第4話 曲者
トーマさんの後に付いて、精剣の間から一歩出ると”ぎょっ”とさせられる羽目になったよ。完全武装の兵士と、如何にも魔法使いという人達が出口を取り囲んでいたんだからね。
一応、精剣の間を警備しているのを装っているけど、僕の挙動に注目している気がするからね。
「ヒロキ殿、精剣をしまって下さいませんか、警備の兵が緊張しますから」
「えっ?」
言われて気付いたけど、いつの間にか例の精剣を右手で握り締めていた。あれ? 改めて思い出しても、手放した記憶は無いけど、逆に持っていた記憶も無いね?
僕が精剣を手放そうと思うと、シュルンという音が聞こえそうな感じで精剣が僕の右手の中に吸い込まれていった。精剣に鞘が見当たらなかったけど、主が決まれば必要無い物らしい。
気のせいか右手に棒(この場合は剣なんだけどね)が突っ込まれている気がするけど、80cmもある剣が普通に腕の中にあると考えれば肘の関節が曲がる訳がない。
まあ、普通に入っている筈も無いし、そもそも持っていた筈なのに重さも感じないんだから、物理法則だけでは考えられない不思議な剣なんだろうね。(モニカは身体能力が強化されたり、魔法が使えるようになるとか言ってたな?)
「気を悪くしないで下さいね。少し事情がありまして、精剣の主の召喚には神経を尖らせているのですよ」
「何故です、勇者を呼び出す儀式なのでしょう? 少なくとも、モニカ姫のお祖父さんはちゃんと勇者だったはずですよね?」
「まあ、その前の勇者が問題だったのですよ。勇者サンドロスという方で、強大な魔獣を退治した偉大と呼んで良い人物だったのですがね」
「サンドロスって、帝国の?」
「ええ、先程、ここと異世界で時間の流れが違うという話をしたでしょう?」
「まさか!!」
自分の世界へ戻る希望が打ち砕かれた勇者なのか……。場合によっては僕もその道を辿る可能性もあるんだけど。
「勇者の認められるだけの事をしただけに、あの方が”自分の帝国”を作る事を妨げる事が出来る者は居ませんでした。当時のアクシリス王でさえね」
「勇者アステリアは苦労したでしょうね」
「ええ、召喚の儀の時は大揉めだったそうですよ。先代勇者が作った国の侵攻を防ぐ為に新たな勇者を呼び出したはいいが、その勇者が!と言う訳ですな」
モニカのお祖父さんは色んな試練を受けたんだろうね。本来の使命以外にも……!
「あれ? もしかして僕ってトーマさんに試されました?」
「おやおや、今更ですか? ちなみに試してなどはいないですよ?」
「はぁ、試していない?」
「ええ、私はヒロキ殿がどんな人間か見極める為に、様々な話をしました。話していない事もありますが、嘘は言っていません」
「良く理解出来ないです。トーマさんが僕と言う人間を知って意味があるのですか。僕がもし悪人だったら、あの兵士達に僕を襲わせたんですか?」
自分で言っていて怖くなるけど、その可能性が無かったとは言い切れない。
「何故そんな効率の悪い事を?」
「効率?」
「ヒロキ殿、私の役目はご存知でしょう?」
「えっと……?」
全然話が繋がらないよね、”巫女姫の教育係”と言うのが嘘でしたの方が納得が行く気もする位だよ。
「分かりませんか? 極論で言えば、私にとってヒロキ殿がどんな人間でも構わなかった。もし悪人であれば、巫女姫様の悪戯がどんな結果を招くか、姫様に思い知って頂くだけなのでね」
「なっ!」
はじめて、トーマさんと言う人間を怖いと感じたよ。僕が私利私欲に溺れたとしてもそれをモニカ姫の成長の糧にすると言い切られた訳だ。
確かに嘘を付く必要はないね、こんな話をしてくれたのはトーマさんが僕と言う人間を信用してくれたからだなんだろうけど、逆に裏切れば切り捨てると言い切られたのも同然なんだよな。
「精剣と主の契約を他人が放棄させる方法はあるのですか?」
「おや、今度はヒロキ殿が私を試すのですね? ありますよ、契約の内容を完了した場合と、精剣の主に契約を果たす意思或いは能力が無いと精霊王が認めた場合ですね。勇者サンドロスから精剣を取り戻したのは前者の方法を使ったそうですよ」
「トーマさん、本当に信用してくれてありがとうございます。頑張って契約を完了して、早く自分の世界に戻る事にしますよ」
「ヒロキ殿、こう言ってはなんですが、ヒロキ殿の世界は随分と平和な世界なのですね、その中でも貴方は随分と人がいいらしい」
「人がいいと言われた経験はないですけど、平和な国だったのは確かです。世界的に見れば、そうでも無かったですけどね」
「そうですか、ああ、ここです」
短いとは言わないけど、中身が濃過ぎる内容だったよ。肉体的には疲れは感じないけど、精神的には限界だ。少しでも良いから横になって頭を休めたい。
食事を用意しますよとかトーマさんに言われたけど、ある意味一杯一杯な僕は遠慮しておいた。訳の分からない食べ物を出されて、食べるのを迷うのも遠慮したいし、疲れも感じていないし、空腹感も無い。これが精剣の恩恵なのか、単に精神的な高揚の結果なのかは分からないけど、そんな事を考える暇も無く僕はベッドに倒れ込むとそのまま夢も見ずに深い眠りの世界に入った。
+ * + * + * +
翌朝目が覚めると、空腹だった。うん、夢オチじゃなったと言う事を端的に表現している気がするよ。心の何処かで、目が覚めたら自分の部屋だったというのを期待していたんだろうけど、昨晩と言うよりは今朝眠った時と全く同じ見知らぬ部屋だった。
うつ伏せだったから天井ネタは使えないけど、顔に感じるシーツの感触は悪くなかった。と言うより、僕の家のシーツは3枚1980円の安物なので、このシーツの方が良いかも知れないよ?
