第37話 雄弁な沈黙
「ヒロキさん、ヒロキさん、目を覚ましてください。あ、でも、本当に目をさましてしまうと困るんですけど……」
何だか突っ込み所が満載の声に導かれるようにして、僕は意識を取り戻したんだ。と思ったんだけど、目を開いた気になっても周りは真っ暗だった。とりあえず意識があると言う事は死んでいないって事かな?
「ヒロキさんが無視します、やっぱり私の事なんてどうでも良いんですね、シクシク……」
「あれ、聞こえていたんですか、リセイさんですよね?」
「はい、ちゃんと聞こえています。今は意識を直接繋げているに近いですから……。ちなみにヒロキさんは半分死んでいましたよ?」
「えっ?」
「私の忠告を無視して、あんな無茶をしたんですから当然です」
無茶は承知でだったんだから、生きているだけで儲け物だよ。
「こちらから力を送るのがもう少し遅かったら、半分じゃなくって全部死んでましたよ!」
「リセイさんが助けてくれたんですね、ありがとうございます。そうだ、シングリーフは無事なんですか」
「無事じゃなければお話出来ないと思いますけど?」
「竜とか精霊なら何とかなるかなって」
「モニカさんもダリヤ様もここにいらっしゃいますよ。これもヒロキさんが創造主様の命を救ってくれたお陰ですね?」
そうか、”浅木結歌”が創造主だったんだ。普通(普通の意味では普通じゃないけど?)の女の子にしか見えなかったのにな?
「本当に普通の人間でしたか?」
「勝手に心を読まないで欲しいんですけど?」
「今は私の鱗を通して会話していますからね、無理ですよ?」
何故かこっちからは読めないんだけど?
「そんな恥かしいじゃないですか!」
「理不尽だ、でも、確かに普通じゃなかった気もします」
良く分からないけど、”浅木結歌”の周りでは、魔法が使えなかったからね。もしかすれば、ジルが学校に転移して来た時に失敗したのは、”浅木結歌”の影響だったかも知れないよ。
「悲しいお知らせですけど、そちらの世界とこちらの世界を行き来する事は出来なくなりました」
「どうしてですか?」
「分かりません。今はジルちゃんの感覚でそちらの世界に近付いて、私の力で会話していますけど、これも長くは持ちませんね……」
「そうですか、これも無理をしているんですね?」
精霊と竜が力を合わせるというのは本当は無理な話だからね。
「はい、これが最後の会話だと思ってください」
「最後ですか……、いえ、こうして話せるだけ良かったです。モニカにはもう会えないって言われましたから」
「そうですか、今の状態を会っているとは言えない気もしますね?」
「そうか、それなら遠慮はいりませんね。リセイさん、近くキョウガの奴が結婚を申し込んで来ると思いますよ」
「ふへ? なな何を、そんな訳ないじゃないですか!」
「あ~、リセイさん意識がだだ漏れですよ? 随分とキョウガには複雑な感情を持っているんですね?」
「ヒロキさんが意地悪です~」
「聞こえませんよ、竜族の特性からして、竜王を頂点とした”君臨すれども統治はせず”を否定する事は出来ません」
この”聞こえませんよ”は、リセイさんに対してだけでは無く、すごーく何か言いたそうな別の意識に対しての牽制でもあるんだ。ダリヤが入ると振り出しに戻るからね?
