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07.笑う人泣く人 :小川視点


小さな女の子が泣いている。

おかあさんを探して泣いている。

きっと見つけてくれると信じて泣いている。




「なにやってるの…っ。あぶないでしょ…!?」

母親とおぼしき女性から責めるような口調で咎められ、私の肩の上は軽くなった。

「おか…」

「勝手にどこかへ行かないでって! どうして言うこときけないの!?」

母親の腕に抱かれた女の子はそう叱られ身体を縮めるが、……だが、その顔には確かな安堵があった。

母子はそろって私の方を見る。

母親は少し気まずげに会釈し、すぐに踵を返した。

女の子はじっと表情のない目でこちらを見て、小さく手を振った。

……なんとなく手を振りかえす気にはならず、私はぼんやりとそこに立ち尽くす。

(お母さんが見つかってよかった)

そう思う心は本物なのに。

ぽっかりお腹に開いた穴にひゅるんと冷たい隙間風が吹き込んだ。


なんだろうこの気持ち。


一生懸命した行動が喜ばれなかったから、虚しいのだろうか。

それとも。

女の子が羨ましいのだろうか。

捨てられずに、ちゃんと迎えにきてもらえて、……羨ましいのだろうか。

でも、そうではなくて、なんだか少し違う気がした。


そうではなくて。

虚しいとか、羨ましいとか。

そんなんじゃなくて。


(……ミジメだ)


冷たい風に吹き込まれた黒い穴がじわりとシミのように広がる。


惨めだ。


ただ、そう思った。




打ちのめされた気分でいた私の腰に、なにか固いものが当たる。

機械的に振り返った先に大原くんがいた。

ものすごくビックリして、私は慌てた。

え? え?? えええ? なんでここに大原くんが…!?

ご近所さんなので人の集まるスーパーで顔をあわせたっておかしくはないのに、この偶然に私は酷くうろたえていた。

うろたえたまま幾つか会話を交わし、――その中のどれが面白かったのかイマイチわからないが、なぜか、大原くんに思い切り笑われた。

私のことを彼は、

マヌケと言って。

オイシイと言って。

カムなと言って。

スズメの巣だと、ぼさぼさだった頭を笑った。


――馬鹿にするような言葉の連続だったけど、ちっとも嫌な気持ちにはならなかった。


だって、すごくいい笑い顔だったから。

何が彼のツボにはまったのかてんでわからなかったけど。

大原くんが思い切り笑ってくれたから。

マヌケな私を笑い飛ばしてくれたから。

なんだか救われて。

もやもやした気持ちも吹き飛んで。

現金な私は、とっても得をした気分になった。

それこそ一パック99円の卵をゲットできた以上に、得をした気分になった。少なくとも大原くんの何のてらいもない無邪気な笑顔は卵よりはよっぱど希少価値が高い。


私の中に空いて隙間風が吹いていた穴は大原くんの太陽みたいな笑顔で塞がった。

すっかり毒気を抜かれて、彼に礼を言うと、大原くんは現実にかえったみたいに笑顔を引っ込めて、くるりと去っていった。

小柄な背中は、あっという間に人ごみの中に消えてしまう。

そんな愛想のない行動は、もういつもの大原くんだった。

でも、私のなかに大原くんの笑顔はその後も鮮明に残り、輝き続けた。ずっと。

苦しいときや、悲しいときや、心に再び穴が空きそうになったとき、彼の笑顔を思い出すとほっこりと慰められた。……たとえ、彼が傍にいなくても、ずっと私を支えてくれることになる大切な宝物になったのだった。


ただ、そのときは、そこまでの認識はなく、私は大原くんの意外な一面を見たな、とやっぱり得した気分で足取りも軽く家路についたのである。早起きは三文の徳というのは本当だ。

……そして、卵以外の他の頼まれていた買い物をすっかり忘れ去っていた私は、母親に呆れられるというオチがついた。

当然、スーパーに引き返したことは言うまでもない。

今度は大原くんには会わなかった。

彼に知れたらまたマヌケと笑われるだろう。

……そんな想像をすると二度目の買い物も苦痛ではなく、なんだか楽しかった。


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