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C.O.E. ~ヘタレ勇者の冒険~  作者: 滝音小粒
ジャレプの章
9/43

第8話 敵と敵

 僕がこちらに召喚されて来て丁度1月になるその日、ついに決戦の時が訪れようとしていた。僕の率いる王国軍8千万が魔王子バックスによって占拠されたマールス城を包囲し、残るは勇者である僕が最後の通達を上げるだけだった。


 ……、はい、嘘です。殆ど事実なんだけど、肝心な所が色々省略されています。


 正規軍は、騎士団と国境方面から引き抜けた2千弱で、ほぼ同数のアカデミーの学生と教師陣、残りは一般市民とは言えないけど攻撃魔法を使える様々な職業の人達(周辺の村の警備隊や、傭兵、職人とかもいるし、無論冒険者も居る)だった。


 寄せ集めの軍を指揮しているのは騎士団副団長のリースさんだったし、寄せ集めとは言えこれだけの戦える人間を集めたのはトーマさんの功績なんだよね。


 王国としては、魔王子の軍が呼び込んだ魔獣の被害が出始めた事と、巫女姫モニカの相変わらずはっきりとしないけど、はっきりとした預言に後押しされる形で、今回の出征を容認した形になるね。


 一方の魔王子軍も、数だけなら5千を超えているらしい。マールス城を守る堀を埋め尽くす程に増殖したスライム達を数に入れればだけどさ。間違って堀に落ちると、人間なんかは生きて這い上がれないという意味では恐ろしい防御だけど、うねうねしているだけで攻撃の足しにはならないね。


 城には立派な石橋が掛かっているし、それも壊されていないんだから、正面から挑む分には何の障害にもならないスライム君達だった。(あ、ブラックラットとは戦ったけど、何とかスライムとは戦わなくて済みそうだね)


 魔人が魔獣を操っているという話もあったけど、質量共に不足気味らしい。この城はこの辺りでは最もマナが濃い場所だけど、濃さだけならダンジョンの方が数倍上だと感じる事が出来る。(出来る様になっただけどね!)


「ヒロキ殿、準備は宜しいかな?」


「あ、リースさん。僕の方は、ゆっくり休ませてもらいましたから」


 本来の軍の司令として忙しく動いていたリースさんが、最後の確認に来てくれた。精剣の主となって以来、肉体的にはそれ程疲れる事も無いんだけどね。


「でははじめるとしようか、城攻めと言うよりは茶番だがね」


「その茶番の主役が僕なんて……、恥かしいですね?」


 集められた人々は、観衆というよりエキストラなんだよな。多分混戦とかでは弱いだろうけど、守りに徹している魔王子軍を壊滅させる事は可能なだけの戦力だと思う。8千人の魔法使いが一斉に魔法を放てば生き残れる可能性があるのは魔王子だけだろうね。


 実際にその手は最後の最後で、上手く魔王子だけが生き残っても部下を全て失った魔王子が自棄になってしまえば、殺すしかなくなる事もあり得る。


「恥かしがる事じゃないぞ、勇者と呼ばれるなんて男と生まれたからには一度は憧れる事だろう?」


「リースさん、言葉と表情が一致していませんよ。勇者と呼ばれる事は憧れますけど、これはなーんか違います」


 やっぱりリースさんの目から見ても勇者らしく見えないんだよね。ニヤニヤという表情を見れば茶番を楽しもうという気が満々だろうね!


 実際、ここまで事が運べばリースさんのやる事は少ないんだろう。一応普通に行軍させる為に色々”指導”とか”教育”とか”躾け”とか?やっていたから、魔王子軍が城を捨て討って出るとかしない限りやる事は無いらしい。


「まあ良いじゃないか、そろそろはじめたらどうだい?」


「はい、では打ち合わせ通りに!」


 そう言っても、気が乗らないけどね!



