第41話 その理由
そして、作戦開始から一週間後のお昼休みの事だった。何時も通り。カウンセリングルームに行くと、西村先生が何時もの机の前に居なかった。小部屋の扉が2つとも閉まっているから悩める小羊の相談に乗っているんだろうね。(実はこの時西村先生と委員長がそこに居る事を僕は知らなかったよ。何をしてたかといえば盗聴?)
僕はそのまま、浅木結歌の居る小部屋のドアをノックして返事を待って中に入った。今では殆ど反射的に、
「浅木さん付き合ってください」
と言えるようになったよ!(何処のナンパ男だろうね?)
これに対する浅木結歌の返事も変わらないんだけどね。
「あの、私で良かったら……」
ほら、何度聞いても、ってあれ? 何時もの”ごめんなさい”じゃなかった気がする。それに明らかに表情が違うよ!
「もう一度言ってくれるかな?」
「天原君、1つ聞いても良い?」
「えっ、うん、どうぞ」
「あのね、天原君は私なんかの何処が気に入ってくれたのかな……?」
浅木さんは僕の要望に応えずに、少しだけ上目使い気味にそんな事を尋ねて来た。くっ、ほんのり紅い頬と相まって凄く可愛過ぎます! 反則ですよ、浅木さん!
落ち着け、僕! ここは浮かれている場面じゃないぞ? 浅木さんの好きな所と言うなら1時間語れる自信がある、僕の語彙の関係でそこからは無限ループになるだろうけど、そこから何日だって語り続けらえると思う。でも、どうして好きになったかと問われれば……、うん、正直に答えるしかないよね。
「僕が浅木さんを好きになった理由が知りたいんだよね」
「うん」
「多分浅木さんを落胆させちゃうと思うけど、最初は浅木さんの容姿に目を奪われたんだよ。それから入試でトップだったという話も聞いたね」
「そう……」
浅木さんが僕の言葉で露骨という程では無いけど、明らかに落胆の表情を浮かべたよ。でも、僕がその表情を見て感じたのは、自分が間違っていないという自信みたいな物だったんだ。あの、”浅木結歌”にこんな表情を浮かべさせたのは僕の言葉なんだから……。
「だけどね、それだけだったら、きっと僕は君を好きで居続けられなかったと思う」
「……」
「浅木さんなら気付いているよね。1年の最初の授業の時にクラスで何があったか?」
「……、うん、現国だったよね。咲耶が学級委員長に決まってたのに、私が職員室にプリントを取りに行ったから……」
現国だったかさえ僕は覚えていないよ、でもその時に担任が浅木さんの症状について教えてくれた事は良く覚えているんだ。アレキシサイミアなんて耳慣れない言葉を聞いものははじめてだったね。
「君のアレキシサイミアに関して説明があった」
「うん、あんな反応は良くある事だもの……」
そうだろうね、学校側の意図は分かるけど、高校生になったばかりの生徒にとって”浅木結歌”という同級生を色眼鏡で見ろと言っている様な物だった。
でも意外な事に、”浅木結歌”という少女は僕の色眼鏡を通してみても、表情が変わらないだけの飛びっきりの優秀な美少女にしか見えなかったんだよね。(本当なら普通と言いたいけど、残念ながら、浅木さんを普通と表現するのは難しいんだ)
「ねえ、浅木さん。パラリンピックって見た事ある?」
「あるよ?」
「凄いよね、あの人達って。身体に”障がい”があるのに、普通の人より速く走ったり泳いだり出来るんだよ」
「うん……、そうだね」
浅木さんからは戸惑った様な返事しか返って来なかった。例えが悪かったかな? この表現を使うのは辛いんだけど、仕方無い、敢て使おう!
「浅木さん、1年のゴールデンウイーク明け頃を除けば、僕から見ても君は普通に振る舞えていたと思うよ」
「あっ!?」
浅木さんが、嬉しさとか恥ずかしさとか驚きとかが混ざり合ったなんとも表現に困る表情を浮かべているよ。浅木さんがこんな表情を浮かべられるなんて驚きだ。多分自分がどんな表情をしているか分かっていないだろうし、自分の中の感情を理解出来ているかも微妙だろうね。
え? 何を言いたいのか分からない? そうかな、結構簡単な話なんだよ、気付いてしまえばね。他人の感情が分からないという状態がどう言う事か理解出来る人は少ないだろうね。僕だって、浅木さんの全てを知っているとは言えないからね。
いや、そうじゃなくって! そうだね、感情が分からないという人は少ないけど、空気が読めないという人なら普通に身近に居るよね。僕の身近だと、英知がそう言うタイプだ、あいつの場合は自分で雰囲気を作り出す所があるからあんまり良い例じゃないんだよね。(まあ、もう少し空気が読めれば、僕だってあれほどライバル視しなかったと思うよ?)
