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2.サボン

 名はサボン。好きな食べ物はアロエ。尊敬する人は親父でございます。


 ある日、彼はあることに気が付きました。それは家族以外と体全体で触れ合ったことが生まれてから一度も無いことです。サボンが思うに、その原因は自分の体に無造作に生えている針のような鋭い体毛だと考え、今まで誰に対しても握手を断られたことを納得できました。サボンはこの事実を心の広い脳天気なイヌペンに打ち明けようとしました。一番親密に接しているイヌペンなら、この悩みの良いアドバイスを語ってくれるだろうとサボンは思い込んでいました。


 早速サボンはイヌペンの家へトコトコと歩き向かいました。歩くこと数十分、そろそろイヌペンの家が確認できる範囲までやってきました。イヌペンはというと、外をうかがえる窓の片隅に隠れ、警戒の眼差しでじーっと外界を凝視します。サボンはこんな状況でも躊躇せず窓際まで近づき、あのさ~と気楽にイヌペンに話しかけました。イヌペンは何のこっちゃと思って、一気に雨戸を引き始めました。サボンが「ちょっと相談……」と言いかけているのに対して、イヌペンはサボンと話しているぐらいなら他の用事を優先しようと考えていました。サボンは無口な雨戸を目の前にして、微量にアドレナリンを分泌させてしまいました。


「おい。イヌペン。あけれ!」


 語頭がドスの効いた声になってしまいました。イヌペンはこの重低音にちょっぴり動揺して、10センチメートルほど雨戸を開けてやりました。サボンはそのときにイヌペンの表情を目撃したのですが、ありえないほど目がすわっていたのです。しかしそんな表情は瞬く間ににこやかな顔へと変化しました。


「そーだん? ……何の?」


 この言葉を受けてサボンは待っていましたと言わんばかりに、つくり困り顔をさらけ出しました。そして小声で、「オレって……痛い?」と問いかけました。イヌペンはこの質問に関しては返答しがたい立場にありました。


「痛いって何が?」


「この、オレの体毛」


「あ、あー……痛いよ」


 サボンは改めてこのような問いかけをした理由を話しました。


「オレ……今の今まで家族以外と握手とかの触れ合いがないことを、いまさら気付いたんだ。こんなオレだって家族以外のひとと握手とかしてぇよ」


 イヌペンは珍しく深刻なサボンを見てちょっぴり同情をしてしまいました。サボンがこんなに家族以外のひとと握手したがるなんて、さぞかし家族と握手三昧だったのだなと想像しました。イヌペンはかわいい小振りな片手だけを、黙って窓の外側へと放り出しました。その手は不安によって震えつつも、やってやるぞという決意さえ感じ取れました。サボンはその様子からイヌペンの一大決心と受け止め、やけに感情的になって男泣きしちゃいました。しかしその直後、サボンは思いもよらないことを語ってしまいました。


「イヌペン……お前、やっぱり手、みじけーな。かわいそーっ」


 イヌペンはもちろんこの暴言を耳にしており、サボンの事を一時的に同情していたことを後悔し、同時に苛立ちがこみ上げてきました。


「ライビンと握手しやがれっ」


「えっ!!」


 サボンはとても鈍感でした。この世の中には言っていい事と悪い事があることが常です。サボンはこの掟を大いに破っちゃいました。なのでそれなりの制裁を受け止めなければなりません。イヌペンはサボンを精神的誅戮をするような詩を大声でうたいました。



題/いぢめっこ 作詞/イヌペン


サーボーンはー


嫌みをゆうー


※嫌みいや~っ 嫌みいや~っ


サーボーンーはー


いぢわーるだー


※※いぢめっこー いぢめっこー


※くりかえし


※※くりかえし



 イヌペンは歌い終わった後も、サボンが何か喋るまでずうっと軽蔑の眼差しを向けていました。しょうがないのでサボンはさきほど吐いた暴言のことを反省しました。


「ごめん。んなこと言わずに握手しようよー、なっ!?」


 イヌペンでも親友に対しては優しいので、サボンの生半可な反省で許してやりました。イヌペンは再度、窓から片手だけを外へ出しました。サボンは片棒をあげて握手しようとしました。サボンは初の他人との握手なのでドキドキものでした。そして二人は握手をあっさりと交わすことに成功しました。サボンは嬉しい絶頂に達しました。ところが、サボンと握手を交わしたことによってイヌペンの身に異変が起こったのです。サボンは恍惚の表情を浮かべるイヌペンを見て、少し焦ってしまいました。


