第6話 ダンジョン探索中
「はい、こちら何故かダンジョン探索中のヒロキです。僕は現在、王都から一番近いダンジョン、通称”狂者の釜”の探検を行っています」
「おい、ヒロキ、何ブツブツ言ってるんだ。お客さんとは言え、今はパーティーの一員なんだ油断するなよ!」
「あ、ホレスさん」
「”あ、ホレスさん”じゃない、ボケボケしていると死ぬぞ!」
「おい、ホレス、五月蝿い! 幾ら昔の自分を見てるみたいだからって、ヒロキに当たるな」
「リーダー、ヒロキよりはマシだったでしょう!」
「お前、自分が最初の探索で何やったか覚えて居ないだろう?」
「勇猛果敢に戦いましたよね!」
「阿呆か、ジャイアントラットの群れに突っ込んで、体中齧られたのを都合良く忘れるな!」
「いや、勇猛果敢と言う所が重要でしょう」
「普通に阿呆でしょうね、ジャイアントラットの群れに遭ったらどう対応するか言ってご覧なさいな」
「そりゃ~、遠距離から魔法と飛び道具で攻撃して、残りを掃討でしょ、分かってますよ、姐さん! 今はそう言う事をですね!」
いきなり、僕の存在を忘れた様に、漫才をはじめたのは僕をサポートと言うより、僕のある意味”教育係”的な人達だ。ゴールデンバッツと言う名前の冒険者のパーティーのメンバーなんだ。
簡単にメンバーを紹介すると、
・ディーン・・・ゴールデンバッツのリーダー、大剣と小刀を器用に使いこなす50代前半の男性
・ホレス・・・パーティーのムードメーカーで一番の若手の20代半ばの男性、得意武器は弓と斧
・マリカ・・・水と土を得意とする僧侶っぽい女性、ちなみにディーンの奥さんで40半ば
・シェリル・・・火と風を得意とする魔法使い、20代後半から30代はじめの女性。一応アカデミーのエリートらしいし、剣士という触れ込みの僕が魔法を使える事を簡単に見破ったから事実だと思うけど、おっちょこちょいだったりする
ゴールデンバッツと言うのは、文字通り金色の蝙蝠の事で、冒険者、特にダンジョン探索をする冒険者には縁起物らしい。運良く実際に見掛けたけど、ジャイアントバットという魔獣の亜種で、日本のタバコとかは関係無いよ?
何で僕が冒険者のパーティーに混じっているかと言えば、トーマさんの陰謀だったりするんだ。
+ * +
「はぁ? 僕に冒険者になれですか?」
「ええ、ヒロキ殿にとって魔獣という存在を知る良い機会になるでしょう」
「えっと、それなら騎士団の方でも良いんじゃないですか? 騎士団でも魔獣を相手するってリースさんが言ってましたよ?」
「また、妙な事を吹き込まれましたね。騎士団の役目の1つではありますが、騎馬に乗って魔獣の群れに突撃するという事から何か学べますか?」
「うっ!」
勿論、騎馬と言うのは騎士団の人達が乗る馬のことだよ、六本足だけどね。馬の乗り方は習ったけど、実戦レベルじゃないし、僕が必要としている物が学べるかと言われれば返す言葉も無い。
「運良く知り合いの冒険者を捉まえましてね、冒険者ギルドの順番待ちも調整出来ましたから、明後日には潜れますよ」
「要領が良いんですね」
「はぁ、こう訊かせたいのですか、ヒロキ殿。 生き物を殺す事は怖いですか?」
「……」
「やはりですか。ならば冒険者の真似事もやってみるべきですよ」
手合わせで、マークの骨を折ったのだって結構後を引いたんだよね。魔王子という格上の存在を相手にする事を考えるなら、殺す積りでやって何とか戦果が出せるだろうね。
気圧される様じゃ話にならないし、殺せると言う状況に相手を追い込んでやっと負けを認めさせる事が出来ると思う。殺す事を躊躇う様じゃ、思わぬ逆襲を喰らいかねない。
「もう1つ、重要な話があります」
「冒険者になる事に関してですか?」
「ええ、これはギルドやアカデミーでも極秘ですが、魔獣の中には言葉を話す”モノ”も居ます」
「ゴブリンとかですか?」
「いやいや、きちんと意思疎通が出来るという意味ですよ」
へぇ、魔獣と言う位だから問答無用で襲って来るものばかりと思ったけど、言葉が通じるのが居るんだね。話が通じるともっと良いんだけどさ。
「それが重要ですか?」
「ええ、ヒロキ殿には重要でしょう?」
「??」
そんな当然だと言わんばかりに訊かれても、ねえ?
