序章 円環のヒストリア 7
この怪談はメッセージだ。
より正確にいうなら、何かを伝えようとしている。
何の根拠もないけど、わたしの直感はそう告げている。
美冬ちゃんの顔を見る限り、彼女も同じ考えのようだ。
しかし、美冬ちゃんに限ってわたしのようなあてずっぽうだということはないだろう。
「美冬ちゃんはどうしてそう思ったの?」
言ってから気がつく。
そういえば美冬ちゃんはわたしが名前で呼ぶのを嫌っていた。
ここ最近はそんなことを考える余裕もなかったので連発していた気がするが、本人はあまりいい気はしていないだろう。
予想通り、美冬ちゃんは渋い顔をしている。
しかし、何も言われないのでセーフとしよう。
だってわたしは彼女を名前で呼びたいのだから。
咳払いをして美冬ちゃんは答える。
「どうして、というよりもそう考える他ない、いや、そう考えてみるしかないというのが実情ね」
美冬ちゃんは続ける。
「二通りに分けましょう。一つはこの怪談の意味、あるいは意図、示すところ、それらが私たちにとって理解可能な場合、私たちが紆余曲折を経てその真意に到達できる場合。もう一つは、それ以外、私たちには理解不可能な場合」
「もし、事態が後者なら、私たちにはどうすることもできないわ。後者は定義上私たちがいくら知恵を振り絞ろうと理解不能なのだから、私たちにできることは何もない。だから、余計なあがきをしないのが最善策。
怪談の変化なき伝達という超常現象が起きている以上、事態はこっちの場合である蓋然性のほうが高いと思う。けれど、こっちは『何もしない』ことが最善策なのだから、現にいま何らかの行動を起こそうとしている私たちにとってこっちの場合を想定するのはナンセンスだわ」
「結果、私たちが意味ある行動を起こそう、起こせると思うのなら、事態が前者、私たちに理解可能な事態であることを信じるしかない」
「でも、前者、私たちにこの事態が理解可能だ、という想定にはパラドックスがある」
「パラドックス?」
話の腰を折るのはどうかと思ったがわからないまま進められても困るので思わず口に出してしまった。
「背理よ。この場合は矛盾と捉えてもらって結構よ」
矛盾……
この事態が私たちにとってわかるものだとしたときに起きる矛盾……
「ああ、そうか。今のわたしたちにとってはこの怪談はわけがわからないってことだね」
美冬ちゃんはうなずく。
「そう。私たちはいま、この事態が理解可能であることを信じたいけど、この怪談の存在は意味不明だわ。文字通りに『七不思議』、と解釈するには少し不可解なところがあることはメモを読んでくれればわかったと思う。じゃあどうすればこの矛盾は解消できるか」
なんとなく、終わりが見えた。
「普通とは違ったある法則に則って解釈しなければわからない、そういったひねくれたメッセージだと捉えるしかない。つまり、ある種の暗号」
「これは、一字一句違わず伝承されている、という事実にも説明を与える。裏返せば、この現象を起こしたどこかの誰かさんは『七不思議』の文章を途中で変えられたら困る、ということだから。
単に内容が伝わればいいんだったら形式に拘るはずがない。字句に操作を加えなければ真意が辿れない類の暗号だと思えば筋は通るでしょ」
なるほど、美冬ちゃんにそういわれるとそれ以外に選択肢がない気がしてくる。
あれ、でも……
「理解不可能だから諦めるっていう選択肢はないの?」
「それは私の好みね。こんな現象を見せられて何もしないなんて嫌だもの」
なるほど……
「貴方は『メッセージ』だと直感した。私は『暗号』だと推論したわけだけど、そのギャップがすこし気になるわ」
「でも、わたしのはあてずっぽうだよ。それに、『暗号』だって解けば『メッセージ』になるんじゃないかな」
美冬ちゃんは何かを考えていたようだが、彼女の中で自己解決したららしく、口に出すことはなかった。
「それもそうね。ああ、それと、貴方はあてずっぽうだというけれど、私は貴方の直感をそれなりに評価してるのよ」
そうだったのか……
そんな大それたものではないと思うけど……
「さあ、謎解きを始めましょう。昼休みが終わるころまでには片付けたいわ」
わたしがそんなことを考えているうちに美冬ちゃんはポケットから紙を出して踊り場に置く。
そこには見慣れた文字が美冬ちゃんの綺麗な字で書かれている。
一つ、誰もいない音楽室から夜、「運命」の音が聞こえてくる。
一つ、図書館の閉架書庫の奥には呪われた二冊の本がある。そこには自分の過去と未来が書いてあるという。見つけても決して読んではいけない。読んだら呪われてしまう。
一つ、高校校舎には地下室がある。1階のどこかが秘密の入り口になっている。
一つ、校庭の隅にある桜の木のどれかで、昔、生徒が首を吊った。
一つ、中庭には人の顔をした猫が出没する。目を合わせることができれば3つだけ願いをかなえてくれる。
一つ、渡り廊下にある鏡を4時44分にのぞくと中に引き込まれてしまう。
一つ、北館には亡霊が彷徨っている。そのため、北館では生徒の数が合わないことがある。
「まずは、整序からね」
そういって、わたしたちの謎解きが始まった。
***
今になって思えば、たぶん、ここが、私たちが引き返すことのできた最後の地点だったのだろう。
私たちが、この円環の物語の、その全き環の端に手を触れてしまったことに気がつくのは、もう少し先のおはなし。