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第36話 彼と彼女の選択

 そして僕が召喚された場所は、意外であり、意外でもない場所だったよ。


「あれ、天原先輩? 早く帰らないと、先沢先輩に捕まりますよ?」


「えっ、あれ?」


 僕に声をかけてきたのは、剣道部の後輩で、つまりそこは僕の通う学校の廊下だったんだ。運良く、誰にも見付からなかったらしいけどね? そう言えば、今回はあちらに呼ばれても着替えろって言われなかったよね? 彼女には分かったいたって事か? (制服が微妙に焦げてたりするけど黒だからそれ程目立たない)


「どうしました?」


「あ、いや、英知の奴もう立ち直ったんだ?」


 そして、時間的には殆ど経過していないか? あちらに居た時間は6~7時間程度だった気がするし、こちらでは1時間も経過していないらしいね。


「はい、血相を変えて学校中を駆け回っていましたよ」


「そうか、さっさと退散した方がいいな、ありがとう」


「さようなら先輩」


「おう、またな!」


 だけど後輩と別れて直ぐに、僕は血相を変えた生徒に捕まる事になった。英知じゃないけどね?


「天原君!」


「委員長、どうしたんだい?」


 もしかして、委員長がとか思ったけど、有り得ないよね?


「結歌と喧嘩して、エイチが怒って来たの、天原君があんな事をしてくれたのに、私!」


 うん、全然分からないね、でも、この委員長がここまで慌てるのは、余程の事だよ……。何とか落ち着かせて聞き出したのは、良くない知らせだった。


 委員長が”浅木結歌”を放課後の裏庭に呼び出して、”もう友達ではいられない”と告げたらしい。それを告げられた”浅木結歌”は無表情にその場を立ち去ってしまった。


 その後、委員長は英知に捕まって、僕が何をやったかを聞いて少し冷静になった訳だね。でも逆に”無表情な浅木結歌”に底知れない不安を覚えてしまったんだ。今の”浅木結歌”は怒る事も悲しむ事も出来る筈なんだからね?


「どうしよう、私……」


「委員長、何時もの君らしくないよ。するべき事を出来るのが仙道咲耶だと思う、違うかな?」


「天原君……。そうね、結歌を探すわ!」


「当然、僕も手伝うよ。委員長は校舎の外、学校の敷地内を頼む。僕は校舎の中を探すからさ」


「分かったわ、見つけたら携帯入れてね?」


「ああ、委員長もね」


 こうして、僕達は別々に駆け出したんだ。もう少し事情がはっきりすれば、職員室に駆け込む所なんだけど、今の話では誰も信じてくれないだろうね。心配のし過ぎだって宥められるのは目に見えているよ。(昔の”浅木結歌”なら話は違って来るんだけどね!)


 僕が真っ先に向かったのは屋上だった、最悪の可能性を考えるのなら当然の選択だよね。本当なら教師陣にばれないようにこっそり昇る階段を荒々しく駆け上り、鍵が掛かっていても生徒内では開けるコツ(例の事故の影響で扉の枠が微妙に歪んでいるんだよ)が広まっている屋上の扉も蹴り開けて屋上に飛び出す。


 屋上には人影は見当たらなかったけど、前と少しだけ違う所があった。立ち入り注意のバリケード看板が1つ移動されていて、それが時計台に昇る梯子(メンテナンス用で手の届かない所からしか付いていない奴だよ)の所に置かれている。誰かが梯子を昇る為に置いたとしか思えないし、その誰かは、想像したくもない。


 勢いを付けて梯子に跳び付き、そのまま駆け上がる。そして、僕が時計台の上に昇りきった瞬間に、崩れ落ちてしまったフェンスを補う為に張ってあった黄色と黒のロープを外し終わった”浅木結歌”と対面する事になったよ。


 誰だよ、こんな所に昇れる様に時計台を設計したのは! フェンスが壊れた原因の一部は僕にあるけど、早く修繕されていれば! 色々言いたい事はあるけど、でも、何とか間に合ったぞ!


