見えるものと見えないもの
今日のサボンは散歩時間にスキップがやめられないほど上機嫌です。なぜなら本日はサボンの誕生日ということで、サボン父がサプライズなおもてなしを施す予定だからです。内容までは内密にするも、サプライズが起こることを予告してしまうミスを犯すかわいい父を立てるためにサボンは知らないふりをしてあげました。誕生日祝いの準備にある程度の時間がかかるとのことなのでそれまで適当に外で過ごし、あとは定刻に帰宅するだけの状況です。
夕方になり帰路につくと、自宅からさまざまな賑やかな声がもれて聞こえます。サボンはうれしさを爆発させるようにただいまと玄関を開きました。
時は少々さかのぼり誕生日の朝すぎ、サボン父はまるで実家のようにくつろいだ態度でイヌペン宅入口へ入り込みました。朝っぱらから何考えてんだこのちょび髭、ついにボケが進行したかと言わんばかりにイヌペンはヒゲにきつくにらみつけました。
「ごめんお父さん。掃除するために玄関ドアを開けっ放しにしていたの」
「そのちょっとの気の緩みがゆくゆく命取りになるんだよっ。開けたら即閉める、開けたら即閉める。癖をつけろよなー」
「命取りとか大げさなんだからもう。わかってるってば!」
ホームのセキュリティレベルを引き下げたのは他でもない平謝りするピーコでした。イヌペンはピーコとサボン父に言い聞かせるようにそう注意しました。
「ちょっぴり浮かれちゃってるようで、あいさつを間違えちゃったよ! ごきげんようイヌペンくんにピーコちゃん。今日は息子の誕生日なんだけど参加するんだよね?」
「え……なにがよ? 参加っていきなり言われてもわからないし、やけに強制的な言い草じゃないの」
「だから今日は息子の誕生日なのでそのお祝いに君たちは参加してくれるのかな~って!」
「ああサボンの誕生パーティーでもするってか。まあ参加してやるけど、具体的にどんな事をするの?」
「そのことなんだけどさ……どういうお祝いをしてあげればサボンは喜んでくれるのかわからなくて相談を兼ねて来たんです」
サボン父が愛息子サボンの喜ぶツボがわからないと聞いて意外に思うイヌペンは率直にその根拠を父に尋ねました。
「私はサボンに対してなにもしてあげていないのではないかと思い返すのです。スキンシップをしていつものように喜ぶ息子の顔を見ると、なおさらそう感じるのです」
徐々に深刻な表情をするしなびたヒゲにイヌペンはしかめっ面になって「んなこたねー」と言い放ちました。
「難しく考えすぎじゃないの? いつもどおりで良いんじゃねーの。MAXでぶつかり合ってる二人に普段以上の力だせって言われてもでないから。いつもどおりにする行動をあえて先言するってのはどう?」
サボン父はほっとした様子になり、うんと相づちをうちました。元気を取り戻したヒゲはさっそく吉報を息子へ届けるために帰っていきました。
「それで結局お祝いの催し物ってなんだったんだろう……」
「うまい食べ物用意してくれればこっちとしては問題なしさ。深く考えると疲れっから、もう考えねーほうがいいぞ」
そうつぶやくピーコとイヌペンは駆け足で去っていく父親の背中を最後まで見送りました。
サボン父は自宅へ帰宅途中に珍しい人と偶然に出会います。
「これはこれは息子の友だちのライビンくんとそのお父様ではありませんか……! 帰ってきていたんですねー」
「どうもご無沙汰を。さきほど島についたばかりですが、一年前と特に変わりはなさそうですかね」
とにかく立派なたてがみを振りかざし、高級そうな赤いマントを羽織るライビンの父親ライカンは落ち着いた口調で周りを見渡しながら言いました。
「しばらく休暇をとることにしたので、ようやくまともな家族サービスができそうです」
「実は今日わしの息子の誕生日でしてぇ、これからそのパーティーを開こうと企んでいるんですが息子さんたちと一緒に参加してくださると嬉しいなんつって!」
「ライビンは参加するのかい?」
「する、よね!?」
父親の横に並んでいるライビンは近づくソボンのトゲに脅されてしまい、震えながら首を縦に振っちゃいました。
「はぁ……こうなった以上はパーティの準備のお手伝いもいたしましょう。具体的にはどのように進行させるおつもりで?」
「あっ! そのことなんですが先程相談相手のところへ赴いたは良いものの、肝心の相談を忘れてきちゃいました! ははっ」
無策で奔走するヒゲを見かねたライカンはふところから通信機を取り出し、何者かと交信をし始めました。
