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11.彼女 :小川視点


日曜日の待ち合わせ場所と時間と行き先を伝えに来てくれた中條くんに、私は気になっていたことを訊いた。


「あ、あの。中條くんのカノジョって、この学校の人?」


同じ学校の子なら事前に名前くらいは知っておいた方がいいと思ったのだが、それに対する彼の応えは私がまったく想像していなかった驚くべきものだった。


「いないよ、カノジョなんて」


中條くんは、さらりとそう答えたのだ。


「…? でも、ダブルデート、なんだよね…?」


「安心して? 当日までには適当に見繕うから」


(ええええ?? カノジョって適当に見繕えるものなの!?)


彼の言い方だと、「ちょっとそこのコンビニでアイス買ってくるね」くらいの気楽さだ。


確かに中條くんはモテる。

お洒落で、話も上手くて、女の子に優しくて、お金持ちで、カッコいい。

それに加えて、なんというか……色っぽいのだ。

クラスの女子たちは彼のことをこっそり「フェロモンさん」と呼ぶ。

「くん」じゃなくて「さん」をつけるのが拘りらしい。よくわからない拘りだが、確かに中條くんは大人っぽいので「くん」より「さん」が合っている感じだ。

彼からは女の子をうっとりさせるようなフェロモンがでているので、誰が言い出したか不明だがそういう裏の渾名がついたらしい。

そんな彼に掛かれば「カノジョ」もコンビニアイス並に手軽にゲットできるものなのだろうか?? 

謎だ。


「じゃ、日曜日にね」


困惑して二の句が継げない私にちらりと視線を流し、ふと口元だけで笑って彼は去っていった。

……中條くんの流し目は目の毒だ。

色気光線に当てられると、私はドキドキではなくアワアワして阿波踊りでも踊ってしまいそうになる。明らかに挙動不審者だ。なので、なるべくなら傍に寄りたくない人なのだ、彼は。


そんな彼と、――大原くんと、何の因果かダブルデートをすることになってしまった私はとっても気が重かった。

大原くんも、中條くんに負けず劣らず存在感のある男の子だ。小柄だけれど、……なんというか目を惹く存在なのだ。中條くんとは違った種類の華やぎというかオーラというか、そういう感じのものがある。だから、みんなもなんだかんだと大原くんにちょっかいをかけるんだと思う。


(……今まで、こんなこと考えたことなかったのにな)


大原くんは、大原くんで。

特別な誰か、などと遠い目で見たりしなかったのに。

彼と自分を並べて考えたことなどなかったのに。


今は、――どうしても比べてしまう。


自分と彼を。


煌びやかな彼らと、自分とでは明らかに違う。

不似合なことぐらい、自分でもよくわかっている。




(わかっているんだよ……)


だから、


「ねぇねぇ、大原と付き合うことになったって本当?」

「っていうか付き合ってたんだよね」

「日曜に一緒に買い物行ったって聞いたよ」

「だけどアノ大原だよ~」

「よく付き合う気になったよね」


そんな見当違いなこと言わないで欲しい。

休み時間、トイレの個室から出ると違うクラスの女の子達が待ち構えていて、私を取り囲み、口々に勝手なことを言い始めた。


(大原くんは、優しい人だから、ただ、見過ごせなかっただけで…)


「だって、」

「ねぇ、」


含むように言って、彼女たちはお互いの目を見交わした。

そして彼女たちの内の一人が悪気のカケラもない声で、するりと口にする。


「だって大原ん家って、セーカツホゴ受けてんだよね」


――限界だった。


「私の方が不釣合いだから!」


女の子たちがぎょっとこちらを見たのに一瞬怯むが、私は勢いのまま続けた。


……なんとなく。なんとなく、昨日、教室で皆に怒鳴った大原くんもこんな気持ちだったんじゃないかと思った。


「大原くんは頭も良くて運動もできて歌もすっごく上手いんだから! 弟想いで、おじーちゃんおばーちゃんを本当に大切にしてて、優しくてカッコいい人なんだから!」


お家が貧乏だとか、お父さんとお母さんがいないとか、……そんなことおくびにも出さない強い人なのだから。


そんな風にけがさないで。

おとしめないで。


私なんかよりずっとずっとスゴイ人なんだから。


(やめてよ…)


お願いだから。


「……なに大川、ベタ惚れじゃん」

「ダサぁ~」

「まー、似合いなんじゃない?」

「凸凹カップル誕生」

「身長は男女逆転してっけど」


あははははは。


トイレに反響する笑い声に、私は耳を塞ぎたい衝動に駆られた。実際、そうするために動きかけた。


「その子の名前は大川じゃなくて小川よ。誰? 間違えたの」


突然割って入った静かだがどこか力のある第三者の声に、笑い声は止み、私の上がりかけた手も中途半端に止まった。


「っげ。サダ子」


誰かが短く叫んだ。


トイレの出入り口に立つ友達を見つけて、私はほっと心の底から安堵した。

だが、他の女の子たちはまったくの逆だったようだ。

青ざめて、全員が食い入るように彼女の方を見ている。


「祟るわよ」


にやりとアルカイックスマイルを浮かべて彼女がそう口にすると、女子トイレに「ぎゃああああああ」という絶叫が響き渡った。

思わず今度こそ耳を塞いだ私の目の前から、女の子たちは我先にとトイレから飛びだしていき、あっという間に消えてしまった。まさしく脱兎のごとく。

入り口を空けてそれを悪そうな笑みを浮かべて見送った彼女が、すっとこちらに近づいてくる。

首の後ろで飾り気のない黒いゴムに止められた長い漆黒の髪が、彼女の動きにあわせて揺れ動く。有名なオカルト映画の女性みたいだとみんなが怖れるその髪が、とても手触りよく、つややかな光沢を放つ類稀なる美しさを持っていることを私は知っている。