「浅木さん、危ないよ!」


 僕は、”浅木結歌”に声をかけた。同時にこっそり呪文を唱え、崩落してしまったフェンスを補う形で”風の壁”を構築する。それ程強力な魔法じゃないけど、普通の女の子には抜けられない。精剣を失い、精霊との繋がりも失った、普通の男の子に戻ってしまった僕だけど、これ位ならまだ出来る。魔法を使うのに必要な”感覚”は僕の中に残っているんだ。


 皮肉な事だけど、ジルがここに残したマナの残滓がそれを可能にしているよ。僕の体の中に残っているマナの方は身体強化に使ってしまって、ほとんど残っていないけどね。”浅木結歌”までほんの5メートルだ、咄嗟に飛び降りられても何とか捕まえる事が出来たと思うよ。


 一応これで一安心だ、後はどう説得するかだよね。気絶でもさせるのが一番話が早いんだろうけど、それはしたくないからね。


「浅木さん?」


 僕がもう1度”浅木結歌”に声をかけると、彼女の顔には僕の見た事も無い幾つ物表情が現れては消えていった。そして、何かを言いたげ開かれた形の良い口から紡ぎ出された言葉は、


「さようなら、天原君」


と言うついさっき、別の女性が語ったその物だったよ、口調までそっくりだ。


 + * + 


 意外過ぎる言葉に虚を突かれたのは事実だったし、飛び降りられない様にした積りで油断したのも事実だ。ただ、”風の壁”の魔法を解除することだけは有り得ない筈だった。だけど、その魔法は、身を翻して躊躇いも見せずこの学校で一番高い時計台の上から身を投げ出そうとした”浅木結歌”を止める事は出来なかったんだ。


 反射的に飛び出して居た僕が、物理法則に従って落下をはじめようとした”浅木結歌”の制服の襟元を掴む事が出来たのは、身体強化の魔法がその時点では有効だったからだと思う。


 ただ、僕の指が少しだけ”浅木結歌”に触れた瞬間、僕の身体にかかっていた魔法は、文字通り存在しなくなった。気闘術で相殺されたのとは別の異様な感覚だったよ。そう、この世界には元から魔法なんて無かったという事を思い出したかの様だった。


「ぐわっ!」


 少し身体を鍛えただけの高校生が、高い所から飛び降りた同級生を空中で捉まえるとどうなるかといえば、一緒に落ちるか、ぎりぎりで持ちこたえる事が出来るかだろうね。


 運良く後者になったのは、”浅木結歌”の体重が軽かったからと、落下の勢いで僕のわき腹辺りに突き刺さった何か(フェンスの支柱の残りとかかな……、ちくしょう!)がそのままずり落ちるのを止めてくれたからだよ。


 不本意ながら、こう言った一瞬の痛みには慣れている修兵館の先輩達にとっての練習台は伊達じゃないさ! ……、さすがにわき腹を突き破る人は居ないけど。とりあえず、”浅木結歌”の服を持った右手を離さなかった事と気絶しなかったのは上々だよ!


 この状態を何時まで維持出来るか分からないな、出血は少ないみたいだから暫くは大丈夫だと思う。右手一本で女性一人を支えるのはかなり無茶だけど、腕力の方は鍛えてある。5分や10分なら何とかなる!


 ただ、助けが来てもこの状態を好転させるのは簡単じゃない。消防車というかはしご車でもあれば良いけど、そんなのが来るのを待っていられるかな? 誰かが気付いて、消防署に電話しても5分で来るとは思えないよね。


 頼りになる筈の魔法は、何故か今は使えない。微かなマナは感じるけど、呪文を唱えても全く手応えが無い。さっきまでは不自由なりにでも普通に使えたのに……。”浅木結歌”が絡むと魔法が効かなくなるなるみたいだ。


 こんな時だから色々考えないといけないよ。鋭すぎる痛みが何時僕の意識を刈り取らないとも限らないからね!


