エピローグ
合格発表から帰って来た僕達は、とりあえず浅木家にお邪魔する事になったよ。この後、浅木さんと僕の家に合格報告に行く予定だけど、その前にちょっとご褒美を貰う約束なんだ。
念の為言っておくと、18禁的な展開は無いよ? 未だに互いに名前の方を呼べずに居る位初々しい(!)カップルだからね僕たちは。僕の方は結歌って何時でも呼びたいんだけど、浅木さんの方が”弘樹君”とさえ呼んでくれないのさ。
僕の方も半分意地になってるけど、まあ、浅木さん(と4人の女性)は素直に僕の言う事を聞いてくれる様な性格じゃないよね。一番話の分かりそうなリセイさんでさえ、勝手に自虐モードに突入する事が多々あったし、モニカに至っては僕が勇者に向かないと分かってからも僕の事を勇者様と呼び続けてくれた。ダリアなどはちょっと嵌めただけで、最悪の仕返しをしてきたし、ジルなんかも気分が乗らないと動いてくれない所があったよ。
そんな訳で、”合格のご褒美は何が欲しい?”と聞かれた僕は、浅木さんの秘密を見せて貰う事にしたんだ。浅木さんの秘密、それは浅木さんの部屋の本棚に収まっている何冊かのノートなんだ。最初に浅木さんの部屋に入った時からどうしても気になっていたんだけど、”恥ずかしい”という尤もな理由で僕は手に取ることさえ許されなかったよ?
もっと色っぽいご褒美をとも思わないではなかったけど、何故か僕はその数冊のノートを見せて貰う事に決めてしまった。
「これが、浅木さんの秘密か……、緊張するね?」
「もう、天原君ったら! 何でこんな物にそこまで熱心になれるのかしら?」
「さあ、これは浅木さんのとって大切な物だと思うからかな?」
「大切と言えば大切だよ、でも他の人に見せる物じゃないし、その、何と言うか天原君にだけは見られたくないの」
「ふーん、そう言う事を言われると人間って逆に興味を惹かれるって知ってた?」
あれだよ、押すなと言われると押したくなるボタンとか、開けるなと言われると開けちゃう箱とかね。
「そうなの?」
「うん、諦めてそのノートを僕に見せてよね?」
「分かった、でも、笑わないでね、絶対よ?」
「大丈夫だよ」
ここまで言われると、このノートには浅木さんの黒歴史でも書かれているんじゃないかと思えるね? 何とか奪い取ったノートの一冊目を開くと、今よりちょっと丸っこい文字で何やら”設定”が細かく書かれていたよ。
ノート自体は、何とか学習帳っぽい物で多分小学生の頃に浅木さんが使っていた物だと思う。少し読み進めると、それは地球や日本では無い異世界で、人間達が”喜び”一杯に生きているという設定になっているらしい。
次の一冊を開くと、そこには虐げられた魔族と呼ばれる人達が、”怒り”を抱き人間達に立ち向かう話の設定が事細かに書かれている。次には戦いに明け暮れる”哀しい”竜の世界、魔獣の世界とかもあったよ。僕の知らない世界もあったけど、どれにも共通するのは、夫々の世界が何らかの感情を元にしている所かも知れないね。
そして、最後の一冊を手に取ると、何故か僕は懐かしさを感じたよ。そのノートの中には文字通り僕が良く知っている世界が定義されていたんだ。そこは当初、精霊達が”楽しく”生きる楽園と定義されていた。今までの世界は名前もなかったのに、この世界はちゃんと”シングリーフ”という名前も付けられていたよ。
何か心境の変化があったのかな? 心なしか浅木さんらしいきっちりとした文字にも乱れが見える……。もしかしたら、この頃の浅木さんは中学生で色々苦労をしていたんだろうか? そして、その心の乱れが楽園である筈のシングリーフに破滅をもたらしそうになった?