+ * + * + * +



「魔族の軍の指揮官に告げる、僕は弘樹、勇者ヒロキだ。これから暴力によるマールス城占拠に、相応の報いを与えようと思う!」


 勢いでここまで叫んで周囲の反応を覗うと、目の前のマールス城の城門ではなくすぐ前の護衛役が地味に反応していた。全身鎧を着た騎士のが微妙に身体を震わせていて、鎧がガチャガチャと小さな音を立てている。そう、まるで何かを堪えている様にね。


 無防備に敵軍が篭る城の城門前まで来て、更に名乗りを上げる趣味は無いから護衛の騎士が防御の魔法を使っているんだ。


「だけど、慈悲深い僕はお前達に最後の選択をさせてやろうと思う、ありがたく思いたまえ!」


 自分でも似合わないと思う言葉に、護衛の肩がちょっと揺れた。仕方無いよね、貴族の坊ちゃんが勇者を騙っているという設定なんだからさ! 一人称を”俺”にしろって言われたけど、どうも上手く行かなかったんだよ! (何故か”受けた”けど、受けを狙ってる訳じゃないんだ)


「僕と一騎打ちして勝てたら、この城を自由にする事を国王陛下に願い出てやろう。どうだ、応じる勇気はあるか!」


 ”プククッ”という小さな声が聞こえたぞ! マークめ、護衛を引き受けたのはこの為か、帰る前になんとか時間を作ってもう一回手合わせを申し込むぞ!


 恥かしさを誤魔化す為に八つ当たりの方法を考えていると、城門を通って一人の人間?が出て来た。青白い肌というのは魔人の特徴の1つなんだけど魔王子ではないね、大柄ではあるけど僕より頭1つ大きい程度だ。


「随分と大口を叩く小僧だな」


「なんだい、君は? 僕の用があるのは魔王の息子だけだよ?」


 いや、僕の言っている事は概ね事実なんだよ。城を包囲している兵が一斉に攻撃魔法を放つだけで城内は火の海になる、まあ、全然僕の力じゃないけどさ……。


 僕が嘘をついているとすれば、仮に一騎打ちに勝っても無事には済まないと言う事なんだ。いや、勝ってしまった方が悲惨な結末かも知れない。


 僕が負けた場合、連絡の行き違いが起こる事になっている。一騎打ちの現場に居合わせる魔族以外は全滅、駄目だね勝つ事だけを考えるんだ!


「あ~、王子の家臣だか何だか知らないけど、出しゃばって来ないで欲しいな。雑魚には用が無いんでね」


「この!」


「まあいいや、前座には丁度良い。剣を抜きたまえ」


 何やら”自己紹介”をしそうだったので、妨害させてもらったよ。結果は変わらないし、今から殺してしまうかも知れない人間の事など知りたくない。城門の上に魔王子らしき姿も確認出来たから、今は力を示す時だ!


 そして、あっと言う間に魔王子の部下さんとの対戦は終わった。初手で小手を取って(魔人の血って蒼いんだね)片手で大振りになった大剣を弾き返すのは簡単な事だったんだ。


 この部下さんの腕前はマークと同じ位なんだと思うよ、地味だけど効果的な攻撃で危な気無く勝利を収めることが出来た。自分でも”神速の小手”と評したい良い小手だったけど、うん、あんまり格好良くないよ。


「卑怯だぞ! まともに討ち合えば」


 とか言ってるけど別に隙を突いた訳でも無い。”打って来いよ、坊ちゃん!”とか言われたのでその通りにしただけなんだけど、理不尽だ……。


「もう良い、下がれ!」


 そんな渋い声が聞こえたかと思うと、城門の上から大男が降って来た。何故か10メートル近い場所から飛び降りたのに、怪我をしないどころか、着地音も”スタッ”と言った感じで、決して”ドスン”では無かった。


 予想以上に身軽なんだろうか? 巨体とその逸話からパワーファイターだと思っていたけど失敗だったかな……。


「殿下、お下がり下さい」


「それ以上魔人の恥を晒すな! 下がれ!」


 部下さんが魔王子の迫力に負けて場内へ戻って行った。さて、これからが本番なんだけど、やっぱりデカイな。怒りを秘めているのが見て取れるけど、まだ怒り狂っていると言う程でも無い。


 意外と言っては何だけど、”僕ちゃん”に散々馬鹿にされて、部下もあっさり武器を落としたのに未だに冷静な部分があるみたいだ。


 そもそも、100人足らずで他国に侵略する無謀さと猪突猛進型の戦い方から、直情型の人間だと推測されるんだけどちょっとだけ違和感がある。


 トーマさんも援軍が来る事を心配していたし、この国もそれなりに警戒はしていたらしいけど、結局魔王子とその部下だけしか侵略に関与していない様なんだよね?


