第7話 獣
そんな話をしている間に、ダンジョンの中の様子が少し変わっていた。今までは、一応人工的に掘り進められた事が分かる石壁の部屋ばかりだったけど、今は自然の洞窟という感じの場所を進んでいるんだ。
「うわっ!」
暫く進むと行き止まりになり、先頭を歩いていたディーンさんが足を止めた。その時、何の前触れも無く目の前の岩が動いて、驚きの声を上げる羽目になったよ。だって、気配も無かったし、魔法の明かりもマナ節約の為にそれ程明るくないんだから……。
「なんだ、ゴールデンバッツじゃないか、未だに生き残っているとは関心だな」
「ああ、お陰様でな。シーサー、お前の方はどうだ?」
「相変わらず暇だな、偶には喧嘩を吹っかけてくる奴が居ても良いんだが」
「お前に挑む冒険者は居ないだろうな。魔獣同士はあまり争わない物だし、諦めるんだな」
「ふん、それで、今回は、新しい友人を紹介してくれるのかな?」
今までディーンさんが代表して話していたんだけど、いきなりこちらに話が向いてきたよ。小型の象程もある獅子とも犬とも呼べない存在の視線を受けただけで、身体が動かなくなった。
気力を振り絞って何とか耐えていると、直ぐに視線が逸れた。ふぅ、これは霊獣と呼ばれる存在なんだ、何もされなかったのに死ぬかと思ったよ。
「ディーン、お前よりは見込みがありそうだな。お前が最初に!?」
「黙れ、その事は言うなって言ったよな」
ディーンさんの新人の頃の話が聞けそうだったけど、ディーンさんの突っ込みが入って聞けなかった。背中の大剣を全力で投げつけるのを突っ込みと言えるか知らないけど、シーサーにとってはダメージは無さそうだから、突っ込みで間違っていないと思う。
「ゴホン、コイツはウチのメンバーという訳じゃ無く、お前に会いたいという変わった人間だよ」
「また、妙な人間も居る物だな。私に会う為にこんな所まで来るとはな。名は?」
再び視線を向けられたけど、今度はそれ程圧力みたいな物を感じなかった。シーサーの意識はさっきより僕に集中している様に見えるんだけどね?
「はい、ヒロキと言います」
「礼儀正しいと言うんだったかな、確かに冒険者らしくない。それで私に何の用だ、まさか単純に会いに来た訳ではあるまい?」
「はい、その前に、シーサーというのは貴方の種族名ですか、それとも個人名?」
「ふっ、本当に妙な人間だな。シーサーという種族は私以外存在しないのでな、種族名でもあり個人名でもある」
「では、シーサーさん、端的にお聞きします。貴方にとって魔王というのはどういう存在ですか?」
「シーサーさんか、まあ良いわ。魔王と言ったな、勝手に魔族の王を名乗っている魔人と言った所だ」
聞き方が悪かったかな? 微妙な返事が返って来た。表情なんて読めないし、魔族の事情に通じている人間は少ないだろうね。僕の質問の内容を聞いて、ディーンさん以外が少し戸惑いの表情を浮かべているのは分かるんだけど。デフォルトが形相と評したいシーサーさんの表情なんてどうやっても無理っぽい。
「回りくどい話は好かないのでな、端的に聞くが良い」
「すみません、魔族と言うのが分からなくって。このダンジョンに居る魔獣は人間を見ると襲ってきますが、シーサーさんは冒険者を友人と呼ぶ。魔王と言う存在は、他の大陸に攻め込んだりしないらしいですけど、魔王の息子はこの大陸に攻め込んで来ました」
「攻め込んで? 我々魔族はな、本来縄張り争い以外では争わない。よりマナの濃い場所より強い者が我が物とする程度だな」
「では、魔王子はこの大陸に、マナを求めて?」
「いいや、魔人というのも色々あるのだろうよ」
「シーサーさんは魔王と会った事がありますか?」
「何代か前の魔王ならな、私としては魔人の王と会っただがな」
うーん、敵対と言う訳でもなく、親しいという感触も無い。もしも、シーサーさんを怒らせたらどうなる? でも、こんな様子見をしても、不興をかうだけなのは確かだよ。
僕の迷いを察したように、ディーンさんが僕の肩に手を置いて1度だけ頷いてくれた。少なくともディーンさんは事情を知っているみたいだし、シーサーさんの考え方も分かっている筈だ。
「今度こそ端的に聞きます。僕はマールスを占拠した魔王子の軍を退けなくてはなりません。情報では魔王子には魔法が効かないそうです」
「……」
「シーサーさんは、何故魔王子に人間の魔法が効かないかご存知ではありませんか?」
「それを、私が教えると?」
「是非教えて欲しいです。魔王子を殺さずにこの大陸から退かせる為に!」
「甘い、甘いぞ、ヒロキ!」
シーサーさんから、最初に感じた”圧力”が放射されだした。今度は金縛り状態ではないけど、身体の強張りを感じる。
「甘いですよね、確かに。獣として考えるなら、自分の縄張りを奪いに来た敵の命を心配などしないでしょうから」
「そうだ、その通りだ」
「魔王子を殺さずに退けたいというのは、政治的な理由もあります。だけど、一番の理由は僕が人を”殺せない”からだと思います」
「お前は、ここに来るまで魔獣を殺さなかったか?」
「……、殺しました。数え切れない位に。独善的ですね……」
これは嘘だよ、ここに来るまでに、157匹の魔獣を殺して来た。数えている程余裕があった訳じゃ無いけど、157個の魔晶石が戦果としてリーダーから知らされているからね。
「例えば、自分か相手かのどちらかが死ななくてはならないとしたら、結局僕は相手を殺す事を選ぶかも知れません。ですけど、殺せずに逆に殺される可能性も高いです」
「くっ、くっ、くっ」
我ながら訳の分からない話をしているけど、多分これは本心だと思うんだ。結局女々しいんだろうね。
「だけど、殺さなくて良い相手を殺す方法を考えるより、相手を殺さずに屈服させる方法を考えた方が建設的だと思いませんか、シーサーさん?」
「全く、人間という奴は分からんな。本能のままに戦って、敵を排除すれば良いだけだろうに」
「そういう人間もいますよ。そうでない人間も居るだけです」
「人間という奴は、小難しい理屈を並べるのが好きだな? そして、いざとなると本能のままに行動するのだからな」
「すみません……」
「別にヒロキが謝罪する話でもあるまいに、お前は本当に正直者だな」
「そうかも知れませんね、バカが付く方の正直ですけど」
自分が正直に生きている自覚なんてないけど、多分あまり賢い生き方はしていないだろうね。
「バカか……、バカな奴には少しは物事を教えんと簡単に死んでしまうな」
「えっ?」
「私にも義理と言うのがあってな、噂しか教えられんが、良いな?」
「はい、勿論です!」
出所が確かな噂ならば、事実を言い当てている可能性が高い。シーサーさんが”噂”という形で事実を告げている可能性もある。逆のパターンは考えても仕方が無いだろうね……。
「魔王が本来の力を発揮するには特別な”武器”が必要なのだそうだ」
「武器?」
その言葉を聞いて思い付いたのは、今自分の手の中にある”精剣”と魔王子が持つといわれる”巨大な斧”の事だった。そうか、そう言う事なら!
