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Logos Infectus  作者: tym
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序章 円環のヒストリア 3


「七不思議ですか?」

「七不思議?」

「学校の怪談?」


受け答えは違っても、答えはみんな同じだった。

誰に聞いても。


一つ、渡り廊下にある鏡を4時44分にのぞくと中に引き込まれてしまう。

一つ、誰もいない音楽室から夜、「運命」の音が聞こえてくる。

一つ、校庭の隅にある桜の木のどれかで、昔、生徒が首を吊った。

一つ、図書館の閉架書庫の奥には呪われた二冊の本がある。そこには自分の過去と未来が書いてあるという。見つけても決して読んではいけない。読んだら呪われてしまう。

一つ、高校校舎には地下室がある。1階のどこかが秘密の入り口になっている。

一つ、北館には亡霊が彷徨っている。そのため、北館では生徒の数が合わないことがある。

一つ、中庭には人の顔をした猫が出没する。目を合わせることができれば3つだけ願いをかなえてくれる。


全く同じ。

一言一句違いなく。


どういうこと……?


「櫻花高校の七不思議、ですか……」

極めつけはこれ。


たまたま用事で職員室に立ち寄ったときのことだ。

用事があったのは雛森先生。


不意に思い出したのだ。

――そういえば、雛森先生って櫻花のOGじゃなかったっけ。


雛森先生は三十前後の英語の先生で、櫻花で学んでいたのは十数年前だ。


その先生に、思い切って七不思議のことを聞いてみたのだ。


「七不思議……」

先生は、わたしが運んできたプリントから顔を上げて何かを思い出すように上を見る。


さすがに、先生の時代には今の形の七不思議なんてなかっただろう。

そう思っていた。


しかし、

「そんなのもありましたね」


そして、答えた。


あたりまえのように、

寸分たがわない「解答」を。


レポートのことなど、とうに頭から吹き飛んでいた。


***


「美冬ちゃん!」


放課後、わたしはまた北校舎の屋上へと向かう階段へと向かう。


放課後に美冬ちゃんがここにいる保証はない。

櫻花高校は全寮制だ。美冬ちゃんはもう寮の部屋に戻ってしまっているかもしれない。


しかし、美冬ちゃんはいた。


昼休みと変わらない場所で、変わらず本を読んでいる。

足元にはいくつかの紙袋があるが、それを除けば何一つ変わっていない。


「美冬ちゃん!」


美冬ちゃんがわたしに気付く。

「そんなに息を切らしてどうしたの? まあいいわ、頼みたいことがあったのよ」


息が切れているのは走って階段を上ったからだ。


「どうしたのじゃないよ。やっぱりあの七不思議、何か変だよ」


美冬ちゃんは私の表情を見て察したらしい。

「誰に聞いても同じだったのね」


「そ、そう! 沙耶ちゃんも、山野さんも、雛森先生も、他にもいっぱい聞いたけど、みんなおんなじ、みんなわたしが言ったのと同じことを言うの!」


「雛森先生に聞いてくれたのね。頼みごとが一つ減ったわ」


「頼みごと?」

雛森先生に七不思議のことを聞くのが?

