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C.O.E. ~ヘタレ勇者の冒険~  作者: 滝音小粒
ジャレプの章
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第5話 手合わせ

 相手を殺さない様にとか、しょうがいが残るような攻撃は禁止とか、微妙に物騒な注意の後”手合わせ”がはじまった。


「それは何の技ですか? ヒロキ殿?」


「あ、これは蹲踞(そんきょ)と言って、僕のやっている武術の作法です」


「そうですか、馬鹿にされているかと思いましたよ」


 ちょっと空気が試合に似ていたので、つい癖がでちゃっただけなんだ。敵を目の前にして腰を降ろすのはこちらでは奇妙な動作に見えるだろうね。


 どう考えても動きが制限されそうな、蹲踞の姿勢は馬鹿にされていると解釈されても仕方が無いかもね。まあ良いけどね、ある意味神経戦と取られても一向に問題ない。


 僕が立ち上がって木剣を構えると審判役が合図を出した。


「はじめ!」


「ウォーッ!」


「小手!」


 手合わせがはじまった瞬間、マークが気合を込めた声を上げ、僕はあっさりと小手を決めることに成功した。当然一本とか認められないけど、手を木剣で打つだけでそれなりの効果がある事は計算していたよ。


 精剣の加護なのか、自分でも感じたことが無い程、綺麗に、そして予想以上に強くマークの手を打ちつけたけど、マークは得物を取り落とすどころか姿勢も崩さなかった。


 一瞬だけ移した視線をマークの顔に戻した瞬間、僕は自分が場違いな場所に居る事を悟ってしまった、いや、思い知らされたかな……?


 僕は”試合に勝つ”という考えだったけど、僕の敵は”相手を壊す”事を、それだけを考えているとその目が、その表情が語っていた。そして僕は、敵に気圧されたんだ。


「ハッ、ハッ、ハーッ!」


 そして、敵は僕の心を読んだように、猛攻を開始した。後で客観的に考えれば、僕の小手がそれなり有効で敵の木剣の振りは大振りだったし、連続した攻撃と言っても十分に反撃の隙があったと思う。どうしても、一本取った直後に一本”折られる”自分の姿しか想像出来なくて前に踏み出せない。


 それでも僕には猛攻と感じられたし、実際押されまくって防戦一方だった。


”カン、ガツン、カン”


 木剣がぶつかる音だけが訓練場に響き、文字通り僕は追い詰められていった。気付けば、訓練場の石壁がすぐ後ろに迫っていて、敵の猛攻は止まる所を知らない。


 そして、完全に壁際まで追い込まれてもう終わりだと思った瞬間、観戦席に座っているモニカの姿が目に入った。小さい女の子向けのイベントでは無いし、自分が召喚した”勇者様”が一方的に攻められているのに、目も瞑らず逸らさず、一心に僕の行動を見続けている。


 ”女は男を勇者に変える”とかいう言葉を聞いた事があるけど、モニカは小さくても”女”だし、僕もやっぱり”男”なんだな。


 その時、僕は止めとばかりに大振りになったマークの左腕に向かって渾身の力で突きを放つ事が出来た。多分骨を砕いただろう嫌な感触が手に残ったけど、少しだけ吹っ切れた気もしたよ。


 ”カラン”という軽い音と共に、マークの木剣が石床の上に転がった。初手で痛めた右手と、折れた左腕ではさすがに木剣を振るい続ける事は出来なかったみたいだ。


「参りました」


 僕がマークの額に剣先を向けると、やっと負けを認めてくれた。蹴りでも繰り出して来そうだったから警戒しながら近寄ったけどね。


 ”ウォーッ”という観衆の声が上がり、手合わせの終了が宣言された。その時になってやっとマークから感じられた気迫の様な物が薄れていくのが感じられたよ。参りましたと言った後も、何か仕掛ける気があったのかも知れない。


 往生際が悪いとは言わないよ、僕だって追い詰められたけど、諦めなかったんだから。本当に命のやり取りをしているなら、最期まで気を抜けないんだろうし、マークはそれを体感させてくれた。


