ぼくについて
あるところに、えたいの知れない生物がきれいな平屋に住んでいます。その生物は植物をこよなく愛し、詩を書いたり、歌を歌うことが主な趣味です。その生物は『イヌペン』と言う可愛らしい名を持っています。
そんなイヌペンはやたらと家の外が騒がしく感じて、居間の窓から外をのぞきました。するとグリーンピースに手足が生えたようないきものとその連れ合いが、イヌペンの家の前でなにやら雑談をしており、イヌペンはそれを窓越しに盗聴してみました。しかしすぐに、連れ合いに盗聴中の姿を目撃されてしまいました。堂々と窓へ姿を現しているのですから当然です。連れ合いはイヌペンに指をさして、
「あ。なんかいるーっ」
と、間延びした口調でまめっぽい人に言いました。豆っぽい人は頭身が低いので、彼の視点ではイヌペンの頭頂部までしか確認できません。それがどんな全貌だか見たいものなので、己の身よりも高く爆発的に跳躍しました。イヌペンはただならぬ殺気を感じ取ったのか、窓側のカーテンを力強くひきました。タイミング悪くイヌペンを目撃することができなかった豆っぽい人は、膨らんだ豆のように爆ぜました。
「おーい!! 開けれ~!!」
窓をドンドンと叩いて応答を待ちます。しかしイヌペンは『黙』を貫き通しました。窓をたたく騒々しい音が治まった数秒後、イヌペンは微笑み的表情を浮かべながら、はっきりとした口調で「断わる」と独り言を言いました。イヌペンの背後の机上にあるココアが、チョコレートのような匂いでもって部屋中を充満させています。豆っぽい人はキレました。おおいにキレました。
「くそぉ!! どーしても見てー!!」
連れ合いは半分あきれた顔で、
「ねぇ、帰っていい?」
「ああ!! ぜってー見るっ!」
そして連れ合いはケッと言葉を吐き捨てました。多分この人は内心がドブ沼のように黒ずんでいるのかと思います。豆っぽい人は改めてドスンと腕を組みながらその場へ腰を下ろし、けわしい目つきをしました。
「出てくるまでここにいっぜ!」
次の日――
(早く出てこいって!)
三日後――
(くそー……腹減った……)
四日後――
この頃になると、得体も知れぬ生物よりも食欲のほうが頭の中を巡ります。はぁはぁと吐息を切らしながら(ごはん……)と念仏のように豆っぽい人は唱えていました。イヌペンは窓カーテンの隙間からこの一部始終を毎日確認して、日記をつけていました。そして今日はまちに待った豆っぽい人が疲れきってまぶたを閉じた日です。家の玄関トビラからそぉっと覗いてみると……。
「うんうん……天使の寝顔だぜ」
と、つぶやいてしまうほどよく寝ていました。そして就寝中のそれを自分のテリトリーから取り除くべく、忍者の如く走り向かいました。しかし途中であえなく転んでしまいました。何もないところで転びました。「げっっ!!!」 と思わず叫んでしまいました。それを引き金に、豆っぽい人は永遠の眠りから目覚めました。なぜか口から鮮血を垂らしながらムクリと起き上がりました。さらに両腕を大きく横に広げ、「来い!」と渾身を込めて叫び、イヌペンの捕獲準備をととのえました。
ごろごろごろごろ……とイヌペンは豆っぽい人にめがけて転がっていきました。その結果、豆っぽい人はイヌペンと激しく衝突し、白眼を剥いて遙かかなたまで吹っ飛んでいきました。その後の彼の行方は誰も知りません。夜空に輝く星のひとつに、『まめっぽい星』と名付けた人物がいるという事実を知る者は数少ないそうです。イヌペンはすぐさま、この今の気持ちを作詞しました。
題/まっぴるま 作詞/イヌペン
まっぴるまに
変なみどりの歩行物体が
やって来た oh
じゃまー じゃまー じゃまじゃま パジャマー
僕の大切な花が踏み荒らされた
じゃまー じゃまー じゃまじゃま パジャマー
僕の大切な花が踏み荒らされた
イヌペンは踏み荒らされたパンジーの花壇を精魂込めてなおしていました。そこに、また意味の分かんねー奴が「おーい」とか言いつつイヌペンを呼んでいました。イヌペンははっきり言って、ちょっとびっくりしただけでした。なぜなら、この野郎は石(水晶)のくせにして手足が生えているということです。イヌペンは危機を感じて逃げ出しました。しかし、相手は何を思っているのか分かりませんが、ダッシュで追いかけてきます。眼は優しそうなんだけど……。うわっ! 本気で走ってきた。こわっ!! はぐき見せながら追っかけて来やがる! 誰か助けてっ……!