「というか、美冬ちゃんはこのことに気づいてたの?」


「明らかに異常な状況だったもの、私からすればだけど。もしかしたら貴方以外でもそうなのかもって想像しても不思議じゃないでしょ」

そっと美冬ちゃんが立ち上がる。

「そのための準備もしてある」

そして、足元の紙袋を持ち上げる。


「それは?」


美冬ちゃんがそこから取り出したのは沢山の冊子だ。

市販のものではないようだが、手作りというわけではない。印刷所を通してちゃんと製本されたもののようだ。


「これは文芸部の部誌のバックナンバー。こっちは、文芸部室にあった他の部の部誌よ」

「そっか、そういえば美冬ちゃんは文芸部員だったっけ」

「限りなく幽霊に近いけどね」

櫻花高校では、生徒は部活動に入ることを強制されている。

美冬ちゃんはたしか文芸部員だった。

ちなみに、わたしは吹奏楽部だ。

といっても、吹奏楽部は式典の前後しか活動がなく、わたしに割り当てられているのは簡単な楽器なので普段は何もしていない。

その点では、わたしも美冬ちゃん同様幽霊部員のようなものだ。


「文芸部室からとってきたの。何か昔の記録が残ってないかと思ってね」


彼女は中から一冊を取り出して私に見せる。


「すでに何個か関係する記事を見つけたわ」


中を見る。

七年前のもののようだ。

文芸部誌といっても、全部が全部小説や随筆だということはなく、学校の噂や当時の出来事をまとめた軽めの記事も所々見られる。

七不思議のことが書いてあるのも、そんな記事のうちの一つだった。

そこにはまたしても七不思議が一言一句違わず載っている。

慣れてしまったのか、わたしはそんなに驚かなかった。


「これが七年前の記事。ということはこの噂は七年前からまったく形を変えずに伝わっていることになる。一応、今見た中で一番古いのはこの記事だけど、いったいどこまでさかのぼれるのかしらね。雛森先生が知ってたってことは十数年は遡れることになるけど…… 雛森先生はなんて?」


「うん、先生の頃からあったみたい。先生は誰から聞いたとかは覚えてなくて、ただなんとなく周りの人から伝わってきたって…… 先生の先輩も知ってたそうだから、先生の代が発祥ってこともないと思う」


「そう、まだ遡れるってことね……それで貴方に頼みたいことがあるの。文芸部以外が何か書いていないか知りたいわ。新聞部や社会科研究部、文化研究部でもいいわね。貴方、その何処かに知り合いは?」


「新聞部に、社研に文研? 全部大丈夫だと思う」

わたしはなぜかわからないが顔が広い。数少ない自分の長所だ。


美冬ちゃんは感心したように息をのむ。

「さすがね。じゃあ、部誌のバックナンバーを借りてきてもらえないかしら? 私が行くよりも貴方が行く方が波風がたたないでしょうから」


「うん。わかった。どれくらい借りてくればいいかな? 結構な量になると思うけど……」


美冬ちゃんは上を向いて少し考える。

「とりあえず、十九年前から十三年前、できれば十年前まででお願いできる?」

「いいけど、なんで十九年前なの?」

「図書館の閉架書庫の奥には呪われた二冊の本がある、だったかしら。第一と第二図書館には閉架書庫はないわ。そして、総合図書館はたしか十九年前にできたはずよ」


――そうか。

ここで、櫻花女学院について少し説明しなければならない。

櫻花女学院は初等部、中等部、高等部からなるミッション系の女子校だ。

初等部は都会にあり、生徒は自宅から通うが、中等部、高等部は田舎にあり、全寮制だ。

ちなみに、わたしは初等部から。美冬ちゃんは中等部からだ。

まわりから隔絶しているため、少々浮世離れしているが、生徒にとって最大の問題は娯楽のなさである。

田舎で周りに何もないことと、厳格な校風とがあいまって、生徒にとって気晴らしがほとんどない。

そのため、生徒の一番の娯楽は読書になる。

この学校ではどんなに本を読まない子でも月に数冊は本を読む。

自然、図書室は充実する。

中等部用の第一図書室、高等部用の第二図書室は主に小説や文庫本を集めた図書室で、生徒が一番利用するのもここだ。

それに対し、高校校舎一階とつながってる総合図書館は、もう少し固い本を集めた図書室で、勉強や調べ物――特に「文集」に関するもの――に使われることが多い。

たしか、閉架書庫と名の付く場所は総合図書館にしかなかった気がする。

美冬ちゃんによれば、総合図書館ができたのは、十九年前らしい。

つまり、この学校に「閉架書庫」が存在するのは十九年前から、ということになる。


「もちろん、十九年より前にもどこかに本を置いていたはずで、そこを『閉架書庫』だと解釈することもできるから、完全とは言えないけどね」

美冬ちゃんはそう付け足した。


「わかった。じゃあ頼んでみるね」


「ありがとう、相応の御礼はさせてもらうわ」


相応の御礼なんて言葉、美冬ちゃんの口から出てくるとなかなか仰々しい。

「お礼なんていいよ」

――もう少し心をゆるしてくれてもいいのに……

友だちなんだから、と言いたかったが、それを言い切ることはできなかった。


――わたしと美冬ちゃんは友達なんだろうか?


少なくとも、沙耶ちゃんとわたしのような関係とは違う。


わたしと彼女はどういう関係なんだろう?


いや、そんなことはどうでもいいや。

考え込むのは違う気がする。


いつだって直感で、

感じたままに、

思うままに、


ただ、それだけでいい。


「お礼なんていい、ね」


驚いたことに、美冬ちゃんが悪戯っぽく笑っている。


「貴方らしくていいけど、その言葉、覚えておくことね」



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