 自分では無様な戦いをしたと理解しているけど、観衆は興奮冷めやらぬと言った感じでざわめきが治まらなかった。傍から見れば、大柄な騎士団の兵士を細身の僕が2回の攻撃だけで下した様に見えるんだろうね。(追い詰められたのも演出とか思っているのかも知れない)


「マーク、悪い癖が出たな」


「はっ、申し訳ありません、隊長!」


「止めを焦るな、隙に繋がるのは理解できたな?」


「はい」


「治療士の所へ行け」


 マークは僕に向かって一度頭を下げると、左腕を抱える様にして訓練所を去って行った。普通にしていれば、優しげにさえ見るのにやはり実戦を経験している人間は違うんだなと、染み染みと思い知らされた。


「ヒロキ殿、何か得る物がありましたかな」


「えっ、はい」


「トーマの奴が面倒な話を持ってきたと思いましたが、こちらとしても得る物がありました。私からも感謝させて頂こう」


「あの、マークさんは大丈夫なのですか? 多分折れてますよ」


「でしょうな、実戦で詰めの甘さを思い知るよりは遥かにましでしょうし、あの程度の怪我ならば治療士が直ぐに治すでしょう。三日もすれば剣を振るえる程度です、戦場であればそのまま次の相手を探すでしょうな」


「……」


「トーマも言っていましたが、ヒロキ殿は随分と平和な場所で育ったのですね」


「はい、思い知らされました」


「今回の手合わせは、ヒロキ殿にとっての模擬戦として用意した物でした。まあ、マークに身体強化の魔法をかけて居なけれ最後の一突きでアイツの左腕は千切れ飛んでいたかも知れません」


 千切れるとかも気になるところだけど、僕にとっての模擬戦という方がもっと重要だった。そうだよね、僕は得体の知れない相手を殺さずに打ち負かさなくちゃいけないんだった……。(先程の嫌な手応えを思い出してしまう、僕には勇者なんて向いていない気がするよ)


「相手の武器を使えなくすると言うのは、敵将を生け捕りする際の最低条件です。そう言う面でも得た物はあったのではにですか?」


「そ、そう言う考えもありますね。敵の事も知らなきゃならないし、そもそも自分の力を把握する必要もある」


「この訓練場は、近衛の方々と、騎士団が交代で使っています。騎士団の方には話を通しておきますので、相手には不足しないでしょう。トーマの奴に頼めば近衛でも大丈夫でしょう」


「あ、はい、ありがとうございます。隊長さん」


「おっと、私は王国騎士団、副団長兼第2隊隊長を務めるリースと申します、精剣の主殿」


 副団長さんか、結構偉い人なんだな。それにトーマさんと親しいみたいだ。後で話を聞くと、2人は同じ村の出身で幼馴染なのだそうだ。小さい頃は体の弱かったリースさんをトーマさんが色々助けたらしいけど、何を間違ったか体の弱かった方が騎士になり、丈夫な方が文官になったと笑って教えてくれたよ。



+ * + * + * +



 翌日と言わず、その日から僕は積極的に活動を開始したんだ。自分の身体能力を知り、魔法を習い、魔族と呼ばれる種族に関しての知識を集めた。


 魔法を習うのも、魔族の情報もトーマさん頼りだし、時々モニカが乱入して来てお話をせがまれたけど良い息抜きになったと思う。


「ゆうしゃさま~♪」


 僕がその日の訓練を終えて、”精剣の主”の部屋に向かっていると、一応公然の秘密になっている話題を無視した声に呼び止められた。


 この辺りは、王族かその直属の部下、それなりの貴族しか立ち入りが出来ない場所ではあるけど、懲りないよね。何時もの笑顔で小さな女の子が駆け寄ってくるのを片膝をついて頭を下げて待ち受ける事にした。何かの映画で、貴族が王女を待つ時にしていた気がする姿勢だね、こちらではこう言った習慣は無いみたいだけけど。


