第35話 危うい均衡
2階層から上への階段も1階層から2階層への階段と変わらなかったよ。ただ、僕達の間の空気は少し違っていた。尊い犠牲(しつこい!)は出ていないけど一番五月蝿かったダリヤが最初に抜けたのはリセイさんには良かった事らしいね。
リセイさんとダリヤって性格的にも合わないんだよね。ダリヤが陰湿と言う訳じゃ勿論なくって、ダリヤの理想とする人間(竜)像をリセイさんに押し付けるといった感じかな? ダリヤの理想は普通の竜の理想に近いらしく、皮肉な事にリセイさんには向かないんだよね。
さっきまでは騒がしいと感じていたメンバーが脱落して、気楽になったと思っていただろうリセイさんも、意外とその存在が大きかった事に気付いたんじゃないかな?
基本的に相性の良いモニカとジルが何となく?成立する会話をしないから、殆ど階段を昇る足音しかしない。僕もモニカに少し注意を払っているので必要な事しか話さないからね。
1階層から2階層へと同じ位の段数を昇った所で、3階層への入り口が見えた。
ちなみに階段の段数を数えているのは、”さて、最後の試練だ! 貴様達が昇って来た階段の段数は幾つだった?”とか問われる事を警戒してではなく、塔の高さが約60メートルと分かっていて、屋上には何も無い事が確認されているからだよ。階段の一段が20センチ位だから300段は昇らなくても良い筈なんだ。(普通に考えればだけどね?)
+ * +
3階層の入り口に入る前に気付いたのは、”ギッ、ギギギッ”という微かな何かの擦れる様な音だったよ。
最初は大きすぎてそれが何か分からなかったんだよね。でも魔法の明かりで全体が照らされると、それの正体が明らかになった。
「大きな天秤だね、何を量るんだろう?」
全体が20メートル近い天秤なんて使い勝手が悪いよね? それに左右には”皿”ではなく大きな水晶みたいな物が付いている。 何も乗っていないし、風もないのにゆっくり左右に揺れているのは何故だろうね?
「これは、”破滅の天秤”?」
「これが?」
水晶の一方を観察していたリセイさんが妙に不吉な名前を出した。そして、この存在はモニカも知っているらしい。ジルは天秤と同期して左右にふらふらしているけどね?
「何ですか、その不吉な名前は?」
「いえ、これは破滅を回避する為に使われた物なのです。竜族にも伝わっているんですね?」
「はい、創造主がこの世界のマナとプラーナの均衡を計る為に使ったと伝わっています」
「ゆらゆらなの~」
ジルは当時から存在している筈なんだけどな~? でも、実際天秤の向かって右側にマナが、左側にプラーナが集まっているのが僕にも感じられる。それが何処から来るのかは分からないけどね?
創世記にあった、”竜族の安定を見届けた後”と言うのは、竜族の発するプラーナが精霊のマナを打ち消せるまで竜族の数が増えるのを確認したという解釈が出来る訳だね。創造主というのはこれを持てる位大きい女性なのかな?
「あっ、あそこに扉があるなの!」
「本当です」
ジルとモニカが入り口の対面方向に向かって歩き出して、それを僕とリセイさんが追う形になった。
扉は、1階で幾つもあった扉と同じものらしかった。これで10年に1度しか開かないとかだったら笑えるよね?
「微かに動いていませんか?」
扉に一番近付いていたモニカが、そんな事を言い出したよ。僕も扉に顔を寄せてみると、分かり難いけど確かに少し上下している。まさか、故障している?
「これは、天秤の均衡を取ると開くのではないでしょうか?」
「成る程!」
リセイさんの言葉に、すかさず賛成する僕だったよ。いや、何か壊れかけたロボットの動きを想像しちゃっただけなんだ。意味有り気な天秤を考えれば当然の結論だよ、うん!
ここには、竜族きってのプラーナの所持者と、次期精霊王になるかも知れない精霊が居るんだ。簡単な事だよね……。
なーんて考えた僕が馬鹿でしたよ! リセイさんの方は問題無いんだ、ジルが全く適していないだけでね。そもそも、精霊がマナの制御を行う事は無いし、ましてジルだからね。
何度試しても、”破滅の天秤”がピタリと止まる事が無かった。リセイさんが微調整を試みるんだけど、基準になるジルのマナが安定しないから上手く行く筈も無い。僕が精剣を通してマナを水晶に注ぐのは全く反応が無かったし、”練習あるのみ”かな?