お腹の虫に急かされて、食料を調達しようとその部屋のドアを開けると、警備の兵隊さんに御用聞きされた。ちょっと引き気味だったけど何とか昼食を用意してもらえる事になったね。
何が出てくるか不安だったけど、
・パンみたいな物
・ハムらしき物
・チーズらしき物
・目玉焼き(何の卵かは聞けない)
・サラダらしき物(乗っかっていたプチトマトっぽい物を口に入れたら凄くすっぱかった)
・温かい芋みたいな物の入ったスープ
・青汁を連想させる緑色の良く冷えたフルーツジュース
が全メニューで、例外はあったけど意外と普通だったよ。
後で聞いたら、プチトマトもどきは割ってドレッシングの様にするらしかった。意味有り気に刻んだ野菜の上に乗っていたからぱくっと行っちゃったのは僕の失敗らしいね。
特に癖の無い食事が選ばれたせいもあるけど意外とこの世界(この国?)の食事は美味しいと思う。青汁もどきはりんごっぽい果物の絞り汁で、魔法で冷やされていて見掛けは悪いけどお代わりした位だよ。
実際この国の貧しい人が、同じ物を食べているとは思えないけど、味覚がこの世界の人間と僕とであまり差が無いと言うのは、これから暫くはお世話になる僕としては実に嬉しい事だったね。
「ヒロキ殿、ガウリ・ドリンクのお代わりをお持ちしました」
「あ、ありがとうございます」
未だに警戒されているのか、青汁もどきを持って来てくれたのは兵士さんだった。別に綺麗なメイドさんとかに持って来て欲しいとまでは言わないけど、兵士と言うのは止めて欲しいよね?
「トーマ様からこれをお渡しする様にと」
「この指輪って」
「はい、この”知識の指輪”には一般的な呪文が封じられています」
「そちらの指輪はもう”安定”していると思うのです、返却いただきたいと言うことでした」
「こっちのモニカ姫に授けられた指輪も、”知識の指輪”という物なんですね?」
「はい、精剣の主の方の為に用意された物の1つです。意思疎通が出来ないと、色々問題が起こりますから……」
差し詰め、”言語知識”が封じられていると言った所かな? 嵌めたままで居なくて良いと言うのは助かるね、あ、これがあれば学校教育の半分位が無意味になるよ!
まあ、指輪自体の扱いからすれば、機密とは言わないけど貴重な物だと言うのは間違いない。紛失を怖れてきちんとした兵を使っているんだね。
「そうすると、この指輪を嵌めれば魔法が使える様になる訳ですね?」
「いえ、あくまでも呪文を覚えられるだけだった筈です」
「えっと、呪文を唱えると魔法が使えると言う単純な話ではない?」
「はい、元々話が出来る人間であれば、多少ぎこちなくなりますが直ぐに会話は出来ると思います」
「魔法が使えない人間には、呪文を覚えるという効果しか無いですか……?」
うーん、警戒されているのか、積極的に支援されているのか微妙だね? もしかして、昨日の晩から普通に会話していた積りだけど、ぎこちなさがあったのかな?