このお願いを誰かが聞き入れたのか、この石に誰かが「いじめるな……」と気取った雰囲気でほざきました。この人物は電柱の天辺に立っています。この石は立ち止まり、くるりと後ろを向きます。イヌペンは依然としてこの石と距離を離しています。石はその人物がある一本の電柱の天辺に立っていることに気付きました。それをずっと待っていたのか、電柱上の人物はようやく言葉を発しました。
「よぉ。オレ『サボン』」
なぜかサボンはため口でした。サボンは数メートルもある電柱から飛び降りました。しかし彼はすとっと軽い音で降り立ちました。その後、「ん」と言いました。石は目をぱちくりさせて、この「ん」という無意味な言葉を不思議がっていました。それをよそにサボンは、「イヌペーン」と叫びながらイヌペンの後を追いかけていきました。イヌペンはこの声に気付いたのか、くるっと180度回転してあんどの表情を浮かべました。サボンは仕方なさそうな表情をしていいます。
「よぉ。何してんだよ」
「変な、石っころに追いかけられてたの。それより、せっかくだからライビン家に行かない?」
「そ。お前の事だからあいつをいじめていたのかと思った。オレもライビンのところへ付き合うよ」
この瞬間、イヌペンは詩を閃きました。
題/あるく 作詞/イヌペン 協力者/サボン
あーるく あーるく サボちゃんと
歩いて 走って イヌペンは
また あーるく
ぶっちゃけた話し、サボンは(なんで歌ってんだよ……歩く、歩くって)と心のうちに思っていました。恥ずかしさのあまりサボンの目はすわっていました。
「あーるく、あーるくサボちゃんとーっ」
いきなりまた歌い出しました。イヌペンは気持ち良さそうに奏でています。サボンはというと、何か自分の事を歌われているのでなおの事恥ずかしくなって、他人の振りをしようとイヌペンから遠ざかりました。しかし、イヌペンは息を一つ乱さずに追いかけてきます。サボンは焦ってしまいました。と、イヌペンは急に歩きました。サボンは察しました。
(何だ……歌の通りに走ったり、歩いたりしているのか……)
気がついたら、二人はライビンの家からかなり遠ざかっていました。やはりイヌペンの歌に振り回されていたからでしょう。
ライビンの家――
イヌペンは玄関のドアの近くにあるドアベルを鳴らしました。ライビンはインターホンで、
「よう。イヌペン、勝手に上がってくれ。ちょっと今……動ける状態じゃないんだ」
サボンは驚いた表情で体が小刻みにぴくっと動きました。そして思わず、「動けないっ!?」 と言ってしまいました。ライビンはこの声で気付いたのかイヌペンの他にサボンが居るということを把握しました。
「おお、サボンもいたのか……今マジでやべぇ状況なんだ! 動くともう割れる」
サボンは、「割れる……?」と、疑問に思いました。
「まぁ……うん……」
と、ライビンははっきりしない態度をとりました。「どうしたんだか知らないけど、とりあえず家の中に入らせてもらうぜ」とサボンは言いました。ライビンも早口でそうしてくれと言いました。
「ライビーン何処に居るんだー」
「リビング」
ライビンは震えた声で答えました。やっとたどり着いた二人はライビンの姿を見て、思わず飛び跳ねてしまうほどの驚きを受けました。
「ねぇライビン……何のまねなの? その格好」
イヌペンの質問にライビンはうつむいたままです。彼の趣味でもある、ろくろまわしで造った自作の壺を誤って下半身にスッポリはめてしまったのです。その格好はなんとも無様なものでした。イヌペンは我慢できずにやけてしまいました。ライビンはいかにも気にしてそうに笑うんじゃねーと強く言いました。サボンはというと数秒前に匂ってきた風の流れをナイスキャッチしていました。すごくいい薫りかなぁと思い、思いっきりかんでみたらさっきまでの和やかな顔が極端に険しくなりました。それはニラくさいおならだったのです。イヌペンは申し訳なさそうに、
