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3.目だし帽の窓から

 天気の良いある朝のことです。イヌペンの管理しているいくつかの植木鉢から芽が出ていました。それを見かけたイヌペンは春の予感を知ったのです。どんな花を咲かせてくれるかなあと呟いているイヌペンの横を丸いものが猛スピードで駆け抜け、それは植木鉢へとナイスインしました。イヌペンはやけに落ち着きまくって、ニコニコしながら丸い物体を片手で持ち上げました。その下には丸い物体のせいでぺっちゃんこになった芽がありました。それにも関わらず、何事にも鈍感で穏やかなイヌペンは笑顔を絶やしませんでした。そのまま家の中へ入っていき、ようやく怒ったっぽい素振りをみせました。


「あーっ! 誰だオレの大切な芽の命を奪ったやつは! でてこいボール投げたヤロー!」


「あのー」


 ほぼ同時に、感情のない声が家中に響きました。イヌペンは腹が立っていたので、


「ああ!? ボール投げたやつだったらぶっ殺すっ!!」


 と、荒っぽく言いました。しかしすぐに冷静さを取り戻し、「で……誰?」と、窓を開けました。すると、パンツ一丁で筋肉もりもりのムキムキのマッチョな、目だし帽をかぶっている怪しげな男が眼前に突然現れたのです。そんな圧力満載の男を目の当たりにしてしまったこともさることながら、ボールといったら豆っぽい人だと相場が決まっていたものなので、のど元まで込み上げてきた怒りが腑の底まで落ちていくさまをイヌペンは感じたのです。


「このへんにBALL飛んでこなかったか」


 なぜかボールの発音がよかったのですが、イヌペンはなんとなく敬語で答えました。


「え? あれは貴方様のおボールで?」


 イヌペンはわざわざボールを拾ってきて、「これでございますか?」と言いました。怪しげな男はボールを受け取ると、「どーも」と言って帰って行きました。イヌペンがふうとため息をつくと、後ろから声がしました。


「ボールを投げたやつをぶっ殺すんじゃなかったのか? そんな気がないなら最初から言うなよイヌペン」


 イヌペンはびくっとしました。いつの間にかイヌペンの背後にライビンがいたのです。


「っていうか、勝手にひとんちに入んなよ。……で何のよう?」


 ライビンは少し緊迫した表情で言いました。


「単刀直入に言う。サボンが行方不明だ……」


 それを聞くとイヌペンはちょっとあきれ顔をしました。


「ったく、サボンは次々と事件を起こすんだから。もう!」


 ライビンはサボンの行きそうな場所をイヌペンにたずねました。しかし真剣さのないイヌペンはふざけた事をいうばかりで、なんの収穫もありませんでした。ライビンは他の人にもサボンの行方をきいてくると言い残して、立ち去っていきました。イヌペンも家の中へと戻りました。

 ほどなくしてどこからか悲鳴が聞こえてきたのです。イヌペンは全神経をその方向へむけ、音の聞こえてきた窓の外をのぞきました。そこには、さきほど出会った怪しげな男がかぶっていた目だし帽だけが、もぞもぞと動いていたのです。真っ青になったイヌペンがあっけにとられていると、それは「ぎゃっ」と静かにいいました。イヌペンは目だし帽の中に誰かが居るということを悟って、「助けてほしい?」とききました。それが「うん……」と言ったので、イヌペンは結ばれた目だし帽をほどいてやると、そこから現れたのはサボンだったのです。


「どうしたの?」


 イヌペンは当然ききました。


「実はさあ、家に居たら変なマッチョが入ってきて、抵抗する間もなくマスクに閉じ込められたの!」


 サボンが悠長に説明をしていると、突然イヌペンは震えだしました。それを見たサボンはおしっこしたいんかなーと思いながらも、「どーした?」と問いました。するとイヌペンはとある方向へ指を差し、その方向をみてみると例のマッチョが間近にいたのです。マッチョは重低音の微笑みが止まりません。サボンは一瞬にして今の状況を理解し、おもいっきり「あああああ!!!」と叫びまくりました。驚いたサボンは気絶し、それにつられてイヌペンも一緒に気絶してしまいました。