「口先だけでは無い様だな?」


「魔王子バックス殿下で間違いありませんね?」


「そうだ、魔王の息子である事は間違いない。貴様は勇者だそうだな?」


「はい、僕の名前は天原弘樹です。事情があって勇者と名乗っていますが、実はそうではありません」


「何だ? 何を言っている?」


 魔王子が、僕の態度の豹変に戸惑っているのは良く分かる。


「僕の目的は貴方達に、レーグナに帰って貰う事です。今からでも、城を捨てて帰ってくれませんか?」


「何を馬鹿な!」


「嘘をついて申し訳ありませんが、僕を殺しても殿下以外は助かりません」


「なっ、貴様!」


 魔王子が慌てて城の方を振り向いたけど、彼の部下達は無事だったよ、今はね。僕は魔王子にしか聞こえない程度の声で話しているから、城の魔人達は状況が理解出来ていないんだろうね。


「もう一度言います、レーグナに帰っていただけませんか?」


「くっ、断る!」


「何故です! 殿下にとっても部下は大切でしょう!」


「俺も武を持って立つ魔王の一族、俺より弱い者などに従えん! 俺を従えたいのなら、俺を倒してみろ、ヒロキ!」


 くっ、分らず屋め。意外と話が分かる人間だと思ったのに、結局こうなんだな!


「行くぞ!」


「おう!」


 魔王子の気合に応じる様に、僕も腹から声を出した。勝つ、何としてもだ!



+ * + * + * +



 魔王子との対戦は、一方的な物だったよ。勿論、僕が一方的に攻められる形だ。(こんな感じばっかりだよ!)


 僕がこんなに暢気な事を考えて居られるのも、この状況を考えて訓練を積んできたからだ。僕の背丈もある斧を軽々と振り回す相手とまともに打ち合える筈もない。


 避けたり、受け流したりで何とかやり過ごしているとあっという間に石橋の端まで追い詰められた。あれ?このままだとスライム君達とご対面だよ?


 余裕に見える? 今回は小さな女神も居ない? まあそうだけど、今回は精神的に追い詰められていないんだよね、追い詰められているのは魔王子様の方なんだ。僕に勝つ事も負ける事も出来ないジレンマに陥っているんだろうね、結果的に僕が追い詰めた事になるんだけどさ。


「これで、終わりだ!」


 魔王子がそう叫びながら斧を振りかぶった。明らかに迷いがある大振りを僕は今度こそ渾身の力を込めて受け止める事に成功したよ!


”ガシッ!”


 普通ならば僕の体格では受けきれないし、普通の剣なら持たなかっただろうね。だけど、僕も剣も特別製なんだ、残念ながらね! 魔王子の斧を受け止めた瞬間、僕は用意していた呪文を解き放つ。


「テレポ!」


「うぉっ」


 魔王子が驚きの声を上げて体勢を崩した瞬間に、僕は手の中に戻って来た精剣を魔王子の額に突き付けた。ふぅ、成功だね、魔王子には何が起こったか分からなかっただろうね。


 僕がやったのは、魔王子の斧と精剣をテレポの呪文で騎士団のど真ん中にある魔法陣(僕が良質の魔晶石と使って用意したんだ)に転送しただけなんだ。魔法を無効化する”斧”でも精剣諸共であればさすがに抵抗出来なかったんだろうね。そして僕の手を離れた精剣は自動的に僕の手に戻って来たと言う訳なんだ。(魔王子がもう1本”武器”を持っていても同じ運命になるだけだよ)


「僕の勝ちですね、バックス殿下?」


「やはり、俺では駄目なのか?」


「えっ?」


「いや、貴様、ヒロキ殿の勝ちを認めよう……」


 そう言って魔王子バックスが自らの敗北を認めた瞬間、後方で


「「ワァーッ!」」


という歓声が上がったよ。城門の方に目を向ければ、悔しさ半分、安堵半分といった表情が魔人達の顔に浮かんでいた。彼らもやっぱり不安だったのだろうね。


 予定通りに事が運んで、僕は”勇者”となったんだ。色々納得は行かないけど、”これで日本に戻れる”と自分に言い聞かせたよ。無性に、モニカの嬉しそうな笑顔を見たくなったね、あの子の笑顔が僕のやった事が正しい事を証明してくれると思うからね……。



