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Logos Infectus  作者: tym
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序章 円環のヒストリア 8



改めて目の前の紙に目を通す。


一つ、誰もいない音楽室から夜、「運命」の音が聞こえてくる。

一つ、図書館の閉架書庫の奥には呪われた二冊の本がある。そこには自分の過去と未来が書いてあるという。見つけても決して読んではいけない。読んだら呪われてしまう。

一つ、高校校舎には地下室がある。1階のどこかが秘密の入り口になっている。

一つ、校庭の隅にある桜の木のどれかで、昔、生徒が首を吊った。

一つ、中庭には人の顔をした猫が出没する。目を合わせることができれば3つだけ願いをかなえてくれる。

一つ、渡り廊下にある鏡を4時44分にのぞくと中に引き込まれてしまう。

一つ、北館には亡霊が彷徨っている。そのため、北館では生徒の数が合わないことがある。


美冬ちゃんが口を開く。


「まず、思ったんだけど、やたらと数字が出てくるのよ」


二冊の本、1階、3つ、4時44分……

たしかにそんな気がしないでもない。


「そして、そのどれにも重複がない。一つの文には一つ分だけしかない」


彼女は続ける。


「そこで、数字が含まれていない七不思議にも何かないか考えてみたの」



――一つ、校庭の隅にある桜の木のどれかで、昔、生徒が首を吊った。


「桜の木か……そうか、六本桜の『六』がある!」


――一つ、誰もいない音楽室から夜、「運命」の音が聞こえてくる。


「そして、『運命』は第五交響曲ね。『運命』がここに出てくることの不自然さについてはメモに書いておいたと思うけど、それが数字を指しているものだとすれば筋は通るわ」


……とすると、残るは


――一つ、北館には亡霊が彷徨っている。そのため、北館では生徒の数が合わないことがある。


うーん、思いつかない……


美冬ちゃんもここに来て言葉を切った。


「そう、これだけ数字が含まれていないのよね……」


「これに『七』が含まれていれば一番いいんだよね……」


今までに出てきた数字は1、2、3、4、5、6で一つの重複もない。

だとすれば、残りには七が含まれていると考えるのが自然だ。


「こういうのはどうかな。この『亡霊』の『亡』、っていう字が『七』に見える、みたいな」


美冬ちゃんはため息をつく。


「あ、ごめん、今の冗談」


わたしは慌てて取り繕う、が、


「実のところ私もそれぐらいしか思いつかないのよ」


「こじつけてるようで気が進まないけど、『亡霊』の文に七が含まれてるとして進めるしかないんじゃないかな」


美冬ちゃんは少し考えて、

「そうね、そうしましょう」

と言った。


「と、すると、次はこの数字が何を表しているか、っていうことだよね」


「それについては、順番だと捉えるのが自然じゃないかしら?」


「順番?」


「そう、この七不思議は順番に関してはバラバラになって伝わることを許容している。とすると、そもそも順番という概念がないか、順番を示す何かがあらかじめ文内に含まれているかのどちらかだとおもうの」


なるほど。

とすると、数字の順に並べてみたくなるのが人情だ。


1:一つ、高校校舎には地下室がある。1階のどこかが秘密の入り口になっている。

2:一つ、図書館の閉架書庫の奥には呪われた二冊の本がある。そこには自分の過去と未来が書いてあるという。見つけても決して読んではいけない。読んだら呪われてしまう。

3:一つ、中庭には人の顔をした猫が出没する。目を合わせることができれば3つだけ願いをかなえてくれる。

4:一つ、渡り廊下にある鏡を4時44分にのぞくと中に引き込まれてしまう。

5:一つ、誰もいない音楽室から夜、「運命」の音が聞こえてくる。

6:一つ、校庭の隅にある桜の木のどれかで、昔、生徒が首を吊った。

7:一つ、北館には亡霊が彷徨っている。そのため、北館ではいないはずの生徒が紛れ込むことがある。


「とはいえ、私はこれ以上いい考えがないのよね。何か思いつく?」

美冬ちゃんが言う。


意外だ……美冬ちゃんにもわからないことがあるのか。


眺めてみる。

ふと、思いつく。

これって、もしかして……


「これって、物語なんじゃないかな」


「物語? 」


「そう、この順番に読むんだよ。細かい固有名詞や、よくわかんないところは飛ばして」


こんなかんじだ、


ある人が秘密の地下室へと至る入り口を見つけてしまう。

すすんでみると、そこにはある本があった。

その人は、何とはなしにその本を手に取り、読んでしまう。

しかし、不思議なことに、その本にはその人のこれまでの人生のことが記されている。

それだけではない、その本の記述は現在を超えて、未来まで、その人の未来のことまで書かれていた。

その本は呪われた本だ。

その本にはその人が辿る人生の、紡ぐ物語のすべてが刻まれていた。もちろん、そこに書いてあったのは幸福な未来などではないだろう。きっと破滅へと至るような未来が刻まれていたはずだ。