「どうなさいました、巫女姫さま?」


「勇者様、何していらっしゃるんですか?」


「ご勉学は滞りなくお済みの様ですね」


「勇者様、何か変ですよ?」


 うーん、7歳の子供には本当に皮肉って通用しないんだね、まあいいけどさ。


「モニカ、僕は名前で呼んで欲しいって言ったよね?」


「はい、ちゃんと覚えていますよ?」


「あ、覚えてはいるんだ」


 だけど、実行する積りは微塵もないというのが、モニカの笑顔からは見て取れる。何度勇者様を止めてくれって頼んでも一向に改善されないんだよね。僕が勇者候補でしかないと言う事は、トーマさんが言い聞かせてくれたし、ヒロキ殿とかヒロキ様とかに矯正しようとしてくれているんだけど、気が緩むと全然駄目なんだよ。


「うーん、じゃあ、お兄ちゃんとかはどうですか、勇者様?」


「いや、遠慮しておくよ、外で勇者と呼ぶのを避けてくれればそれでいいよ」


 巫女姫の兄とか思われたら別の意味で面倒らしい事は見当がつくよ! トーマさんや、女官長のミリアさんは何も言わないけど、他の人の態度は露骨なんだよ。どうやら、僕が関わるべきじゃない事柄みたいなんだ。


「はーい。そうだ、勇者様は夕食はお済みですか?」


「いや、これからだよ」


「じゃあ、ご一緒しませんか? 今日は爺が急用で出かけてしまったので……」


 モニカの誘いの最後の方は、少し寂しそうだったよ。この子にはこういう表情は似合わないよ。多少堅苦しくなるけど、野郎どもに混ざって食べるよりはマシだろうね。


「じゃあ、一緒に食べようか?」


「はい!」


+ * +


 モニカと一緒の食事というのは、こちらに来てから戸惑う事の多い僕にとっては、珍しくゆったりと出来る時間だったよ。こちらの食事の作法というのは結構面倒なんだけどモニカが分かり易く実演してくれたし、モニカに日本の話をすると喜んで聞いてくれたからね。


 まあ、ここまでは良かったんだよね。僕がおなかも膨らんだから、ひとっぷろ浴びたいなとか思っていると、モニカがこんな事を言い出したんだ。


「勇者様、宜しかったらこの後一緒に湯浴みしませんか?」


 食器を下げていた給仕の男性が一瞬固まって多分驚いた様にモニカを見た後、何故か蔑むような視線を僕の方に向けたんだ。アンタこの場にずっと居たんだから、僕がモニカに言わせた訳じゃないって知ってるでしょうに!


「モニカ、僕の生まれ故郷にはね、”男女七歳にして同衾せず”ということわざがあるだよ」


「どうきんですか?」


「うん、意味はね……」


 まあ、その場は同衾の意味を拡大して説明する事で少女と一緒にお風呂イベントを回避する事に成功したよ。イベントに突入したとしても、何も起こらないだろうし、トーマさんなら事情をしって苦笑一つで許してくれそうだけど、ミリアさんは事情を知った上で絶対に許してくれないと思うんだよね?


 モニカもあの歳で両親と引き離されて毎日勉強させられているのに、笑顔を忘れないんだから、凄いなって思えたよ。お爺ちゃんの代わりにはなれないけど、少しは勇者らしくなって、あの子の笑顔を守りたいなんて考えちゃうね。



+ * + * + * +



 そんなハプニングを経て、自室の戻ると、客人が待ち構えていた。


「あれ、リースさん、何か御用でしたか?」


「ん、ああ、君に伝えた方が良いと思う情報が手に入ったのでね」


「情報というと、魔族絡みですよね?」


「まあな、トーマに伝えたら直接君に伝えて欲しいと言われてね」


「その流れだと、魔王子の情報ですね、しかも重要な」


「ご明察だ、ただ。君には嬉しくないだろうな」


 リースさんがそう言いながら、1枚の書類を僕に見せてくれた。言葉と同時に文字も読めるようになってはいるんだけど、会話ほどすんなりとは行かなかった。頭の中にある辞書を引きながら読み進める感じだね。