「どーしたイヌペン!!」


「あ……き・も・ちハー」


 イヌペンはサボンと握手して悔いはなかったようです。そして、サボンは目的を果たしたので、さっさとイヌペンの敷地から去っていきました。



 サボンが去ってからというもの、今日は天気が良いので、イヌペンは気晴らしにと散歩をはじめました。緑が鬱蒼と生い茂る小路をイヌペンは散策しています。そしてサボンと握手した件を独り言風に囁きました。


「だけど以外だったなあー……あんなに気持ち良かったなんて思ってなかったっすよー」


 しばらく歩いていると、イヌペンの目前へサッカーボールが軽快な音を出しながら弾み転がってきました。イヌペンはどうせすぐに誰か拾いに来るだろうと、これを別に気にしなかったのですが、しばらく経ってもいっこうに誰も現れないので不思議に思いました。なにげにイヌペンはサッカーボールを触れた機会が一回も無いので、好奇心のあまりついつい触ってしまいました。サッカーボールに触った瞬間、激しい刺痛を覚えました。その痛さのあまり、ボールから反射的に跳び避けました。ところが、たちどころにその痛みはやわらぎ、副作用の催しもこの時はまったくありませんでした。


 イヌペンはこのボールを不審に思わずにはいられませんでした。じーっと見つめていると、急にボールはしゅ~と空気が抜けた様子になり、ぺちゃんこの皮一枚だけになってしまいました。イヌペンは呆然と立ち尽くしているところへ、ボールの持ち主であろう人物がようやくやってまいりました。その人物は以前みかけた豆っぽい人によく似ていましたが、性格はまったくと言っていいほど似ていませんでした。豆っぽい人はどうやらさきほど転がってきたサッカーボールを探している様子で、イヌペンに見覚えがあったかどうだか確か目に来たようです。イヌペンはとっさに元サッカーボールを脇の下へ隠しました。そして、イヌペンは裏声で「ないよ!?」と明らかに疑わしい答え方をしちゃいました。更に動揺したイヌペンは「見つかったらやばい!」と、小声で言うはずが普通に喋ってしまい、豆っぽい人が「何が?」と、さり気無く訊いてきたのでイヌペンはやりきれない気持ちでいっぱいでした。


 こんな切羽詰った時に「ヤツ」がやってきたのです。彼は垂れ目であり、ストレスフリーの空気をまといつつ、イヌペンの意表をついてイヌペンを軽々と抱きかかえました。


「何しやがる!」


 イヌペンは他人に軽々と抱きかかえられるのが大変屈辱らしく、激しく反抗して「ヤツ」から離れようとします。しかし「ヤツ」は、そのままイヌペンを抱えたままその場から逃げ去りました。この時にサッカーボールの皮を不覚にも落としてしまいました。イヌペンは必死にサッカーボールを隠していたのに、「ヤツ」に連れ去られたことによって無駄な努力になってしまったことに苛立ちました。


「あった、あった!」


 ボールの皮を見つけたっぽい豆っぽい人のひょうきんな声が聞こえました。イヌペンはこの時、あのつぶれたボールを見てどうして喜んでいるのか理解不能でした。なんと豆っぽい人はいつの間にか同じようなサッカーボールをすでに持っているではありませんか。そしてイヌペンに感謝の言葉を述べました。イヌペンの頭の中はなぜかサボンのことでいっぱいで、ますます現在の状況判断ができない状態となったのです。イヌペンは「ヤツ」の手の内からなんとか身を振りほどき、ふらふらとどこか彼方へと消えていってしまいました。



 サボンの家――


 午後一時頃、サボンは何かの気配を感じ取って窓越しから外を伺うような行動をし、率直に言えばイヌペンと同じ真似をしました。その視線の先には、ふらふらとこちらへと近づいてくるイヌペンの姿がありました。イヌペンはサボンが自分と同じ行動をしていることに気付き、「オレの真似はするな!」と注意しました。サボンは案外素直に聞き入れました。サボンは窓をがらっと開け、イヌペンに何しに来たんだと軽い感じで訊ねました。するとイヌペンはあごを引いて、「お前さあ……『触ると痛いボール』って知ってる!?」とおどすように言いました。サボンはいかにも焦った口調で答えました。


「ま、まさか……『とげボ~』に触っちまったのか?」


 イヌペンは急に気楽な感じになって、「その通り」と返答しました。同時に、その「触ると痛いボール」の名称が「とげボ~」だということに理解しました。サボンは引き続き質問をします。


