせながら徐々にうずくまり、極限に達した瞬間に滝のような涙をこぼしました。ひとしきり泣き終ると、すっと立ち上がり、うつむいたままライビンをひょいと持ち上げました。


「どこへ逃がした!!」


 ライビンは弱々しく首を振って否定しました。その行動をした直後、飼い主はライビンを脚蹴りしました。ライビンが否定するたびに脚蹴りをしました。イヌペンはこの様子を静かに見守るだけで、ちっともライビンを助けようとしませんでした。ライビンは虫の息になり、「知らないって……」とだけ言い続けていました。するとイヌペンはライビンに近づいて言いました。


「今のうちに本音を言ったほうがいいんじゃないの?」


「……おま……が…………」


 ライビンは力を振り絞って真実を語ろうとしましたが、痛めつけられて声がでませんでした。イヌペンは一瞬ひきつったような変顔をして、しらを切りました。


「まだしらを切るつもりかーっ!」


 飼い主はそう罵り、怒りに任せて脚を振り上げました。


「やめて!!」


 ぺろの突然の声に、飼い主は耳を疑いました。木陰に隠れていたぺろは猛然と山のほうへ駆けていきました。飼い主とイヌペンはぺろを続いて追いかけました。



 夕暮れどき、ぺろは逃走しているさなか、散歩していたサボテン親子の父親にふいにぶつかってしまいました。サボン父は「どうしたんだい? そんなに急いで……」と、ぺろに質問しました。胡散臭いちょびひげをはやした親父に、ぺろは悩みを打ち明けようとしました。しかしサボン父は悩みを聴いた風に「そ」といいながら、散歩の続きをしはじめちゃいます。そこへ駆け寄ってくるイヌペンとぺろの飼い主が現れました。イヌペンはサボンにぺろを捕まえてとお願いし、サボンは後ろへ振り返ると、哀しげな表情をするぺろがいました。ぺろは唇をかみしめて、また走り出しました。


「放っておけ。関わるとろくな事がないぞ」


 サボン父はサボンに素っ気ない態度で言い聞かせました。サボンはそう思いつつも、放っておけない気持ちになりました。飼い主は自分はぺろに嫌われていたんじゃないかと、涙を流して悲観的に考え込んでしまいました。この様子を見てサボン父も考え込む様子だったので、サボンはもうひと押ししました。


「おやじっ! これでも放っておいていいと思うのか!?」


 サボン父は目をキッとさせて叫びました。


「伸びろ! ひげ!」


 掛け声には特別な意味はないのですが、本当に父のひげは伸びてぺろを拘束しました。このような特技を持っているとはイヌペンはおろか、サボンも知りませんでした。サボン父はひげをより戻そうとするのですが、ぺろの抵抗によって逆に伸びて行っていることを息子に指摘されました。イヌペンはサボン父に素朴な疑問をぶつけてみました。


「そのひげって、どこまで伸びるの?」


「地球を一周できる長さはある……と思う」


 イヌペンはサボン父の体内の様子を想像しました。体の中が全部ひげでつまっている状態です。サボン父が努力していると飼い主が割り込んできて、父のひげをチョキンと勝手に引きちぎってしまいました。


「バカなあんたらには任せていられません。このひげをつたって行こうとするよ。私は頭いい」


「バカだとぉ!?」


 サボン父は大人気なく飼い主にぶつけました。そして飼い主が見えなくなるとさらに愚痴をこぼしました。


「私のひげを断ち切った挙句、バカとは。だから放っておけと私は言ったんだ!!」


 サボンは父を慰めつつ、散歩の続きをしました。飼い主とぺろが再会できたのはサボテン親子の散歩がおわる前のことです。


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