ものくろ さまー
― さん ―
それは、数年前に遡る。
『ねえ、はやくっ!』
『おまっ! まてよ!』
白いワンピースにリュックを背負った少女が、少年の前を駈ける。
あいもかわらず長く暗い階段を走り上り、境内につくと、腕を目一杯掲げて、伸びをした。
少女は、『遅いね』と、うきうきした声で言う。
対して、遅れてやってきた少年が、『そりゃ、これ、持ってるしな……』と、息を切らせながら、持っていたものを置いた。
たいそう中身の詰まってそうな、重たいスイカが、網に入っていた。
少女は近づき、『そんなに思いの?』と首をかしげ、手にしていた懐中電灯をスイカに持ち変える。
『あら、軽いわ』
『そりゃ、おまっ、はぁっ』
『じゃあ、あとは私が持ってってあげる』
『あ、ちょっとまてよ!』
静止も聞かず、少女は、スイカをブンブン回しながら走っていった。
『あぶないぞ!』
置いていかれたライトを手にして、少年は後を追った。
草をかき分けて、追いかける。
『おい! まてよ!』
変わらず、スイカを振り回しながら楽しそうに前を走っている。かろうじでライトの当たる位置に少女がいるくらいで、気を抜いたら、藪に視界を防がれて、消えてしまうだろう。
『こんな暗い中で走り回ったらあぶねぇ!』
『花火、始まっちゃうよっ』
やがて、木々の隙間から僅かな光が見えた。時折なにかが弾け光っている様子から、おそらく花火の打ち上げは始まっているのだろう。
『おーい! スピードおとせ! とまれ!』
『大丈夫、前は見えてる――』
少女がくるりと回転する。
スイカを持ったまま。
『――ッ!?』
遠心力を持ったそれは、振り回すように少女の体を揺れ動かした。
おぼつかない足のまま、少女は藪から飛び出し。
『バカっ! おま――』
崖のふちから、身が落ちた。
『――ぁっ?』
何が起きたの? と言わんばかりの表情が、打ち上がった花火の光で浮き上がる。
飛び出した少年の手は、虚しく虚空を掴んで終わった。