「その『とげ』に触れちまったのか?」


 イヌペンはこの質問に胸騒ぎを覚えました。しかし片方の脳がそう思っていても、もう片方の脳がめっちゃ気楽で脳天気なので変に混乱したのです。しかしながら、まだ正常な脳の思考が強く、ぎりぎりアウトな返答をすることができました。


「ねえ……サッ、サポン……さされれっと……ど……ど、どーなんんのさ……っ……」


「いちタスいちは?」


 サボンは即質問しました。イヌペンは当たり前じゃんと言わんばかりに胸を張り、腕を腰に当て中位の音量で言いました。


「じゅ~いち。に、決まってるじゃん!」


「じゃあ、オレの名前は?!」


 サボンは諦めていました。なぜならもうイヌペンは、ある症状にかかっていたからです。


「ライビン」


 サボンは、イヌペンにビシッと片棒で指し、語りました。


「つまりっ! 時間が経つに連れて、いままでの記憶がドンドン薄れてくっつーことだ!!」


 イヌペンはこの言葉にだけは素直に反応でき、ひどく顔を蒼くして口を大きく開けてしまいました。そして半泣きで言います。


「どしたら治んの?」


 すると、サボンはイヌペンのもとへ駆け寄り、オレの顔に注目しろよーと目で訴えかけ、ある行動をとりました。鼻の穴を大きく開き、勢いよく息を噴き出しました。同時に垂れ目にしてとても優しそうな雰囲気を醸し出しました。このようにしてサボンはイヌペンに手本を施し、この行動をやるように仕向けました。イヌペンはこのような無意味そうなことをやるのは少々嫌でしたが、ワラにもすがりたい気持ちもあったので、やってみたところ意外にも気に入ってしまいました。実をいうと、この行動をとってもイヌペンの症状は治りません。ではなぜサボンはイヌペンにこの行動を仕向けたかというと、ただ単に己の快楽だけを独り占めに満喫したかっただけなのです。サボンが急に後ろを向き、体を小刻みに震わせているのをイヌペンは見ており、不思議でしかたありませんでした。


 サボンはやっと落ち着いて、「ごめん。間違いだわ」と言ってまた違う快楽を満喫を味わおうとします。イヌペンは本気でこの症状を治したい一心なので、サボンが陰でこそこそ笑っている行動なぞまったく気に止めていませんでした。サボンの快楽時間は一時間にもわたって続きました。




 午後二時三十四分頃――


 サボンはそろそろ本当の治し方を教えてあげようと思いました。


「じゃあ、最後の手段だ。また『とげボ~』の角に刺されてみろ」


「うし。やったる!」


 ちょうどいい時にまたあのサッカーボールがどこからともなく、イヌペンめがけて転がってきました。サボンは念を押すかのように「イヌペン」と声をかけました。それに気付くと、イヌペンはピースサインをして、分かっていると力強い口調で答えました。しかし次の行動として、間違いだらけのサボンの娯楽手順を実行してしまいました。


 イヌペンがもたもたしているうちに、豆っぽい人に似ている人が幼稚っぽい喋り方で、「あのー、早く投げてくらさーい」と言い放ったのです。サボンは、イヌペンの耳元で本当の手順を再度助言しました。イヌペンはそれを聞き、勇気を振り絞って手を震わせながらそおっと「とげボ~」に触れました。その瞬間、「とげボ~」は本性を新たにし、サボンは「とげボ~」となぜか目が合いました。しかし、サボンは気分的に気が立っていたものなので口を固く結んでにらみ返しました。


 豆っぽい人に似ている人は、じれったくなって怒りながらイヌペンへ近づき、ひょいっとイヌペンの手の中からボールを奪い取りました。そして、きらびやかな汗を残してどこか彼方へと去って行きました。サボンは俺のおかげであいつは居なくなったのかなと、心の中ですこし自分を誉めていました。ふとイヌペンを見てみると、コンパクトに丸まっているイヌペンが居ました。サボンはなんかおかしいなと思い、考察した後イヌペンに「どぉーした? イヌペン」と心配げに語りかけました。するとイヌペンは少し間をおいて、重い口を開きました。


「あぁ?!」


 イヌペンはいきなり泣き顔になって泣きじゃくりました。と思ったら急に泣き終わって、腹を抱えて笑いまくりました。イヌペンは突如に壊れてしまったのです。サボンはイヌペンの感情の変化についていけなくなり、とうとう困り果ててしまいました。するとそこに、ライビンがひょっこりやってきました。多分イヌペンとお茶をする予定で来たのでしょう。ライビンはこの様子を静かに観察して、結論を下しました。