「魔獣も魔族の一部、魔王という存在に関しても、何か知ってる可能性はあります」
「魔王、そうか、魔王子の魔法無効化の秘密が分かるかも知れませんね!」
「左様ですな、しかし、簡単に教えてくれる筈も無い」
「それはそうでしょうね。何か貢物でしょうか? まさか、魔王子の秘密を知る為に、魔獣を倒せとかですか?」
「いや、倒しては駄目でしょう。魔獣、いえ、冒険者の分類で言えば霊獣と呼ばれるそうですが、霊獣には時々冒険者と友誼を結ぶ者もいるという話でしてね」
友誼か……、普通に貢物を持って行って一時的に機嫌を取るよりは有効な気もする。霊獣さんに人間と同じ様な友情を期待していいかは微妙だけどさ。
「では、その冒険者の人達は霊獣と仲が良いという訳ですね?」
「はい、”狂者の釜”という場所に棲むシーサーという霊獣と親しいそうです」
シーサーと言うのは、狛犬っぽいあれらしいよ。沖縄とかでは魔除けになっていた気がする。まあ、適当に訳された気がするけど、それよりも”狂者の釜”の方が問題だよ、そんな名前を付けるなと言いたいよ!
「狂者ですか、何となく物騒ですね?」
「ええ、物騒ですよ。昔魔族の研究をしていた施設の成れの果てでしてね」
「研究ですか……」
「前に話したかもしれませんが、普通の動物を魔獣化しようとしたり、魔獣を増やそうとしたらしいですな。施設自体は精霊の力で基本的に半永久的に稼動するという話ですよ」
魔獣に分類される存在の中には、マナを糧にして、分裂増殖したり同族を何処からか呼び出したりするモノも居るらしい。
「魔獣って基本的に人間には害獣ですよね?」
「ええ、ですが、彼らが体内で生成する魔晶石はそれほど貴重なのですよ。おっと、この辺りはヒロキ殿には必要無い話でしたかな?」
「そうですね、常識が指輪で学べれば良いんですけどね」
一般常識と言う物は意外と伝えるのが難しいらしいよ、意識しないから常識なんだろうし、範囲が広すぎるという事もあるだろうね。
実際、今までこの世界のお金とか見た事も無いし、1日が10刻、1月が30日、1年が10月と教わったけどそれを実感する機会も無いから問題は無いと思う。この世界の四季を意識する程のここに留まる積りも無いし……。
そんな訳で、トーマさんに丸め込まれてダンジョン探索をする事になった訳なんだ。
+ * +
「おい、ヒロキ、シェリルさんの準備が整ったから進むぞ!」
「あ、はい! シェリルさん、時々地面に魔方陣みたいなのを描いていますけど、結界とかでは無いですよね」
「うっ、聞かないで欲しかったわ……」
何気ない質問だった筈なんだけど、シェリルさんにとっては地雷だったらしい。他のメンバー達が何だかニヤニヤしている気がする。
「妙な事を聞いてごめんなさい。でも僕が魔法に関しては素人に近い事は分かって下さい」
「ふっ、そんなに素直に出られちゃ、怒れないじゃない!」
「だから、謝ってるんだから許して下さい」
「あの魔方陣はね、何と言うか目印みたいな物よ。一応、魔獣に踏み荒らされないように軽い障壁は張ってあるけどね」
「目印ですか? このダンジョンの地図ってあるんですよね?」
「そうよ、迷子になる事は少ないわよ。そうじゃなくって、テレポの呪文は知っている?」
「え、別の場所に瞬間的に移動する魔法ですよね?」
「ええ、ダンジョンを探索していると緊急退避しなくてはならない時があるの。ここだって、油断をすれば死に繋がる事もあるし、魔獣の亜種とかが生まれて上手く対処出来ない時もあるわ。そんな時に目印があれば、テレポの呪文を発動しやすくなるし、精度も増す訳ね」
「突発的な事故って、想像出来ません。例えば?」
「そうね、誰かさんが暴走して混戦になるとか!」