「ヒロキさん?」
「でも、リセイさんが竜王に対して堂々と意見が言える様になれば、何か変わるかも知れませんよね」
「それを私が?」
「はい、子供達を狂竜が出ない様に教育するとか、狂竜が出た時に竜王の関係者だけでは無く竜族全体できちんと対応するとかですね」
「でも……」
「人間の技術や、精霊のマナを上手く使えば、狂竜を殺さずに済む方法が見付かる可能性もありますよ? この辺りは竜王には無理だと思いませんか?」
「確かに、キハツ様やキョウガには無理ですね。でも、おじ様の様な悲劇を防げるのなら!」
「はい、その意気です。これはリセイさんにしか出来ない事だと思います」
「ありがとうございます、ヒロキさん。私からも一言良いですよね?」
「どうぞ?」
「妙な格好はつけないほうが良いですよ」
「うくっ、分かりました。それは後悔もしています。ジルと話せますか?」
「無理っぽいですね、聞こえてはいますよ?」
「そうですか、ジル、いや、カジール、君は今のままで良いと思うよ。多分色々学ぶ事もあるだろうけど、精霊王に求められる最も重要な資質が失われては意味が無いからね。精霊には物凄く時間があるんだ、少しずつ君らしい、精霊王になる事を期待しているよ」
「”なの~”だそうです」
「ありがとうリセイさん。そして黙ってくれていてありがとう、ダリヤ?」
「やっとあたくしの番ですの?」
「うん、ダリヤに送る言葉は理想に準じるなかな。キョウガ程強くて、バックスさん程男らしい男なんて、存在しないよ?」
「何を言うかと思えば、あたくしは貴方で妥協すると言った筈ですわ?」
「うん、君から感じる意識に意外と純粋な好意が多いのが分かって驚きだよ?」
「ヒロキ、貴方、随分あたくしの事を酷い女だと思っていましたのね?」
「そうかな? 怒りっぽい所も改善されたし、魔姫ダリヤの為なら死ねるという男は多いと思うよ。そして、君もその男性もそれを栄誉だって考えるんだ」
「何が間違っていますの?」
「価値観の違いだからね、間違っているとは言わないよ。君が老いて死ぬ時、君が1人っきりなんじゃないかって心配なんだよ」
「ヒロキ……?」
「妥協と言う訳じゃない、公私をきちんと使い分ける事が必要だと思うんだ」
「公私ですの?」
「そうだね、僕の国には”内助の功”っていう言葉があってね、伴侶を私的にささえる事が称えられたりもするんだ。僕的には”貧乏くじ”だけどね」
「”内助の功”が褒め言葉で、”貧乏くじ”が悪口だって言う事は分かりましたわ!」
「価値観の違いって言ったよね、そもそも、ダリヤが対象になっている訳じゃないよ!」
「ふん、まあ良いですわ。あたくしからもヒロキに一言忠告して差し上げますわ」
「ダリヤの忠告か、聞きたくないと言っても無駄だよね?」
「聞こえませんわ! ヒロキは女心と言う物が根本的に分かっていませんわ。それこそ、自分の理想を相手に押し付ける様な殿方は、女性から好意を寄せられるべきでは無いのではなくって?」
「うん、何故か凄く身に染みたよ。自分の投げたブーメランで自分が仕留められた気分だ」
「当然の報いですわ!」
「あ、ありがとう、ダリヤ……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「色々伝えたい事が有り過ぎて、上手く伝えられない事ってあるよね、モニカ?」
「勇者様は、どうして私を責めないんですか? 私は、創造主様を、浅木結歌さんを殺そうとしたんですよ?」
「え? そうなの?」
「……」
「時々、沈黙って雄弁だよね?」
「勇者様はやっぱりヒロキ兄様なんですね。私は浅木結歌さんの危機を知りながら、勇者様をこちらに呼んだんですよ?」
「別に殺そうとした訳じゃないよね? もし僕がシングリーフに呼ばれなかったら、逆に僕はあの場に居なかったかも知れない位だ。モニカが浅木結歌に何か影響を及ぼして自殺に追い込んだと言うなら別だけど、それをやったのは別の人間だって分かっているからね」
「そうでしょうか? 私達が創造主:浅木結歌に何の影響を及ぼしていないと思っていたんですか?」
「へ? 影響って、それも私達?」
「本当に気付いていなかったんですか、ヒロキ兄様?」
「いや、あの塔の事を考えれば、何かあるとは思っていたよ、本当だよ?」
「全然、分かっていなかったんですね……」
「隠し事が出来ないって不便だよね」
「ヒロキ兄様は分かり易すぎるんですよ!」
「それは全然否定出来ないな、それで?」
「私達4人は、創造主様に生み出された”贄”だった訳ですからね」
「|贄≪にえ≫って随分物騒な響きだね?」
「何言ってるんですか、私達から大切な物を奪っていったのは勇者様なのに?」
「何だか、謂れの無い非難を受けている感じが、しないね?」
「ええ、世界を救う為に塔に昇って強引に奪われるのと比べれば、好ましい物でしたし、何より私達も持て余し気味でしたから……」
「強引にって、いや、何でもないよ。持て余し気味?」
駄目だ、妙な事を考えるな!