「これは……その副作用だな」


「んじゃあ、記憶は回復したけど『喜怒哀楽』が激しくなってしまう副作用があったっていうこと?」


 サボンの心配ごとに対し、ライビンはそうだと言わんばかりに真面目な表情でうなずきました。サボンは本当の治し方だとてっきり思い込んでいた方法が、少し欠点があったとなると焦りが込み上げてきました。


「んじゃどーすればこの副作用は治んだよ!!」


 ライビンはこの質問の答えを考えに考えました。


「……がんば!」


 ライビンにもわかりませんでした。そしてライビンは「オレ……何しにここに来たんだっけ?」と思いながら、自宅へと足早に帰って行きました。サボンは絶望しました。


「がんば! ってあんた……」


 サボンはこのまま固まってしまいました。ほどなくしてイヌペンは我に返りますと、ぴくりとも動かないサボンを見て少し珍しく思いました。そしてなめるようにじっくり観察した後、サボンが突然息を吹き返しました。何やら独りでにキレている様子で、背中を反り返しヘッドバッドのような素振りをしながら、意味不明な言葉を放ちました。


「れ!! こんちくしょ!!」


 サボンはライビンがいまだ居るものだと思い込んでいたみたいです。サボンはやたら醒めきった空気の中、目をぱちぱちさせて、まわりをきょろりと見回しました。


「ライビンが居ない!?」


 やっとサボンはテンションが元に戻りました。一人ぽつんと突っ立っている冷静なイヌペンを見て、


「あれ? ライビンは? そんでもって、なんであんた治ってんの?」


「いや、僕に訊かれてもわかんないって」


 ハテナマークがサボンの頭の中でタコ踊りをしていました。イヌペンはこの様子を見て、よくある現場のアナウンサーっぽくなりきってみました。


「え~、こちら道端で意味不明な言葉を言っている、頭が変なサボテンを発見しました。早速、ライビンさんが居たら訊いてみましょう。ライビンさーん、ライビンさー……あ? なんであんたが居んの?」


 この時ライビンは用事をついに思いだし、イヌペンのところへ戻ってきたのです。しかしイヌペンが見たものはライビンではなく、なんかどっかで見覚えのある人物でした。そう、それは「ヤツ」です。目がくっついてて垂れ目で、率直に言えばボケッ面をした猫です。しかし、その猫は「は?」と耳が遠い老人のような返答をして、前方へスライドしながら去っていきました。イヌペンはこの謎の空気を押し退け、気を取り直してライビンにインタビューしました。


 ライビンは適当な顔つきでこう言いました。


「恐らくこれは……単なる『アホ』だな。一生治らん」


 こうしてこの場はまるく幕を閉じました。そして一ヶ月後……。



 イヌペンはサボンのアホの見舞いにと、サボンの自宅の前まで来ていました。別に見舞うほどのことでもないのですが、とにかくお見舞いという行為がしたくてはせ参じたのです。そして誰にも気配を悟られていないことを確認し、サボン宅地内へと不法侵入を図りました。しかしイヌペンの読みとは裏腹に、サボン家の窓のカーテンのスリットから怪しい目がぎらぎらと光っていたことをイヌペンは知るよしもありませんでした。


 イヌペンは玄関ドアをガチャリと開けると、眼前には虚しいリビングが広がっていました。イヌペンはこれに動じず、腹に力を入れて「サボーン、留守う~? ねーってばー。サボーン!!?」と言いました。すると二階の方から何やら怪しげな物音が聞こえてきたのです。イヌペンは好奇心を抑えきれず、すぐさま二階へと駆け込んでいきました。何かに引き寄せられるようにある部屋のドアに寄り添い、小声でサボンに呼びかけをしました。やたら無鉄砲にドアを次々と開けて行きましたが、やはリサボンは居ませんでした。


「おい、サボーン。『かくれんぼ』なんか終わりにしてさー出てこーい」


 潜んでいた黒い影が静かにイヌペンの背後を奪い、今にも食らいつきそうな牙をゆっくりとちらつかせたのです。イヌペンがサボンに再び呼びかけをしようとしたとき、その牙は遂にイヌペンを襲撃しました。イヌペンは日頃のんびりな生活を送っているせいか危機感が薄く、牙がかかる寸前のところでようやく自分の身に危険が生じている事を脊椎で感じ取りました。イヌペンはとっさに後ろへ振り返ると、そこには死んだ振りをした人間が倒れていました。