「ブフォッ! シェリルさん、それは無いですよ!」
いきなり仕返しをされたホレスさんだった。
「他には、毒を持っていない筈のブラックラットが強い毒を持ったり、弱点だった火への耐性をもった魔獣が混ざっている事も稀にだけどあるのよ」
「亜種ですか……」
もしかして、魔王子と言うのは魔王と言うより、魔人の突然変異とかなのかな? 魔法が一切効かないとなるとちょっと信じられないよ。
「あまり大きな声では言えないけど、他の冒険者が罠を張って行く場合もあるわ」
「それは洒落になりませんね!」
「大丈夫だよ、嫌がらせ程度の物だ。ダンジョンから魔獣が溢れれば、矢面に立たされるのは俺達なのは分かっている。勇者様が現れるまでの時間稼ぎで無駄死にとかは誰もしたくないさ」
「ディーンさん、それって?」
「実際にあった話だよ、大声では話せない内容だろ?」
冒険者にとって、魔晶石と言うのがそれ程魅力的なんだろうか? 自分で仲間を陥れて、自分の首を絞めて、その上王国に弓引く勇者まで生み出すなんてね……。
暗い話になるからちょっと話題を変えようか? 魔獣を殺すと魔晶石が手に入る、これは全くの事実で、事実の全てだった。
何が言いたいか分からない表現だよね、もっと端的な表現をすれば、魔獣を傷付けても血を流さないし、殺しても死体は残らない。ただ、魔晶石が”遺される”だけなんだ。血を流したり、死体を残す魔獣もいるらしいけどダンジョンに生息している魔獣は大抵魔晶石しか残さない。
ダンジョンに生息していれば、食物連鎖に縁遠いだろうし、勝手に増殖するとなれば普通の生物とは呼べない気もする。
こんな話をした理由は、僕にとって魔獣が普通の野生生物よりも殺しやすい存在だという事なんだ。現代の日本人らしく、僕も虫程度なら兎も角、ある程度大きな生き物を殺す事に躊躇いがある。他の人から見れば、色々意見はあるんだろうけど事実生物を殺すという事に抵抗があるんだ。
その点、血も流さなければ死体も残らない存在、そして他の生物に害意を持つ魔獣は、普通の人間ならば大きな障害なんだろうけど、僕にとって格好の相手だったと言えるかな?
案の定、最初の魔獣との戦いでは隣の部屋からファイヤーボールの呪文を放り込む位しか役に立たなかったよ。単なる大きなネズミが相手だったんだけどさ……。
多分トーマさんやリースさんには分かっていたんだと思う、僕と言う人間が”殺し合い”に向いていない事をね。実を言えば僕自身が霊獣と会う必要は無い事は分かっているけど、魔王子一騎打ちをする前や、運良く勝った後だって魔族に襲われる可能性はゼロじゃない。その時敵を殺せないでは、お話にならないだろう事もね。
「大分慣れてきたみたいだな、ヒロキ?」
「ホレスさんにそう言ってもらえると少しだけ強くなれた気がしますよ」
「まあ、そう言う時が一番危険だと言われてるから気を付けろよ。といっても、シーサーの棲家は直ぐそこなんだけどな」
「ふぅ、やっと目的地ですか」
「そうやって油断をすると、後ろから魔獣に襲われたりする訳ね」
「脅かさないで下さいよ、シェリルさん。そう言えば、テレポで一気に移動って出来無いんですか?」
「うーん、出来ない事も無いけど、精度が落ちるのよね。目印の魔方陣に使う魔晶石だって品質が良くない物だからあまりもたないの」
精度か、リアルで”石の中に居る”とかなったら洒落にならないね? 確か、テレポは移動距離と運ぶ物の重量で難易度が乗数的に上がるんだったな。
「品質が良い魔晶石なら目印は長持ちするんですか?」
「あのね、理論上はそうだけど、近くに魔晶石が落ちてたら拾わない?」
「……、拾いますね」
それに、魔晶石を手に入れるためにダンジョンに潜って魔獣を狩るのに、魔晶石を消費するというのも勿体無いかな?