そうか、文字通り”浅木結花”はシングリーフの創造主だったんだ。それ自体は分かっていた事だけど、今になって納得出来た気がするよ。文字通り浅木さんはこの薄っぺらなノートの中に世界を創造したんだ。
「シングリーフか……」
「フィーリングなのよ?」
「えっ?」
「イングリーフってしようと思ったんだけど、ちょっと捻ってみたの」
「ああ、アナグラムってやつ?」
「うん、4つの大陸の名前も喜怒哀楽から取ったの……」
pleasure,anger,sorrow,delight辺りかな? うーん? どんな難しい公式だって直ぐに覚えるのに、漢字や英単語となると途端に怪しくなるんだよね。苦手意識って奴は浅木さんにとっても厄介な物みたいだね。
「浅木さんって、本当に語学が不得意だよね?」
「もう、またそれを言うの?」
「ごめん、ごめん」
「仕方ないでしょう、誰それの気持ちはなんてその頃の私には理解出来なかったんだから。それを書き始めたのはね、前のお医者様の勧めだったの」
「何かの治療方法?」
「うん、物語を読んでその登場人物の気持ちを理解したり、自分で物語を作り出してそこに私の感情を見出したりする試みだったの……」
「あの、これって何かの設定集にしか見えないんだけど?」
「そうなのよね、最初にそれを見せた時、そのお医者様が何とも言えない表情をしていた気がするの」
「だろうね」
「今でも思い出せるけど、絶望って感じだったかな……」
うん、その気持ちは良く分かるよ。普通なら、児童書を丸々コピーとは言わないけど、似せた文章を書く所からはじめるのと思うんだけど、妙な所でオリジナリティーを発揮した上に、妙にきっちりした設定集を作ってしまう小学生ってどう扱えばいいんだろうね?
「さっきの天原君の表情は何だったのかな? ちょっと分からなかったかも……」
「そうだね、自分でも分からないかな、妙に納得がいったって感じなんだけどね?」
「あ、それは分かったかも、その”Continents of Emotion 感情の大陸”を読んでた時よね?」
「そんな題名なんだ、感情の大陸ね、うん、確かにそうなのかもね。そうだ、このノート僕にくれないかな?」
「えっ、嫌よ? 自分で読み返しても恥ずかしいんだよ?」
「浅木さんにはもう必要ない物だし、もしかして処分しようとかしてなかった?」
「うん、折を見てね、昔の自分とは決別しなきゃいけないでしょ?」
そう来たか、やるね、浅木さん。天原弘樹としては同意しない訳にはいかないね。でも、勇者ヒロキとしては、絶対に譲れない所なんだよ!(まさかこのノートの中にシングリーフがあるとは思わないけど、”創造主”浅木結花”から忘れ去られるのも納得が行かない)
「僕は何としても、これを手に入れるよ、浅木さん」
「うっ、その顔をしている天原君って、何をやるか分からないんだよね?」
うん、倒れるまで勉学に励んだのは良い思い出だね。例えストーカーと呼ばれようとも、”世界を救う”という大義の前には些細な事だよ。実際にこんなことを言ったら本当に危ない人だけどね?(とりあえず、この辺りの燃えるごみの回収日を調べておこうかな?)
「うぅ、何でそんなノートにそこまで……。そ、そうだ、天原君の一番恥ずかしい物と交換なら良いよ!」
「うぇ!」
最も恥ずかしい物と言われて思い出したのは、母さんが何処かに隠している筈の小さい頃の僕自身の写真だったりするだよね。知らない人がみれば、可愛い女の子の写真にしか見えないらしいけど、あれが、浅木さんの手に……。まあいいか、浅木さんの手の中ならね!
「どうする、天原君?」
「じゃあ、行こうか?」
「えっ?」
「僕の家にだよ、その予定だったよね?」
「う、うん。って、なんでそのノートを鞄にしまうの?」
「これは僕の物になる事が決定したからかな?」
「全然意味が分かんないよ!」
「そう、僕の最も恥ずかしい物を見に行くんだよ」
こうして、僕達は僕の家に向かったんだ。何故か最初は余所余所しかった浅木さんと母さんが、僕の子供の頃の写真で盛り上がって意気投合したのは、嬉しい(嬉しくないけど嬉しい)誤算だった。僕も父さんも結構引いていたけどね!




