09.短気な人 :小川視点
大原くんは短気だ。
短気すぎて時々墓穴を掘り、いらないやっかいごとまで引き受けるハメになる。
「らぶらぶだねぇ」
「大原、やっさしーー」
「小川って、大原と付き合ってんでしょお?」
「休みの朝に一緒に買い物してるんだもんね」
「新婚さんいらっしゃ~~い」
「お似合いじゃん」
「らっぶらぶ! らっぶらぶ!」
囃したてられ途方に暮れていた私を助けてくれたのは、みんなよりやや遅めに登校した大原くんだった。
「俺と小川が付き合ってたらそんなに面白いかよ」
いつもの怒鳴り声ではなかった。
氷のような声だった。
だが、その中に灼熱の怒りを誰もが感じ取り、息を飲んで動きを止めた。教室内がしんと静まりかえる。
「なぁ、小川。俺とおまえはお似合いらしいぜ」
私は大原くんの怒りを沈めたくて、首を横に振った。
お似合いなんかじゃないよ。
全然、大原くんは私なんかに似合ってないよ!
つりあってないよ!
「俺が相手じゃ気にいらねえんか?」
ちがうちがうちがう!
私はより一層激しく首を横に振った。
「私が」不服じゃなくて、「大原くんが」不服なの!
声に出して否定すればいいのに。
私の喉は、急にその機能をなさなくなった。まるで、声の出し方を度忘れしてしまったみたいに。
あんまり激しく首を振りすぎて、頭がくらくらした。
「じゃあ、問題ねぇな」
有無を言わせぬ強い口調だった。意味がわからず頭の中をクエスチョンマークが飛び交う。
(え? なに? 何の問題??)
「俺とおまえが本当に付き合っても」
大原くんは教室中をぐるりと見回すと、そう宣言した。
「これで文句ねぇだろ」
彼は黒板に目をやって、獰猛にその猫目を眇めた。
「俺とこいつに関して二度とふざけた真似すんじゃねえ。次は容赦しねえからな」
そう宣言すると、自分の席に向かいどっかり腰を下ろした。
「一分以内に消せ。さもないと……」
最後まで彼が言い終わる前に、黒板付近にいたクラスメイト数人が我先にと黒板消しに飛びついた。
そうさせるだけの迫力が彼にはあった。
私はコトの成り行きについていけず、ただ呆然と立ち尽し、自分と大原くんの名前が描かれた相合傘が消えるのを見ていた。
――その日、私は大原くんから喧嘩腰の告白をされ、なにがなんだか分からないうちに彼と付き合うことになった。