「そうだ、ジルちゃんもリセイさんも全力でやったらどうですか?」
「モニカ?」
「上手く制御出来ないなら、全力を出せば良いんですよ!」
「全力でか……、リセイさん行けますか?」
「はい、まだ何とか!」
「ジルは?」
「大丈夫なの!」
疲れている筈なのに、明るく答えてくれた2人だったよ。
「行くわよ、ジルちゃん」
「う~んなの!」
今までとは比べ物にならないマナとプラーナが部屋を満たし、天秤の真ん中辺りではマナとプラーナが打ち消しあう青い光が目視出来そうだった。そして、扉がゆっくりと上がっていくのも同時に見えたよ。
ただ、扉が腰の辺りまで上がった所で、リセイさんとジルが同時に限界を迎えてしまった。天秤が大きく右に傾き、それに合わせて扉が落下してしまったんだ。
「今のは成功ですよ、もう少しで全開しました。ちょっと休憩して、もう1度試しましょう」
「はい」
「なの~」
でも、別に全開に拘る意味は無いかな。僕だけなら1/3も開けば余裕で通り抜けられる。
「勇者様、時間が無い様です。誰かが神託を、だめ、上手く同調出来ない!」
「モニカ?」
巫女の誰かが神託を受けたらしいけど、物理的な距離が離れた上に、この塔自体にも何かあるのかも知れなくって、モニカが神託を聞く事が出来なかったらしい。
「詳細は分かりませんでしたけど、かなり差し迫った物だったと思います」
「本当にこのシングリーフが滅びるの?」
「分かりません、でも……」
「ジルちゃんもう1度よ!」
「うんなの!」
「ヒロキさんは扉の前で!」
「リセイさん、はい!」
僕は早足で扉の前に移動して、リセイさんに向かって手を上げて見せた。そのまま目の前の扉の前で姿勢を低くして待ったよ。もどかしいほどゆっくりと石の扉が上がりはじめて、目線の所まで来た所で、這う様にして扉の下を潜り抜けた。
扉の隙間から漏れてくる光が目の前に階段続いている事を教えてくれた。先に進もうと一歩足を進めた瞬間後ろで扉が閉じる鈍い音と、小さな悲鳴が聞こえたんだ。
「キャッ!」
「モニカ、無茶をしちゃ駄目だよ?」
「痛っ」
魔法で明かりを生み出そうとして、違和感を覚えたけど、そのまま呪文を唱える。モニカは軽く足首を捻っただけで、大きな怪我はなかった。ローブが扉に挟まれて動かなくなった方が問題だったね。何故か取り出せた精剣を使って、ローブの端を切り、簡単な治療魔法をかけておいたよ。
「モニカ」
「急いだ方が良いですよ、勇者様?」
「……」
硬い声で、モニカが先に進む事を促してきた。どうやらここまで来ても話す気は無いんだね。まあ良いや!
「キャッ、お、降ろして下さい」
「足を挫いているんだ、急ぐならこれが一番速いよ」
僕はモニカをお姫様だっこ状態で抱えたまま、階段を駆け上がった。多分これが今のモニカには堪える気がするんだよね?
+ * +
ここまでの経過で、階段部分に試練や罠は無いと分かっているし、事実時間も無いだろうね。最初は緊張で固かったモニカの身体もゆっくりと緊張が解けて、今はどちらかと言えば身体を預けていると表現しても良い状態だったよ。僕としてはその柔らかさを楽しむ気も無かったけどさ。
「あっ!」
「着いたよ、次の試練らしいね」
そして、最後の試練かな? モニカをゆっくりと降ろして立たせると、名残惜しそうにゆっくりと僕から離れて行く。さて、最後の試練だけど、まあ、見れば分かるね、ちょっと露骨過ぎる気もするけどさ。
「精剣を壁の窪みに嵌め込めば良いんだろうね?」
「はい、そうとしか思えませんね」
4階層の入り口の直ぐ前には壁が立ちはだかっていて、その壁には何かの窪みがある。その窪みは明らかに”精剣”の形をしているんだよね。それも、僕がジルと変えてしまった”刀”の形なんだ。
これはつまり、そう言う事なんだろうね。これ以上考えても仕方無いし、さっきからジルとの”繋がり”も切れている。精霊王の加護は鞘の方に残っているけど、僕が精剣を手放してしまえば、きっとそれも失われるんだろう。
別に構わないさ、元々僕の力って訳でも無いし、それが”創造主”の意志ならね。僕は躊躇いも無く、”精剣”を窪みに嵌め込んだ。すると、一瞬だけ壁が輝いて、次の瞬間には”精剣”を飲み込んでしまっていた。
そして僕は、彼女に向かってこう告げたんだ。
「さあ、君の望み通りに僕は普通の人間に戻ったよ」
「勇者様?」
「君が黒幕だね、そして君自身が”創造主”なんだろ?」
僕の台詞を聞いたモニカは一瞬だけ表情を固くして、その後、微妙に頬をピンク色に染めて、あれ?
「私が創造主だったら、どんなに良かったでしょうね……」
なんて、本当にうっとりとした感じで言ってくれた…よ…? おかしいな僕の虹色(ハッピーっぽいよね!)の脳細胞がそういう結論を出したし、僕の(あんまり当てにならないけど時々)鋭い勘もそう告げていたのに……。
「モニカ、ゴメン。今の僕の台詞忘れてくれるかな?」
「ヒロキ兄様はずるいです。貴方がもう少し勇者らしかったら、私はこの世界を滅ぼしてでも貴方を手に入れたいと思ったかも知れないですよ」
「えーっと?」
あれ? 何だろうこの流れは? 良く分からないけど、僕が勇者っぽくないから、モニカが踏み止まってくれたって事になるね、実に僕らしいよ!(そもそも僕を勇者にする為に召喚したのはモニカ自身って反論が出来るけど、それを言うと何て言い返されるか怖いから言えないね?)
「1度だけ創造主様と直接会って、文句を言いたかったのですけど、上手く行かないものですね? あの方もこの世界と引き換えなんてずるいですよ」
「モニカ?」
「そろそろお別れの様です」
モニカの言葉に合わせる様に、目の前の壁がさっきと同じ様な輝き発し、僕の身体を何時もの浮遊感が包み込みはじめていた。
「多分、もうお会いする事もないでしょう。これから本当の勇気を試される事になります、頑張ってくださいね勇者様」
「モニカ……」
「さようなら、天原君」
妙に耳に残る別れの言葉を最後に、僕は何処かに召喚される事になった。彼女に”天原君”と呼ばれるのははじめてなのに、何故か何処かで聞いた事のあるイントネーションだった気がしたよ?