「私は子供の頃から何時も笑っている事が多かったです。それ程不幸な生い立ちだったとは思いませんけど、どんな些細な事にでも喜びを見出せる自分が不思議でした」
「いや、小さい頃から親元を離れなくてはいけないのは不幸だと思うよ?」
「そう思える勇者様が本当に羨ましいです。ジルちゃんは楽しむ事に、ダリヤ様は怒る事に、リセイさんは悲しむ事に、縛られていました」
「まさか!」
「そうです、私達の世界そのものが、創造主:浅木結歌が感情を取り戻す為に作られたのですから」
「そんな、でも、本当にそんな事が出来るのかな?」
「さあ、自分の住んでいる世界がどうやって生まれたかなんて、誰にも分かりません。創造主様も本気で誰かの感情を取り込むことが出来るなんて考えていたか疑問です」
「まあ、世界の成り立ちを説明しているのは、宗教位だからね。でも、本気じゃないって何故分かるんだい?」
「それは、神託にある創造主の塔の話が良く示しています。”4人の聖女の手助けで塔を昇った勇者が世界の危機を救う”ですよ?」
「そんなのがあったんだ、でも間違っていない気がするけど?」
「塔の中って空っぽだったんですよ?」
「空っぽ? 手抜きだね? やっぱりあの塔の試練を作り出したのはモニカなんだね? 神託に合わせて試練を作ったから、あんな4人の聖女に合わせた試練が出来上がる訳だ」
「はい、元々、贄の4人は創造主様にとっても特別な存在でしたし、巫女という能力はそれだけで創造主様に繋がり易いですから……」
「モニカは創造主にとっても想定外だったんだね?」
「そうかも知れませんね、そもそも想定外というのは勇者様ですけどね」
「僕? 僕は創造主に呼ばれたんじゃないの?」
「いえ、召喚の条件を設定したのは私ですし、実際に条件を満たした誰かを選んだのは精霊王様ですから、そもそもですね、当時の創造主様はきっとそれ程ヒロキ兄様を意識していなかった筈です」
「あ、そうだね……、そんな気がしただったよね。微妙に悲しいけど、今は好意を持ってくれているんなら良いや」
「駄目です、それに関しては、私が勇者様を好きになったから、創造主様も同じだって思っているんですから、ここだけは譲れません!」
「そうなんだ……、僕としては”浅木結歌”の最も気になる男の子の立ち位置を維持していた積りなんだけどね」
「ヒロキ兄様?」
「そうだよ、維持しか出来なかったからこんな事になったんだ」
「ヒロキ兄様が何故勇者様なんでしょうね? 本当に頼り無いのに、やる事だけはやるんだから困ってしまいます」
「ああ、そう言えば、そっちでは世界を救った事になるのかな?」
「そうですね、本当に偉大な勇者様なんですよ。創造主を救った勇者なんて、今後も現れないでしょうね……」
「そして2度と戻る事は無かったってなるんだよ? 嫌な予感がするから行けても行かないけど」
「はい、多分創造主様にはこの世界が必要無くなったんだと思います」
「そうか……、そうだね」
「あの、そろそろ限界っぽいのですけど?」
「あ、リセイさんすみません。リセイさんはモニカの行動を責めなかったんですか?」
「はい、私も他の2人も、モニカさんの気持ちは少しだけ分かってしまいますから……」
「そうですか、ありがとうございます。モニカ、君に送る言葉は、”僕の存在を上手く使って良い”って事だよ」
「勇者様?」
「別にこんな事を言わなくても、トーマさんには大きな借りを作っちゃったみたいだからね? 分からなかったらダリヤに聞くんだよ」
「私から、ヒロキ兄様に伝える事は……、そうですね、前にも言いましたけど、勇者様と創造主様ってお似合いですよ、内面的にもですね」