+ * + * + * +



 バックス殿下は捕縛の必要も感じられない程気落ちしたままだったし、他の魔人達も殆ど抵抗しなかった。彼らは、そのまま乗ってきた船に乗せられて、レーグナに送り返される事になるらしいよ。


 魔人達が使役していた小物の魔獣は、徴兵される形になった正規の兵以外が退治している最中なんだ。魔晶石という副収入を得る為に先を争う様にして魔法が放たれているのが城内からでも聞き取れる。


「あれ? ここは?」


 一応、マールス城内に残っている魔人や魔獣を排除するという名目で、城内を探索していたんだ。少し独りになりたいと思って護衛を振り切ったのは失敗だったかな、それ程広くないマールス城で迷子になれるとは思っていなかったね。


「よう!」


 どちらに進めば軍に合流出来るかと考えていると、気軽に声を掛けられたよ。城壁にもたれ掛るように1人の男が目に入った。少なくとも知り合いでは無い筈だけど?


「あ、こんにちは」


「勇者が迷子になるのは笑えないな?」


「……? もしかして冒険者の方ですか?」


 年格好だけみれば、ゴールデンバッツのホレスさんに似ていたから、こう尋ねてみたんだ。迷子なのは事実だし、一応勇者と呼ばれる立場だけど、揶揄する様な口調は気になった。


「いいや、ちょっとお前に用があるモノだよ」


「僕に御用ですか? 何でしょう?」


「ちょっと、”礼”を言いたくてな!」


 その瞬間何故か、僕の手の中には精剣が現れていた。何だ?精剣か僕の本能か分からないけど、この男に危険を感じたとでも?


「ほう、それが”精霊王との契約の証”と言う訳だ。確かに、バック坊やじゃ荷が重いな」


 精剣の話を知っていて、バック坊やってもしかして?


「失礼ですが、どなたですか?」


「まあ、名乗る程の者じゃないよ、魔王に依頼されてその息子のお守りをしていただけなんだからな」


「くっ、魔族か?」


「違うな。バック坊やを殺さずに追い返してくれた事は感謝する。だが、やり方が気に入らないんでね」


 確かに礼を言われたような気もするけど、真意は絶対違うよね!


「1本貰う事にするぜ!」


 そう言って切りかかってきた”敵”の手には、見慣れない曲刀が握られていた。武器なんて持っていなかったぞ、何時の間に、まさか、あれも”精剣”なのか?


 それよりも、敵の発する気合いみたいな物の方が問題だ、まるで霊獣シーサーがその気になった時のような、いやそれ以上の気迫が僕の身体と心に大きな圧力をかけてくる。拙い、拙いぞ!


「ハッ、ハッ。ハイーッ!」


 一撃一撃に気合いの籠った攻撃が絶え間なく続き、敵の渾身の攻撃が繰り出される。その一撃を受け流せたのは、訓練の賜物だったろう。それだけ鋭い突きだったよ。曲刀を受けた僕の精剣がギチギチと嫌な音を立てる。あの魔王子の斧さえも受けきった精剣がまるで悲鳴を上げているみたいだ。


「ほう、これを受けるとはな。だが、その程度の腕で何時まで耐えられるかな」


 ”敵”の攻撃は、今までの誰と比べても、速く、鋭く、そして激しい物だった。僕はただ反射的にその攻撃に対応することしか出来なかったよ。だけど、そんな状況は長くは続かなかった。


 僕が起死回生を狙って、魔王子の時と同じ手を使ったのが失敗だったんだと思う。


「テレポ!」


 僕の呪文の最後の呪が、空しく響いた。魔法の構成に失敗したとか、送られる先の魔方陣に問題があったとかじゃない。僕の、精霊王の力を借りた呪文が、文字通りかき消されたと直感出来た。


「同じ手が効くと思うな、馬鹿が!」


 そんな”敵”の侮蔑の言葉と共に、裂帛の気合の一撃を受けた精剣が悲鳴の様な音を立て打ち砕かれ、同時に僕の中でも何かが切れた気がした。


 一瞬だけ、”勇者様!”というモニカの叫び声が聞こえた気がしたけど、僕の意識はそこで途切れていたんだ。


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