「流ちゃん」


彼女、佐多流華さだ りゅうかは私の小学校時代からの友達だ。

みんなから「サダ子」なんて呼ばれるにはワケがある。苗字が佐多だからというのもあるが、彼女は自称霊感少女なのだ。「自称」というのは自らが面白がって頭につけているだけで、たぶん彼女はホンモノだ。

よくわからないが、……時々、何もない空間をじっとみていたり、何かに気をとられていたり、独り言を呟いていたりする。

何かいるの? と怖々聞くと、もの凄く爽やかな笑顔で「何も」と断言してくれるのだから――本気で怖い。

そもそも「サダ子」と呼ばれているのだって、彼女がそう仕向けた、……というかほぼ自作自演だったりする。

小学校のときに、同級生の男の子に「名前が佐多だからおまえは今日から『サダ子』だ」と意地悪された(からかわれた?)ことがきっかけで、彼女はそれらしいフリをするようになったのだから。浮世離れしたところのある彼女は、その時まであの有名な「貞子」を知らなかった。

「貞子」を知った彼女は、それを嫌がるどころか驚くべきことに「貞子」のマネを始めた。

肩くらいの長さだった髪を伸ばし、「祟る」とか「呪う」とか言っては乱暴な男子やちょっと意地悪な女子を脅し、わざと不気味な笑いを浮かべる。

……つまりさっきみたいに。

今ではすっかり板についた「サダ子」ぶりだ。

そんな彼女だが、私が一番好きで信頼している女友達だったりする。親友、だなんておこがましい気がして口に出したことはないけれど私にとっての親友は紛れもなく彼女だった。

なんでそんな風にワザと人から嫌がられるように振舞うのか以前訊いたら「楽だから」という意味不明な答えが返ってきて私はますますわけがわからなくなった。どこがどう楽なのかさっぱりだ。

でも、とりあえず流ちゃんが楽ならいいかと納得した。



「大原と付き合うことになったって本当なの?」


私はどきんとして、言葉に詰まった。

本当だけど、本当じゃないからだ。

ウソではないけど、大原くんの気持ちは、……違うだろうから。


何も言わない私の肩をぱしぱしと彼女の手が払う。

続いて、背中と脇と最後にお尻も。

「ひゃあっ」

「……ヘンな声ださないで。まるで私がイヤらしいことしたみたいじゃない」

「だって、流ちゃ…お尻、触っ…」

「お尻くらいなによ。大原が触る前に私が触っておくの」

「流ちゃん意味わかんないよ!」

だいたい大原くんがそんなことするわけないもの。

(お、おし、おしり…なんて…)

大原くんに触られる自分を想像しそうになって私は慌ててぶんぶんと頭を振ってそれを追い払った。

ありえないありえない!

一人でうろたえる私をオモシロそうに見ていた流ちゃんが、ぽそりと呟く。

「これはあれね。娘を嫁にやる父親の心境ってやつね」

「……流ちゃん」

私はあなたの娘になった覚えも、あなたみたいな父親をもった覚えもありません。

「まぁでも、大原なら、良いわ。あなたにしては優良物件を掴まえたわね。……彼は大概のものなら吹き飛ばせる力があるから騎士ナイトとしては合格よ。ちなみに中條はやめときなさいね。アレは不良物件だから。余計なもの一杯ぶら下げているもの」

……なにがぶら下がっているのでしょうか。もちろん、怖いからあえて訊いたりしないけど。


「里子」


涼やかな声で名前を呼ばれる。昔から、流ちゃんの声は凛と透き通っていて、彼女に呼ばれると私の古臭い名前もなんだか特別なもののように聞こえるから不思議だ。

手が上がり、彼女の白くて長い繊細な指先がそっと私の頬に触れた。


「……あなたはそのままでいなさい。無理に変わろうとしなくていいわ。私を含め、あなたの身近な人間はきっとそれを望んでいないから」


指先が頬を撫ぜ、そして彼女は続ける。


「いずれ、否が応でも変わらなければならないときが来るから、きっと…」


そのときに私が傍にいられればいいのだけど、小さく密やかに付け足して、彼女は少しだけ困ったように笑った。


――「自称霊感少女」はときどき「自称預言者」になり、神託のようなものを余人に与えることがある。

そしてそれは、大抵の場合、……現実のものとなった。


私は、なんだか厳かな気持ちで彼女の言葉を胸に刻み込んだのだった。



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