「ごめん! 『屁』しちった!!」
サボンは口が引きつっていました。顔がかわいくてもゆるされない行為です。ライビンが割り込み、喧嘩やるなら外でやれと言わんばかりに落ち着いた顔で言いました。
「まあいい……ちょっと助けてくれ! こんな姿家族にみられたくない」
サボンはライビンの質問に応答しました。
「もしかして……! そのライビンがはめてる壺を」
「そ!!!」
ライビンは即答し過ぎました。
三十分後――
サボンは相変わらず抜けない壺を生真面目に抜こうとしていました。サボンはライビンの甘い言葉にのせられてライビンを絶望の淵から助けています。この時ようやくこの事態を十分飲み込んだイヌペンが近づいてきました。
「何? とれっつーに? そんなの……わかんないって」
サボンはこの言葉を聞き流してある事を思いつきました。それはとても単純なことです。壺を抜こうとするのではなく、割ればいいのです。しかし、この方法にはデメリットがあります。それは、人身事故が起こりうる確立があるからです。ライビンは結構太っていて、体が壺に密着しているからです。サボンはこのことを踏まえて、静かにライビンに「せーの」と言ってやりました。ライビンは、何? なんなの? と目をぱちぱちさせて虚をとられていまいた。
「おりゃあ!」
サボンはそういってライビンにオーバーヘッドキックを仕掛けました。シャンパンのコルク栓のようにライビンは天井ぎりぎりまで飛ばされました。ライビンが慣れたようにくるっと着地したときには、壺からからだが開放されていました。ちなみに壺そのものは割れ砕けました。イヌペンは誰よりも先に喜びました。ぴょんぴょんと跳ねました。ライビンは喜ぶ暇もなくイヌペンのほうに行きイヌペンにあんまり跳ぶなって……と注意を呼びかけました。しかし、この時点でライビンに思いも寄らない事態がすでに始動していました。イヌペンの頭上には幾つかの壺だながあり、イヌペンのお茶目な行動によって引き起こされた振動でもって、そこの駄作ひとつが彼の頭上めがけて落ちてゆきました。
(イヌペンがあぶねぇ!)
ライビンは脊髄反射のごとく落下する壺からイヌペンをかばいました。一同静まり返り、ライビンはぎゃああと壺の中で声を反響させました。なんと今度は壺を頭からはめ込んでしまったのです。サボンは頭だと流石に蹴破ることはできんなと考え、とりあえず目と口の所だけ風穴をあけてやるかと心で思っていました。数分後、ライビンは自力で壺を取り外しました。そして目を真っ赤にさせて言いました。
「ごらーっ!! 誰だっ! 壺が落ちるような事するやつぁ! いろいろな意味であぶねぇだろ!!」
サボンは知らんぷりしました。なぜかイヌペンはふふふと微笑んでいました。ライビンはそれに反応して、イヌペンのほうに首を曲げて睨みました。イヌペンはすかさず、サボンのせいにしようと言葉を巧みに操りました。ライビンはハッキリいって、誰でもいいから八つ当たりがしたいだけだったのです。したがって、ライビンは目もとを暗くさせて、「てめぇ……」とサボンに向かって悪罵しました。サボンは人に物事を擦り付けるのが癖なので、イヌペンに再度悪事を擦りつけました。しかしイヌペンはうるんだ眼をして震えました。潤んだ眼が「言わないで……」とでも言っているようです。
(ぐわ~っ! そんな表情するなってばよ! オレのせいにしろっていいのかぁ!? 馬鹿言え! オレ何もやってねーのになんでライビンに怒られなくちゃいけねーんだよ!!)