「その特別な武器と言うのは世界に1つしか無いのですか?」
「いいや、私が知るだけでも2本はあるな、当時の魔王夫妻が夫々剣を携えていた」
剣か、そうなると剣が2本と斧が1本は確実かな、予め魔王子の斧を盗んでおくというのは没だな……。何か違和感を感じるけど、少なくとも戦いには必要ないと思う。
「シーサー、ありがとうございます、凄く参考になりました! 魔王子攻略法は思い付きませんが、何とかしたいと思います」
「役に立つか立たないか、それはヒロキ次第だな。魔王の息子となれば、縁が無いという訳ではない。双方にとって良い結果を望むよ」
色々有意義な、僕の1日冒険者体験はこれで終わったんだ。僕はホレスさんに”軽く”頭を殴られてシェリルさんに色々聞かれる事になった。
それとディーンさんは|奥さん≪マリカ≫さんに説教されてたよ、ごめんなさいディーンさん。
帰りは、シェリルさんのテレポの呪文で楽々帰還となりました。魔力に余裕があるから、一気にダンジョンの出入り口までとシェリルさんが主張してたけど全会一致で却下されたよ。
”あっ!”とか言って味方に後ろから魔法を当てちゃう魔法使いをそこまで信用出来ない事は、よーく!分かったからからね。
ただ、シェリルさんの呪文を聞きながら、ちょっとしたアイデアが僕の中で形になったので、素直に感謝しておく事にした。
+ * + * + * +
良い機会なので、ちょっと魔法について復習しておこうか。魔法というのは、精霊が生み出す”マナ”を源にして、物理法則を無視した現象を生み出す技術の事らしい。
マナに人間の精神(意志力)が干渉する事で”力”が発現する訳だけど、干渉出来るマナの量や制御出来る範囲で魔法使いとしてのレベルが決まる。
例えば、人間としては”うっかりさん”なシェリルさんが味方殺しにならないのは魔法をきちんと制御出来ているからなんだよね。
拙い!と思った瞬間に魔法の制御が甘くなるから命中する時には殺傷レベルの物が、負傷レベルの物になる訳だ。魔獣との戦闘中に真後ろから”火の矢”の直撃を受けた経験が無ければ実感出来ない話だ。
僕が身体能力が高くて、火傷位何とも無いし、直ぐに治るとしても痛いものは痛いんだよ! うん、話が逸れて愚痴になってるね。
話を戻すと、魔法使いが魔力切れと表現するのはマナに干渉する精神力が減退している場合と、操るべきマナが存在しない場合がある。この世界に満ちるマナが存在しないと言うのは、大規模な魔法か、大人数の魔法使いが一斉に魔法を使った場合位らしいね。
僕と言うより”精剣の主”は精剣から無尽蔵と言えるマナを引き出せるけど、精神力は有限と言うより限界がある。特に魔法が使えなかった僕の場合は使いこなせるとは言い難いんだよね。熟練の魔法剣士とかだと呪文を唱えながら剣を振るらしいけど、僕がそれをやったら勝てる相手にも勝てなくなる。(おのれマイクめ、思い切り良く殴ってくれやがって! 2日で治ったから良いけど、これで帰った時に数年余計に経ってたとかなったら怨むよ!)
魔法が打ち消されるという話は、このマナを一時的に吸収しているのではないかという考えられた。アカデミーの研究者が極秘に考案したアイデアなんだけど、一度効果が現れた魔法はマナが存在しなくても効果を無くすまでは行かない(減じるけど)事は分かっていたので、単なる仮説に過ぎなかった。
結論として、何らかの力で魔法と相反する現象が起きて魔法を打ち消しているという何だか意味不明な結論に達したんだ。ただ、打ち消しているなら打ち消せない程強い魔法をぶつけるという精剣の主向きな提案もあったので採用する事になったよ。
魔法使いとしては、不器用な僕だから呪文は出来るだけ短い物でなくてはならなかったけど、その点は僕の中に既に答えがあったんだ。