 驚きに満ち溢れたイヌペンは恐怖に打ち負かされ、とりあえずこの場から退散することを決めました。イヌペンは一目散に玄関の外へ出て行くと、倒れていた人間はそれを察知したのか、むくりと起き上がり、それを再三確認するとようやく胸を凝下ろしました。人間は保護色の布きれで隠していたドアを大胆に開き、静かにその部屋へと入りました。押し入れの中のフトンの毛布をバサッと取り捨てると、その中には麻縄でぐるぐる巻きにされたサボンがありました。おまけにガムテープで口が塞がれています。サボンは口がきけないなりに、人間に文句をぶつけました。


「もがもがっ、もーがもがぁっ、もがも、もがーもがもがーっ! (てめー卑怯だぞ。オレが『アホ』にかかってるときに捕まえやがって! 今はもう治ったけど! 何が目的だーっ!)」


 人間はどういうわけか、サボンの聞きとりづらい言葉をすべて理解し、小馬鹿にしたような口調で答えました。


「何が目的かって……そりゃあ、僕が君になりたいからさ。ワカル?」


 サボンはさっぱり意味がつかめなかったようで、首を傾げました。人間は自慢話を勝手に語り始めました。


「その為にサボンスーツを作ったり、君の生活を調べたり、声まねの練習をしたり……」


 人聞は「おっと」と目を半開きにさせて言い、本題に戻りました。


「何のためかって? それは単なる自己満足さ。まぁ君を悪いようにはしないよ。僕の裏に廻ってもらうだけさ」


サボンはがっくりしました。自分をこんなめにさせた理由が、こんなにも安直で突飛なことだとは思いもよらなかったからです。



 その頃イヌペンは、またサボンの家の中に入って、彼を探すためにキョロキョロと見回していました。しかし、イヌペンは気疲れしてしまってそのまま眠ってしまいました。人間はトイレに行こうとして一階に下りてきたのですが、イヌペンがその近くで寝ていることに気付きました。そして胸の奥が暗い場所に落ちてゆくような感覚が人間に引き起こりました。イヌペンはさすがに殺気を感じとって目を覚ましました。そして二人は目が合いました。人間は自分を守る最終手段として、また死んだ振りをしました。イヌペンは人間が急に倒れたので驚愕しましたが、すぐに気持ちが喜びに変わりました。


 イヌペンは張りつめた表情で、片足を上げながら呟きました。


「ここのスイッチを踏むと……」


 その足を地面につけた瞬間、人間の寝そべる場所から落とし穴があらわになり、そのまま人間を飲み込みました。サボン家の防犯用落とし穴の位置をイヌペンは把握していたことになります。イヌペンは暫くその穴の中を覗き込んでいましたが、満足しきると再びサボン捜しをすることに決めました。二階に到着すると、見覚えのない部屋があるのに気がつきました。イヌペンは直感でこの部屋に入ることを決断したのですが、気を引き締めるためにイヌペンはこのドアを開ける前に歌をうたい始めました。サボンは聞き覚えのある歌声にはっとしました。


 そして物騒にイヌペンがドアを足で蹴り開けると、無惨な姿のサボンがありました。


「どーした?! さっきのあいつに監禁されたんか? あいつは駆除したから安心するんだ」


 しかしイヌペンはそのままずっと見ているばかりで、サボンを助ける気配を感じ取れないのでサボンは苛立ちが込み上げてきました。


「ん?! なんとか言ってみろや。おーい!! おーい!!」


「このガムテープとれっつってんだよお……!!!」


「! とれってか? 何を?」


 サボンは必死に口をアピールしました。


 あーというなんか頼りない返事でしたが、イヌペンはしっかり理解していたようです。サボンの願いは通じ、ようやくトークが出来るようになりました。サボンはThank youと感謝の言葉を述べました。


「よし。出来た」


 サボンは「何!?」となんかムカついてる時の口調で言いました。イヌペンはサボンの顔を見て歌が出来たようです。


 題/サボン


 サボンーサボンー とげボンボン


 怪しげ あやしげ黒いおっさんにー


 拉致されて~


 おくちの回りに ガムテープの痕ー


 おもしろいーおもしろいー


 イヌペンヒーロー


 サボンおっちょこちょいのとげボンボン


 サボンはこの歌を聞いてすぐに真偽を問いました。イヌペンはいかにも本当そうな顔で「うそ」と言いました。サボンは手鏡を要求しました。鏡餅がなぜか近くにあったので、イヌペンはこれをサボンに渡しました。


「それは鏡餅だ! くそー!!」


 イヌペンと取っちめようとサボンは動こうとしましたが、サボンは麻縄を解いてもらっていなかったので、何回も転んでしまいました。


「やっぱ、おっちょこちょい!!」


 こうして一日はあっというまに過ぎていってしまいました。

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