サボンはこのように心のうちで思っていました。しかし現実は、潤んだ瞳を更に磨きをかけ、眉間に可愛いしわを寄せているイヌペンがありました。サボンはこの現実に打ち勝てなかったようです。小声で「しゃーねーな……」と言い残してライビンの前に立ちました。ライビンは強ばった表情をするサボンを見て、
「おっ……なんだよ」
と、こもった地声で罵りました。依然としてサボンの表情はそのままです。イヌペンといえば見守るだけしか手段は選べません。
「おれが壺を落とした。ヒーローだからな」
三人はおおはしゃぎしました。ようやく壺の件から解放されて喜びまくりました。こうして陽はだんだんと暮れていきました。
その後――
そこには、イヌペンとサボンとライビンの3人の時だけが止まっていました。なぜなら、ライビンがまた下半身に壺をはめていたためです。サボンは呆れてものも言えませんでした。原因はライビンの不注意です。ライビンが歓喜のジャンプをしていて足を地に下ろすとき、ぐきっと足をひねってしまいました。全体重をかけて倒れました。その時の体勢は逆立ち状態で、なぜか上からライビンが最も大切にしている壺が落下してきました。そして今の状況なのです。
さすがに自分の大切にしている壺は割りたくないので、そのまま一生を送ろうと決心付けていましたが。
「……ねぇ。これからオレはどのようにして生きていけばいいの? 教えて二人とも」
「そのぽっこりお腹をどうにかすればいつかは壺から抜け出せるでしょ」
サボンは現実的見解から答えたつもりでしたが、普通に解り切ったことを述べました。
「ライビンちは金持ちなんだから、その壺を家にしちゃえばいいじゃん」
そのイヌペンの謎の言葉にライビンはちっとも理解できませんでしたが、サボンはなんと合点できちゃいました。
「つまり、お前のところのコネクションをフル活用してその壺を快適空間に改造しちゃえばいいんだよ!」
「で。それまでオレはどうやって生きていけばいいの? いま物凄くトイレ行きたいんだけど」
サボンとイヌペンは黙ってライビンの家から颯爽と出てゆきました。イヌペンはサボンに別れを告げ帰路につきました。サボンはその様子をしばらく眺めていました。すると、何やら電柱の陰でこそこそと動いているのが伺えます。サボンは最初は不思議に思っていましたが、それがいわゆるストーカーだということを認識しました。サボンは勇気と知恵を絞り切って、
「おい! そこ電柱のお前! ここで何をしている! ストーカー行為の容疑でうったえるっぞ!!」
と、警官っぽい口調で言いました。このストーカーの男は驚いた表情を何一つ見せずになんでもねーよと言いながら、鼻からぶふ~っと勢い良く汚息を吐き捨てました。サボンは何を思ったのか、どーでもいいような感じで、
「そ。んじゃあ」
と、歯切れよく言って家路へと戻っていきました。男はまず、「さて……」と邪悪な声で言って影へ溶け込もうとしました。しかし、探せどもイヌペンの姿は見当たりませんでした。
イヌペンは夕暮れ時にもかかわらず、変な奴に踏み荒らされた花壇の手入れをまた行なっていました。結構早めに処置したので花達もほっと一安心です。イヌペンは何もすることがなくなってしまったので、とりあえず家の中へと入っていきました。
その頃ストーカーの男はやっとの思いで、イヌペンの家にたどり着きました。イヌペンはしっかりとその様子を窓越しに観察していました。ニヤニヤしながらばかだなぁと小声でつぶやいたところで男の熱い視線にイヌペンは気が付くと、即座に雨戸をバンッと音をたてて引きました。すると、さっきまでの騒がしさが嘘のように静まり返りました。イヌペンは心を落ち着かせました。男は足音を立てないよう、ほふく前身で先へ先へと未知なる領域へと足を踏み出していったのです。そして、イヌペンがいると思われる部屋の前に来た瞬間! 男の頭上へスポットライトが照らされ、『防犯センサー作動防犯センサー作動』とナビゲーターの声まで聞こえてきました。男はキョロキョロとあたりを見回しました。怪しいものなどありません。怪しいのは自分だけです。そこにイヌペンが目の前に現れました。
「ばかだな……くっくっくっ……ここの通路には赤外線センサーが網の目のように張り巡らされているのにこんなこともまったく気付かないでのんきに僕の家へ遊びに来ちゃってさぁ……だから僕は君のことばかだなーってゆったんだよ?!」
「あんだとぉ?」
「そんでもって……」
イヌペンは悠然と体を一時的に重力に逆らう行為をしました。その足下には正四角形のタイル式スイッチがありました。そして、かちっと音が鳴りました。男はイヌペンに見入っていました。男の腹あたりから床が内側へ開きました。まるで、朝のゴミステーションに来るゴミ収集車が生ごみを巻き取るが如く、男を包み飲み込みました。ずるっと音をたててどっかへ落ちていきました。イヌペンは「落とし穴」とにやけながら言いました。男がこの余から姿を消したのを見送ると、「あ~すっきりした」と爽快かつ和やかな雰囲気に包まれていました。
「ああ……黄昏てる」
イヌペンは最後に詞を作りました。
題/たそがれ 作詞/イヌペン
夕方の心地よいときに
黒い くろい、パンツ一丁の
男は31歳独身ヤロー(推定)
お父さん! この男の親御さん! 実はこの人……
げすヤローだったんですぅ!
おー! おー! ベイベー!! たそがれてるゼ ロックンローラー!
こうしてイヌペンの淡く楽しい一日が幕を閉じたのです。