 イヌペンが目覚めたときの状況は、近くにサボンの気配があることと、体全部隠れるくらい大きな目だし帽に包まれている事がわかっただけです。何も見えないのでどんな場所に連れて行かれたのかもわかりません。どこからともなく低くて太い、しゃがれた声が聞こえてきました。


「……手間とらせやがって」


 捕らえた二人を冷たく見下ろすマッチョマンが言いました。イヌペンははっきりと反論しました。


「あのときボール拾ってやったじゃん! なんでこんなことすんだよ! 助けろよ!」


「ダメだ」


 マッチョな男は即答しました。するとイヌペンは甘ったれた声で言い返しました。


「おーねーがーい」


「ダメだ。可愛いこぶっても」


「こんなことする理由くらい教えてくれてもいいじゃん!」


「ダメだ」


 イヌペンは悔しさでいっぱいでした。そのとき、となりのサボンの様子がおかしいことに気付きました。いくら呼びかけても返事がありません。ただもっさもっさとうごめいている音がするだけです。イヌペンはそんなサボンを放っておいて、別のことを考えました。


(ライビンはそばにいるのかな。いや居ないな……。どうやったらうまく逃げられるかなー)


 ひとつの考えを思いついたイヌペンは、男につげました。


「あのー……となりの友だちがおしっこしたいって」


「うそつけ」


 あっさり男に見破られてしまいましたが、イヌペンは負けずに言いました。


「ほ、ほら、うなずいてんじゃん!」


 本当はうなずいていませんでした。それを聞いた男は、


「じゃあ、一緒にトイレにいってやりな!!」


 そういって二人を蹴り飛ばしました。ただ蹴られただけなら良かったのですが、二人の居た場所は都合よく崖っぷちだったのです。そのままイヌペンとサボンは崖から落ちていきました。落下するスピードで二人は目だし帽から脱出できましたが、サボンは気を失っているままでした。


「サボンっ!!!」


 イヌペンは叫びましたが、サボンの気付く気配がひとつもありません。崖下には大きな岩がありました。イヌペンはとっさにサボンをつかむと、やわらかな茂みのほうへ押しとばしました。


(サボン……無事で……!)


 そう思った瞬間にドカッと鈍い衝撃が響きました。



 森の茂みの中にサボンはいました。茂みにぶつかった衝撃でようやくサボンは目覚めました。


「あれ……? オレはどうして……ここは? イヌペンたちは?」


 ふらふらとしながら茂みを抜け出しました。目の前には大きな岩々があり、その地面の下に傷だらけのイヌペンが横たわっていました。サボンはその光景をみるやいなや、イヌペンを慎重に担いで病院へと走っていきました。



 病院でイヌペンの緊急的な治療が行われました。まもなくして治療室からイヌペンは担架で簡単な個室へと運ばれました。包帯だらけですがイヌペンは大事には至らなかったようです。意識を取り戻したイヌペンは、同じく包帯姿のサボンに声をかけました。


「あ……サボン……良かった、無事だったんだね……」


「なに言ってんだよ……自分が……そんな怪我してさ……」


 サボンはじわっと涙が出てきちゃいました。感極まったサボンは、か細くありがとうとイヌペンに感謝しました。


「いーの、いーの」


 イヌペンは微笑みかけました。思い出したように続けます。


「そういえば、あのマスクはどこ?」


「マスク?」


 サボンは感動の余り目だし帽や男のことを忘れかけていました。


「うん、ほら、あのマッチョのマスク……」


 それを聞いてようやくサボンは思い出しました。多分あの崖下にあるんじゃないかと伝え、そしてマスクがどうしたんだとイヌペンに聞きました。


「ほしい」


 イヌペンは大きくはっきりいいました。サボンはなぜ目だし帽が欲しいのかさっぱりわかりませんでしたが、命の恩人のお願いなので目だし帽を拾ってきてあげることにしました。イヌペンはすかさず「あんがと!」とお礼を言いました。



 あのあと、イヌペンの家にはいい感じで目だし帽が飾られていました。マッチョマンの行方や目的はいまだ謎のままですが、風のうわさによると、荒くれ者の集団が地下に潜伏して良からぬことを企んでいるようです。

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