「あ、もしもし? パーティーズさんへ繋いでほしいのですが……はい。はい、よろしくおねがいします。あ、ライカンですが皆さんにお手伝いしてもらおうかと思い連絡いたしました。あのー今日なんです。はい、これからお願いします。場所は緑の一番地のソボン宅です。お待ちしています。ありがとうございました、失礼します」
独り言を喋るライカンを不思議そうに観察する息子は質問をしないわけにはいきませんでした。
「その機械でだれかと会話していたの? すごい!」
「そうさ。パーティの準備は専門の業者に頼むことにしたよ。この道具は中継を交えて遠距離に居る話し相手と会話ができるんだ。さ、会場へいそごう。彼らは早いぞ」
「頼りになりますぅ! その姿勢見習いたいところなんですが、あのぅ業者に依頼したということはその費用がかかりますよね……」
「業者含めてすべての費用は私が持ちます。私が勝手な真似をしてしまいましたからね。良いお誕生日会にしましょう!」
ライカンの心底からあふれ出るやさしい笑顔に触れたサボン父は感極まって彼に抱きつきました。高級マントやポケットに穴は開くし、心身激痛だらけのライカンも涙しました。
昼下がり、サボン宅にはサボン父母、ライカン、パーティーズがその作戦を練っていました。パーティーズの構成員はリーダー格のコウ、俊敏なオツ、力持ちのヘイの典型的な組み合わせとなっています。リーダーのコウが改めてパーティー内容の確認をとり、参加者ひとりひとりがサプライズな演出をすることに決定しました。そうと決まればイヌペンたちも呼ばれてそれぞれ準備にとりかかります。
そろそろ準備に使える時間がなくなろうとしているのにも関わらず、まったく手をつけようとしないサボン父とイヌペンがいました。パーティーズのコウはまず父に焦りを隠すように優しく尋ねました。
「あのうお父さん、もう時間がありませんが演出をどうするおつもりですか?」
「わかっとるよそんな事……でもサボンの喜ぶ顔がどうしても浮かばないんだよおおおお、私の考える内容だとおおお!」
相変わらず一人で悩み続け部屋中でうろうろしだす父にコウはすぐにかける言葉を見つけることはできませんでした。次にイヌペンに尋ねようとすると、サボン父の後ろへくっついて同じようにウロウロしていました。彼の奇行は日常茶飯事であるためいまさら誰も気に留めませんが、やさしいライビンは状況を察して「おい」と、釘を刺しました。するとイヌペンは珍しく焦った様子でこう答えます。
「サボン父の導火線が逃げ回ってるんでライビンもつかまえる手伝いをしてくれや!」
「何だよ導火線って。どこにあるのさ」
「ほらサボン父の背中からピロっと出てるあの細い線だよ! みじけーけど」
ライビンはサボン父を注視してみると背中から糸のようなものが1メートルほど伸びていることを確認できました。
「あれをライビンのとーちゃんにくっつけて完成だ!」
「おまえまたおかしな事を企んでいるな! いますぐやめるんだ!」
イヌペンはぴったりと耳をふさいでみせて、ライビンの言うことに聞く耳を持たない様子です。ここでサボン父は自分の背中から生えている糸を足にひっかけてしまい転倒しそうになりました。糸に対して不思議に感じながらも、これを逆再生のように体内へしゅっとしまっちゃいました。取り込んだ糸をもったいない精神でもって宅内配線に再利用し、ヒゲに導火線が編み込まれていることがうかがえます。
「どうなることかと思ったけど、結果オーライってことで」
「ちょっと待て。さっきオレの父上がどうのって言ったよね?」
額の汗をぬぐうイヌペンにとばっちりを危ぶむライビンが詰め寄りますが当然のように無視されました。
「おい無視すんなよっ! いっつもバカみてーなことしやがって、絶対ゆるさないからな!」
珍しく声を荒げるライビンに驚いたイヌペンは口を固く結び、潤む瞳で答えました。
「いつもってゆうけどさー! いつもやってるって証拠はどこにあるんですかー!」
「このように友達を疑っていることが証拠だよ! 信用がまったくないってことなの!!」
「しゃーない。なにも起こらないことを証明するために見せてあげるよ」
嘘泣き顔からやれやれという表情に移行させたイヌペンは、サボン父のヒゲをつかみ取って伸ばし始めました。ぐっぐっとヒゲをたぐり寄せ、あと一回引っ張れば起爆するというところでヒゲは微動だにしなくりました。イヌペンは顔を赤らめ渾身の力で突っ張ったヒゲを引き寄せますがやはりびくともしません。
(よし、いいぞヘイ。そのままキープだ。パーティーに混乱はいらない)