 しかも、この世界の常識に通じていないので、妙な訳になったりもする。一応、目を通してみると、確かに重要で僕には嬉しくない事実が書かれていた。


「魔王子に魔法が効かない!?」


「ああ、侵攻して来た魔族の一団の指揮官は、魔王の息子バックスと名乗り軍の先頭に立ってマールス城に攻め寄せたそうだ。勇敢な事だね」


「何だか否定的ですね?」


「指揮官が先頭に立って、いきなり討たれたら戦線の維持さえ不可能だろう? 部下の損耗を最小限にするのが指揮官の役目だと私は考えているのだよ」


「色んな考えがあるんですね」


「まあね、ただ魔王子の意図は魔法の攻撃を自分に集める事だったかも知れないな。そう考えると筋は通っているのかな?」


「そうかも知れませんね、魔法が効かない体質なのか何らかの対策を取っているのか分かりませんが、魔法使いの立場ならば指揮官を狙うでしょうし」


「ふむ、結果として最大の攻撃力でである魔法は効果を発揮せず、防御の要である城門は魔王子の巨大な斧で打ち砕かれ、マールス城は呆気なく魔族の手に墜ちた訳だ」


「……」


「全滅に近かった城の兵の生き残りの証言だから事実なのだろう……」


「確かに厄介な話ですね」


「ヒロキの身体能力は人間離れした物だ。それは大抵の者が認めるだろう」


「はい」


 精剣の加護を使いこなせる様になると、自分の身体能力があらゆる面で強化されている事が判明した。腕力,反射神経,持久力,回復力全てにおいて人間としては最高レベルを持っていると思う。但し、人間としてなんだよね。


 例えば、僕が大きな斧を持ってこの城の城門に挑んで、打ち砕けるかと言われれば難しい。規模にもよると思うけど、人間離れしたではなく、化け物じみた臂力(ひりょく)が必要だろうね。


 魔族には本当に化け物じみた臂力を持った魔獣も多く、それを補う為に魔法を学んでいたんだけど、それが無意味かも知れないと言われれば、暗くもなるよ!


「魔族と言うより魔王の血族には魔法が効かないとかあるのでしょうか?」


「いや、そんな話は聞いた事が無いな。しかし、魔王という存在が、我々と縁遠いからな。待てよ?」


「?」


「ちょっと違うかも知れないが、ある種の魔獣は火系の魔法が効かないと聞いた事があるな」


 あ、何かのゲームでそんな設定があったね、逆に活性化させてしまうとかもあったけどね。うん、考えたくないけどさ!


「騎士団では、魔獣狩りとかしないんですか?」


「無論やるさ、ゴブリンの大繁殖とか、ダークウルフの群れが出没した時などは我々の出番だよ。ダンジョンとかに潜る…?」


「どうしたんですか?」


「いや、その報告書を読んだ後、トーマがいきなりアカデミーに行くと言い出したから、おかしいと思ったんだがここまで考えたらしいな」


「アカデミーって、呪文の研究をしたり、魔法具を作ったりする組織ですよね?」


 僕に魔法を教えてくれている教師役のお爺さんもアカデミー出身だと聞いた。


「間違ってはいないが、正解でもないな。魔法に関する全てを司っている国王陛下直属の組織というのが一番適切だろう」


「逆に抽象的過ぎて何をやっているか分かりませんよ」


「何でもさ。魔法使いの育成から老後の世話までと言うのは過言じゃないがね。まあ本題は、アカデミーの1部門にギルドというのがあってね」


 何となく話が見えて来たぞ、ギルドと言えば冒険者だよね!


「ギルドには魔獣退治を請け負う冒険者が居る訳ですね?」


「ああ、妙な事を聞いたんだな。正確には、魔獣を狩って”魔晶石”を手に入れる事を専門にしている連中だよ。基本的に古い遺跡で狩りをする事が多いが、魔獣の生態に詳しいのは彼らだろう」


「トーマさんはその辺りの情報収集に行ったんですね」


「だろうな」


 それで、モニカが野放しだった訳だ。いや、日本でなら普通にお父さんとお風呂に入っている年頃なんだからおかしくは無いけど、こっちは十分恥かしいよ! しかし、リアルにダンジョン探索をする職業があるなんて本当にゲームみたいだね。


 気軽にそんな事を考えたけど、微妙に時間制限ありの勇者候補が、ダンジョン探索をする羽目になるとは思ってもいなかったよ。


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