「ご希望に沿わなかったとしたら申し訳ありません。本来ならマナの操り方を学びながら呪文を覚えるのですが、ヒロキ殿には事情があって少しでも時間を短縮する為と聞いております」
「ああ、そうなんですね。とりあえず詰め込めるだけ詰め込むと言うなら、僕には向いているかも知れません」
「ご理解頂けましたか?」
「はい」
「ご要望があれば、伺いますが?」
「要望……、ここってお城の中ですよね?」
「申し訳ありませんが、出歩くのは暫く遠慮願いたいとトーマ様が。様々な所に手回しする必要があるそうなので……」
モニカの悪戯で呼び出された身分としては仕方ないのかな、準備万端で召喚された訳じゃないのは事実だろうね。この部屋を整えるのも急いでやったのかも知れない。部屋自体は豪華ではないけど、入浴以外は済ませられそうだから、何日かは我慢出来るだろうけど……。
「あの、身体を動かしたいと言ったら?」
「具体的には、”手合わせ”を御所望でしょうか?」
「……、そうですね、僕には必要な事ですから!」
「はっ! トーマ様にお伝えします」
兵士さん(名前を名乗られなかったよね?)が、何故か嬉しそうに請け負ってくれた。僕としても望む所だよ、魔王子(頭2つ位大きい)と戦って、殺さずに屈服させなくちゃいけないんだからさ!
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結論から言えば、僕が出歩くのを許されたのは3日後った。別に僕が我慢しきれなくなって脱走した訳じゃないよ?
さすがに勇者候補の精剣の主とは紹介されなかったけど、要人として扱われる事になった。ハーメリアのヒロキと紹介されたけど、ハーメリアが何処かは分からなかったりする。(感触からすると、この国の何処かの地方と言う訳では無さそうだけど?)
「トーマさん、色々お世話をかけたみたいですみませんでした」
「いやいや、ヒロキ殿、礼には及びませんよ。基本的に、私の仕事の範疇だった訳ですからね」
「基本的にですか? モニカ姫の悪戯と言うなら全面的にトーマさんの仕事だと思いますけど、あ、生意気な事を言ってすみません」
「いいえ、一昨日まではその認識で合っていました。姫様、いや、巫女姫様が”そんな気がした”と発言するまではね」
「そんな気がした? 小さな女の子のそんな不確かな言葉が、僕の待遇改善に直結するんですか?」
「巫女姫と言い直したのに気付きませんでしたか?」
「巫女?」
僕の中では、緋袴の巫女さん(コスプレ!)が最初に思い浮かんだけど、巫女と言う概念が僕にはきちんと理解出来ていない事に気付いた。
改めて、巫女と言う言葉の意味を考えてみると、答えは既に僕の中にあったんだ。
「巫女は創造主の言葉を伝える存在なのだから、モニカ、いや、巫女姫の言葉には普通には気付き得ない真実が含まれている?」
「そうなのですよ、教国では”神託”と表現されますな。確固たる自我が育っていない巫女姫には、それが創造主の意思なのか、本当にそんな気がしただけなのか区別が難しい」
それが僕の現状に直結している訳か……、中途半端だなと思えたけど、その根拠が中途半端なんだね。まあ、僕のやるべき事が変わる訳じゃないし、ある程度の自由が確保出来たんだから感謝すべき事なんだろう。
「ただ、姫様が幼いからこそ、創造主の思いを素直に受け取れる可能性もあると考えられますな」
トーマさんが小さく呟いたけど、そう言う考えがあるから僕の様な”立場”の人間が国王陛下と私的に面会出来た訳なんだな。緊張して頭が真っ白で何も覚えて居ないけど、印象に残る程良い意味でも悪い意味でも国王陛下らしくなかった気がする。
「まあ、そんな話より、今からの手合わせの方が重要ですな」
「はい、自分で言い出しておいて、ちょっと後悔しています」
「はははっ、陛下が観戦されるとは思いませんでしたからな。残念ながら日時を変更する事は出来ませんでしたが、対戦相手はヒロキ殿と同年代にしておきました。形としては、ハーメリアのヒロキという少年が、王国の騎士団に胸を借りると言う事ですな」
「情けないけど、助かります。ですが、露骨過ぎませんか?」
「いや、同世代と言ってもマーク、ああ、ヒロキ殿も会っていますね」
「あの指輪を届けてくれた?」
「そうです、彼は騎士団でも期待の若手、帝国との小競り合い程度ですが実戦も経験していますから油断は禁物!」
「はい! 一応素振りは欠かさなかったですし、これでも剣道という武道で結構良い所まで行っているんですよ」
まあ、初日と2日目は出来なかったけど、次の日には掃除係の人に箒を借りて日課の素振りを再開したし、その翌日にはちゃんとした木剣も借りれた。
「ほう、”けんどう”ですか、それは楽しみです」
「まだ、精剣の主の力を把握出来ていないのが心配と言えば心配ですね」
「それは、追々と言う事でしょうな。ここが訓練場になります、では、御武運を」
トーマさんの大袈裟過ぎる激励に苦笑したけど、別に大袈裟な事じゃなかったのは直ぐに思い知らされる事になったよ。