「キャーッ!」



 下の方から、女生徒の悲鳴が聞こえて、一瞬気が遠くなった気がしたよ。でも、やっと誰かが気付いてくれたね。これで時間との勝負かな。1つ試していない方法があるんだけど、行き当たりばったりでは確実に失敗するんだよね。


 上から見る限り”浅木結歌”は意識を失った様にピクリともしない。身動きされるとそれだけで手の負担が増すから、今は有り難いよ。


 そう思った次の瞬間、プチッっという小さな音が下から聞こえて、”浅木結歌”の身体が少し下に下がった気がした。更に下でまた悲鳴が上がったけどそれどころじゃない。”浅木結歌”の両手が少し上がっているのが分かったから服の布が破れたか、縫い目が持たなくなったか、ボタンもあるか?


 ここの制服はブレザーなんだけど、ウエスト辺りが締まるデザインなんだ。何が言いたいかと言えば、”浅木結歌”は今ブレザーの両脇下で引っかかっている状態なんだよ。3つあるボタンが全て取れるかしてしまえば、”浅木結歌”はバンザイ状態になって、そのまま落ちると言う訳だよ!(僕の腕力よりボタンを止める糸が先に音を上げたらしい、頑張ってくれ糸君!)


 この状態なら、いっその事、”浅木結歌”と一緒に落ちた方がマシだ。”浅木結歌”を庇う事は出来る筈だからね、4階建ての校舎の更に上の時計台から落ちて無事で済むとも思えないけど、”浅木結歌”だけなら死なせない事は出来ると思うよ。でも、今はわき腹に刺さった支柱が邪魔をする。


「八方塞がりだね……、何でこんな事になってるんだろう?」


 自分の声とは思えない擦れた声が出たよ。自嘲するだけの余裕もない。この手を離して楽になろうかなんて考えも頭を掠め、もう1度校舎の下に目をやると、そこには(きっと真っ青な顔をして)上を見ている委員長(救いの女神)の姿が見えた。


 成功率が低い最後の手が使えるかも知れない、今の僕の状態ではそれこそ命に関わるだろうね。ただ、”浅木結歌”が確実に助かるなら躊躇わないけど、僕の命を他人に預けるという方が躊躇われたんだ。他人を信じる事の方が自分の命を捨てるより勇気が居るなんて思わなかったな?


「そうか、これがモニカの言っていた”勇気”か……。いいさ、やってやるさ」


 僕はもう1度だけ、下に視線を向けてお腹の底から声を出す。(死ぬほど痛かったよ!)


「委員長~!」


 ちゃんと届いたか分からないけど、委員長が前に進み出て僕の位置から見えないけど、”浅木結歌”の真下に移動したと思う。準備は整ったよ、後は僕の方だけだ。(僕の意図が通じた筈も無いけど、委員長、いや、友人を傷付けてしまった責任をとる覚悟を見せてくれた仙道咲耶に感動さえ覚えるね!)


 リセイさんに気闘術を習った時を思い出し、ゆっくりと呼吸を整えて自分の中の”生命力”をゆっくりと集める。こんな時なのにそれは熱いほどに感じられた。そしてそれを呪文に乗せて解き放つんだ。


 狂竜退治を終えシングリーフから戻って来た時に試すと、マッチ棒1本程の火を灯しただけで本気で気絶出来たから当然人間は単体で魔法を使える様には出来ていないという結論に達して封印したんだけど、こんな場面でその封印を破るとは思わなかったな。


 唱える呪文は使い慣れた”身体強化”、但しその対象は見えないけど、真下に居る委員長だよ。この呪文は効果が暫く持続するから呪文を唱えた僕が気絶しても、死んでも大丈夫な筈だ。何の説明もしていないし、しても信じてもらえないだろうけど、委員長なら僕の期待に応えてくれると信じている。


 そして僕は命懸けの呪文を解き放ち、そのまま意識を失ってしまった。大きな悲鳴が聞こえた気もしたけど、それの意味する物がなんだったか確かめる事さえ出来ないままね。

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