いずれにせよ、その人は、それ以来、「運命」という呪いに取りつかれることになった。

その人は、何とかしてその予言から逃れようとする。

たとえば、願いを叶えてくれるという猫。

たとえば、未知の世界へとつながるとされる鏡。

けれど、いずれもその人を救うことはなかった。

「運命」は止まらない。

そして、その人は死ぬ。

自らを殺めて。

それでも、その人の呪いは解けなかった。

その人は亡霊となって彷徨うまでになっても呪いから解き放たれることはない。

きっと、そのことさえも、その人が自殺すること、その人が亡霊となることさえも、予言された運命にすぎなかったのだ……


なんてことを美冬ちゃんに話してみる。


冷静になってみるとなんて妄想たくましいんだ、と自己嫌悪に陥るが、美冬ちゃんの反応は悪くない。

むしろ、よかったといってもいい。


「面白いわ。もちろん、強引であることは否めないけど……」


「でも、仮に物語だとしても、そっから先が……」


「『オイディプス王』」


「え?」


「似てるのよ。メモにもスフィンクスのことは書いたでしょ。貴方の想定する物語と『オイディプス王』。とても似てる」


「オイディプス王?」


そう言うわたしに美冬ちゃんはその戯曲のあらすじをはなしはじめた。

それはギリシャの神話がもとになっているらしい。


ある国の王様が、ある日、神託を受ける。

曰く、王の子供はいずれ父である王を殺し、その妻を娶るだろうとのことだった。

神託を恐れた王は、その子供、後のオイディプスを山中に置き去りにするように命じる。

しかし、様々な因果が重なり合った結果、その子供は別の国の王に引き取られ、その子供として育てられる。

成長したオイディプスは、ある日神託を受ける。

彼はいずれ父を殺し、母と交わるだろう、と。

自分を育てた親が自分の実の両親ではないことを知らなかった彼は、予言を恐れ、自らの育った国を去る。

そして、彼は、自分が生まれた国に、そこが自分の本当の故郷であるということなどつゆ知らずに、帰ってくる。

そのころ、その国はスフィンクスという怪物に悩まされていた。

オイディプスはその知恵と勇気で彼女を退治する。

それに喜んだ国の人々は彼を王座に、少し前に殺されてしまったため不在であった王座に据える。

そうして、彼はそれが自分の母であることを知らずに、先王の后と交わってしまう。

彼が真実を知るのは、国で一向に不作と疫病がやまないことの原因を探っていくときだ。

神託は、先王を殺された犯人が野放しになっていることが不作と疫病の原因だと告げた。

早速、オイディプスはその犯人を突き止めるために動き出す。

ほどなく、彼は、自分がこの国に来る途中の三叉路で殺した相手が先王であり、自分の父であったことを知る。

そうして、彼はすべてを知った。

同じく、事実を知った彼の妻であり母でもある女は首をつって自殺する。

絶望したオイディプスは自らの目をえぐり、国を追放された……



たしかに、逃れられない「運命」というテーマは似通っている。

わたしの物語では自殺したのはオイディプスということになっていたが、これを彼の妻だと解釈しなおせば、筋自体もどことなく似る。


「人の顔をした猫、というのもスフィンクスを連想させるわ。それと、詳しいことは省くけど、『鏡』というモチーフとこの神話は非常に相性がいいの」


となると、これはいい線を行っているのかもしれない。


そんな時に、鐘が鳴る。

昼休み終了10分前の鐘だ。


時間がたっているのに気がつかなかった。

残念ながら、昼休み中に解決とはいかなかったようだ。


「もうこんな時間か……」


それは美冬ちゃんも同じだったらしい。


「じゃあ、放課後にまた会いましょう」


「次はどうするの?」


「そうね、図書館に、閉架書庫に『オイディプス王』がないか調べてみましょう」


そう言って、わたしたちは別れた。


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