そうだね、身近じゃないけど、竜王子キョウガなんかが良い例かもね。|正≪まさ≫しく”俺様”だし、一緒に居るだけで不快になる。相性が悪いのはあるだろうけど、精霊王がまともに相手しなかったり、ジルが嫌った事実がそれを語っている筈だよ。(かなり主観が入っているけどさ!)
もう少し深刻な状態だと、アスペルガー症候群と言われる精神的な”しょうがい”に分類されるかな? 結構”アスペ”という言葉は身近に聞く事が多いと思うけど周囲から見ればアレキシサイミアもアスペルガーも(ちょっと乱暴だけど)似た様な物だと思う。
端的に言ってしまえば、最初は気にならないけど段々目障りになり、最後にはそこに居るだけで不愉快になるといった所かな? これは病気のせいではあるけど、否定出来ない事実なんだと思う。
話がかなり逸れたけど、本当なら周囲から浮きまくってしまっていた筈の”浅木結歌”は、そう言う意味ではごく普通だった。まあ、別の意味では浮いていたけどね。
”浅木結歌”に何故それが出来たのかと言えば、予想だけど、そういう経験を積んでそこから学んだ来たんだと思う。実際、浅木さんは非常に良く周りを観察しているのは僕も直ぐ気付けたよ。感情というものが理解出来なくても、こういう状況でこう言う事をすれば周囲の人が顔をしかめると学んで、2度と同じ間違いをしない様に努力していたんじゃないかな?
まあ、僕がそれに気付けたのは、僕もレベルが違うけどそれなりに普通で居る為に努力した人間だからだと思う。
…
…
…
普通の男らしくなる為だからね! こんな事言わせないで欲しいよ!
”浅木結歌”の通っていた中学はこの高校からかなり離れているけど、同じ中学からこの高校に進学して来た生徒に聞くとかなりの問題児だったらしい。保健室登校もかなりの長期間に渡ったんだってさ。
そして、知り合いの少ない隣の市のこの高校に進学して、華々しく”高校デビュー”を果たした訳だね。学生生活なんて物は勉強が出来て、周囲にある程度合わせる事が出来れば、それ程難しいものじゃないんだろう。
だけど、完璧な論理武装をした”浅木結歌”は、それなりに高校生活を楽しんでいたんだろう。だけど、”恋愛”なんていう未知の領域に手を出した事で、一気に破綻したんだけどね。
”浅木結歌”にとって、一年の頃のボーイフレンドなんて、恋愛経験を積む為の実験台だった僕は感じていたんだ。だから、”浅木結歌”が誰と付き合っても僕は気にしなかった。ある意味恋愛ごっこだったからね。(うん、上手く行きそうだったら妨害しようなんて考えていなかったよ?)
「うわ、浅木さん、泣かないでよ!」
ちょっと自分の思考に沈んでいる間に、何故か浅木さんが目からぽろぽろと涙を流していたんだ。
「うん、ごめんね、でもこれは嬉し涙なの。嬉しい時に涙が出るというのは、うん、全然分からなかったけど、今なら分かる……。咲耶だって本当に理解は出来ていないのに、天原君はちゃんとわかってくれてたんだ!」
「浅木さん?」
「天原君、私を貴方の彼女にして下さい!」
浅木さんは僕の手をとって妙な事を言った。浅木さんの逆告白もそうだけど、僕の手をとる仕草が妙にリセイさんに似ていてどうしても苦笑を漏らさずには居られなかった。
そして、”僕の方が先に告白したんだけど”という無意味な言葉を口にしそうになって、更に苦笑を深める事になったよ。モニカもどちらが先かを気にしていたんだよね。僕にとっては、どちらが先かなんてどうでもいいからさ。
「うん、喜んで浅木さんの彼氏にならせてもらうよ!」
こうして僕達の交際と浅木さんの感情を取り戻す訓練の日々がはじまったんだ。




