昔をつなぐ花火
― に ―
さてはて、ずーっと歩いて数時間たったようだ。
いつの間にか日も傾き、風景に朱が差し始めていた。
だいぶ下ってきたが、スイカは一向に見当たりはしない。
「……これは、いよいよもって買ってお詫びってか?」
さらに下って行くと、川はYの字に別れだした。スイカが流れていった場合、このどちらかが正解で、片方ハズレ。
ずっと思ってたけど、もしかしたらこれ、もう追いつけない場所まで流れているだろう。その可能性、百パーセント。
「あああ、ダメだダメ! これはもうムリだ!」
というか、こんな体力浪費しなくても、すぐ諦めて買ってくればよかったのではなかろうか……。
せっかくの帰省一日目は、こうして幕を閉じるのだった……。
「まって」
引き返そうと反対方向に歩き出した時、裾を引っ張られた。
「まだ探すんか?」
「そうよ」
「もうここまで来ちまったら、完全に追いつけんよ? 途中で買ってってやるから、帰るぞ」
「そういうわけにはいかないわ」
「そのスイカにこだわらなくても……」
「ここまできたんだもの。もう少し付き合ってよ」
「付き合ってるのはお前のほうだろ? ほれほれ帰るぞ」
「ダメっ!」
「っ」
突然の叫び声。普段おとなしいこいつが、こんなに声を荒げるなんて、よっぽどだった。
「こっち……」
そう言って、袖をぐいぐいと引っ張ってくる。
「そっちにスイカは流れたのか?」
「……」
言葉での返答は帰ってこないものの、こいつの引っ張る力は一向に弱まる気配を見せない。
つまりは、それがこいつなりの答えだった。
「あいよあいよ。ここまで来たら、もうとことん付き合ってやら」
俺はなかばやけくそ気味に、こいつに連れ立ってやることにした。
Yの時の股を左に曲がり、しばらく歩いていると。
川の通り道の途中に、神社へと続く長い石段が伸びていた。
こいつは、その手前で止まり、なにかを訴えかけるかのような目で、俺を見てきた。
「おいおい。さすがにこっちにスイカは流れないだろ」
流れると言うよりは、逆流だ。
だがしかし、こいつは何を言うでもなく、日もくれて幕を下ろしたような暗闇の続く段の向こうを、見上げていた。
「……そっちにスイカが逆流したとでも言うのか?」
「そう」
「バカな」
ちょいちょい。
視線はそのままで、服の裾をつまんでくる。
「……はいはい。付き合いますよっと」
俺がそう言うやいなや、こいつは裾を放して、ひとりでに階段を登っていった。
「なにがどうなってやがんだ」
わけもわからないまま、俺はこいつに流されるがごとく、ついていくことにした。
「おい、おまっ、ちょいまって……!」
想像以上の段数に、俺は途中から息を切らしていた。
体中汗だくだ。
しかし、前を先導するこいつは、決してペースを遅らせること無く、登りはじめた時と同じスピードで、黙々と登っていった。
「もう少し」
「もう少しって……」
ふと顔をあげると、ひたすらに暗がりだった段のてっぺんから、星空が見えていた。どうやら、ゴールはそう遠くないようだ。限界まで使った筋肉に、最後の力を入れ、上り詰めた。
今までの道とはいっぺん。星空で輝いた空が、俺を出迎えた。
広い境内を、夏にしては涼しい風が凪いでいる。
青々と茂った木々が、枝を木の葉を揺らし、静かに賑わっていた。
「こんなところが、あったんだな」
そう感心していると。
「ここ、君が教えてくれたんだよ」
「は? 俺、こんなところ……」
「君が教えてくれたんだよ」
ふっと踵を返し、影を落とした顔で微笑みながら、そう言ってくる。
しかし、記憶がない。
こんなところ、覚えてない。
「なにバカなこと言ってるんだ」
「それはこっちのセリフだよ」
「どういうこっちゃねん」
「ここは、君が教えてくれた場所なんだよ?」
「だから、その意味が――」
俺の言葉は、大きな音にかき鳴らされて消えた。
まばゆい光が、連続で空に打ち上がった。
「これは……」
打ち上げ花火だ。
「いつも、お盆の時期は花火が上がってたよね」
逆光に照らされながら、こいつは言った。
「あ? ああ、そういえばそうだったな」
「最初に君がここを見つけて、私に教えてくれたの。あの時は、たしか幼稚園」
「何言って……」
「お母さんやお父さんに怒られても、毎年二人でここに来ていたわ。小学校の頃、そして、中学校のあの夏」
「んなもん――」
知らねぇ。そう言おうとしたのだが。
まるで花火の爆発に呼応するように、俺の頭がズキズキと唸りだした。
「ぐぅんッ!」
あまりの痛さに、俺は頭を抱えてひざまずく。
どぉん……。
ずきっ。
どどぉん……。
ずきずきっ。
「やめろ……やめてくれ……!」
まるで、井戸の底から水を汲み上げるかのように、なにかが俺の中からこみ上がってくる。しかし、揺らめくだけで、それがなんなのかが、わからない。
「思い出して? 二人だけのここを。私を」
「思い出してもなにも……――ッ」
白いワンピース。
花火。
スイカ。
……スイカ?
「…………そう、だ」
すべてを、思い出してしまった。
俺は、ふらふらと立ち上がり、光轟く花火の方へと進んでいく。
そこは、神社の裏手の藪の中。うっそうと茂る草を分けることもなく歩いて行くと、開けた場所に出るのだ。
そこは、小さな田舎町を見渡せるほどに高い、崖のふち。
村の、そう遠くない向こう側には海があり、そこから花火が打ち上げられている。これだけの絶景を、今、俺は独り占めしていた。
「俺と、お前の」
……いや、独り占めじゃないか。
「秘密の場所、だよね」
ついてきたらしく、俺の後ろで、こいつはそうつぶやいた。
完全な穴場スポット。廃れきり風化していったこの神社には、俺達以外にだれも来ないところだったから、二人の秘密の遊び場だった。
お盆の時期には、よく二人で、花火を見にここへ来たものだ。
――そして、あの時も、こんな星空で、こんなきれいな花火が打ち上がる夜だった。