03.小さくて大きいひと :小川視点
大原くんは、小さ……小柄だ。
苗字と容姿がアンバランスで、それをからかわれたり揶揄されたりするのだけれど、外見にまつわる彼の反撃は苛烈で過激で容赦ない。
「チビ」という言葉には「アホバカカス○チン」だし、
「小原」と名前をもじられれば「小原って誰のことだよ。人の名前もちゃんと覚えられないすっからかんの頭かよ。脳みそ詰まってるか?」だし、
「小学生」と間違えられれば「目ぇワルイんだろ。眼科行ってこい」だ。
誰彼構わず馬鹿にされれば牙を剥く。
なので、彼に対して身長のことは禁句なのだが、……世の中には怖いもの知らずというかなんというか、わざわざ相手の神経を逆撫でして反応を楽しむ性格の悪い人もいるのである。
「なぁなぁ、大原、鉛筆が『チビ』っこくなったから一本貸して」
「……ちゃんと返せよ(怒)」
「今日は秋晴れだなぁ。『大原さんが~大原さんが~大原さんが~見ぃつけた~、小さ』」
「見つけてねえ(怒怒)」
「あ。見ろよ大原。廊下をちび○子ちゃんが歩いてる!」
「んなわけねえだろ!(怒怒怒)」
大原くんの好敵手である中條くんは、顔をあわせるたびに彼に少々(?)悪趣味なちょっかいをかけている。
……それはもう心底楽しそうに。
露骨な誹りには、正面対決する大原くんだが、変則技は苦手のようだ。
どこか不器用な正直さは私には微笑ましく映る。
「大原~。おまえってさ、小学生…」
「あぁ?」
「……の弟、いたよな。もう俺いらないから、これ、やるよ」
中條くんが彼に差し出したのはゲームのカードだった。
分厚い束になったものが無造作に輪ゴムでとめられている。
ウチにも弟がいるからよくわかるが、カード一袋ずつは子供の小遣い程度でも買える金額だ。だが、数や種類を揃えるのにハマるととたんに出費は嵩み、最終的には世にも恐ろしい高級玩具へと変貌する。
私はあまり詳しくはないがレアカードとかあるらしい。
それを引き当てるために、何十枚ものカードを買う子もいるのだとか。
(でも、中條くんってカードゲームが好きそうには見えないんだけど…)
アレだけの束、ざっと目算しても諭吉さん一枚じゃ到底下らないだろう。
それが大原くんにもわかるのか、カードに視線をやったまま手を出しかねている彼に、中條くんがさりげなく付け加える。
「俺も親戚の兄ちゃんにもらったもんだから、古いのとかごっちゃだけどね」
『お古』という言葉に背を押されたのだろう。
なんとも微妙な顔をして、大原くんは中條くんからそれを受け取った。
たぶん自分のためならば絶対に受け取りはしなかったと思う。
彼は、とても弟想いなのだ。
(中條くんもズルイなぁ)
弱いところを突いてくる。
でも、昔から彼らはこんな感じなので、そういう友情の形もあるのだろうと私はぼんやりと彼らのやりとりを眺めていた。
「……わりぃな。あいつ、喜ぶよ」
「気にすんな。俺が持ってたって仕方ないし。もらってくれれば俺も親戚に角が立たない」
弟の喜ぶ顔を想像したのか、めったに笑わない大原くんの目元が優しく綻んだ。
それを見る中條くんの眼差しも柔らかい。これも珍しい光景だ。
(知ってるんだろうなぁ…、中條くんも)
大原くんは、身長はともかく、存在感も態度もデカく、強気で声も大きくて、……加えて懐も案外大きかったり、する。
一応、名は体を表している……のである。
でもとてもわかりにくいので、それを知る人間は、ごくごく少数に限られる。もったいない話だ、と思う。
―――それは違う、と私が中條くんに諭されるのはもっとずっと後の話である。