パーティーズリーダーのコウはヒゲを踏んづけて静止させた大柄のヘイをアイコンタクトで讃えました。ヘイはパーティーズ特有の黒子に徹する精神で体全体を周囲の風景に溶け込ませ、極めて視認しにくい状態に変わっています。そんな中突然に運動制限が生じたサボン父は「んっんっ」と張りつめたヒゲを苦しそうに動かすものなので、それをふびんに思ったヘイはイヌペン側のヒゲを少したぐり寄せて一瞬だけ踏みつけたヒゲを開放しました。この隙を逃さない鋭い感性のイヌペンはヒゲをつかむ腕に力をこめた瞬間、磁石が反発するかのように体ごとうしろへ思いっきり何回転も転がってしまいました。これは俊足のオツがイヌペンの握るヒゲを回収するアシストをしたからです。
「君、楽しいパーティーにぶっそうな事をしてくれるなよ?」
「いますぐそのヒゲを返して。大変なことになるから」
厳しくつめよるオツにイヌペンは真剣な面持ちで答えました。
「どのように大変なことになるんだい?」
「いーから早く」
「真実をはぐらかした後には君の望まない結果が待っている事だろう。今すぐきちんと正直に答えなさい」
「ヘェイ! お父さんを抱えてきっちりホールドしろ!」
コウは不自然に震えるサボン父を察知し、ヘイに的確な命令を下します。サボン父はヘイに固定させられた瞬間普通のくしゃみをしました。不思議に思うオツにコウは近づいて耳打ちしました。
「サボン父のヒゲは振動にナイーブになっているから、君の興奮が起爆するきっかけになりそうだった。イヌペンとかいう彼はそれを利用して言葉で煽ったのだ。冷静になれ」
「冷静なフリしてるけど大したことないね!」
声高らかにイヌペンは勝ちを宣言しました。イヌペンは透明人間とサボン父を動けない状況にさせ、厄介な司令塔と俊足をサボン父らから離れた場所へ排除することに成功しました。ゆえにこっそりサボン父へ近づいていたイヌペンはヒゲを再び手にすることができたのです。
「なにも起こらねーからしっかり見とけやライビン!! しぇい!」
ニヤケ顔をこらえきれないイヌペンはサボン父のヒゲを思いきり引っ張りました。無念にひたるコウオツヘイ、呆れたライビンは腹をくくってその光景を目の当たりにしたのです。笑顔のイヌペンは静かに手元をのぞくと、とても大きくて厚みのある手につかまれています。
「なにも起こらないというのはこういうことですかな?」
「予想と違ってちょっと意外だった。結果的には変わらないけど」
大きい手の持ち主はイヌペンに優しく問いかけ、きょとんとする小さな瞳をじっと見つめました。一連の動きを一部始終を見ていたライビンは震えて歓喜しますが、パーティーズのメンバーらは不審に思いました。
「すごい! 父上あんなに早く動けるなんて知らなかったよ!」
「リーダー。あれは早いというより……」
オツはコウへ耳打ちをしかえしました。
「うん。時間と距離的につじつまが合わない。オツ、お前の目は観察できたか?」
「いいえ。あまりにも一瞬の出来事だったので」
「パーティーズの諸君、余計なおしゃべりはそこまでにして仕事に取り掛かりなさい! 何のためにここへ呼ばれたのですか?」
ライカンは手を叩いて停滞しきっていた作業を促しました。そして足元にいる口をすぼめたイヌペンへ優しく問いかけます。
「君には何が見えている? そのようなことをしてもサボン君は喜ぶとは思えない」
「いや……どうかしてたみたい。サプライズよりもインパクトってことで詩でも作ろっかな!」
「それがいい。それとこいつは君のもののはずだ。もうなくすんじゃないぞ」
ライカンがイヌペンに手渡したものは長くて細い糸くずでした。
「もはや必要のない代物だけど記念にとっておくよ。ぼくだけの……」
「ただいまーっ!!」
イヌペンが言いかけている途中に当事者が元気よく帰宅してしまいました。パーティー会場設営が間に合わないということはプロのパーティーズ失格ということなので全員この日限りでクビになります。
「サボンのとーちゃん、これはもういくっきゃない!」
「ちょっとイヌペン君まだ心の準備すら……」
イヌペンはサボン父をサボンへ向けて背中を押しました。思いがけず抱きつくような形になった父子は一瞬心が離れかけたような感覚に陥りましたが、すぐにいつもどおりにじゃれ合いました。
「サボン、生まれてきてくれてありがとう。また今度一緒に歩こう。行ったことないところにさ」
「嬉しいけどさ、改まって言わないでよ。わかってる。散歩のロケーションリクエストしていい? 砂漠へ行ってみたい」
「よし。初めての場所だから装備とか色々用意しないとな」
「決まりだね!」
イヌペンやライビンたちは微笑ましい光景を目の当たりにしつつ、サボンらがじゃれ合ったせいで抜け落ちた無数のトゲを踏まないように静かに回避しパーティーの続きに戻りました。